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がん患者の最後の時間を奪う「悪質免疫療法」

2018-12-28 13:40:21 | Diaries
毎日新聞医療プレミア 2018年12月24日 小野沢滋 / みその生活支援クリニック院長 

 私があるご家族から相談を受けたのは、講演会が終わってすぐのこと。70代と思われるご婦人が声をかけてきて、こう言いました。「息子が珍しい悪性腫瘍になり、もう治療法がないと言われた。できるだけ自宅にいたいのでその際は支援をしてほしい。しかし、今はまだ元気なので、在宅医療ではなく、私の外来で受診できないだろうか」という相談でした。
私のクリニックでは、朝から訪問診療に出かけるので、外来はごく限られた時間しか受けられません。そこで、私が大学病院で持っている外来に来てもらうことにしました。

 息子さんは40代。広い範囲の肝転移があるものの本人は元気で、初めて外来に来てから数カ月間は特に何事もなく過ぎました。最後になった外来の時に彼は「先生、今度、千葉の○○クリニックで化学療法をする事になりました」と言います。免疫チェックポイント阻害剤の治療を自費で受けられる医院を探し、頼って行ったようです。

 私の常識では、新しいがん治療薬を使う時はまず、入院して始めるものと認識していました。ですから車で自宅から2時間近くかかるクリニックで外来化学療法を受けて大丈夫だろうか、とまず思いました。また怪しげなクリニックではないかと心配もしました。そこで、点滴後に何があるか分からないから、近くに宿を取っておいた方がよいとアドバイスし、もしも治療後に何かあったらすぐに連絡してほしいと伝えました。

強い腹痛と下血の原因は?

 翌週の日曜の夜、私の携帯に彼から連絡がありました。強い腹痛があり、下血しているというのです。聞くと、金曜日に千葉のクリニックで、免疫チェックポイント阻害剤のオプジーボとヤーボイを併用する治療を受けたとのことでした。治療したその日は電車で自宅に帰り、特に疲れることもなく強い症状はなかったのですが、翌日から腹痛と下血が始まったといいます。

 免疫チェックポイント阻害剤は、本庶佑(ほんじょ・たすく)先生のノーベル賞受賞で広く知られるようになり、多くの末期がん患者が受けたいと願う治療法です。しかし、免疫系を変化させる薬の特性から、小腸に広範囲に炎症を起こす「クローン病」や、大腸に炎症を起こす「潰瘍性大腸炎」などさまざまな副作用が表れる薬です。消化管に穴が開いて死亡する例も出ています。

 月曜日に自宅を訪ねると、彼はうずくまって苦しんでいました。麻薬系の鎮痛剤を処方し、とにかく治療をしたクリニックに連絡するよう伝えました。翌日、彼は千葉のクリニックを受診しましたが、採血だけで画像検査もなく、潰瘍性大腸炎に使う薬剤を注射されて帰されました。
その後も腹痛は続いて、私は再び休日に自宅を訪ねました。見るからに重い症状でしたが、千葉のクリニックには連絡がつかず、休日が明けて、もともと治療をしていたA医大の臨床腫瘍科の先生に事情を話し、すぐに入院治療をすることになりました。

 私は、千葉のクリニックに電話をして、私のクリニックとA医大病院に紹介状をすみやかに送るよう求めました。ところがその紹介状は、自分がいかに自費診療を多く行っているかを書き連ねたうえに、最後に「今回のオプジーボ治療はこちらが勧めたわけではありません。(お金の)持ち出しになるような治療を勧めるわけがありません(笑)」と書いてあったのです。私は絶句しました。

 免疫チェックポイント阻害剤は、がんの万能薬ではありません。すべてのがんに効果があるわけではないのです。

参考記事
「オプジーボに便乗」患者につけ込む悪質がん免疫療法とは

ノーベル賞で注目「がん免疫療法」は万能じゃない

 緊急時の入院先すら確保せず、夜間、休日に連絡もつかない状況で、死という重篤な副作用すらある薬剤を、患者本人が望んだといって安易に投与し、しかも、重篤な副作用でひどく苦しむ状況を作りながら、紹介状に「(笑)」と書いてしまう心性に、驚きを通り越して強い怒りを覚えます。

