A大学は試験期間。同じく美術科も試験である。
小西恵はカフェにて、真面目に勉強に取り組んでいた。

そんな恵の姿を、向かいに座る赤山蓮は頬杖をついて眺めていた。
ニヤニヤと、目の前の彼女(仮)を見て目を細める。

蓮は鼻歌を歌いながら、暫し恵の前で時間を持て余していたが、
退屈しているわけではなさそうだった。至極満足そうに、蓮は彼女の前で時を過ごしている。


暫し勉強に集中していた恵だったが、ふと目線を上げて蓮の方をチラと見た。
彼は携帯を片手に、何やらゲームをしているようだ。

恵はゲームに集中する蓮を、そのままじっと眺めてみた。
こうして見ると、大きくなったなぁ‥。なんか男らしくもなったし‥。

恵は蓮の切れ長の瞳や、広くなった肩幅に目を留める。
幼い頃から傍に居た蓮の端々に”男”を感じて、どこかむず痒く恥ずかしい。

恵は一旦ペンを置き頬杖をつくと、蓮に話し掛けた。
「蓮‥留学生活はどうだったの?またすぐ戻んなきゃいけないんでしょ?」

恵からの質問に、蓮は気乗りしない返事を返す。
「‥つまんない」 「つまんないの?」 「うん。アメリカって思ってたよりマジでつまんないの」

蓮の答えに、恵は意外な思いを乗せて言葉を返した。
「どうして?留学に行くって、あんなに楽しそうに‥」

蓮は、恵が全てを言い終わる前に口を開く。
「それは海外に出て行けば、
お前みたいに何か好きなことが見つかるとばかり思ってたんだよね」

蓮は何かを誤魔化すように、ヘラッと笑いながら言葉を続けた。
「けどそういうことを探すことはおろか、授業はともかく日常会話すらもヤバくてさ。
少し経ってからある程度話せるようにはなったけど、結局言葉が通じる者同士でツルンじゃって。なんかこれはねーな、って」

蓮は一つ息を吐くと、恵のことをじっと見つめて最後にこう言った。
「ずっと、故郷に残してきた人達のことばっか考えてたよ」

蓮はそう言った後、恵の方を見てフッと笑った。
自分の弱さを晒した彼は少し、気恥ずかしそうだった。

恵はじっと蓮を見つめた。
蓮のその瞳の中に、自分に対する彼の思いを仄かに感じる。

実は、恵の中でずっと引っかかっていることがあった。
恵は彼の瞳を見つめていた視線を下に落とし、ポツリと小さな声で彼に問う。
「‥じゃあ何で‥留学のこと、話してくれなかったの?」

恵がそう口に出したことで、二人は互いに高校生の時の記憶を辿った。
蓮の留学が決まったあの日、実は彼は恵にそれを報告するつもりだった。
なぁキンカン!俺今度‥!

頬を上気させて彼女の元に走って来た蓮を見上げて、恵は微笑んだ。
いつものように無邪気な笑顔で。

その顔を見た途端、蓮は何も言えなくなってしまったのだ。
この天使のような笑顔が、曇るところなど見たくはなくて。

そして結局出発当日まで言い出せなかった。
空港に向かう車に乗り込む時にようやく、恵は蓮が留学することを知った。
えっ?!聞いてなかったの?

驚いている雪の前で、恵は目を丸くし、蓮は戸惑った。
しかしフライトの時間は待ってはくれず、二人の関係はそれきりになったのだ‥。

「なんか‥お前の顔見たら言葉が出てこなかったのよ」

蓮は気まずそうにそう言ったが、やがて笑顔になって恵にだけわざとそうしたわけではないことを話した。
留学に行くことは本当に親しい友人にしか言ってなかった、サプライズ留学だったんだと、おどけながら。

二人は暫し会話を重ね、やがて恵がトイレに席を立った。
一人残された蓮は暫く携帯ゲームに興じていたが、やがてそれにも飽きて欠伸する。


ふと、机の上に置いてある恵のスケッチブックが目に留まった。
退屈を持て余した蓮はゆっくりと、一人それに手を伸ばす‥。

トイレにて恵は、鏡を見ながら身だしなみを整えた。
ずっと引っ掛かっていた疑問も解け、心が軽かった。恵は自然と笑顔になって、一人彼との未来を考える。
とにかく試験が終わったら、一緒に色々な所に遊びに行こっと。
身体は大きくなっても中身は全然子供‥

