猿八座 渡部八太夫

古説経・古浄瑠璃の世界

忘れ去られた物語たち 8 説経目連記 ①

2012年01月31日 15時35分22秒 | 忘れ去られた物語シリーズ

釈迦の十大弟子である目連を主人公とするこの説経は、「盂蘭盆経(うらぼんきょう)」の教えに基づいて盂蘭盆における施餓鬼の由来と、地獄について語る物語である。

説経正本集第二には、二つの目連記が収録されている。

23番は、万治から宝永年間の版とされるが太夫名が不明である。一方、24番は、天満八太夫正本とはあるが、貞享4年という年代からすると、古説経末期の作品になる。

二つの作品は、発端は共通しているが(目連出家の発端)、天満八太夫正本は、その後のストーリーの潤色が著しく、説経らしさが感じられない。そこでここでは、訥々と地獄語りをする太夫不明の「目連記」を読むことにする。

目連記(八文字屋八左衛門板)①

 春の桜が咲き栄える有様は、上求菩提(じょうぐぼだい)を発心するのに良い機会です。

秋の月が、水底に映る有様は、下化衆生(げけしゅじょう)の様子を現しています。

天は、至る所、仏土をお示しになっています。人には心があるのに、どうしてちゃんと

お勤めをしないのでしょうか。もし、人として、人間の八苦を悟り、済度を大切と思う

ならば、煩悩は直ちに菩提になるのです。天上の五衰(ごすい)を聞いて、浄土を求め

る時は、生死がそのまま涅槃となるのです。ですから、菩薩達は、失脚の外道から脱す

ることが出来たのです。

 さて、ここに神通第一の目連尊者の由来を詳しく尋ねて見ますと、その昔、天竺の

マガタ国(原文にはカモラ国とあるが、調べきれなかった。目連の生国はマガタ国であるので読み替える)

