雪は帰りの地下鉄のホームで電車を待ちながら、一人息を吐いてげっそりしていた。
もう死にそう‥マジで‥

ただでさえ中間試験で頭が痛いというのに、横山からは再びストーカー行為をされ清水香織からは変に絡まれ‥。
再び繰り返されるさざ波のような災難に、雪は閉口していた。
すると雪の耳に、聞き慣れた声が聞こえて来た。
「お~いダメ~ジヘア~!よっ!」

河村亮だった。彼は手を振りながら雪に近づくと、ニヤリと笑って話し掛ける。
「何だ?図書館行くんじゃなかったのか?」
「‥止めました。考えてみたら行かない方がいいです」

雪は横山のことを思い出してゲンナリしたが、
気分を変えて亮に「ピアノの方は上手く行ってますか^^」と質問した。

亮は顔を顰めながら「毎日ゲンコツ食らってばっかだ  ̄- ̄」と答え、
そのまま二人は沈黙した。

俯きがちに小さく溜息を吐く雪を見て、亮の脳裏に先日目にした光景が浮かんで来た。
夜道で淳と雪が言い合いをしていた。
淳の元から逃げるように去る彼女は、苦しそうな表情を浮かべていた‥。

どこか落ち込んでいるように見える雪を前に、亮は心のままに口を開く。
「お前もしかして‥淳と何か‥」

そう口にしたところで、雪は亮の方を向いた。
彼女の切れ長の大きな目が、亮のことを真っ直ぐに見つめる。

こう真正面から見つめられては、それ以上聞くのは野暮だと思われた。
亮は首を何度か横に振ると、誤魔化すかのようにストレッチを始める。
「あ、イヤイヤ‥な、仲良くしてっかぁ~?あ~疲れた‥」

亮は心の中で、何でこんな質問しちまったんだと己を責めていた。
その後もブツブツと言い訳を口にする亮を見て、雪はフッと軽く笑う。

そして深く溜息を一つ吐くと、観念したように口を開いた。
「やっぱり全部駄々漏れですか‥ちょっと‥あんまり良くなくて‥」

そう言って俯く雪を見て、亮は気まずそうに相槌を打った。そして諭すように言葉を続ける。
「そ、そうか?まぁ、男女の仲にゃ色々あっからな!」

オレには関係ねーけど、と言って亮は取り繕うように笑った。
そんな亮の隣で彼を見上げていた雪は、イタズラな表情で口を開く。
「ねぇ河村氏、思い出してみれば‥初めて会った時、この場所で話し掛けて来ましたよね?
お前青田淳とどういう関係だーって」

あれはまだ春学期が開講して間もない頃だった。
いきなり現れて不躾な質問をして来た彼の印象は、ハッキリ言って良くなかった。

雪はあの時のことを思い出して、不敵な笑みを浮かべて話を続けた。
「あの時は何このヤンキーと思ったもんですよ」

そう口にしながらも、雪は心の中で思う。でもイケメンと思ったことは内緒にしておこう‥と。
そんな彼女を見て亮は、意地悪な顔をして彼女に近づいた。
「あぁ?そのヤンキーに頭突きしたお前は何だ?ヤ◯ザか?
見てっとお前はマジで時々ヤバイことやらかすから恐ろしいぜ‥」

亮に頭突きをしたり、塾で男子学生に突っかかって行ったり‥。何かと危なっかしい雪に、亮がそれとなく釘を刺す。
けれど雪も自分からしたくてしたわけではなく、相手が自分を怒らせるからだと口にした。
亮と雪の会話は続く。
「テメーはそんな状況になったら全部のケンカ買うってか?」
「うわ~笑っちゃう!河村氏はムカつく人が居ないってんですか?」

雪はそう言い返した。すぐに手が出る亮から言われたら堪らない。
亮は眉を寄せると、天を仰いで息を吐いた。
「まぁ、いるっちゃいるな。静香のガキと、じゅ‥」

つい口から淳の名前が出かかり、
ハッと気が付くと気まずそうに雪が亮を見上げていた。

いやまぁその‥と亮は言葉を濁し、誤魔化すように渇いた笑いを立てる。
バレバレなのだが‥。

雪は亮の口から「静香と淳」が出たことで、心の一部が騒ぐのを感じた。
気まずそうに未だ笑いを立てている亮に、それとなく質問をする。
「あのところで‥河村氏のお姉さんと先輩って‥すごく‥仲良いんですか?」