先ほど蓮の言った留学が言い出せなかった経緯を思い出して、恵はくすりと笑う。
自分だけに内緒にしていたわけではないことを知って、ほっと安心する。

また新たな気持ちで、恵は蓮と向き合えそうだった。
しかしトイレから帰って来た恵を待っていたのは、驚愕の表情を浮かべる蓮であった。

疑問に思った恵が、蓮の見ているものを覗き込んだ。
そしてそれが何であるか分かった瞬間、恵はさっと青ざめた。

趣味で書き溜めていた、青田淳の絵であった。恵はその姿勢のまま、暫し固まってしまっている。
蓮はしどろもどろになりながら、必死に弁解を始めた。
「い、いや俺はただ‥そこにノートがあったから‥お前の絵をちょっと見てみようと‥」

見るからに動揺している蓮を前に、恵も狼狽した。両の手の平を見せながら、彼女もまた必死に弁解する。
「ちょ、ちょ、誤解しないで!そ、それはただ顔がいいから好きなだけで‥」
「”顔がいい”‥”好き”‥」 「違うってば!
」

誤解を生むワードだけを抜き取って口にする蓮に、恵は声を荒げて否定を続けた。
しかし蓮のショックは隠し切れない。顔を青くして、視線を彷徨わせてしまっている。

蓮は身支度を整えると、恵に背を向けヨロヨロと歩き出した。
「あ‥ちょっと急な用事を思い出して‥試験勉強ガンバレよ‥俺、先行くわ‥」

ちょっと、と恵は蓮を引き留めようと呼びかけるが、蓮は振り向かなかった。
「姉ちゃんには内緒にしとくからさ‥」

蓮はそう小さく口にすると、後ろ手に手を振ってそのまま行ってしまった。
小さくなる彼の背中に、恵はつぶやくように弁解する。
「ち、違うんだってば‥」

一つ誤解が解けたと思ったら、また一つ生じてしまった。
恵は偶然の悪戯に戸惑いながら、その場で一人立ち尽くす。
スケッチブックに描かれたその男は、何も知らずに笑っていた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<波乱を呼ぶグラフィティー>でした。
恵ちゃん‥これは気まずい‥
蓮が誤解するのもしょうがないですな‥。
そして今回手書き文字が全然読めなくて‥。
記事に折り込めず申し訳ありません

次回は<密告とパラドックス>です。
人気ブログランキングに参加しました
人気ブログランキングへ
引き続きキャラ人気投票も行っています~!
小西恵はカフェにて、真面目に勉強に取り組んでいた。

そんな恵の姿を、向かいに座る赤山蓮は頬杖をついて眺めていた。
ニヤニヤと、目の前の彼女(仮)を見て目を細める。

蓮は鼻歌を歌いながら、暫し恵の前で時間を持て余していたが、
退屈しているわけではなさそうだった。至極満足そうに、蓮は彼女の前で時を過ごしている。


暫し勉強に集中していた恵だったが、ふと目線を上げて蓮の方をチラと見た。
彼は携帯を片手に、何やらゲームをしているようだ。

恵はゲームに集中する蓮を、そのままじっと眺めてみた。
こうして見ると、大きくなったなぁ‥。なんか男らしくもなったし‥。


恵は蓮の切れ長の瞳や、広くなった肩幅に目を留める。
幼い頃から傍に居た蓮の端々に”男”を感じて、どこかむず痒く恥ずかしい。

恵は一旦ペンを置き頬杖をつくと、蓮に話し掛けた。
「蓮‥留学生活はどうだったの?またすぐ戻んなきゃいけないんでしょ?」

恵からの質問に、蓮は気乗りしない返事を返す。
「‥つまんない」 「つまんないの?」 「うん。アメリカって思ってたよりマジでつまんないの」

蓮の答えに、恵は意外な思いを乗せて言葉を返した。
「どうして?留学に行くって、あんなに楽しそうに‥」

蓮は、恵が全てを言い終わる前に口を開く。
「それは海外に出て行けば、
お前みたいに何か好きなことが見つかるとばかり思ってたんだよね」

蓮は何かを誤魔化すように、ヘラッと笑いながら言葉を続けた。
「けどそういうことを探すことはおろか、授業はともかく日常会話すらもヤバくてさ。
少し経ってからある程度話せるようにはなったけど、結局言葉が通じる者同士でツルンじゃって。なんかこれはねーな、って」

