さむらい小平次のしっくりこない話

世の中いつも、頭のいい人たちが正反対の事を言い合っている。
どっちが正しいか。自らの感性で感じてみよう!

タクシードライバー日記 どちらまでですか⑥ 「初めての女」

2023-02-20 | タクシードライバー日記



こんにちは
小野派一刀流免許皆伝小平次です

多忙につきまた時間が開いてしまいました

その間、コロナのことで議論記事なども書いていましたので、ようやくいつも通りの記事投稿をしたいと思います

さて、タクシードライバー日記、前回、無事に「地理試験」にも合格、いよいよ「乗務研修」です

研修、とは言っても、実際に一人で営業車に乗り、お客様を乗せお金を貰う、実質的にはデビューです

「初めての女」

などと、ちょっと艶めかしいタイトルですが、要は初めて乗せたお客様が女性だった、ということですww

では、どうぞ

***************

 乗務研修初日、朝7時、おれと田村は緊張の面持ちで、本社営業所に出勤した。まずは点呼である。

『お待ちどおさまでした』『ドアを閉めて宜しいですか』『シートベルトをお願いします』『どちらまでですか』『目的地に着きました』『ありがとうございました、領収書をどうぞ』『また、〇〇タクシーをご利用下さい』

 座学研修中、何度も言わされた決まり文句を、出庫時には、事務方の上司を前にして必ず言わなくてはならない。
 その後アルコール検知器に息を吹き、数値を確認、上司から「乗務員証」「運行記録用のカード」、手書きで記載する「運行記録書」、最後に車のキーを受け取り、指定された営業車へと向かう、そこから出庫前点検、タイヤの空気圧、オイルの残量や汚れのチェック、一通りの点検を終え、いよいよ外へと出る。

 おれはかなり緊張していた。東京で仕事をしていたこともあるから、地方から出て来た連中に比べれば、多少は道は知っているし、方向感覚もある程度はある。地理試験にも合格していたが、そんなものは実際の路上では何の役にも立たない。デビューしたてのドライバーの大半は、道など知らないのだ。

『申し訳ございません、まだ経験が浅いもので、道を教えていただけないでしょうか』

 新人の内は、こう言ってお客に道を教われ、そう指導された。その上、ナビは、客から入れてくれと言われるまで使うなと言うのだ。こちらから「ナビを使わせてください」と言って、万一ナビが遠回りしたりしたら、クレームの元になるからだ。では、客も道を知らなかったらどうするのだ?その場合、ドライバーがみんな持っている「タクシー虎の巻」という詳細地図を見て行け、というのだ。おれが客だったら、タクシードライバーが道が分からない、と言って、いきなり地図広げたらびっくりするだろう、そんなことをあれこれ考えてしまい、緊張していたのだ。

 この日は日曜日、都心のオフィス街に人はほとんどいない。教習所のホスト上がりの教官から言われていた。

『土日は人の出も遅い、まずは郊外を流し、徐々に繁華街に入るのがいい』

 また、本社の研修で、下品なしゃべり方をする教官からは、

『とにかく銀座を中心に動け、銀座にはあちこちから人が来る、道を覚える早道だ』

 

 ドライバーはそれぞれ、自分なりの走り方がある、だがおれはまだ新人、この教えを守り、まずは郊外、世田谷あたりを流し、その後徐々に北上、銀座を目指そう、そう考えまずは明治通りから国道246へと出た。

 そうそう、本社の下品な教官に言われるまでもなく、おれは銀座を中心に走ろうと思っていた。以前、仕事で良く行っていたこともあったし、何より華やかで明るい街だ。新宿や渋谷、六本木のような如何わしさも無い、そう、大人の街だ。おれは銀座と言う街が好きだったのだ。

 渋谷駅周辺から、大橋の交差点、246の高架下を山手通りが走っている、このまま国道を南下しても面白くない、おれは山手通りに下りることにした。
 山手通りへ旋回しながら降りて行くと、左に立っていた若い女が、おれの車に向かって手を上げた。

『きゃ、きゃ、客だ!』

 おれの緊張がさらに高まる、だが、そんなことを悟られないよう、努めて冷静を装い車を停め、ドアのレバーをゆっくりと引いた。

『お待ちどおさました』

 女が乗り込んでくる。

『ドアを閉めても宜しいですか?』
『あ、はい』

 ゆっくりとドアレバーを降ろし、最後にバタンと閉める。

『どちらまでですか?』
『渋谷駅までお願いします』

 えっ!