雪からの質問に、亮は「は?」と片眉を上げて聞き返す。
雪は首を横に振りながら、幾分気まずそうに話を続けた。
「あ、いえその‥今はそんなに良い関係じゃないってことは知ってるんですけど、
それでもそれなりには気兼ねの無い関係に思えて‥」
「そりゃまぁ、幼馴染みだから‥」

亮はそう口にしてから、彼女の質問の意図を推し量って聞いてみる。
「どーしたよ?気になんのか?」

雪は「いや、まぁ‥」と言葉を濁してから、黙り込んだ。
気まずそうな表情を浮かべながら、そのまま二人は立ち尽くす。

電車を待つ人波の間で、暫し亮と雪は口を噤んだまま肩を並べて立っていた。
二人の心の中には同じ様に、淳と静香の姿が浮かんでは消える。

すると亮が突然、雪の方を向いて拳を固めて見せて来た。強い口調で口を開く。
「おい、もし家の姉ちゃんと喧嘩することがあれば、まずは髪の毛を引っ掴めよ!」
「はい?!」

そう口にした亮は、女同士のケンカのイロハを雪に説き始めた。
まずは先制攻撃として髪の毛を掴み、次は床に引き倒して‥と彼の教えは続く。

戸惑う雪に、亮は姉の危険性を切々と説明した。
以前服屋で見かけたあのクレイジー女を思い出せと言って‥。
雪と亮が初めて会ったその場所で、彼等は気を使うこと無く会話した。
時に笑い合い、時に罵り合い‥。

そんな親しい空気を震わせて、電車はホームに滑り込んでくる。
亮が初めて彼女に会った時は、電車に乗った彼女をそのまま見送った。

そして出会って半年経った今は、共に同じ電車に乗って、同じ街へと帰路を辿る‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<初めて会ったその場所で>でした。
亮と雪の関係も、初めの頃に比べて格段に近づきましたねぇ。
初めて二人が会った場所で繰り広げられる会話だからこそ、その空気の温かさが伝わってきます。
そして初めて亮が話し掛けた時も今も、二人の間に淳が居る、という構図は変わっていませんね。
この図が今後変わることになるのか‥先を見守ることにしましょう‥。
次回は<ピアノとオレとアイツとお前>です。
人気ブログランキングに参加しました
人気ブログランキングへ
引き続きキャラ人気投票も行っています~!
もう死にそう‥マジで‥

ただでさえ中間試験で頭が痛いというのに、横山からは再びストーカー行為をされ清水香織からは変に絡まれ‥。
再び繰り返されるさざ波のような災難に、雪は閉口していた。
すると雪の耳に、聞き慣れた声が聞こえて来た。
「お~いダメ~ジヘア~!よっ!」


河村亮だった。彼は手を振りながら雪に近づくと、ニヤリと笑って話し掛ける。
「何だ?図書館行くんじゃなかったのか?」
「‥止めました。考えてみたら行かない方がいいです」

雪は横山のことを思い出してゲンナリしたが、
気分を変えて亮に「ピアノの方は上手く行ってますか^^」と質問した。

亮は顔を顰めながら「毎日ゲンコツ食らってばっかだ  ̄- ̄」と答え、
そのまま二人は沈黙した。

俯きがちに小さく溜息を吐く雪を見て、亮の脳裏に先日目にした光景が浮かんで来た。
夜道で淳と雪が言い合いをしていた。
淳の元から逃げるように去る彼女は、苦しそうな表情を浮かべていた‥。

どこか落ち込んでいるように見える雪を前に、亮は心のままに口を開く。
「お前もしかして‥淳と何か‥」

そう口にしたところで、雪は亮の方を向いた。
彼女の切れ長の大きな目が、亮のことを真っ直ぐに見つめる。

こう真正面から見つめられては、それ以上聞くのは野暮だと思われた。
亮は首を何度か横に振ると、誤魔化すかのようにストレッチを始める。
「あ、イヤイヤ‥な、仲良くしてっかぁ~?あ~疲れた‥」

亮は心の中で、何でこんな質問しちまったんだと己を責めていた。
その後もブツブツと言い訳を口にする亮を見て、雪はフッと軽く笑う。

そして深く溜息を一つ吐くと、観念したように口を開いた。
「やっぱり全部駄々漏れですか‥ちょっと‥あんまり良くなくて‥」

そう言って俯く雪を見て、亮は気まずそうに相槌を打った。そして諭すように言葉を続ける。
「そ、そうか?まぁ、男女の仲にゃ色々あっからな!」

オレには関係ねーけど、と言って亮は取り繕うように笑った。
そんな亮の隣で彼を見上げていた雪は、イタズラな表情で口を開く。
「ねぇ河村氏、思い出してみれば‥初めて会った時、この場所で話し掛けて来ましたよね?
お前青田淳とどういう関係だーって」

