敗戦直後、各府県長官宛てに「外国軍駐屯地における慰安施設について」という内務省警保局の通牒が発せらた。占領軍上陸以前に、政府が、資金を準備し、全国各地の警察署長に特別の権限と責任を与えて、占領軍相手の「性的慰安施設」を大急ぎでつくらせたのである。問題は、政府が音頭をとって警察署長を手足に使い、占領軍相手の「性的慰安施設」の開業に乗り出したことであり、まさに、「国家による売春施設」の設置であった。「決定版・神崎レポート 売春」(現代史出版会)の著者「神崎清」は、そこに至る経過を明らかにしつつ、「政府は道徳的犯罪者」と指摘している。戦時中の軍慰安所(「従軍慰安婦」)問題との深い関わりを感じざるを得ない。
また、彼は、米軍将兵の性行動が戦後日本の風俗史に与えた影響などを考察しつつ、基地売春における米軍司令官と日本警察の緊密な関係を指摘している。そして、そうした関係者の事実隠蔽の姿勢も指弾しているのである。下記は、同書からの抜粋である。文末に(中央公論 昭和28年6月)とあるが、「はしがき」を読むと「…時に応じ、求めに応じて書き散らした文章のうちで、今日的な観点に立って役立つものを一冊にまとめて、旧稿の旧仮名遣いをすべて新仮名遣いに改めて、現代史出版会から発行することにした。…」とあるので、「基地売春の実態 ー星条旗のもとにー」は独立した文章であったと考えられる。
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Ⅱ 米軍基地
基地売春の実態 ー星条旗のもとにー
政府は道徳的犯罪者
アメリカ軍の日本本土占領をむかえて、東久邇内閣は、その準備にいそがしかった。当時の無任所大臣近衛文麿の秘書官細川護貞が、最近公表した「情報天皇に達せず」を読むと、昭和20年8月21日の記事に、閣議の模様がでている。マニラの米軍総司令部と打合せをしてかえってきた軍使から報告をきいて、風紀対策を論じていたのである。
「彼らの軍規は、きわめて厳正にして、沖縄にて強姦嫌疑の者が、げんに10年の刑に服役中なり、と。また欧州上陸軍の行方不明者中、半数は強姦せるため死刑となりたる者にて、家族の不名誉を思い、行方不明とせるものなりと。娯楽設備につき、仏当局が米軍に申し出たるところ、キッパリことわりたる例あれば、我が方もかくのごときことをなすべからず、等々語れり」
敗北した日本の軍隊に対する反感が手つだって、アメリカ軍を美化しすぎたきらいはあるが、第一次世界大戦においてアメリカの援軍をむかえたフランス政府が、性的慰安施設の問題を持ちだしたときに、米軍の司令官が「ことアメリカ軍に関するかぎり、そのようなものは必要ない」と言下にしりぞけた有名な話がつたわっている。しかし、政府が実際にとった処置を見ると、8月21日の閣議では、「我が方もかくのごときことをなすべからず」といいながら、すでに3日前の8月18日、内務省警保局長から無線電信の秘密通牒でもって全国的に占領軍相手の性的慰安施設の設営を指令していたのであった。
「警察署長は、左の営業については、積極的に指導をおこない、設備の急速充実をはかるものとす。
性的慰安施設、飲食施設、娯楽場
営業に必要なる婦女子は、芸妓・公私娼妓・女給・酌婦・常習密売淫犯罪等を優先的に之に充足するものとす」
この売春サービス計画は、警察官僚の考えだしそうなことだが、熱心な支持者はだれであったか。住本利男の『占領秘録』(毎日新聞社)をひらくと、当時の警視総監坂信弥の談として、長袖の政治家、近衛文麿の激励をうけていたことがわかった。
「婦女子の問題は、内閣でも非常に心配した。私は内閣によばれ、近衛公から、『日本の娘を守ってくれ。この問題は一部長にまかせず、君が先になってやるように』といわれた。一般の婦女子を守るために、防波堤をきずくことを考えました」
おおいがたい敗戦を支えるために、太平洋の防波堤と称して、絶望的な特攻隊をつぎこんだ日本の支配者は、降伏してからも、なだれこんでくるアメリカ軍の暴行を食い止めるために、「女の特攻隊」を投入した。一貫した非人間的感覚が、その特徴である。
