「はぁ‥」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/47/b9/2238f6de45c4106bea2523ef2ddcf232.jpg)
聡美と太一の元を離れトイレに向かった雪は、頭を抱えながら一人廊下を歩いていた。
先ほど彼から向けられた視線が頭を離れない‥。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/15/39/27bc238cd267dce1cc0a8d4f3aa9a4f7.jpg)
こんなことをしていては試験に差し障る。
一人で振り回されてバカを見て‥こんな状態でどうやって彼に勝つと言うんだろう‥。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5f/b8/fe4d472838d3e0ef4f76494b57b9b4d3.jpg)
そう思いながら雪がふと顔を上げると、前方から彼が歩いて来るのが見えた。
ロングコートを羽織り、セーターにジーンズという出で立ちの長身の彼。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5d/34/b3a2ea6a68ef68f9bae348e85b53e429.jpg)
伏目がちに歩く彼の頬に、長い睫毛の影が落ちる。
彼は雪の方へは視線を流さぬまま、ゆっくりとこちらに向かって歩いて来る。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4d/ad/f8ab774b626247d4ce733b6fd0993d4f.jpg)
雪は何も考えられぬまま、その場で足を止め一人狼狽した。
自分に何か用があるのだろうか。用があるならば、なぜ自分の方を見ないのか‥。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/37/a3/90201c9b62222b74c59243e9a60ca260.jpg)
だんだんと彼との距離が近くなる。
雪は彼の顔がそれ以上見れず、動揺の最中に視線を下に逸らした。嫌な汗が頬を伝う。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/72/05/e55071eb6422f6b505079af2bcd72977.jpg)
地面を見ている雪の視線の先に、彼の高級そうな靴がある。
大きな歩幅で、スピードを緩めずその靴はこちらに向かって来る。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0c/ec/7eb8c6c20d0af0019e43ab195ac2cd93.jpg)
雪はたじろいだ。視線をキョロキョロと彷徨わせながら、一人心の中で考える。
な、何を話せば‥まだほんの数日しか経ってないのに‥
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/47/1a/ce4cffda25937aab644ebf628f9e90e8.jpg)
胸の中のわだかまりはまだ随分固く、心の整理も依然として出来ていなかった。
当惑する雪だったが、次の瞬間目線の先の靴が、突然くるっと方向を変えた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7d/4d/d38513df5760fe869e9db43c4f1af7e8.jpg)
雪が呆気に取られて目線で追ったその背中は、自販機の前にあった。
彼は雪の方を向くことなく、何か飲み物を買っている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/01/ee/b9f8b203189837b40762f498d79f25cf.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/03/7e/bc1661da3520a24ff3b1d848a88a4791.jpg)
雪はあんぐりと口を開けた。
そしてだんだんと怒りが湧いてきて、そのまま彼に構わずトイレへと歩いて行った。
何でいつも墓穴を掘るのは私の方かなぁ?!
あっちから先に話し掛けるまで黙ってるぞ私は!非があるのはあっちなんだし‥!
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/32/96/e0ce9075bda2e7620bdcba3535eeb6a9.jpg)
用を済ませて手を洗う間も、雪の心は荒れていた。
いつも振り回されるのは自分だという思いと、飄々とした態度の彼に腹が立つ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/54/10/c1b5c4013afc818f5444cb56988940c0.jpg)
しかしひとしきり感情が高ぶり終わると、急に疲労感が襲って来た。
馬鹿みたい‥と雪は一人呟きながら、溜息を吐いてトイレから出る。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6a/0b/fcb2e866b61771660795318e32bc4941.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/05/b3/bf22185b7073aa266ab7382d7394f4a6.jpg)
そして出入口から出た雪が目にしたものは、予想外の光景だった。
壁の前に彼がいる。彼はじっと、彼女を待っていたのだ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/01/ad/e96e5de68683f465ecce76a70842d5dd.jpg)
雪は複雑な思いを抱えながら、その場に立ち尽くした。
彼は彼女に向かって歩いて来る。
そして目の前に彼が来た時、雪はビクッと身を竦めた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7b/50/cb3a4b476e6ef3aaad9093604a7d04ee.jpg)
淳はポケットから手を出すと、手のひらに握っていた缶コーヒーを差し出した。
雪はその場で身動ぎも出来ぬまま、差し出された缶コーヒーに視線を落とす。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6b/94/455e6399b2e105c5e204c3f0b1138acf.jpg)
彼は何も言わなかった。
ただ無言のまま、缶コーヒーを差し出している。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/42/80/88c25e0ffafd892a1af15b9553e134ed.jpg)
