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日本列島前史(旧石器時代)日本史1

2018-11-19 07:50:42 | 日本史
まず、日本という地理的概念の始まりを氷河期の終結に置きます。氷河期において日本と大陸が(ほぼ)繋がっていたことは良く知られます。瀬戸内海も存在せず今と大きく地理が違っていました。勿論どんなに干上がっていたとしても、後の日本の領域であるのは間違いないのですが、日本列島ではないことは間違いありません。そうした条件ですから、住む人間のスタイルも大きく違っていたと考えられます。

この時代を考古学用語で旧石器時代といいます。大陸と繋がっているのですから、もはや日本史と認識するのが難しいというか、ほぼそうすべきでない時代です。事実上、人類史・世界史の一部と言えるでしょうが、陸橋が消えた後は、勿論それまで住んでいた人は残る訳です。環境の激変に戸惑いながらも、その状況に当時の人は必死で適応したのではないでしょうか(激変といってもほとんどの時期、一夜にして全てが変わる訳ではありません)。

旧石器時代の「日本」にも人類は居住していました。最近の学説では最終氷期の最寒期でも対馬海峡は存在していたとされますが、それ以前の氷河期に渡ってきたのであろうマンモスやトナカイ、あるいはナウマンゾウやオオツノジカといった大型哺乳類は存在しており(例えばナウマン象は約35万年前に日本列島に現れて約1万7000年前に絶滅したとされます)、「日本」に住む人々と共存していたのが、この時代と言えます。

地質学的には更新世(約258万年前から約1万年前までの期間でそのほとんどは氷河時代でした)。最終氷期の約2万年前の最盛期が過ぎると地球規模で温暖化に向い、最後の氷期である晩氷期と呼ばれる約1万3000年前から1万年前の気候は、数百年で寒冷期と温暖期が入れ替わるほどで、急激な厳しい環境変化が短期間のうちに起こったそうです。この間に北半球の高緯度地方ではヤンガードライアス期(最終氷期が終わり温暖化が始まった状態から急激に寒冷化に戻った現象)という時代も存在しました。地球規模の現象ですから「日本」にも影響したでしょうが、あまり一般に論じられていないようです。学問的には西アジアでの農耕の開始と関連付けられる論争があるようです。気候の移り変わりに関して、例えば「これまでの気候の移り変わり(第五版)」(http://atmenv.envi.osakafu-u.ac.jp/aono/clihis/)

ここで人類史に言及しておくと、現生人類(ホモサピエンス)はアフリカに起源を持つというのが遺伝子解析から多くの科学者が一致した見解で、共通祖先の分岐年代は14万3000年前±1万8000年、ヨーロッパ人とアジア人の共通祖先の分岐年代は、7万年前±1万3000年であると推定されるそうです(アフリカに残ったのがネグロイド(黒人)・南回りでアジアに向かったのがオーストラロイド・北回りでアジアに向かったのがモンゴロイド)。つまりどれほど遡っても日本史は8万3000年前には遡らないと言えるでしょう。それ以前にアジアに存在した「人」はホモエレクトゥスなど別種の人類と言えます。事実、「日本」の人類の痕跡はこれまでのところ、4万年の磨製石器になるようです。約4万年前の人類史と言えば、オーストラロイドの渡海がそのあたりのようです。比較的海を渡り易い時代だったのかもしれません。勿論論理的帰結として、アジア人史も最大で8万3000年前に遡りません。それ以前は白人と同じ人種で主にユーラシア大陸の中央から西に住んでいたのでしょう。更に遡ると皆アフリカに住んでいたということです。

またいずれ触れますが、遺伝子の研究の進展は旧来の骨の研究から生まれた説を対立する部分で概ね駆逐してしまったことは指摘しておかねばなりません(アフリカ単一起源説が概ね多地域進化説を駆逐したのは、それほどは昔に遡りませんが、原人が世界中で緩やかに新人に移行したと今では考えられていません。つまり骨の研究を絶対視せず、遺伝子の研究の進展の成果を還元しなければならないということであり、人骨の形状を理由に縄文人と弥生人を分けるステレオタイプを怪しく思うべきではないかと考えています)。

さて旧石器時代は縄文時代に続きますが、勿論この分類は土器の有無による分類に過ぎず(縄文時代以前を無土器時代・先土器時代というようです)、ひとつの目安に過ぎません。時代の分類はいろいろな基準が有り得るでしょうが、おおまかにいって、大型哺乳類を絶滅させてしまった後が縄文時代と言えるのではないかと思います。それまで通用していた生活スタイルが通用しなくなり、新しい発明が必要とされたのでしょう。必要は発明の母と言います。日本列島における旧石器時代には竪穴住居などの施設を伴う遺跡はほとんど発見されておらず、獲物を追って主にキャンプ生活をしていたようです。

