理由はわかってる。
日曜日のワークショップだ。
そこでこんな質問があった。
『「どうしてそんなに普通学級にこだわるの?」と言われたけれど、なんて返したらいいのか?』
誰に言われた言葉かは分からない。
どんな状況で言われたかも分からない。
でも、素朴な疑問には思えない。
私が悪魔ならまっさきにこの世から抹消すべき性格の人間だ。
なぜなら、その質問はすべての親への質問ではない。
そもそも答えを知りたい、という質問でもない。
「どうして、こだわるの? なに考えてるの? バッカじゃない。そんなの非常識でしょ」と言っているにすぎない
と、わたしには聞こえる。
もし小学校の保護者会で、担任が全員に質問したら…。
「どうして普通学級にこだわるのですか?」
「えっ?」
「どうして、普通にこだわるのですか?」
「どうしてって、別にこだわってないけど…。
お兄ちゃんも妹もおなじだし…。」
「どうして、普通にこだわるのですか?」
「だから、こだわってないって。
っていうか、義務教育なんだから学校に行くのは当たり前でしょ。」
それでも質問がつづくとしたら…。
「どうして、フツウにこだわるのですか?」
「ちょっと待って、ちょっと待って、センセー、
《フツーにコダワル》って、なんですの?」
そう、その質問は、ふつうの親にとって、「ラッスン・ゴレ…」と同じくらい意味不明だ。
つまり、その質問は、「質問」ではなく、「ボケ」だ。
だから、ツッコんであげないといけない。
たぶん、そんなことを考えていたのと、星の王子さまが机の上においてあったせいで、夢をみた。
夢を見ながら、忘れないうちにメモしとかなくちゃと… (-。-)- zzz ゜゜゜
で、目覚めたら届いていたメール。
◇
「どうしてそんなに普通学級にこだわるのじゃ?」
「おもしろいこというね(笑)」
「別におもしろかない。わしは真面目に聞いているのだ。
障害児は特別支援と決まっているのじゃ。
それなのに、なぜ素直に従わないのじゃ。」
「それ、だれが決めたの?」
「なんじゃと?」
「だから、障害児は特別支援ってだれが決めたの?」
「誰がって、常識じゃ。」
「じょうしきぃ、そうなの? 障害児はわけるのが常識なの?」
「普通学級は名前の通り、ふつうの子どもが行くところじゃ。」
「じゃぁ、障害児はふつうの子どもじゃないの。
おじさんは、障害児は特別な子どもって思ってるの?」
「……」
「ぼくが知ってる子はみんな、ただのふつうの子どもだったけどな。
車椅子にのってるふつうの子どもだったり、
手話で話すふつうの子どもだったり、
呼吸器をつけてるふつうの女の子もいたよ。
おじさんが会った子は、ふつうの子どもじゃなかったんだ。」
「障害があるってことは、普通じゃないってことじゃ。そんなこと、常識じゃ。」
「そんな常識のがっこうには行きたくないな。あ、ぼく、もう行かなきゃ。」
◇
普通学級にこだわっているんじゃない。
分けられた子どもの痛みに、気づかないふりができないだけ。
この子が学校に行かないっていうなら、わたしは学校にこだわったりしない。
たとえばこの子が病気で入院するときには、普通学級にこだわらない。
入院が長引けば、院内学級に通うこともきっとある。
でも退院したら、また家から通うのは地域の学校、というだけ。
こだわっているんじゃない。
むしろ、障害児が普通学級にいるべきじゃないと、こだわっているのはそっちでしょ。
障害児は、障害児のための場所がある、障害児の生き方がある、
兄弟とは違う、近所の子とは違う。ふつうの子どもとは違う。
そう決めつけているのはそっちじゃないか。
決められた規則、古い常識や慣習にこだわっているのは、そっちじゃないの。
特別支援と名のつく学校はあるけど、町の中にはそんなものはない。
みんな同じ店にいくよ。
「特別支援イレブン」なんてないしね。
みんな、普通のセブンイレブンにいくよ
「どうしてセブンイレブンにこだわるのか?」
当たり前じゃん。
でも、いまは近所にセブンイレブンがあるからで、べつにセブンイレブンがつぶれてもかまわないよ。
ローソンでもミニストップでもこだわらないよ。
でも、あなただけ、特別支援イレブンで買い物しなさい、って言われたら、やっぱり、ふつうのセブンがいいっていうよ。
特別支援イレブンなら、個別で、専門家があなたの特別なニーズに応えます、って言われてもさ、
ふつうにセブンのなかで、自分でほしいものを買うからいいよ。
◇
………他にもいくつか、解読に時間のかかるメモがつづく。
でも、ここまで書き写してみてわかった。
こだわってない、ってことを言うのに、こんな夢をみるんだから、
やっぱり、わたしはこだわってる(>_<)
8歳のときからずっと、こだわってる。
半世紀近くずっと、こだわってる。
そこに、友だちがいたから。
そこに、大好きな女の子がいたから。
そこに、仲間がいたから。
生きている間、ずっと心の真ん中にいる子ども時代が、そこにあったから。
そこがなかったら、いまのわたしは、ここに、いない。
こだわるに決まってるだろ。
そこは、わたしの人生で、もっともかけがえのない居場所のひとつだ。
「この子には、ちがう」と、
だれが言える?
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