勧業銀行の融資をうけた資本金1億円のRAA(特殊慰安施設)をはじめ、全国いたるところで、進駐軍慰安株式会社の女郎屋がいっせいに店びらきをして、アメリカの兵隊を大々的に歓迎したのも、政府のうしろ盾があり、警察が売春業者の活動にあらゆる援助をあたえたからだった。世人は、アメリカ兵の腕にぶらさがった恥知らずのパンパンを、民族の裏切り者として非難したがるが、しかし、街頭に立つパンパンがまだ発生していなかった時期に、いち早く日本政府が組織的な手段をもってアメリカ軍に売春婦を提供していた事実を見落としてはなるまい。
閣議では「かくのごときことをなすべからず」といいながら、米軍相手の女郎屋の開設を指令した東久邇内閣の自己背理と精神分裂は、支配階級の血統として、『再軍備はしない』ととなえながら、事実上の再軍備にのりだした吉田内閣の病的症状にひきつがれている。この売春内閣の閣僚は、無任所相が近衛のほかに緒方竹虎、内相が山崎巌、外相が重光葵、蔵相が津島寿一であった。米兵相手の売春体系をつくりだして、戦後の社会的腐敗をふかめることに貢献したこれらの政治家は一種の道徳的犯罪者といわなければならぬ。すくなくとも国民の前で「道義の頽廃」などといばった口のきけない人たちである。
アメリカ軍の伝統が……
RAAが急設した女郎屋の前で、ながいながい行列をつくった個々の兵隊は別だけれども、集団売春を拒否するアメリカ軍の光輝ある伝統は、司令官の方針としておおむねまもられていたようであった。各種の記録の示すところによれば、仙台、京都、大阪などの大都会を占領した大部隊の司令官は、性的慰安施設の提供をキッパリとはねつけている。だが、地方によっては、山梨県吉田保健所長志村至厚の手記『夜の女の実態』が描いているとおり、米軍の伝統に忠実で清潔な司令官ばかりではなかった。
「吉田地区の業態者は、日本人対象の料理業兼パンパン業であったが、米軍がキャンプ・マクネアーに進駐しその数をますごとに、当番制でキャンプ・マクネアーに現地出張をなして、サービスをしたのである。当時の司令官およに軍医は、現吉田地区署を通じ、吉田保健所あてに、提供する女子についての検診を実施するよう命令した」
売春婦の提供と利用について、米軍の司令官と日本警察のあいだに緊密な連絡があったばかりでなく、キャンプ内への出張サービスという大胆な取引がゆるされていたのであった。
世界的にみれば、野蛮でだらしのない日本の旧軍隊であろうが、司令官の了解の下に、多数の売春婦を兵営内につれこんで、兵隊がかわるがわるもてあそんだというような軍規の頽廃は、まだきいたことがない。
10月16日に、GHQから性病対策に関する覚書が出されているのは、売春地帯に進撃していくアメリカの兵隊を、性病感染の危険からまもるためであった。この要求に応じて、10月22日、東京都令第1号、警視庁令第1号をもって、性病予防規則がしかれている。つづいて11月22日、厚生省が全国的な花柳病予防法特例をだした。東京都と警視庁が、戦後に手をつけた第1号の仕事が、米軍相手の売春婦の消毒であったということ、完全に消毒された売春婦の提供であったということは、集団売春を必要としたアメリカ軍の性行動を端的に裏書きするものである。
ラヴェット国防長官は、「日本の取締り法規は、売春禁止よりは性病予防を目的としている」というけれども、右の史実にあきらかなとおり、星条旗の下におこなわれたGHQの占領行政そのものが「売春禁止よりは、性病予防を目的としていた」ことが、大きな要因になっている。日本語では、このよな自己の立場を有利にするための事実に反する説明をゴマカシというのだが、英語いや米語ではなんと表現されているのであろうか。
オハラ議員は、あるいは国防長官の答弁に満足したかもしれないが、星条旗のカーテンのこちらがわで真実を知る日本人としては絶対に承認できない。要するに、司令官が「性病にさえかからなければ何をしてもかまわぬ」と、部下の兵隊を野獣のように野放しにしている軍隊は、バイブルをわすれた軍隊である。酒と女は、戦争をいやがる兵隊の麻酔薬であろうか。
しかし、問題のポイントは、アメリカの軍部が、昔の日本の軍部と同じように、都合のわるいことをかくして、国民をめくらにしようとしていることである。ほかのことは知らないが、集団売春を利用している事実のひたかくしのなかに、この危険な傾向がはっきりでてきている。(中央公論 昭和28年6月)