地理的に日本と異なる歴史を辿った北海道や沖縄はここでは端折っておきます。言えるのは、本土と同様、そうした人類史や気候変動の潮流と無縁であったはずがないということのみです。

モンゴロイド自体が北方系なのですが(南回りの学説もそれなりに存在しているようですが、そうだと仮定しても北に定着した北方系となります。しかし数々の証拠(例えば個人ブログの纏めですが、日本人の起源 1.人類拡散史(https://blog.goo.ne.jp/japanorigen/e/c39b91bf2ce987ee4773eb4ea7157fb5)参照。ただしリンク先の意見と筆者は必ずしも同一ではありません)から北回りで良いと考えられます。筆者がここで言う南方系とはオーストラロイドのことであり、現在の東南アジア系の人々のことではありません。コーカソイドと分かれたモンゴロイドは北回りでアジアに辿りつき南下したのでしょう。出アフリカ後に何処かで分岐したオーストラロイドが南回りで東南アジア→オセアニアに移住したという訳です。しかしながら、東南アジア系が海沿いに北上して縄文人になったとも考えていません。)、こうしてみると、ここまで南回りの気配は全くありません。日本で一般に流通している縄文人=南方人説を筆者がずっと(わざわざ)否定してきたのは、単に誤りであるにも関わらず、影響が大きいからに過ぎません。勿論南からの影響が全くのゼロだとも言いませんが、小さな例外をみつけて針小棒大に主張するほど愚かなことはありません。縄文人が南方人だと言うなら、旧石器時代に「日本」に住んでいた人達が、南方人との競争に負けて駆逐される過程を想定せねばなりませんが、誰もそんなことを主張していません。そんなことは有り得ないからでしょう(そもそも沖縄の「陸橋」は対馬以上に繋がっておらず、本土と比較してか細いものです。南方には南方の気候があって、北上すると住む動植物が違いますから、これまでの生活スタイルが通用せず、わざわざ移住する意味がありません。長距離移動すればするほどそうなります。空白域だったら、それでも人は移住しますが、先住民がいたら、よほど文化度・文明度に差がない限り、先住民にとってかわりません。そもそも地理的境界がない限り、隣接する文化・文明は似てくるのが当然です。いずれにせよ、縄文人=南方人説はどんな人がどんな理由で日本に辿りつき、「先住民」にとってか変わったかを論証しない限り成り立ちません。歴史を現在から遡る一本槍は当然危険です)。多分、南回りの要素だけをタコツボ的に注目して勘違いした説が広く流通してしまったのだと思います。日本人は一般に性格的に他人が唱えている説を誤りだとしても関心を払わず、否定しない傾向があるように思っています。それはひとつの美点ではありますが、高度情報化社会で活躍しようと考えるならば、弱点にも成り得るんじゃないかと思っています。

学問的には、縄文人の人種的特長を古モンゴロイドというようです。古モンゴロイドは北方適応していません。しかし、コーカソイドと分かれた後に北回りでアジアに到達したか南回りでアジアに到達したかの論点は存在するはずで、筆者は南回りもないですが、両方ということもないと考えており、明快に北回りという意見です。南回りがオーストラロイドで、古モンゴロイドの南下したグループがオーストラロイドと混血して東南アジア人になったのではないかと思います。根拠を全て書きませんが、言語学や歴史時代と同時代の考古学で明らかになっている範囲で南から北への民族移動の潮流はほぼ見当たりません。コーカソイドは欧州人など寒い地域にも住みますが、その北方適応は色素が抜けているところ等で、新モンゴロイドのように一重まぶたであったりはしません。北回りだから一重まぶたにならなければならないということはない訳です。新モンゴロイドは寒さが厳しい地域で生まれ一重まぶた等の特徴を獲得し、古モンゴロイドが住んでいる地域に後から移住したと考えます。弥生人に新モンゴロイドの要素が濃いことは間違いないでしょう。ただし、ここがややこしいのですが、新モンゴロイドの方が寒冷適応していながら、血統的には南方系だと考えています。その心は大陸で縄文海進といった温暖化の時期に一度南下し南方系の遺伝子を獲得した新モンゴロイドが北上したと考えるからです(一重まぶた等一度獲得した形質は寒いところを離れても容易に消えたりはしないのでしょう)。縄文時代には日本列島は誕生しており、この北上の動きに日本は基本的に関連していないと考えられます。まず一般に見ることの無い説だと思いますが、遺伝子でも大阪医科大学名誉教授松本秀雄氏の研究では(日本人は何処から来たか 日本放送出版協会 1992)、南方系の遺伝子afb1b3が日本に比べて大陸や半島に多く、沖縄は本土より少ないとなっています。新モンゴロイドが北方適応しているのが明らかなので直感的には分かり難いのですが、気候の変動と人類史を連動させて考えると、自然にそうした結論になり、それが遺伝子や考古学的証拠と一致すると筆者は考えています(一応今書きましたが、この段落の記述は後で縄文や弥生にコピーないし移すかもしれません)。