 渋谷駅は今通って来た、おれの感覚では逆方向だ、どうしよう。

『申し訳ございません、まだ経験が浅いもので、渋谷駅の位置はわかるのですが、ここからですとどのように行けば良いか、教えていただけないでしょうか』

『あ、それでしたらこのまま山手通りまで下りて左折して下さい、そうするとすぐにまた246に乗れますので』

 そうだったのか! 知らなかった。渋谷にはバンドの練習で以前よく車で来ていたが、全く知らなかった。

 女の言う通り、山手通りまで下り左折、直ぐに左に曲がる道があり、そこを上れば再び246、渋谷駅方向の車線に入れる。ここからはもう大丈夫だ、渋谷駅までは何度も来ている。

 無事に渋谷駅前に到着、料金はワンメーター、710円(当時)だ。千円札を受け取り、釣銭を渡す。

『ありがとうございました』

 女が降りる、ドアを閉める…

『ぷっはああああああああああ! 緊張した! 緊張した!』

 初めての客、ワンメーターとは言え、本当に緊張した、だが、実際に客を乗せ、目的地まで送り、そして金をもらった。おれはプロのタクシードライバーになったのだ。

 その後はちらほら客を乗せた。「道を教えていただけませんか?」と言っても、怒る客はいなかった。みな、親切に道を教えてくれた。だが、ハプニングもあった。
 
 銀座から西日暮里まで、老夫婦と、その息子か娘夫婦の4人組を乗せた際、まっすぐ行け、との言葉通りに行ったら、遠回りになってしまったのだ。途中、新人のおれでも遠回りをしていることに気付き、「あの、この道で宜しいのでしょうか?」と尋ねると、老夫婦の亭主の方が「いや、おれもわかんないんだ」…

 おい!最初にまっすぐ行けって言ったじゃないか!だが、そんなことを言っても仕方ない、これは無理だと判断し、「申し訳ございません、ナビを入れてもよろしいでしょうか」、研修での教えを初日から破り、無事に西日暮里駅に到着。だが、老夫婦の女房の方が言う。

『ちょっと!行きはこんなにかからなかったわよ!!!』

 メーターは4,500円弱、遠回りをした自覚のあったおれは、初日からタクシーセンター案件になっては大変だと、やむなく言った。

『行きはどれくらいの金額でしたか?』

『2,500円くらいだったかしら!』

『では、料金は2,500円で結構です、遠回りになり申し訳ございませんでした』

 事なきを得たかのようではあるが、運行記録にはしっかりとメーター通りの金額が記録される。ドライバーはその金額通りに納金しなくてはならないのだ、つまりは自腹を切ることになる。

 日曜という事もあり、タクシーの稼ぎ時である深夜の時間は、新人のおれには難しく、ほとんど客をのせることができず、午前4時頃、本社営業所に帰庫した。田村の方は、東京に住んでるだけあって、道もおれよりは詳しく、売り上げも25,000円だったようだ。
 納金を済ませ、その後は洗車、まずは洗剤と水洗い、ふき取り、タイヤなどは特に入念にきれいにする。さらに車内清掃、座席シートのカバー交換、一晩中仕事をして、これらの作業をするのは結構しんどいことであった。ドライバーの中には、小遣い稼ぎに、1回1,000円で洗車を請け負う人もいるそうだが、新人のおれたちにそんなことを頼めるわけもなかった。

 洗車を終え、着替えをして帰宅、東京へ行って、電車で帰って来て、藤沢駅を降りると、空気が明らかに東京と違うことをいつも実感した。そしてほっとするのだ。
 家について、ハムとレタスでサンドウィッチを作る、缶チューハイをあける、ぼーっとしながらプレステのゲームに暫く興じる、疲れ果てた体でベッドに横になる、4時間ほど寝たら、法律の勉強だ、そしてまた明日に備え夜10時には就寝する、しばらくはこんな生活が続くのである。


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初日は緊張しましたねー、でもすぐに慣れました。ただ、道が分からない、っていうのはこの仕事をやる上で致命的なことなわけです。いくら新人だから仕方ない、と言っても最初はかなりストレス感じながら走ってました。次回までは、この研修期間中の事を書き、その後はランダムに、思い出深いお客様のお話をしていきたいと思います



 
コメント (8)
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