http://www15.ocn.ne.jp/~hide20/ に投稿記事一覧表および一覧表とリンクさせた記事全文があります。一部漢数字をアラビア数字に換えたり、読点を省略または追加したりしています。また、ところどころに空行を挿入しています。青字が書名や抜粋部分です。「……」は、文の一部省略を示します。
また、彼は、米軍将兵の性行動が戦後日本の風俗史に与えた影響などを考察しつつ、基地売春における米軍司令官と日本警察の緊密な関係を指摘している。そして、そうした関係者の事実隠蔽の姿勢も指弾しているのである。下記は、同書からの抜粋である。文末に(中央公論 昭和28年6月)とあるが、「はしがき」を読むと「…時に応じ、求めに応じて書き散らした文章のうちで、今日的な観点に立って役立つものを一冊にまとめて、旧稿の旧仮名遣いをすべて新仮名遣いに改めて、現代史出版会から発行することにした。…」とあるので、「基地売春の実態 ー星条旗のもとにー」は独立した文章であったと考えられる。
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Ⅱ 米軍基地
基地売春の実態 ー星条旗のもとにー
政府は道徳的犯罪者
アメリカ軍の日本本土占領をむかえて、東久邇内閣は、その準備にいそがしかった。当時の無任所大臣近衛文麿の秘書官細川護貞が、最近公表した「情報天皇に達せず」を読むと、昭和20年8月21日の記事に、閣議の模様がでている。マニラの米軍総司令部と打合せをしてかえってきた軍使から報告をきいて、風紀対策を論じていたのである。
「彼らの軍規は、きわめて厳正にして、沖縄にて強姦嫌疑の者が、げんに10年の刑に服役中なり、と。また欧州上陸軍の行方不明者中、半数は強姦せるため死刑となりたる者にて、家族の不名誉を思い、行方不明とせるものなりと。娯楽設備につき、仏当局が米軍に申し出たるところ、キッパリことわりたる例あれば、我が方もかくのごときことをなすべからず、等々語れり」
敗北した日本の軍隊に対する反感が手つだって、アメリカ軍を美化しすぎたきらいはあるが、第一次世界大戦においてアメリカの援軍をむかえたフランス政府が、性的慰安施設の問題を持ちだしたときに、米軍の司令官が「ことアメリカ軍に関するかぎり、そのようなものは必要ない」と言下にしりぞけた有名な話がつたわっている。しかし、政府が実際にとった処置を見ると、8月21日の閣議では、「我が方もかくのごときことをなすべからず」といいながら、すでに3日前の8月18日、内務省警保局長から無線電信の秘密通牒でもって全国的に占領軍相手の性的慰安施設の設営を指令していたのであった。
「警察署長は、左の営業については、積極的に指導をおこない、設備の急速充実をはかるものとす。
性的慰安施設、飲食施設、娯楽場
営業に必要なる婦女子は、芸妓・公私娼妓・女給・酌婦・常習密売淫犯罪等を優先的に之に充足するものとす」
この売春サービス計画は、警察官僚の考えだしそうなことだが、熱心な支持者はだれであったか。住本利男の『占領秘録』(毎日新聞社)をひらくと、当時の警視総監坂信弥の談として、長袖の政治家、近衛文麿の激励をうけていたことがわかった。
「婦女子の問題は、内閣でも非常に心配した。私は内閣によばれ、近衛公から、『日本の娘を守ってくれ。この問題は一部長にまかせず、君が先になってやるように』といわれた。一般の婦女子を守るために、防波堤をきずくことを考えました」
おおいがたい敗戦を支えるために、太平洋の防波堤と称して、絶望的な特攻隊をつぎこんだ日本の支配者は、降伏してからも、なだれこんでくるアメリカ軍の暴行を食い止めるために、「女の特攻隊」を投入した。一貫した非人間的感覚が、その特徴である。
勧業銀行の融資をうけた資本金1億円のRAA(特殊慰安施設)をはじめ、全国いたるところで、進駐軍慰安株式会社の女郎屋がいっせいに店びらきをして、アメリカの兵隊を大々的に歓迎したのも、政府のうしろ盾があり、警察が売春業者の活動にあらゆる援助をあたえたからだった。世人は、アメリカ兵の腕にぶらさがった恥知らずのパンパンを、民族の裏切り者として非難したがるが、しかし、街頭に立つパンパンがまだ発生していなかった時期に、いち早く日本政府が組織的な手段をもってアメリカ軍に売春婦を提供していた事実を見落としてはなるまい。
