竹生嶋弁財天の御本地 ②
はっと、目覚めた聖武帝は、全身汗まみれでした。既に夜も明け、朝日が差し込んで
いました。すぐに行基を呼んだ御門は、夢の次第を語って聞かせました。その話を聞い
た行基は、しばらく考え込んでいましたが、
「これは、目出度き御夢でございます。その天女は、福神として日本に渡らせ給われる
との知らせの夢です。赤い蛇は、魔王ですが、御剣にて、退治いたしましたので、ご心
配には及びますまい。また、瑠璃の壺は、梵天より与えられた不老不死のお薬です。そ
れそれ、ご覧下さい。」
と、行基が壺の蓋を開けると、かいだことも無いような香しい高貴な香です。聖武帝が、
早速に御母上に、お与えになると、たちまちに病が平癒なされたのは、まったく不思議
な次第です。その後、御門は、この行基の甚功(じんこう)に、菩薩号を下されたので、
行基菩薩と呼ばれるようになったのです。
こうして朝廷は、大魔の宮の呪詛から逃れました。しかし、聖武天皇の気持ちには、
晴れないことが一つありました。実は、あの夢で、天女が残していった物は、薬の壺だ
けではありませんでした。天女が去った後には、琵琶も残されていたのです。
ある夕暮れ、聖武帝は、天女が残した琵琶を弾じながら、忘れられない面影を追いか
けていました。
「いともゆかしい夢の内よ。まして、実際に会ったなら、朕が心は、どうなってしまう
だろうか。この琵琶は、在りし姿の形見ぞや」
と、琵琶を抱きしめては、溜息をつくのでした。すると、不思議なことに、庭前に突然
光り輝く雲が現れ、懐かしい面差しの天女が、匂やか(におやか)に現れたのでした。
天女は、聖武帝の居る部屋の障子をさらりと開けると、
「私は、いつぞや、夢中でまみえました吉祥天ですが、その節、琵琶を忘れてしまいま
した。どうぞ、お返しください。」
と言うのでした。御門は、恋い焦がれた天女の出現に、舞い上がって手を取ると、中に
招き入れました。聖武帝は、
「そうですか、琵琶を取りに、お戻りになられたのですか。お返しすることは、簡単な
ことなのですが、この国の習いでは、他国より渡りし物を、直ぐに返すという法は無い
のです。」
と、出鱈目な事を言いました。天女は重ねて、
「これは、恨めしいことを仰ります。母の形見として、肌身離さず持っていた琵琶です
が、外道に襲われた時、あまりに慌ててしまったので、忘れてしまったのです。それを、
捨て置いては、母上様への不孝と成ります故、どうぞお返しください。」
と、涙ながらに頼むのでした。聖武帝は、かわいそうには思いましたが、どうにかして、
天女を留めておきたいと思い、
「誠に、仰せを聞けば、道理なことです。それであれば、三年は、この地に留まり、朕
に仕えなさい。そうすれば、返してあげましょう。」
と、言うのでした。天女は、これも母への孝行のため、琵琶さえ取って帰れば、地上の
三年は瞬く間のことと考え、(天の一日は、地上の1600年に当たると言う。地上の1年は約1分)
「そうであれば、仰せに従いましょう。」
と、言うのでした。聖武帝の喜びは限りなく、
「それは、誠に、なかなか。」
と、奥の一間に、打ち連れ、お入りになったのでした。
一方、滋賀の岩富の宮は、郎等どもに向かい、
「いかに、汝ら、祈る験(しるし)も現れず、この年月を送ることは、なんとも口惜し
い限りである。この上は、挙兵して、御所に押し寄せるぞ。」
と、鼻息荒く言いました。これを聞いた悪七郎は、
「それがしが、考えまするには、御門の心をお慰めするとの使いを立て、御門を招き、
御門がやって来たら、大手口に潜ませた兵で、一気に討ち滅ぼしてはいかがでしょうか。」
と、言いました。これを聞いた岩富の宮は、それは妙案であると、早速に岩瀬の藤太を
使いに立てたのでした。
さて、聖武帝は、夢に見た天女と結ばれて、今は、天和(あめわ)の宮という七歳
になる若宮にも恵まれて、日々、目出度く暮らしておりました。御門の寵愛の深いこと
は言うまでもありません。
そこに、現れたのは、大魔岩富の宮の使い、岩瀬の藤太でした。大魔の招きに、内裏
の人々は顔をしかめました。時の摂政は、
「これは、怪しい使いですぞ。大魔の宮との御仲は、常に不和でありましたのに、この
ような睦まじい使いは、何か企みあってのこと。このような御幸は、薄氷を踏むが如し、
まずは、適当なことを言って、使いを追い返しましょう。」
と、諫言しましたが、聖武帝は、
「確かに、その考えには理があるが、仲は悪いとはいっても、大魔の宮は、現在の御兄
であるぞ。例え、謀反の心があり、麻呂が殺されたとしても悔やんではならぬ。もし、
そうでは無いとしたら、その後に蒙る恨みをどうするのだ。とにかく、招きに応じて、
滋賀へ参るとしよう。」
と、勅答なされたのでした。それから、御前に藤原の経正(つねまさ)を呼び出すと、
聖武帝は、
「この度の御幸は、危険が伴うので、汝を連れて行くことにする。しっかりと守護せよ。」
と、言いました。経正は、畏まって答えました。
「若年なるそれがしに、守護せよとのお達し、末代までの面目です。」
さて、経正は、館に戻ると三人の若者を集めて、この度の大役について話をしました。
「この度の近江への御幸において、それがし、御供を仰せつかった。大事の御幸である
から、左右の心を配り、率爾に事を見ること無かれ。」
すると、金道丸は、嬉しげに進み出で、
「さて、さて、それは何よりの大役をお受けになられました。なんであれ、大魔の宮、
御謀反とあれば、心のままに思う存分働き、太刀の切れ味を試してくれん。嬉しや、嬉しや。」
と、小躍りして喜ぶと、海道丸はこれを見て、
「いかに、金道。お前は、気でも違ったか。この度の御供は、事なきように、平穏に済
ませてこそ、君のお供と言えるのだ。案者(※思慮分別に富む人)こそ勇姿というもの
だ。それをなんじゃ、騒がしい若造め。」
と、たしなめました。それを聞いた金道丸は、大いに腹を立て、
「何、それがしの若気の至りと言うのか。おのれが様な、腰の抜けた年寄りの振るまい
など、知らぬわい。髪を下ろして、山寺へも籠もっておれ。」
と、傍若無人に怒鳴るので、海道丸も、腹に据えかねて、
「何、それがし、腰抜けなれば、入道せよと言うか。いで、腰がぬけているかいないか、
見せてくれる。そこ引くな。」
と、跳んでかかれば、金道丸も飛びかかり、取っ組み合いになるところを、岩堂丸が割
って入り、
「まあまあまあ、方々、我々は、竹馬の昔より、魚と水の如くに仲良くしてきたではな
いか。大事の御門出に際して、少しの意趣遺恨は有るべからず。」
と、なだめると、盃を取り出し、
「さらば、門出を祝い、君の御供をいたしましょう。」
と、祝杯を挙げるのでした。
この者どもが心底、貴賤上下おしなべて、感ぜぬ者こそなかりけれ
つづく