 在宅医療をやっていると、現代医療では手の施しようがない終末期の患者に多く接します。比較的若い患者の場合は、本人も家族も何とか治りたいと強く思っているので、わらにもすがりたい気持ちになるのは無理のないことでしょう。しかし、少なくとも私の経験から言うと、そのような治療で利益があるのは患者ではなく、治療をするクリニックの方です。

効果のない免疫療法を勧める医師の罪

 以前、末期の脳腫瘍で意識のない患者を訪問したことがあります。ある種の免疫細胞を使った自費診療に150万円を支払っていました。免疫細胞を使ったこのような治療法は、私の祖母ががんで亡くなった20年ほど前からさまざまに行われていて、しかも有効性がまったく証明されていません。

 その患者は外出できないので、医師が訪問して点滴を続けていました。私は「訪問するとは意外に親切だな」と思ったのですが、後から聞いたら、点滴1回で30万円を支払っていたことを知り、言葉を失いました。

 その後、家族が自費診療の経過を見たいと望み、大学病院の主治医に磁気共鳴画像化装置(MRI)で脳を撮影してもらいましたが、治療前よりも明らかに腫瘍は大きくなっていました。大脳全体が腫瘍に侵され、腫瘍の中心部は壊死(えし)して無構造になっていました。ところが、免疫細胞治療を行っている医師は、壊死部ののっぺりとした部分を指して、家族に「ここは腫瘍がなくなっています。こんなに改善しています」と言ったというのです。許しがたい所業です。

 私は、効果が確立していない治療を受けたいと家族が望んでも、強く反対はしないことにしています。しかし、この時はさすがに驚き、家族に「治療は効いていないと思います。その医師が医師である私にも改善しているという説明ができるのか聞いてください」と話し、治療中止を勧めました。
なぜ、オプジーボやヤーボイといった新しいがん治療薬が、入院設備もない小さなクリニックで使われていたのか。疑問を感じ、ヤーボイ発売元の製薬会社に連絡して、「卸す病院に制限をかけたらどうか」と苦情を伝えました。すぐに担当者から連絡があり、次のような事情を知ることができました。

 製薬会社は非常に厳しい施設基準を設けており、神奈川県内でヤーボイを使える基準を満たした病院は今のところ4カ所しかないこと▽しかし、薬剤の個人輸入については規制が難しく、海外から仕入れて自費診療に使うクリニックや病院が増えていること▽そのようなクリニックでは実際に少量しか使っていないのに、通常量を使ったように患者に料金を請求することがあること▽副作用が出てもそのクリニックではきちんと対応してもらえず、別の大学病院にかけ込むケースが増えていること――。

 製薬会社の担当者は、「すべてのがんで良い結果が出るわけではないのに、勝手に個人輸入して、効果も分からないまま患者に使うなんて、私たちとしても心外です……」と、涙声で悔しがっていました。彼の怒りに少しは救われた気持ちになりましたが、それにつけても、クリニックの医師への怒りは容易には収まりませんでした。

最後の時間を幸せなものにするために

 千葉のクリニックでオプジーボとヤーボイの治療を受けた患者はその後、A医大病院に搬送され、2週間後に亡くなりました。千葉のクリニックの治療について「最後までがんばって治療ができたのだから……」と問題にしていない様子だったことを、大学病院の主治医から聞きました。

 このような「被害」は今後も続くのだろうと思います。患者の最後の望みであれば仕方がないのかもしれませんが、これだけは注意してください。

 免疫チェックポイント阻害剤であろうと別の免疫療法であろうと、副作用はあります。治療の前にせめて、重篤な副作用が起きたときに対処できるクリニック、病院であるかどうかを確かめてください。その体制がないなら、治療を受けない方が無難です。あなたと家族にとってとても大切で最後の時間が、苦痛に満ちた、そして短いものになる可能性があるのですから。


小野沢滋 / みその生活支援クリニック院長
1990年東京慈恵会医科大学医学部卒業
亀田総合病院で22年間在宅医療を中心に緩和医療や高齢者医療に携わってきた。
2012年 北里大学病院患者支援センター
2016年 相模原市内で在宅医療専門の「みその生活支援クリニック」を開設