突然の彼との遭遇とその行動に、雪は小さく溜息を吐いた。
紡ぐ言葉など、何も見つからない。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1b/64/f0de9bbf6c35f22675c9bea121966e7a.jpg)
雪は彼から目を逸らすと、
「今コーヒー飲んだとこで‥」と口にして、彼から少し身体を離した。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/09/ac/a03ba59e99f3eb894aca617e6d965c17.jpg)
突然、目の前から彼が消えた。
淳は彼女に向かって手を伸ばすと、背後から雪のことを抱き締める。
「!!」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/67/b7/5183dcf263fe11dec62cdb46e44883b0.jpg)
一瞬、何が起きたのか分からなかった。
気がつけば自身が、彼の中に埋まっていた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/16/0a/2dd5cb10efee1a3d39c656383c5e16c3.jpg)
そして状況を理解出来るようになるまでの間、淳は強く雪のことを抱き締め続けていた。
頭を前に倒し、彼女の髪に顔を埋める。
ようやく状況の把握が出来て来た雪の身体は硬直し、次第に顔が赤くなって行く。
「あ‥」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3d/5f/df6243cb376eb2df5dbb2765ed1a84ed.jpg)
掠れた声が口をついて出る。雪は小さく抵抗しながら、
「ちょっ‥ちょっと待って‥」と言うのが精一杯だった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/12/d5/9508cffb6f95bb255dbcfda35206aada.jpg)
雪はアセアセと周りを見回した。人が来るんじゃないかとハラハラする。
すると、不意に凭れ掛かるように彼女を抱き締めていた彼が、そっと彼女の肩にその手を置いた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/31/95/1d2fdda284296d1d98b31fc7db5967a2.jpg)
少し彼女の服を掴むように指を折り、彼女の髪に埋めていた顔を上げる。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7c/62/8c49d327b157721153cd6f29a62837f5.jpg)
ゆっくりとした動作だった。
雪はそのままの姿勢で、目線だけ上に上げて彼の顔を見る。
彼の瞳が、超至近距離で彼女の瞳を見つめている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/20/be/d216c17f724b86467581b7b63e87f9e2.jpg)
その距離、僅か数センチ。
彼女の色素の薄い瞳と、彼の深く蒼がかった瞳が、無言で相対する。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0f/f6/bcf52612bd086d95cd5356d5150c0455.jpg)
淳は再び身を屈め、より深く雪に寄りかかった。
雪は目を見開いたまま、じっと彼の行動に身を任せている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/73/0d/4d2a82dbfd1e032b68c46fb30316f3fc.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/67/5e/5f28e26ef372a79942ad61dc82279168.jpg)
背を向けた彼女に追い縋るような、真っ直ぐ立っている彼女を引き留めるような、
そんな姿勢は二人の象徴だった。
彼は久々に出向いた大学で、いつも通りのノイズと見せかけの笑顔で溢れたその世界で、
唯一の理解者さえも背を向けるその現実を感じているのだ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/44/3c/12e2ae2db2370ec12872e0d991e0fb59.jpg)
深い孤独。
誰も居ない暗い闇に取り残された彼の、無言のSOS‥。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6d/b5/e31e109c9c61047f53874c9a755622c2.jpg)
抱き締める腕の強さに、甘えるように凭れ掛かるその仕草に、雪は言葉にならない彼の闇を知る。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/47/4d/8d95c539f325ca2bb4431135f11ba96e.jpg)
淳は雪の手に自分の手を這わせると、ゆっくりとその手を上に向けた。
そしてその彼女の手に、そっと缶コーヒーを握らせる。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2c/08/9745c7f2413b39fe9c92fe6b3ceb16a2.jpg)
やがて淳は雪の肩に手を置くと、彼女を立たせてスッと身を離した。
先ほどの時間など、まるで無かったかのように。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/31/8e/1d18e07895d3ca10b6459a7d556e7db6.jpg)
そしてそのまま雪に背を向け、振り返ることなく彼は行ってしまった。
雪は缶コーヒーを手にしたまま、無言でその背中をじっと見つめている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2f/94/b2ce342b4167e4448bbd9d061ee63bde.jpg)
全身から、未だ彼の香りがする。
彼の手に握られていた缶コーヒーは、すっかりぬるくなってしまっている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4a/b9/8b6d8879b5ee81b22a9dfe4fe9c49184.jpg)
雪は今の状況と自分の気持ちを持て余しながら、ただその場で立ち尽くしていた。
心の中がざわざわと騒ぎ始めるのを、もう止められそうには無かった‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<無言のSOS>でした。
先輩が買った缶コーヒーはこれかな?
