なんとかなるもんだよZUYAさん! ( Hey, ZUYA. You Can Do It! ) 

『なんてこったいZUYAさん!!』をVersion Up.“崖っぷちブルーズマン”ZUYA(ずうや)の悲喜交々を綴る。

音楽道...

2022年01月19日 | Music & Life 

自分が上手く行かないからと

人の人生を台無しにしてしまう輩

周りが悪い?

親が悪い?

社会が悪い?

いやいや

みんなお前が悪いのさ

 

この当て字もどうよ~

 

おはようございますZUYAさんです

両腕の痛みが激しいですが、今朝は書きたい気持ちの方が勝っていますのでボチボチ書いています(←ある意味いつも通り...)

先日、映画を観た後に上野へ移動し「お好み焼き」で失敗してしまい、結局行きつけの吞み屋でへべれけになったZUYAさん。その夜に何事もなかったかのようにブログを更新していましたが、後でスマホ内に残っていた写真を見て驚愕しました

 

 

 

 

 

お好み焼き屋の後の大衆酒場までははっきり覚えていましたが、上野駅のホームにある立ち食い蕎麦屋でコロッケ蕎麦を食い、駅の通路にあるうどん屋に移動して天婦羅うどんって...全く記憶にありません…

でもこれでその夜、お腹を下して8回もトイレに駆け込んだ理由がわかりました

 

          

 

昨夜は仕事の後、世田谷区の自由が丘へ。(住民の方には申し訳ないですが)ZUYAさんが東京で苦手な街の一つです。駅のホームに降り立った瞬間から駅の周辺、少し離れたエリア等々何もかも肌に合いません。ですから、プライベートで行くことはほぼありませんね

でも昨夜は久々に長洲辰三氏率いる「Crazy Sauce With 豊島修一」のライブで出向いた次第です。開場まで1時間ほどあったので軽く一杯やることに。これが上記の理由からどの店もピンと来ない…時間が無いので「焼き鳥」と言う名前だけで入りました。ところが...

当店の注文はスマホからお願いします」と...

 

あ~

めんどくさい店

 

最初の一杯を注文し終わるまでに、どれだけ時間がかかってるんだよ。追加で注文しようにもまた(老眼だから)眼鏡を外して小さい画面から探さないといけない...ま、二度と行きませんけどね

 

 

 

          

 

話は遡りますが、北米の農場で「黒人奴隷のようにこき使われて、ブルースの本質を身に付けたい」とそんな理由から海を越えたのは、もう20年以上前の話

ところが農場を探す拠点として最初に滞在したカナダのウィニペグで、カナダでブルースを嗜む人間なら知らない人はいないBig Dave Mcleanと出逢ったわけです

「何言ってやがる。ブルースは農場にだけあるんじゃないぞ。この街で暮らして音楽やれよ!」と言われたのは、ついこないだのようです。そう、それが全ての“始まり”でしたね。その後、大沢師匠が同じ街に暮らしていることを知り、電話帳をめくって直接電話をかけたその夜、家に呼ばれて明け方まで音楽談義をしたのもついこないだのよう

カナダでのワークビザの延長は叶いませんでした。もちろん当時なら日本食レストランのような“日本人が必要である”と言う職業ならビザは取りやすかったのですが、“寿司職人になるためにカナダに来たわけではない!”と若気の至りで突っぱねて、スタッフどころかお客でもアジア人が来ないお店で働くことを選びましたからね

 

日本に帰国して大阪にいる理由もなく、京都府北部のカメラ工場で住み込みで3カ月働いて上京資金を稼いで東京に拠点を移したのは2001年。大沢師匠に紹介された日本のロックの黎明期を支えたバンドの一つ、クリエイションの関係者を紹介してもらい縁を広げて行きました

ここで登場するのは、プロのベース弾き・栃原の兄貴と同じくプロ・ドラマーの新介の兄貴だ。この2人を介して出会ったミュージシャンは多い。竹田和夫氏はもとより、ゴダイゴの浅野さん、今や呑み仲間でもある尾形慶次郎さん...と言った具合にね

 

 

さて話を2022年1月18日に戻します。「Crazy Sauce With 豊島修一」を最初に観たのは5年ほど前(←話戻ってないやないか!)。栃原の兄貴がベースで他のメンバーは全く存知ていませんでしたが、最初の夜からステージに上げられました

その後、顔を出す度に何曲かシット・イン(飛び入り)でプレイするようになった。音楽活動を休止して“堅気”になっているZUYAさんにとっては貴重な場となっていました。辰三さん、優二さん、シューさん、そして後藤納央人さんには感謝の言葉しかありません!

って言うわりには、昨夜はライブ中に疲労とお酒と心地良い音楽で寝てしまう大失態...

 

コロナ禍によりライブを観られる機会が減ってしまい、久々にタイミングが合って嬉しかったですね。宇崎竜童さんや横浜界隈で名を売っていた辰三さんはまさに“ギター職人”と言ったプレイをする。エフェクターは使わずにアンプとギターとピッキング・ニュアンスだけで変幻自在の音を作りだします

もう1人ギターとして加わっているのが、シューさんこと豊島修一さん。そう、もんた&ブラザーズの大ヒット「ダンシング・オールナイト」でギターを弾いていた人ですね。この曲が世に出るやいなや脱退して甲斐バンドでキーボード・プレイヤーとして腕を奮います。その後、あのギター・ソロを弾いていたのは、高橋まことさんですね。2人共ご縁が有り難いことです

シューさん、実は病に倒れ、もう復帰は厳しいのではないかと聞いていました。が、今回のライブの告知に名前を見つけて、これは行かねばと思ったわけです

ライブ前に挨拶した時に、“またギター聴かせてよね”と言われた時は、いやいや俺如きがと謙遜してしまいました。ライブが終わった後に再び話す時間があり、“実は俺も膠原病が再発してしまい...”と言う話をするとまさかのシューさんが男泣き...しかもまさかのハグ...数年前のカナダ訪問以来のハグでしたが…なんか嬉しかったです

ガンダムのアムロの最後のセリフではないですが、

僕には帰れる所があるんだ

こんなに嬉しいことはない

って思ったとか思わなかったとか(←いや思ったんだろ!)

 

          

 

さて今日は休日ですが、通院日です。薬を貰っても飲んでいてもこの痛み。ステロイドの使用は相変わらず家族は許してくれない(我々の世代以上には良いイメージがないですからね...)。一見八方塞がりですが、それでもここまでやって来たんです。タイトルではないですが、きっとなんとかなるのでしょう(愚痴は止まらないけれど...)

では、2022年1月19日水曜日を生きてみます!

Have A Good Day,Folks!