ワニなつノート

子どものセンサー(その4)


子どものセンサー(その4)


このセンサーシリーズで、かいとくんの言葉を使いたいと
思っていたのですが、どう表現しようか、
ちょっと気がねしていたところ、
かいとママさんが『そのぽ』に書いてくれていました(^^)v

「思えば一年前、松戸市での就学相談会へ初めて参加した頃には、
普通学級への就学を考えながらも、
付き添いなどのことから諦めを抱いていました。
毎晩のように夫婦での話し合い、
市教委との交渉や友人との電話などの様子を察し、
「がっこう、いかないよ…」と
かいとに言わせてしまうような状態でした。…」


楽しみにしていた「がっこう」に「いかない」と、
あきらめかけたかいとくん。

はじめの頃、この子は「争ったりしてるのが嫌いだから」
と聞いたことがあります。
でも、わたしはその言葉に半分しかうなずけませんでした。

というのも、人がケンカしてるのを好きな子どもはいませんが、
でも子どもはその中身をちゃんと聞き分けていると、
わたしは思っています。

はじめて市教委に要望書を持っていったとき、
かいとくんはその場の雰囲気を嫌がっていましたし、
早く帰りたがっていました。

でも、それでも、私は「かいとくんは大丈夫」と思っていました。
根拠はありません。
でも、「大丈夫なはず」と思っていました。
市教委と言い合うことや、交渉が長引くことが
問題ではないはずと思っていました。

かいとくんは、人の気持ちの気配に敏感で賢い子ども、
とわたしは感じていました。
どこが、と聞かれても言葉にできないのですが、
一泊二日の合宿や遊びの会で「感じる」のは、そうしたことでした。


いまだから、後付けで言葉にできること(o|o)。
私が感じていたのは、かいとくんにとって重大なのは
「ママさんのことだけ」だと思っていた気がします。

かいとセンサーは、ママさんがケンカしたり、
深刻な表情で電話していたり、というそのことを
感知していたのではなく、そのときのママさんの
苦しそうな気配を感知していたはずなのです。
そのなかに「話が進まず、親としてこの子に申し訳ない」
というような気持が含まれていたとすれば、
かいとセンサーはそこに一番反応したでしょう。
だから、ママさんが「開き直る」覚悟ができれば、
ケンカしようが怒鳴り合おうが「大丈夫」と
私は思っていたのだと思います。


集会前までのかいとセンサーには、
ママさんの不安やあきらめが大半を占めていたのでしょう。
だから、ママさんの不安をなくしてあげたい…。
その原因は自分が学校にいくことに係っているらしい。
自分が学校にいくことは、ママさんの不安や、
社会や世間の常識に不本意でも従うしかないという
あきらめにつながっている…。
そんな気配を感じ取っていたように私には思えます。

そのかいとくんが、集会のときには、
100人以上の大人たちの前で立派にあいさつしました。
彼の「覚悟」を、私はしっかりと感じました。
いっしょにいたHaちゃんも同じです。

かいとセンサーが変わったのではないでしょう。
かいとセンサーは、相変わらず、
ママさんの不安をなくしたいと動いていたはずです。

では、なぜかいとくんは、あの時、大勢の人たちの前で、
あんなにも凛々しく堂々とがんばれたのか。

集会を開いたときには、
ママさんも「開き直り」と「覚悟」ができていました。
それまでの遠慮や現実への不安ではなく、
子どものためにやれるだけのことをやるという覚悟。
学校を信頼していこうという希望がありました。

そこでママさんの不安をなくすために、
かいとくんができることは、
「ぼく、がっこう、いかない」と言うことではなく、
100人の大人たちの前で、
「ぼくは一年生になります」と堂々と前を向いて歩くこと。
かいとセンサーが、そう答えを出していたのでした。

それが、大好きなママさんを「助けること」「支えること」
であったのだと、いま、気づきました。

(つづく)

コメント一覧

hiro
松戸の就学相談会に参加してきました。
娘たちも保育で大変お世話になり、
ありがとうございました。

Yoさんや会のみなさんの言葉を聞きながら、
「一緒がいい…」という
私の中の今の想いと願いを、
何度も何度も確認し、噛みしめました。

相談会を終えて思います。
療育に走ったベビーの頃、
その後いろんな疑問を抱きながら、
「一緒がいいんだ」と感じながらも、
なぜ普通級へと思いが及ばなかったのか?

子どものため、可能性の伸ばすという言葉の裏に、
知的障害への差別観をもった私が隠れていたことを、
思い知ります。

子どもにセンサーがあるならば、
親にもセンサーがあるはず。
ありのままのわが子を
丸ごと受け止め向き合っていれば、
その想いに寄り添おうとするセンサーが
働くように思います。

けれど、分けた側に居続けた時間と、経験、
その中で生み出された差別観、
目の前のちひろに向き合わず、
私の思いばかりを優先させ、
センサーを狂わせていたのだと思います。

今なお気づけずにいたなら、
私は千尋を分けてしまったかもと考えると、
震えるほど怖いです。
夫は、「怖くはないよ。それも運命だよ」
と言います。

誰の運命?
ちひろの人生は、ちひろだけのものなのに。
親がいじって、勝手に省いて、
渡してやることなんてできません。

自由に、自ら伸びゆく命を、
広い大地に放ってやらなければと思います。

この町で、障害児の普通学級就学は
前例がありません。
ちひろの笑顔を見失わず、
子ども達からたくさん教えてもらい、
人を信じ、みなさんから伺ったお話を
私の力に変えられるよう、がんばります。


ai
○センサーもなかなかのものですよ。

さて、
数ヶ月前に書いた私のコメントですが。
時々、全部削除したい気持ちにかられます。

障害のことばかりに
意識が行って、
○を見ていなかったことに。
○の気持ちに寄り添えなかったことに。
なにより、ちっとも楽しめていなかったことに。

わになつのおかげで、
私も育てられてます。

発達障害?

発達の定義そのものが、
いまいち、私にはよく解らないんですけど。

人間は、一生発達し続けるのかも・・・ね。
そう考えるのは、間違いなのかな。
発達も障害も、私は、とても一言では言い表せません。

このコメントも
消してしまいたくなる日が来るのかな。

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