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/78/f4/0fb66677212b7bb5dc4cca441968944f.jpg)
以前3部1話でも先輩飲んでましたね。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/08/a9/9ab6f8589e60405ea2915d97b4e25ad1.jpg)
差し出された缶コーヒーは、彼の雪に対する気持ちの象徴でしょうね。
要らないといわれても押し付けるように手渡し、去って行く先輩の後ろ姿に哀愁が漂います‥。
次回は<波乱を呼ぶグラフィティー>です。
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聡美と太一の元を離れトイレに向かった雪は、頭を抱えながら一人廊下を歩いていた。
先ほど彼から向けられた視線が頭を離れない‥。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/15/39/27bc238cd267dce1cc0a8d4f3aa9a4f7.jpg)
こんなことをしていては試験に差し障る。
一人で振り回されてバカを見て‥こんな状態でどうやって彼に勝つと言うんだろう‥。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5f/b8/fe4d472838d3e0ef4f76494b57b9b4d3.jpg)
そう思いながら雪がふと顔を上げると、前方から彼が歩いて来るのが見えた。
ロングコートを羽織り、セーターにジーンズという出で立ちの長身の彼。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5d/34/b3a2ea6a68ef68f9bae348e85b53e429.jpg)
伏目がちに歩く彼の頬に、長い睫毛の影が落ちる。
彼は雪の方へは視線を流さぬまま、ゆっくりとこちらに向かって歩いて来る。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4d/ad/f8ab774b626247d4ce733b6fd0993d4f.jpg)
雪は何も考えられぬまま、その場で足を止め一人狼狽した。
自分に何か用があるのだろうか。用があるならば、なぜ自分の方を見ないのか‥。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/37/a3/90201c9b62222b74c59243e9a60ca260.jpg)
だんだんと彼との距離が近くなる。
雪は彼の顔がそれ以上見れず、動揺の最中に視線を下に逸らした。嫌な汗が頬を伝う。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/72/05/e55071eb6422f6b505079af2bcd72977.jpg)
地面を見ている雪の視線の先に、彼の高級そうな靴がある。
大きな歩幅で、スピードを緩めずその靴はこちらに向かって来る。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0c/ec/7eb8c6c20d0af0019e43ab195ac2cd93.jpg)
雪はたじろいだ。視線をキョロキョロと彷徨わせながら、一人心の中で考える。
な、何を話せば‥まだほんの数日しか経ってないのに‥
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/47/1a/ce4cffda25937aab644ebf628f9e90e8.jpg)
胸の中のわだかまりはまだ随分固く、心の整理も依然として出来ていなかった。
当惑する雪だったが、次の瞬間目線の先の靴が、突然くるっと方向を変えた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7d/4d/d38513df5760fe869e9db43c4f1af7e8.jpg)
雪が呆気に取られて目線で追ったその背中は、自販機の前にあった。
彼は雪の方を向くことなく、何か飲み物を買っている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/01/ee/b9f8b203189837b40762f498d79f25cf.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/03/7e/bc1661da3520a24ff3b1d848a88a4791.jpg)
雪はあんぐりと口を開けた。
そしてだんだんと怒りが湧いてきて、そのまま彼に構わずトイレへと歩いて行った。
何でいつも墓穴を掘るのは私の方かなぁ?!
あっちから先に話し掛けるまで黙ってるぞ私は!非があるのはあっちなんだし‥!
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/32/96/e0ce9075bda2e7620bdcba3535eeb6a9.jpg)
用を済ませて手を洗う間も、雪の心は荒れていた。
いつも振り回されるのは自分だという思いと、飄々とした態度の彼に腹が立つ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/54/10/c1b5c4013afc818f5444cb56988940c0.jpg)
しかしひとしきり感情が高ぶり終わると、急に疲労感が襲って来た。
馬鹿みたい‥と雪は一人呟きながら、溜息を吐いてトイレから出る。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6a/0b/fcb2e866b61771660795318e32bc4941.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/05/b3/bf22185b7073aa266ab7382d7394f4a6.jpg)
そして出入口から出た雪が目にしたものは、予想外の光景だった。
壁の前に彼がいる。彼はじっと、彼女を待っていたのだ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/01/ad/e96e5de68683f465ecce76a70842d5dd.jpg)
雪は複雑な思いを抱えながら、その場に立ち尽くした。
彼は彼女に向かって歩いて来る。
そして目の前に彼が来た時、雪はビクッと身を竦めた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7b/50/cb3a4b476e6ef3aaad9093604a7d04ee.jpg)
淳はポケットから手を出すと、手のひらに握っていた缶コーヒーを差し出した。
雪はその場で身動ぎも出来ぬまま、差し出された缶コーヒーに視線を落とす。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6b/94/455e6399b2e105c5e204c3f0b1138acf.jpg)
彼は何も言わなかった。
ただ無言のまま、缶コーヒーを差し出している。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/42/80/88c25e0ffafd892a1af15b9553e134ed.jpg)
突然の彼との遭遇とその行動に、雪は小さく溜息を吐いた。
