孫が夏休みで帰省しているときに、夏休みの宿題に何か書くためにインタビューを受けました。
2011年3月11日の出来事。
じいちゃんが津波にあった時に何を考えていたか?
津波で車を流されてどうやって帰って来たのか?
孫は震災時まだ小学1年生で2年生に進級する時でした。
あの地震での大津波の様子は見ていません。
原発事故により避難を繰り返しそのまま山形県で生活を始めて4年目。
小学1年生で震災を体験してもう5年生になってしまいました。
今年の夏休みの宿題で新聞を作ることになったそうです。
そして、俺が体験した津波のことを新聞にすることにしたみたいです。
子供にとって津波の被災したところを見るのは刺激が強すぎると思って話しいませんでしたが5年生だからもう大丈夫か?
これまでカメラに撮った写真を見せながらあの当時のことを話してやりました。
出来上がった新聞の写真が送られてきました。
東日本大震災新聞 「ぼくのおじいちゃんの3年5ヶ月」という題の新聞でした。
孫に話をしながらもう考えたくないと思っていたことが次々と思い出されてきました。
あれからもう3年5ヶ月が過ぎてしまったんです。
なんとかしなければならないと精一杯気持ちだけで突っ走って来た気がするけど、
最近なんか疲れが出てきたような気がします。
そんな姿を孫たちには見せてはいけませんね。