あれはまだ春学期が開講して間もない頃だった。
いきなり現れて不躾な質問をして来た彼の印象は、ハッキリ言って良くなかった。

雪はあの時のことを思い出して、不敵な笑みを浮かべて話を続けた。
「あの時は何このヤンキーと思ったもんですよ」

そう口にしながらも、雪は心の中で思う。でもイケメンと思ったことは内緒にしておこう‥と。
そんな彼女を見て亮は、意地悪な顔をして彼女に近づいた。
「あぁ?そのヤンキーに頭突きしたお前は何だ?ヤ◯ザか?
見てっとお前はマジで時々ヤバイことやらかすから恐ろしいぜ‥」

亮に頭突きをしたり、塾で男子学生に突っかかって行ったり‥。何かと危なっかしい雪に、亮がそれとなく釘を刺す。
けれど雪も自分からしたくてしたわけではなく、相手が自分を怒らせるからだと口にした。
亮と雪の会話は続く。
「テメーはそんな状況になったら全部のケンカ買うってか?」
「うわ~笑っちゃう!河村氏はムカつく人が居ないってんですか?」

雪はそう言い返した。すぐに手が出る亮から言われたら堪らない。
亮は眉を寄せると、天を仰いで息を吐いた。
「まぁ、いるっちゃいるな。静香のガキと、じゅ‥」

つい口から淳の名前が出かかり、
ハッと気が付くと気まずそうに雪が亮を見上げていた。

いやまぁその‥と亮は言葉を濁し、誤魔化すように渇いた笑いを立てる。
バレバレなのだが‥。

雪は亮の口から「静香と淳」が出たことで、心の一部が騒ぐのを感じた。
気まずそうに未だ笑いを立てている亮に、それとなく質問をする。
「あのところで‥河村氏のお姉さんと先輩って‥すごく‥仲良いんですか?」

雪からの質問に、亮は「は?」と片眉を上げて聞き返す。
雪は首を横に振りながら、幾分気まずそうに話を続けた。
「あ、いえその‥今はそんなに良い関係じゃないってことは知ってるんですけど、
それでもそれなりには気兼ねの無い関係に思えて‥」
「そりゃまぁ、幼馴染みだから‥」

亮はそう口にしてから、彼女の質問の意図を推し量って聞いてみる。
「どーしたよ?気になんのか?」

雪は「いや、まぁ‥」と言葉を濁してから、黙り込んだ。
気まずそうな表情を浮かべながら、そのまま二人は立ち尽くす。

電車を待つ人波の間で、暫し亮と雪は口を噤んだまま肩を並べて立っていた。
二人の心の中には同じ様に、淳と静香の姿が浮かんでは消える。

すると亮が突然、雪の方を向いて拳を固めて見せて来た。強い口調で口を開く。
「おい、もし家の姉ちゃんと喧嘩することがあれば、まずは髪の毛を引っ掴めよ!」
「はい?!」

そう口にした亮は、女同士のケンカのイロハを雪に説き始めた。
まずは先制攻撃として髪の毛を掴み、次は床に引き倒して‥と彼の教えは続く。

戸惑う雪に、亮は姉の危険性を切々と説明した。
以前服屋で見かけたあのクレイジー女を思い出せと言って‥。
雪と亮が初めて会ったその場所で、彼等は気を使うこと無く会話した。
時に笑い合い、時に罵り合い‥。

そんな親しい空気を震わせて、電車はホームに滑り込んでくる。
亮が初めて彼女に会った時は、電車に乗った彼女をそのまま見送った。

そして出会って半年経った今は、共に同じ電車に乗って、同じ街へと帰路を辿る‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<初めて会ったその場所で>でした。
亮と雪の関係も、初めの頃に比べて格段に近づきましたねぇ。
初めて二人が会った場所で繰り広げられる会話だからこそ、その空気の温かさが伝わってきます。
そして初めて亮が話し掛けた時も今も、二人の間に淳が居る、という構図は変わっていませんね。
この図が今後変わることになるのか‥先を見守ることにしましょう‥。
次回は<ピアノとオレとアイツとお前>です。
人気ブログランキングに参加しました


