こんにちは
インド放浪 本能の空腹⑫ 『夜行列車』
30年近く前の、私のインド放浪、当時つけていた日記からお送りいたしております
前回、ほぼほぼ無理やりにカルカッタを脱出、その際に出会った男と少女、乗客名簿に自分の名前がなかった私は、とりあえずはこの2人に店のオーナーが何かを言ったおかげで、なぜだかはわかりませんが、いよいよ夜行列車に乗って南の街、プリーを目指します
では、続きをどうぞ
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おれは、男と少女と向かい合わせに長椅子に座った。
『ハロー、ジャパニー、ボクはオーズビーと言うんだ、キミは?』
そう言って男はおれに握手を求めてきた。
『ボクはコヘイジ…』
おれも右手を差し出す。続けてにこやかに右手を差し出す少女とも握手を交わす。この客室?、にいるのはオーズビーと少女とおれ、の3人だけだ。
さて、今起きていることは何だろう…。
そもそも乗客名簿におれの名はなかった。理由はわからない。長椅子は全部で三段ある、眠る時はこのまま横になれるのだろう、向かい合わせで三段ずつだから、ここの定員は6人なのだろう、つまりは、今おれが座っている座席は本来オーズビーか少女の予約した座席なのだろう、そこへおれが無理くりに乗り込んだってことなのだろう。
長椅子の幅は狭く、人ひとりが横になる分にはさほどでもないが、二人で寝るとなったらかなり狭い、おれがここに乗ったおかげで、オーズビーと少女は狭苦しい状態で眠らなければならなくなったのだ、だから当初、好青年がおれを乗せるよう頼んだ時には、断ったのだろう、だが、オーズビーと店のオーナーの関係がどのようなものかはわからないが、力関係から断ることもできず、渋々承諾したってとこだろう、おれは少しばかり済まない気持ちになった。
しばらく、オーズビーとはたわいもない会話が続いた。いつインドへ来たのか、プリーにはどのくらいいるつもりか、その後はどこへ行く予定か、家族は?彼女は?仕事は?そんな会話をしている内、カルカッタの街の灯も遠ざかり、窓の外はすっかり灯りひとつない暗闇となった。暗闇とは本当に暗闇である。
日本で列車に乗り長距離を旅する、例えば夜、新幹線に乗る、トンネルに入る直前の山間、などを除けば、どれだけ田舎の方を走ったとしても、民家の灯りや車の灯り、灯が途切れることはまずない、ヨーロッパを旅した時もそうだったが、駅から駅、本当に真っ暗闇になることがある、そしてここはインド、闇も深い、そんな気にもなる。
やがてどこかの駅に着いた。薄暗い駅だ。
『チャイチャーイ、チャイチャーイ』
ホームからチャイ売りの声が響く。
思いのほか、大勢の乗客が乗り込んでくる、いや、思いのほかどころではない、ものすごくたくさん乗り込んでくる、おれとオーズビーの客室?、にも乗り込んでくる、たちまちおれの周りは人で溢れた。
(おいおい!ここの定員は6人じゃないのか?)
やがて列車が動き出す、再び闇の世界を走る、そしてまた薄暗い駅。ここでも人が大勢乗ってくる。もはや朝のラッシュ時の満員電車のようだ。おれは押され押されて窓際に押し込まれた。オーズビーと少女がどんな状態になっているのかもわからない。
ひどい状態だ。まさかこのまま一晩中こんなぎゅうぎゅう詰めの状態で旅することになるのか!
地球の歩き方に、『インドの列車の旅は二等がいい!』みたいなことが出ていた。二等車には色んな人が乗ってきて、会話も弾み、色んな『触れ合い』ができるって、そんな口コミだった。だが、今、弾む会話どころか、肌まで密着して押し合う、文字通り『触れ合い』を体験しているおれは、絶対に次の移動は一等車に乗ろう、そう誓うのであった。
夜も更け、車内の灯りも消え、本来なら眠るような時間になったが、眠るどころではなかった。そんな押し合いへし合いの中、おれに密着していた隣の男が、もぞもぞと動き出した。なんとこの男、この満員状態の中で横になろうとしているのだ。少しずつ少しずつ体を寝かせ、遂には丸まりながらも横になってしまった。横になると男は、少しでも自分の領域を広げようと、足でおれをさらに窓際の壁に押し始めた。
(コ、コ、コノヤロー!)