の主は、クル大王と申します。大変沢山の宝をお持ちでした。王子は二人おりました。

兄、「ほうまん」の宮は、亡くなった先の御台の子供で、十二歳になられます。弟は、

「がくまん」殿と言い、今の御台である青提夫人(じょうだいぶにん)の子供で、九歳

になられました。後に目連尊者と申すお方は、この子のことです。ご兄弟は、その年頃

よりも大人びており、大変賢く、学び残すということがありませんでしたので、大王は

これ以上の喜びは無いと、満足されとおりました。しかし、世の中の習いといいますか、

いたわしいことに、兄ほうまんは、継母からひどく憎まれていたのでした。ほうまん殿

は、夜昼と無く、乳房の母のことを思い出して涙に暮れていました。

 ある時、兄ほうまんは、乳母(めのと)の荒道丸(あらどうまる)にこう言いました。

「この世に住む以上は、この様に思い通りにならないことは、仕方の無いことであると

は思うが、自分ほど、果報に恵まれない者もないだろう。二歳の時に母を失い、今の母

上のお心の邪険さは、片時も心の休まる事がない。年を重ね、日を重ねる程に、心の憂

鬱は増ばかりで、私の居場所はどこにも無い。これも、全て、弟のがくまんが居るからだ。

どうにかして、弟のがくまんを殺してくれ。」

これを聞いた荒道丸は驚いて、

「それの仰せは、確かにもっとも至極ではありますが、殺せ言うのも相恩の主君なら、

殺されるのも現在の主君、どちらも、疎かにはできません。そのようなことは、お許し願います。」

と、平伏しました。ほうまん殿は、

「おまえの言うことも道理ではあるが、おまえは、私の母に仕えてきた譜代相伝の者で

はないか。今の私の苦しみを見れば、例え私が頼まなくとも、お前から思い立って、な

んとかするべきなのに、それを、私が頼んでも同意も無いとは、致し方無い。所詮、生

きていてもしょうがない。」

と、言うや否や脇差しを抜いて自害しようとしました。荒道丸は、その手を押しとどめると、

「それ程までに思い詰めておられるのなら、ご命令に従いましょう。それがしも、若君

様のお考えの様に内心は思っておりましたが、世のため、君のためを思うと、思い止ま

って参りました。しかし、この上は、若君の仰せに従い、一命を献げ奉りまする。」

と、思い切りました。ほうまん殿は、喜んで、

「それでは、時節を逃しては討ち損じる。幸い、今日は、折りも良い。がくまん

を、暮れ方に花園に誘い出すから、そこで討て。」

と、言いました。荒道丸は、御前を立ち出でると、ひとまず家にもどり、女房に、事の

次第を詳しく話しました。

「如何に女房、我が君様の御意に背くことはできない。この件、お受けしてきたぞ。」

女房は、これを聞くなり、

「これは、とんでもないことになりました。しかし、君の御諚とあるからは、否と言え

ば、命が惜しいと言うのと同じ事。君に仕えるこの命、君のために死ぬのであれば露ほ

ども惜しいとは思いません。がくまん殿を討った後、このことは大王にも洩れ聞こえて

おそらくは追っ手が押し寄せて来ることでしょう。その時に慌てるのではなく、心静か

な内に、最期の別れをいたしましょう。

 さて、思い起こせば、十四の夏より、共に行く年月を送って来ましたが、この春を一

期として、主君のために死ぬことの嬉しさよ。多分、仏神も哀れみ給い、極楽浄土へと

送ってくれることでしょう。それ以上に、名を万天に上げることは侍の本意です。」

と、気丈にも夫を励ましましたが、先立つものは涙ばかりです。荒道丸も共に涙に暮れ

ていましたが、こんな気弱なことでは叶わないと、思い切ると、互いに袖を振り切って、

荒道丸は、再び御殿に向かいました。

 御殿に着いた荒道丸は、とある所に忍び込んで、その日の夕暮れを待つことにしました。

 これはさておき、ほうまん殿は、自室で又、めそめそと泣いていましたが、よくよく

考えてみると、自分の命令で、弟を殺害させれば、自分はさておき、譜代相伝の乳母ま

で、巻き添えにして、誅されることは、目に見えていると思い直しました。

 ほうまん殿は、硯に向かうと、思っていることを文に認めました。その文を懐に入れ

ると、今度はがくまん殿の部屋に忍び入りました。ほうまん殿は、がくまんの小袖を羽

織ると、ふらふらと、夕暮れの花園に出て行ったのでした。

 さて、荒道丸は、ほうまん殿がそんなことを思い立ったとは露も知らずに、指示通り

に、夕暮れの花園に忍び込んで、目を凝らしました。示し合わせた通り、若君が一人で

花園の中に立っているのが見えました。荒道丸は、物音も立てずに背後から忍び寄ると、

その後ろ姿をつくづくと見て、がくまん殿と確認をしました。とても、許してはもらえ

ないにしても、御最期であることを知らせねばとも、いやいや幼き者であるから、駄々

をこねられても面倒と、しばらく逡巡しましたが、不覚をとることは出来ないと、やが

て意を決すると、するするっと走りより、その首を水も漏らさず打ち落としました。

荒道丸は、素早くその場を立ち去ると、我が家に立ち帰りました。事の次第を聞いた女房は、

「よくぞ、お帰りなされました。きっと、追っ手が押し寄せて参ります。ここで、安心

していてはいけません。ささ、ご用意を。」

と、言いました。荒道丸は、

「よくぞ、言ったり女房よ。憎っくき御台に従う軍勢、幾万騎寄せてこようとも、それ

がしが、腕の骨、太刀の金(かね)、刀の目釘が続く限り、一人も余さず討ち倒し、太

刀も刀も折れたなら、一人一人首ねじ切って、投げつけてくれる。そうして、最後は、

腹切って死ぬまでだ。」

と、躍り上がって喜ぶ荒道丸の有様は、

あっぱれ鬼神やと

感ぜぬ人こそなかりけり

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</shape>つづく

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