
淳は目の前の雪が俯いているのを、不思議な思いで見つめていた。
下を向き、何かを考え込んでいる彼女。

雪ちゃん? と淳が彼女の名を呼ぶと、彼女も彼の呼び名を口に出した。
「先輩‥」

「ん?」と優しく呼応する彼を前にして、雪は顔を上げかけたが、再び俯いた。
そして俯いたまま、遂に本題を口に出す。
「去年‥私が先輩に、横山のことで問い詰めたことがあったじゃないですか」

「覚えてますか?」

俯いたままの雪の前で、淳は目を見開いた。
遂に恐れていたことが、現実になってしまった現状を前にして。

彼女は俯いている。
垂れた厚い前髪でその瞳は窺えなかったが、きつく結んだ口元が見えた。

淳は俯いた彼女から見えない角度で、暫し視線を天に漂わせた。
この場面で自分がどう振る舞うべきか最良な答えを検索し、物事の行く末を想像する。先の手を読む棋士のように。

そしてやがて、淳は彼女の方へと視線を下した。
俯瞰するように彼女を見つめながら、辿り着いた結論を頭に浮かべながら。

「うん」

ヒヤッと、雪は自分の背中に冷たい汗が流れるのを感じた。しかし騒ぐ胸中を押さえながら、淡々と事実を確認する。
「それで‥私が去年横山からどんなことをされたのか、先輩に一通り説明しました。
分かりますね?」

雪の言いたいことがほぼ読めた淳は、眉を寄せて口を開いた。
雲行きの怪しい展開だけれども、肯定するしか道は無い。

「分かるよ」

彼が肯定したことで、舞台は整った。恐ろしく、目を背けたくなるような舞台だが。
しかしここで逃げ出すわけには行かなかった。雪は青白い顔を、バッと彼の方に向ける。

見上げた彼は、良いとも悪いとも言えない表情をしていた。
言うならばニュートラル。ギアが後ろに入ろうが前に入ろうが、対応して行けるような。

雪は、すぐには言葉が出てこなかった。
どこから手を付けて良いのか迷いながら、言葉を綻ばす。

真っ直ぐに彼を見つめながら、雪はようやく言葉を紡ぎ始めた。
着火の原因となったあのメールこそが、全ての根源だ。
「今日‥横山が‥」

「去年先輩が送ってきたっていうメールを見せて来ました‥」

「そのメール、本当に先輩が送ったんですか?」

見開いた彼女の瞳を、淳は俯瞰するように眺めていた。
能面のような顔をして自分を見上げる彼女を、淳もまた無表情のまま見つめている。

雪はその場に突っ立ったまま、彼への追及を続けた。
しかしその口調は一本調子でロボットのようだった。感情を挟まず淡々と、彼女は彼に真実の在処を確認する。
「去年の夏休み、本当に横山とそんなやり取りをしたんですか?
”私が横山のことが好きだ”って、そんな内容のメールを容易く送ったのは、本当に先輩なんですか?」

雪はそう一言で言い切ると、暫し目を見開いたまま淳のことを見上げていた。
秋も深まった夜の風は冷たく、町中の喧騒はどこか遠く感じる。

二人は向き合ったまま暫く時を過ごした。
間に横たわるその真実を前にして、彼女を見つめる淳の顔が僅かに歪む。

まるで悪戯が見つかってスネている子供のような、そんな表情を彼は浮かべていた。
面白くない展開だが否定する道は残されていない、そんな状況に閉口した子供のように。
「そうだよ」

容易く肯定したかのように見える彼を前にして、
雪は鼓動が早まるのを感じていた。嫌な汗が背中を伝い、胸中がザワザワと騒ぎ出す。

落ち着け落ち着け、と雪は自らに言い聞かせながら、もう一度彼に確認する。
「‥先輩が送ったということで、合ってますね?」

雪からの再確認に、淳は頷いた。彼は「あれは横山が‥」と口に出そうとしたが、それよりも早く雪が口を開く。
「電話したら、ちがう人が出たんです!」 「!」

この雪の発言には、淳も驚かされた。予想外とも言えるその展開に、淳の顔が曇る。
「”先輩の彼女だ”って言ってました」

どういうことですか、と問い詰める彼女を前にして、淳の瞳が翳った。
「何だって?」

思い浮かぶあのイラつく幼馴染みが、ニヤニヤと笑う顔が脳裏に浮かぶ。
淳は下を向き、一つ深く息を吐いた。

そして淳は冷静に説明を始めた。
「雪ちゃん、その女は亮の姉の河村静香だよ」

「以前家が亮達をサポートしていたという話をしたことがあっただろう?」

雪の脳裏に、以前近藤みゆきと立ち寄った店にて、静香と邂逅した時の記憶が蘇った。
物騒な言葉を口に出しながら、狂ったような笑みを浮かべた彼女‥。
あの女の人が‥?

彼女が、”自分は淳の彼女だ”と言った‥。俯く雪に、淳は淡々と説明を続ける。
「俺が使っていた携帯をそのまま譲ることになって、番号も似ていたから‥。
あの子が俺の彼女だって話だけど‥きっと本人が強がったのと、ただ君をからかったんだろう」

雪の心の中で、幾つものパーツが引っかかった。”携帯を譲った”、”あの子”、”メールを送った”‥。
俯く雪を前に、淳は静香とのことを弁明する。
「金の為に俺にそうしているだけであって‥今の俺は二人に対して悪感情しか持ってないし。
まして彼女だなんて‥絶対にそれは違う。静香の話なんて全く気に留めなくて良い」

雪は俯いたままだったが、とりあえず河村静香とのことはそこまでにしておくことにした。
「それで、それが別の番号だってことは分かるんですが‥」

彼女とのことは、根本の問題から派生した二次的問題だ。
爆発の原因となった根本の問題は、今雪が口にする言葉にこそある。
「何でそんなこと、したんですか?」

雪の問いが、徐々に真実を辿って行く。
目を背けたくなるような現実が、目の前に迫ってくる‥。
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<流出(2)>でした。
色々と囁かれる先輩のこの表情の意味‥。

私は「あ~あバレちゃった」という意味だと解釈しました。
それこそ告げ口した横山にスネる子供のように。
彼の横山に対する制裁が怖いですね‥。ブルブル。
次回は<流出(3)>です。
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