
サッ、と雪は無意識の内に顔を上げた。青白く血の気の引いた顔をしながら。
それを見た横山は、ニヤニヤとした笑いを堪え切れないようだった。
「ようやく夢から覚めたか?」

クククク、と笑いながら横山は、呆然としている雪に顔を寄せて口を開いた。
「しっかりしろよ。いい年した小娘が、白馬の王子様の夢なんか見ちゃってさぁ!」

お前マジでもう終わり‥と横山は続けようとしたが、
次の瞬間雪が携帯に手を伸ばした。

パッ!と横山の携帯を奪った雪は、それを抱え込むようにして彼に背を向けた。
「なっ何だぁ?!勝手に人の携帯‥!」

今度は横山が雪に向かって手を伸ばす。しかし雪にはやらなければならないことがあった。
脳裏には、先ほど目にしたあのメールが蘇る。
”そう?雪ちゃんは翔のこと好きみたいだけど”

頭の中で警鐘が鳴る。心の中で、炎が燃える。
雪は早鐘を打つ鼓動を感じながら、必死で考えていた。
あんな言葉、誰にだって簡単に言える‥。でも確認しなきゃ‥

携帯電話を見て、確認しなければならない。けれど携帯を見つめながら、雪の手が止まる。
何を? 何を確認するの?

真実を隠した扉へと、導火線の炎が近づいていく。心の中には灰色の煙が、もうもうと立ち上っていく。
それは私にも分からないけど‥

煙った空間。一寸先も見えない。
雪は携帯を抱え込んだまま、そのまま動けなくなった。
「出しやがれ!」

固まった雪に、横山が声を荒げて手を伸ばす。
しかし次の瞬間、横山と雪の間に、ある人物が割り込んで来た。
「横山先輩、スンマセン!」

現れたのは、福井太一だった。
目を丸くする雪に、太一は意味ありげに目配せをする。


太一は横山の方へ向き直り、突然この間の謝罪をし始めた。
「横山先輩!どう考えても俺が間違っていたようなので、謝ろうと思ってこのように飛んできまシタ!」

横山は突然現れた太一に動揺し、太一は強引に謝罪を続けた。
彼は雪を手助けする為に、こうやって横山を引き留めているのだ。
「何なんだよいきなり!んな必要ねーだろ!」
「いえいえいえいえ、皆謝れって言ってますヨ。それが正論なのデス」

横山が足止めを食らっている間に、雪は早速携帯をチェックし始めた。
メールの送信者である、”青田先輩”と登録してある番号を表示する。
先輩の番号と末尾が違うみたいだけど‥?

雪は疑問符を浮かべながらも、とりあえず通話開始ボタンを押した。
携帯を渡したがらなかったことからしても、何か隠しているに違いない。
雪の後ろでは、太一と横山が取っ組み合いのような格好になっている。
「後輩の俺が先輩に暴力を振るうなんて、本当に間違っていましタ!和解の意味で、一緒にプロレスやりましょう!」
「このヤロ‥何でプロレスなんだよ!やめ‥ぐわあああああ!」

プルルル、と何度かコール音を聞いた後、電話は繋がった。
「ったく誰よ‥。度々電話してくんじゃねーよ‥ムカつく‥」

その声を聞いて、雪は目を丸くした。
お‥女??

電話に出たのは、女だったのだ。「アンタ何なの?」と女は続けて聞いてくる。
雪は、とりあえず言葉を続けた。
「も‥もしもし?あの‥あ、青田淳先輩の携帯じゃないんですか?」
「え?何? 青田淳??」

通話先には女が出るわ、その女は”青田淳”にピンと来てないわで、雪は息を吐いた。
横山の奴、やっぱりデタラメ言いやがった‥。

雪は顔を上げると、通話先の女に「すみません間違えました」と言おうとした。
このまま電話を切って、そして横山を追及しようと。

すると通話先の女が口を開いた。予想外の事実を口に出す。
「あぁこれ、青田淳の携帯だけど」

「はい?」

雪は聞き間違えたかと思い、携帯に耳を強く当て直した。
後ろではプロレス技を掛けられた横山の呻きがとどろき、とてもうるさいのだ。女は続けて聞いてくる。
「アンタは誰で、何で淳のこと探してんの?」
「え、え?そちらはどなたなんですか‥?」

雪の問いに、通話先の女は答えることなく話を続ける。
「あたしのが先に聞いたんじゃんか~アンタ誰なのって。
誰なのか教えてくれたら、あたしも話してあげるけど?」

何なのこの人、と雪は思った。始めて会話するというのに、あまりにも無礼な態度だ‥。
しかしこの人がどういう人で、何でこの携帯を持っているのかを知らなければならない。
雪は覚悟を決めると、自分の名を名乗った。
「‥私は、赤山雪という者ですが」

弟と同居している家のキッチンでその電話を受けていた河村静香は、その耳を疑った。
赤貝だか赤川だか、今までその名を曖昧にしか覚えていない静香だったが、今本人がその名を口にしたのだ。
「これ先輩の電話番号ですよね?どうして末尾が‥」

そう続ける彼女の言葉など、静香の耳には入らなかった。
「赤山雪? アンタが赤山雪なの?」

そう口に出すと、笑いが込み上げて来た。
そして静香は甲高い声で狂ったように笑った。その声は通話口から溢れ出る程大きく、雪は携帯から耳を外す。

暫し続いていた笑い声が途切れると、ようやく雪はそろりと携帯を再び耳に当てた。
女の低い声が、携帯から聞こえて来る。
「マジどうかしてる!執念深い女だね~?この番号はどうやって知ったのぉ?」

訳が分からなかった。この女が誰で、どうして自分を知っているのか。
そう問いかけてみても、通話先の女は曖昧な返事で煙に巻くだけだ。
クックックッ‥

依然として女は甲高い声で笑い続けている。雪はもう一度問いかけた。
あなたが誰で、どうして私と先輩のことを知っているのかと。
「あたしが誰かって?てか会ったじゃない、この前。
記憶力が金魚くらいしか無いとか‥wどうやって大学まで行けたの?」

静香はこの間大学にて痛い目を合わせたのが、今通話している赤山雪だと思っていた。(実際は清水香織だったのだが)
あの冴えない淳の彼女‥。

静香の心の導火線に、熱く激しい炎が灯る。
「この前はこの話しなかったっけ?」と口に出しながら静香は、手に持ったそれに火をつけた。

メラメラと、それは端から徐々に燃えて行った。
もう一度未来へ一歩踏み出した、弟の楽譜。それは黒い灰となりながら、ハラハラと崩れ落ちて行く。
「あたしは、淳の彼女だけど?」

静香はそう口にした。
炎上する弟の未来を目にしながら、何もかも燃え尽くされてしまえばいいのに、と。
導火線を伝っていた火が、周りに燃え広がり空間が燃えていく。
雪は今にも爆発しそうな爆弾の前で、携帯を握り締めたまま立ち尽くしていた‥。

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<炎上>でした。
太一、ファインプレー!

もう本当どこまでいい奴‥。怪力ですし(笑)
さて‥もう修羅場まっただ中ですね。
次回は<煙>です。
モノローグ込みの少し短めの記事となります。
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