以上ですが、学説は勿論変わり得ますが、これは間違いないだろうという事実を抑えることからしか、何事も始まらないと思います。最初がわりと肝心なんですよね。遺伝子研究の進展を全く抑えていないかのような議論はどんな定説であっても、いずれ存在しなくなるんじゃないかと考えています(今は広く存在しているように見えます)。間違いを直すなら早い方がいいとは思うのですが。あるいは、こんな大して役にも立たない話に関心を持たないかです。それでものを知らないと思われることは時にあるかもしれませんが、生活上何か問題が起こる訳ではありません。筆者自身は、日本とは?日本人とは?日本文化とは?という問いを考える必要性が自分の中であって、こういうことに関心を持ち、一々纏めて発信している訳です。

※何故そう考えるか記述したので長々とした感じになりましたが、考察というのは他人の検証に耐えられるものでなければなりません。一般にはそうした考察は必要ありませんから、何故という部分を端折って歴史の記述をするなら、下線部の部分を理解してもらえば事足ります。

沖縄と旧石器時代:日本最古の人骨は山下洞人とされるようです。年代に若干の疑義はあるようですが、当時の沖縄は大陸と陸続きだったという話です(琉球列島の起源 http://rca.open.ed.jp/history/story/epoch1/kyusekki_1.html 沖縄県立総合教育センター 琉球文化アーカイブ)。遺伝子解析で現生人類(ホモサピエンス)だと分かっているようです。沖縄は骨が残り易い土壌だとされ、他にも港川原人始め旧石器時代の人骨が出土しているようです。確実な旧石器は見つかっていないようで、沖縄の広さから考えてあまり大型動物の狩猟など盛んではなかったかもしれません。本土もそうですが、旧石器時代とは概ね氷河期であり、漁労関係の遺跡はあっても海の底ではないかと考えられます。当時の気候・植生等が復元できれば、どういう生活をしていたか、ある程度推測できるかもしれません。

北海道と旧石器時代:氷河期には宗谷海峡は陸橋で大陸と繋がっていました。最近では津軽海峡も繋がっていたとされます(かつて津軽海峡は地続きだった?北海道大学 https://lne.st/2012/04/20/%E3%81%8B%E3%81%A4%E3%81%A6%E6%B4%A5%E8%BB%BD%E6%B5%B7%E5%B3%A1%E3%81%AF%E5%9C%B0%E7%B6%9A%E3%81%8D%E3%81%A0%E3%81%A3%E3%81%9F%EF%BC%9F%E5%8C%97%E6%B5%B7%E9%81%93%E5%A4%A7%E5%AD%A6/ 2012.04.20)。対馬海峡も繋がったり繋がらなかったりしているようですが、その辺の年代観は研究の進展を待つしかないと考えられます。いずれにせよ、大型哺乳類は住んでおり、本州と同様の環境だったと考えられます。北海道には火山が多く、骨が残りにくい土壌であることも同じでしょう。

旧石器時代と狩り・生活文化とその後:大型動物の狩りをしていたとすれば、行動範囲は広く(定住生活に比べて文化は細分化されず)、(獲物が持ち運び困難だったため獲物にあわせる)キャンプ生活(移動生活)を行っていたのではないかと考えられます(例えば、旧石器時代の日本列島 http://www.ranhaku.com/web04/c1/1_02.html 嵐山町WEB博物誌』※埼玉県)。大型生物を狩り尽くした後に止むにやまれず定住生活を行ったところ、結果的に時間をかけて(土器など)文化が発達し、縄文文化に移行したのではないでしょうか?また、縄文時代の実例から逆算すると、旧石器時代においてもあまり南方過ぎると、弥生時代の西日本のようにあまり大きな人口は養えなかったはずです。現代では狩猟採集は南のイメージがありますが、それは温帯が農耕に移行したからであって、当時の状況を考えると、狩猟採集が盛んだったのは北方ではないかと考えられます(沖縄は骨が土壌の関係で骨が残り易い)。動物というのは基本的に北の方が大型です。つまり狩れれば、北の方が大きな人口が養えます。植物に関しても実際のところ照葉樹林より落葉樹林の方が食物となる実が多いのは間違いありません。なぜかというと、恐らく葉が落ちたら光合成できないことが関係するのでしょう。一種の冬篭りでしょうか。

※以上11月25日追記。