(@モスクワ)プーチン大統領の写真の謎
2016年8月30日00時00分
■特派員リポート 駒木明義(モスクワ支局長)
「プーチン大統領の9月1日までの日程を見ると、残念ながら休暇は見当たらない」
大統領報道官の言葉通り、8月に入ってからもロシア大統領府の公式サイトには、プーチン氏の仕事の様子が毎日のように掲載されている。
「写真1」は、8月22日に公表されたアルハンゲリスク州知事との面会の様子だ。場所はモスクワのクレムリンにある大統領の執務室。だがこの写真、見れば見るほど不思議な一枚なのだ。
いや、この写真だけをいくら見ても分からない。「写真2」と「写真3」をご覧いただこう。「写真2」は8月18日に発表されたマガダン州知事との 面会。「写真3」は8月23日に発表されたスベルドロフスク州知事との面会の様子だ。3枚の写真を隅々まで見比べてみて欲しい。
おわかりいただけただろうか。
私がまず注目したのは、相対して座る2人の後方にある大統領の執務机に置かれている筆立てだ。左右二つあるうちの右の方。ロシアらしく緑色が鮮やかなクジャク石製で、鉛筆と様々な色鉛筆が立っている。問題はその並び方だ。
「写真2」と「写真3」、つまり18日と23日は、同じ鉛筆が同じように並んでいるように見える。しかし、22日だけ様子が違うのだ。18日と23日の写真で一番目立つのは、右側に飛び出しているオレンジ色の鉛筆だが、22日の「写真1」ではこれが見当たらない。
18日に並んでいた鉛筆が22日には一度乱れて、23日にまた元通りになったというのだろうか。
おかしな点は、これだけではない。左の筆立ての横には、メモ用紙のようなものを束ねて立ててある。この部分をよく見てみよう。「写真2」と「写真3」では、メモ用紙の束のうち一番右の一枚だけ、少しずれて浮き上がっているが、「写真1」ではきちっとそろっている。
18日にずれていた束が22日にそろえられて、23日に再び5日前と同じようにずれたのだろうか。
問題の部分を拡大したのが「写真4」と「写真5」だ。「写真4」は筆立て。「写真5」はメモ用紙の束。「写真1」「写真2」「写真3」の3枚だけでなく、8月24日に発表されたモスクワ州知事との面会の様子も加えて、4日分を比較している。
筆立てもメモ用紙も、18日、22日、23日、24日のうち、22日だけ様子が異なっているのが分かるだろう。
さらに「写真6」では、プーチン氏の靴に注目してみた。靴の甲の縫い目のラインに注目すると、やはり22日だけ違う靴を履いているようだ。
スペースの都合で載せられなかったが、8月17日に公式サイトに公表されたコミ共和国首長臨時代行との面会の写真でも、筆立て、メモ用紙、靴の3カ所の特徴がいずれも18日、23日、24日と一致していた。22日だけ別物なのだ。
これはいったいどういうことだろう?
真相はおそらくこうだ。
プーチン氏はコミ共和国、マガダン州、スベルドロフスク州、モスクワ州の代表と、実は同じ日に会っていた。何日かはわからないが、17日以前だったのだろう。それを17日、18日、23日、24日の4日にばらして発表したのだ。4枚の写真でプーチン氏は違う柄のネクタイをしているが、これはおそらく面会のたびに取り換えていたのだ。
22日の写真だけは、別の日に撮影されたものだろう。そう考えないと、この一枚だけ細部が違う理由の説明がつかない。
実は、プーチン氏がクレムリンで集中的にこなした公務を、大統領府がいくつかの日付にばらして発表しているらしいことは、モスクワの外交関係者の間では以前から知られていた。
日本の首相の場合、新聞・テレビ・通信社の担当記者が朝から晩まで張り付いてその動向を追っているから、こんなことはできない。しかし、ロシア大統領の場合、メディアの記者が立ち会わない行事が数多くある。知事や国営企業トップらとの面会はその典型だ。いつ本当に会ったのか、本人とその周辺以外に知る術は無い。
実際、これまでも大統領府の発表の日付が事実では無かったことが明るみにでたことがあった。
昨年3月11日。プーチン氏とカレリア共和国首長が面会したと発表された。しかし、地元カレリア共和国のネットメディアは、これに先立つ3月5日の時点で、2人の面会の記事を掲載していた。同じく、昨年の国際女性の日の3月8日、プーチン氏が各界で成功した若者の母親たちをクレムリンに招いて祝福したことが、写真と動画付きで発表された。しかし、実際にこの行事が行われたのは5日だったことが後になって判明した。
今回ご紹介した写真の検証で、こうした実態が今も続いていることが確認できたと言えるだろう。
ついでに、今年の5月までさかのぼって、最近4カ月間の写真を調べてみた。最大の注目点は筆立てだ。鉛筆と色鉛筆が並ぶ右側だけではない。左側の筆立てには、はさみが表れたり消えたりして、それも手がかりになる。
別の日に発表されているのに撮影日は同じだったと思われる写真がいくつも見つかる。執務机がはっきり写っている写真は34枚。だが、撮影に要した日数は10~15日ぐらいだと思われる。
なぜロシアの大統領府はこうした情報操作をしているのだろうか。その理由は分からない。ただ、細心の注意を払わないと足をすくわれる取材対象だということだけは間違いないだろう。
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駒木明義(こまき・あきよし) モスクワ支局長。1990年入社、和歌山支局、長野支局、政治部、国際報道部などを経て2013年4月から現職。49歳。新聞連載に大幅加筆した「プーチンの実像」(共著)が朝日新聞出版から発売中
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