閣議では「かくのごときことをなすべからず」といいながら、米軍相手の女郎屋の開設を指令した東久邇内閣の自己背理と精神分裂は、支配階級の血統として、『再軍備はしない』ととなえながら、事実上の再軍備にのりだした吉田内閣の病的症状にひきつがれている。この売春内閣の閣僚は、無任所相が近衛のほかに緒方竹虎、内相が山崎巌、外相が重光葵、蔵相が津島寿一であった。米兵相手の売春体系をつくりだして、戦後の社会的腐敗をふかめることに貢献したこれらの政治家は一種の道徳的犯罪者といわなければならぬ。すくなくとも国民の前で「道義の頽廃」などといばった口のきけない人たちである。
アメリカ軍の伝統が……
RAAが急設した女郎屋の前で、ながいながい行列をつくった個々の兵隊は別だけれども、集団売春を拒否するアメリカ軍の光輝ある伝統は、司令官の方針としておおむねまもられていたようであった。各種の記録の示すところによれば、仙台、京都、大阪などの大都会を占領した大部隊の司令官は、性的慰安施設の提供をキッパリとはねつけている。だが、地方によっては、山梨県吉田保健所長志村至厚の手記『夜の女の実態』が描いているとおり、米軍の伝統に忠実で清潔な司令官ばかりではなかった。
「吉田地区の業態者は、日本人対象の料理業兼パンパン業であったが、米軍がキャンプ・マクネアーに進駐しその数をますごとに、当番制でキャンプ・マクネアーに現地出張をなして、サービスをしたのである。当時の司令官およに軍医は、現吉田地区署を通じ、吉田保健所あてに、提供する女子についての検診を実施するよう命令した」
売春婦の提供と利用について、米軍の司令官と日本警察のあいだに緊密な連絡があったばかりでなく、キャンプ内への出張サービスという大胆な取引がゆるされていたのであった。
世界的にみれば、野蛮でだらしのない日本の旧軍隊であろうが、司令官の了解の下に、多数の売春婦を兵営内につれこんで、兵隊がかわるがわるもてあそんだというような軍規の頽廃は、まだきいたことがない。
10月16日に、GHQから性病対策に関する覚書が出されているのは、売春地帯に進撃していくアメリカの兵隊を、性病感染の危険からまもるためであった。この要求に応じて、10月22日、東京都令第1号、警視庁令第1号をもって、性病予防規則がしかれている。つづいて11月22日、厚生省が全国的な花柳病予防法特例をだした。東京都と警視庁が、戦後に手をつけた第1号の仕事が、米軍相手の売春婦の消毒であったということ、完全に消毒された売春婦の提供であったということは、集団売春を必要としたアメリカ軍の性行動を端的に裏書きするものである。
ラヴェット国防長官は、「日本の取締り法規は、売春禁止よりは性病予防を目的としている」というけれども、右の史実にあきらかなとおり、星条旗の下におこなわれたGHQの占領行政そのものが「売春禁止よりは、性病予防を目的としていた」ことが、大きな要因になっている。日本語では、このよな自己の立場を有利にするための事実に反する説明をゴマカシというのだが、英語いや米語ではなんと表現されているのであろうか。
オハラ議員は、あるいは国防長官の答弁に満足したかもしれないが、星条旗のカーテンのこちらがわで真実を知る日本人としては絶対に承認できない。要するに、司令官が「性病にさえかからなければ何をしてもかまわぬ」と、部下の兵隊を野獣のように野放しにしている軍隊は、バイブルをわすれた軍隊である。酒と女は、戦争をいやがる兵隊の麻酔薬であろうか。
しかし、問題のポイントは、アメリカの軍部が、昔の日本の軍部と同じように、都合のわるいことをかくして、国民をめくらにしようとしていることである。ほかのことは知らないが、集団売春を利用している事実のひたかくしのなかに、この危険な傾向がはっきりでてきている。(中央公論 昭和28年6月)
http://www15.ocn.ne.jp/~hide20/ に投稿記事一覧表および一覧表とリンクさせた記事全文があります。一部漢数字をアラビア数字に換えたり、読点を省略または追加したりしています。また、ところどころに空行を挿入しています。青字が書名や抜粋部分です。「……」は、文の一部省略を示します。