「旧字、正字や歴史的仮名遣いの通用する『100部限定』の『王国』を想い、『王国』のためのもうひとつの国語があってもいいなどと、なにげなく述べたりもしているが・・・」
この一文は島田修三が、岡井隆著「短歌の岸辺で」を紹介したもの。岡井隆は「星座」誌上にも「旧仮名」についてのエッセイを書いていて、「旧カナで書く日本語」という題名の本を懐かしそうに紹介している。旧仮名に対する思い入れが並大抵ではないことを思わせる。
先日亡くなった丸谷才一が「旧仮名」で文を書いていたことをもって、「旧仮名遵守」を主張する人もいる。また岡井隆の歌壇復帰のきっかけとなった「未来」の内部問題のひとつに「新仮名で短歌を書くことの是非」もあった。(岡井隆著「私の戦後短歌史」)
僕は「選択の余地があるとき」には新仮名表記を使う。その理由を他ならぬ岡井隆が言っている。「旧字正字・歴史的仮名遣いの通用する『王国』」、まさにこれだ。
これを逆手にとれば、「旧字・旧かな」は「王国」のなかでしか通用しない文字なのだといえる。短歌と俳句の世界でしか通用しない表記。これで現代文学と言えるのだろうか。短歌という短詩の悪い意味での「古さ」のシンボルであると僕には見える。
福島第一原発の原子力災害以来、「原子力村」という語が広く知られるようになった。産業界と科学者・政治家の癒着構造も、新聞紙上で公然と批判されるようになった。
曰く、「東京電力が、政治家のパーティー券を大量に買っていた。」
曰く、「原子力業界の企業が原子力安全委員会の委員を務める科学者に寄付をしていた。それは委員の三割近くに及ぶ。」
原子力村で金と利権によって、産業界・政界・科学者が結ばれていたことはもはや異論を挟む余地はないと思う。
短歌にもそれはいえまいか。「原子力村」ならぬ「短歌村」である。歌集もそうだ、著者も読者も批評家も短歌作家である。閉じられた世界がそこにある。
だから僕は「自分自身の責任で」作品を世に出すとき、なおかつ「選択の余地がある時」は、「新仮名」を使う。新仮名表記は何か軽い印象をあたえる場合があるからだ。だが飽くまで「場合がある」のであって、必然ではない。要は使い方の問題だ。使い方が不用意なら「軽いジャカジャカ短歌」になる。「口語か文語か」の問題も同じである。
なお前衛短歌では寺山修司が「新仮名」、岡井隆・塚本邦雄が「旧仮名」。それぞれ理由があるだろうが、僕はよく知らない。岡井隆の場合は岡井の歌壇復帰にあたっての「未来」の内部問題、「『新仮名』で書くなんていやだ」という声に応えたもの、寺山の場合は「ふるいもの」として避け、塚本の場合は古典重視から来ているだと今の僕は考えている。
茂吉と佐太郎の考え、それについての僕の見解はすでにこのカテゴリーの記事にしたが、ひとつだけ斎藤茂吉の見解に触れておく。茂吉な旧仮名について次のように述べている。
「われわれはやぶれた。やぶれたのは何にやぶれたか、戦にやぶれたのである。戦に徹底的にやぶれてへたばってしまった。また永遠に戦わしてはならない、またしないつもりである。軍艦一つ造らなぬのである。永遠の丸腰である。へたばったのである。しかし自分の国の国語までへたばり、堕落せよと誰が教えたか。」(「新仮名づかい」1947年・昭和22年)
しかしこれは日本語をめぐって、「ローマ字にすべきだ」「いっそ英語にすべきだ」「漢字は非合理で、簡略化すべきだ」などと議論が混乱しているときのものだ。この一文を金科玉条にすることもあるまい。
「闘い」が「斗い」と書かれた時代の話である。当時は新仮名をつかいはじめたばかり。現在は旧仮名を使うほうが特殊だ。短歌が特殊な世界に閉じこもってしまってはゆく末がおぼつかない。