一昨日帰宅時に大和路線が遅れていた影響でいつも利用している大阪環状線が大変遅れていました。いつも乗っていた電車が運休になってしまっていて、ホームで待っていても後30分くらい待たないと一番先に来る電車が来ないというアナウンスがありました。それぞれの駅で待っておられる方々は一番先に到着する電車に乗ろうと待たれているはずなので、それぞれの駅で乗り降りに掛かる所要時間はいつもより多くの時間を費やしていると思われました。以前、振替輸送を実施されていなかった日に、ホームでいつ来るかわからない電車をずーっと待ち続けて満員電車で帰宅したときにいつもより倍くらい疲れ果てた記憶が蘇りました。一昨日は、地下鉄の振替輸送も実施されていたので、迷わず、地下鉄で帰宅することにしました。今年の3月16日から振替輸送票をいただかなくても定期を地下鉄の駅で駅員さんに提示しただけでOKになり、駅の自動改札の乗る駅と降りる駅でそれぞれ定期を見せたら駅の自動改札をスルーでき、便利になりました。久しぶりに地下鉄に乗ってゆったりと座って楽に帰宅できました。
先週、レンタル店で借りて観た映画1枚目は『寝ても覚めても』でした。柴﨑友香さん原作の映画化作品。原作は読んでいませんでした。主人公の朝子は、朝子の前から突然消えてしまった恋人麦という男性と生き写しの亮平と出会い、結婚を誓いあうようになります。そんな朝子の前に突然現れた昔の恋人麦を朝子は追って行く・・・・?というストーリー。亮平の立場からするととんでもないことを朝子はしてまうという展開でした。麦と亮平は東出昌大さんが演じておられて、同じ俳優さんが演じておられたのに、全く違う人に見えていたのも俳優さんの演技力なのでしょう。朝子が取った行動は亮平に取ったら立ち上がれないくらいに傷つけられたというひどい行いでした。もし、自分が亮平の立場になったら、相手とは二度と会いたくないのだろうと思いました。朝子の立場なら、ずっと連絡をもくれなかった昔の恋人を追うことはしないだろうとも思いました。両者に取ってもたとえ最終的には許すことができたとしても、許す以前の気持ちや心象は決して一生忘れることができないということや、決して後戻りできない行いであったという事実は一生残ってしまうのだと思いました。本当に大切な人と本当に信頼している人を傷つけることは人としては好ましいことではないのですが、朝子の麦を恋する気持ちから想像するとこのような行いが衝動的であってもたとえ良くないことと知っていてもどうしようもない恋心がどんな人にもあるということをこの映画では際立って描いていたように思いました。人を傷つける行いは知らない間に少しずつしている場合もあるかと思いますが、こういう傷つけ方は、修正不可能に近い傷つけ方のひとつに入るのだろうなあと思いました。理性と感情の境目が世の中のいろいろなカップルに取って、繋がりと別れの瀬戸際でもあるということなんだろうなあと思いながらこの映画を観賞しました。