紡ぐ言葉など、何も見つからない。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1b/64/f0de9bbf6c35f22675c9bea121966e7a.jpg)
雪は彼から目を逸らすと、
「今コーヒー飲んだとこで‥」と口にして、彼から少し身体を離した。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/09/ac/a03ba59e99f3eb894aca617e6d965c17.jpg)
突然、目の前から彼が消えた。
淳は彼女に向かって手を伸ばすと、背後から雪のことを抱き締める。
「!!」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/67/b7/5183dcf263fe11dec62cdb46e44883b0.jpg)
一瞬、何が起きたのか分からなかった。
気がつけば自身が、彼の中に埋まっていた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/16/0a/2dd5cb10efee1a3d39c656383c5e16c3.jpg)
そして状況を理解出来るようになるまでの間、淳は強く雪のことを抱き締め続けていた。
頭を前に倒し、彼女の髪に顔を埋める。
ようやく状況の把握が出来て来た雪の身体は硬直し、次第に顔が赤くなって行く。
「あ‥」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3d/5f/df6243cb376eb2df5dbb2765ed1a84ed.jpg)
掠れた声が口をついて出る。雪は小さく抵抗しながら、
「ちょっ‥ちょっと待って‥」と言うのが精一杯だった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/12/d5/9508cffb6f95bb255dbcfda35206aada.jpg)
雪はアセアセと周りを見回した。人が来るんじゃないかとハラハラする。
すると、不意に凭れ掛かるように彼女を抱き締めていた彼が、そっと彼女の肩にその手を置いた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/31/95/1d2fdda284296d1d98b31fc7db5967a2.jpg)
少し彼女の服を掴むように指を折り、彼女の髪に埋めていた顔を上げる。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7c/62/8c49d327b157721153cd6f29a62837f5.jpg)
ゆっくりとした動作だった。
雪はそのままの姿勢で、目線だけ上に上げて彼の顔を見る。
彼の瞳が、超至近距離で彼女の瞳を見つめている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/20/be/d216c17f724b86467581b7b63e87f9e2.jpg)
その距離、僅か数センチ。
彼女の色素の薄い瞳と、彼の深く蒼がかった瞳が、無言で相対する。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0f/f6/bcf52612bd086d95cd5356d5150c0455.jpg)
淳は再び身を屈め、より深く雪に寄りかかった。
雪は目を見開いたまま、じっと彼の行動に身を任せている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/73/0d/4d2a82dbfd1e032b68c46fb30316f3fc.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/67/5e/5f28e26ef372a79942ad61dc82279168.jpg)
背を向けた彼女に追い縋るような、真っ直ぐ立っている彼女を引き留めるような、
そんな姿勢は二人の象徴だった。
彼は久々に出向いた大学で、いつも通りのノイズと見せかけの笑顔で溢れたその世界で、
唯一の理解者さえも背を向けるその現実を感じているのだ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/44/3c/12e2ae2db2370ec12872e0d991e0fb59.jpg)
深い孤独。
誰も居ない暗い闇に取り残された彼の、無言のSOS‥。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6d/b5/e31e109c9c61047f53874c9a755622c2.jpg)
抱き締める腕の強さに、甘えるように凭れ掛かるその仕草に、雪は言葉にならない彼の闇を知る。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2d/0e/ec6f4f3b46742c331f3c58aa12543520.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/47/4d/8d95c539f325ca2bb4431135f11ba96e.jpg)
淳は雪の手に自分の手を這わせると、ゆっくりとその手を上に向けた。
そしてその彼女の手に、そっと缶コーヒーを握らせる。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2c/08/9745c7f2413b39fe9c92fe6b3ceb16a2.jpg)
やがて淳は雪の肩に手を置くと、彼女を立たせてスッと身を離した。
先ほどの時間など、まるで無かったかのように。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/31/8e/1d18e07895d3ca10b6459a7d556e7db6.jpg)
そしてそのまま雪に背を向け、振り返ることなく彼は行ってしまった。
雪は缶コーヒーを手にしたまま、無言でその背中をじっと見つめている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2f/94/b2ce342b4167e4448bbd9d061ee63bde.jpg)
全身から、未だ彼の香りがする。
彼の手に握られていた缶コーヒーは、すっかりぬるくなってしまっている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4a/b9/8b6d8879b5ee81b22a9dfe4fe9c49184.jpg)
雪は今の状況と自分の気持ちを持て余しながら、ただその場で立ち尽くしていた。
心の中がざわざわと騒ぎ始めるのを、もう止められそうには無かった‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<無言のSOS>でした。
先輩が買った缶コーヒーはこれかな?
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/78/f4/0fb66677212b7bb5dc4cca441968944f.jpg)
以前3部1話でも先輩飲んでましたね。
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差し出された缶コーヒーは、彼の雪に対する気持ちの象徴でしょうね。
要らないといわれても押し付けるように手渡し、去って行く先輩の後ろ姿に哀愁が漂います‥。
次回は<波乱を呼ぶグラフィティー>です。
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