おれも負けてはいられない、こんな体勢のまま明日の朝まで列車に揺られるなんてまっぴらごめんだ、おれも窓側に頭を向け少しずつ横になろうと体を動かした。かなり丸まった状態だが、どうにか横になった。それでも体勢が悪い、このままでは体中が痛くなるだろう、おれは密着した足で隣の男の脛の辺りを押し返した。男もまた押し返してくる、線路を軋ませる音だけが響く暗い車内で、おれはしばらく男と寝床争いの攻防を繰り返していたのであった。やがて、互いにどうにか妥協し合える体勢を確保し、浅いながらもおれは眠りに落ちて行った。
どこかの駅に停車するたびに目が覚めたが、それでも、この苦しい列車の旅をどうにかやり過ごそうと、また目を閉じ浅い眠りに就く、そんな繰り返しをしている内に、列車は大きなターミナル駅のようなところに着いた。そこで大勢の人が降りた。おれと寝床の確保をかけて闘った隣の男も降りた。ようやく足を伸ばして横になることができた。向かいを見ると、オーズビーが少女を抱きかかえるようにして横になっている、すまないことをした。
再び眠りに就き、また目が覚めた時には、辺りが少しうっすらと明るくなり始めていた。次に目が覚めた時には完全に夜が明け、朝、になっていた。
窓の外は緑、緑、緑、であった。森、というほどではない熱帯っぽい林、丈の低くい草、高い草、湿地、沼、そんな景色がしばらく続く。時折、野生なのか放牧しているのか、牛や山羊などの姿も見える、確かにおれはカルカッタを脱出したらしい。前を見ると、オーズビーと少女もすでに目を覚まし、寄り添うように座っている。
引用元 (そうだ、世界に行こう。バックパッカーの登竜門!インドの寝台列車あるある10選)
『Good Morning…』
互いに朝の挨拶を交わす。やがてまたどこかの駅に着く。
『チャイチャーイ、チャイチャーイ』
再びチャイ売りの声…、なんとも清々しい気分だ。ダッカからカルカッタ、日本を出てから初めて味わう気分だ。ここまで、全てがおれの意志とは関係なく強引に旅が進んできた、ああ、やっとおれの旅が始まる、おれは外の景色を眺め、ようやくそんな気持ちになった。
『コヘイジ、今日泊まるホテルは決まっているのか?』
オーズビーが尋ねてくる。ホテルを決めるも何も、こんな風に強引にカルカッタを出るつもりなんて全くなかったおれは、プリーでのことなんてまるで何も考えていなかった。
『決まっていないなら、今日はウチに泊まるといい、そして明日からは、ボクの友人のおじさんが経営しているホテルがあるから、そこに泊まるといい、一泊120ルピー、とてもきれいなホテルだ』
まだオーズビーがどんな男かはわからなかったが、とりあえずは少し様子を見てみよう、おれはそう考えて言った。
『キミの家族がいいならそうさせてもらうよ、明日からのホテルは、一度見てから決めるよ』
間もなくヒンドゥ教の聖地の一つ、プリーに到着するようだ。陽気は、暑くはないが、半そでのシャツで十分そうだ、いくらなんでも偽カシミヤセーターを着たままというわけにも行かない、おれは席を立ち、トイレへ行きGパンとTシャツに着替えた。
ほどなくしてプリーに到着、列車を降り、駅を出る。熱帯ではないが南国情緒を感じる。静かだ。駅前には数人のサイクルリクシャ引きがのんびりと客待ちをしている。ビル、のようなものは見当たらない。舗装されていない道路、ヤシの葉で作ったような掘立小屋、なんだかすべてがのんびりしている。
そこへ、自転車に乗った少し体格のいい若い男が近寄って来た。男は髪に金メッシュを入れていた。インドではあまり見かけないスタイルだ。
『ハイ!ジャパニー!コンニチハ!』
男が日本語で言う、おれは何か直感的にこの男を胡散臭いヤツだと感じた。オーズビーが一言二言何かを言うと、男は去って行った。
オーズビーの娘、と思っていた少女も、どういうわけかそこでおれに再び握手を求め、挨拶をして去って行った。家族ではなかったのか…。
『コヘイジ、こっちだ』
促されてついて行くと、1台のベスパ、のようなしゃれたスクーターが停まっていた。オーズビーはそのスクーターにまたがると、おれに後ろに乗るように言う。どうやらオーズビーのスクーターらしい。
『家に行く前に、朝ごはんを食べに行こう』
オーズビーがエンジンをかける、スロットルを開く、ほどよい加速で走り出す、道の両側にヤシの木が立ち、その葉で作った掘立小屋が並ぶ。道はどこも舗装されていない。
心地よい風が頬を撫でる、その風が、海がすぐ近くにあることを教えてくれる。
『ああ、気持ちいい…、カルカッタに比べれば、ここはまるで天国だ、ああ、インドへやって来て良かった…』
おれの旅はやっぱりここから始まる…。
*******************************つづく
※注Calcutta(カルカッタ) → 現Kolkata(コルカタ) 記事は30年近く前のできごとです。また、画像はイメージです
このとき、プリーの駅前で会った金メッシュの男、のちに私はこの男と一悶着を起こすことになります。
盆・暮れ・正月・大連休 日本でも ありがちな事
ですが
社会秩序が希薄なところでは 吐き気を催すくらい
大変そうですね こりゃ まるで武者修行ですね
今回も 面白かったっす♪ 次も期待。
いつもコメントありがとうございます!
そうなんです
インド人は列を作り並ぶとかって意識がありませんので、こののちも何度がインド人と体を密着させて長時間堪える、ってことがありました(笑)
次回以降はしばらくこのプリーの街でのできごとが続きます
またお越しくだされば幸いです
ありがとうございました