蓮は一つ息を吐くと、恵のことをじっと見つめて最後にこう言った。
「ずっと、故郷に残してきた人達のことばっか考えてたよ」

蓮はそう言った後、恵の方を見てフッと笑った。
自分の弱さを晒した彼は少し、気恥ずかしそうだった。

恵はじっと蓮を見つめた。
蓮のその瞳の中に、自分に対する彼の思いを仄かに感じる。

実は、恵の中でずっと引っかかっていることがあった。
恵は彼の瞳を見つめていた視線を下に落とし、ポツリと小さな声で彼に問う。
「‥じゃあ何で‥留学のこと、話してくれなかったの?」

恵がそう口に出したことで、二人は互いに高校生の時の記憶を辿った。
蓮の留学が決まったあの日、実は彼は恵にそれを報告するつもりだった。
なぁキンカン!俺今度‥!

頬を上気させて彼女の元に走って来た蓮を見上げて、恵は微笑んだ。
いつものように無邪気な笑顔で。

その顔を見た途端、蓮は何も言えなくなってしまったのだ。
この天使のような笑顔が、曇るところなど見たくはなくて。

そして結局出発当日まで言い出せなかった。
空港に向かう車に乗り込む時にようやく、恵は蓮が留学することを知った。
えっ?!聞いてなかったの?

驚いている雪の前で、恵は目を丸くし、蓮は戸惑った。
しかしフライトの時間は待ってはくれず、二人の関係はそれきりになったのだ‥。


「なんか‥お前の顔見たら言葉が出てこなかったのよ」

蓮は気まずそうにそう言ったが、やがて笑顔になって恵にだけわざとそうしたわけではないことを話した。
留学に行くことは本当に親しい友人にしか言ってなかった、サプライズ留学だったんだと、おどけながら。

二人は暫し会話を重ね、やがて恵がトイレに席を立った。
一人残された蓮は暫く携帯ゲームに興じていたが、やがてそれにも飽きて欠伸する。


ふと、机の上に置いてある恵のスケッチブックが目に留まった。
退屈を持て余した蓮はゆっくりと、一人それに手を伸ばす‥。

トイレにて恵は、鏡を見ながら身だしなみを整えた。
ずっと引っ掛かっていた疑問も解け、心が軽かった。恵は自然と笑顔になって、一人彼との未来を考える。
とにかく試験が終わったら、一緒に色々な所に遊びに行こっと。
身体は大きくなっても中身は全然子供‥

先ほど蓮の言った留学が言い出せなかった経緯を思い出して、恵はくすりと笑う。
自分だけに内緒にしていたわけではないことを知って、ほっと安心する。

また新たな気持ちで、恵は蓮と向き合えそうだった。
しかしトイレから帰って来た恵を待っていたのは、驚愕の表情を浮かべる蓮であった。

疑問に思った恵が、蓮の見ているものを覗き込んだ。
そしてそれが何であるか分かった瞬間、恵はさっと青ざめた。

趣味で書き溜めていた、青田淳の絵であった。恵はその姿勢のまま、暫し固まってしまっている。
蓮はしどろもどろになりながら、必死に弁解を始めた。
「い、いや俺はただ‥そこにノートがあったから‥お前の絵をちょっと見てみようと‥」

見るからに動揺している蓮を前に、恵も狼狽した。両の手の平を見せながら、彼女もまた必死に弁解する。
「ちょ、ちょ、誤解しないで!そ、それはただ顔がいいから好きなだけで‥」
「”顔がいい”‥”好き”‥」 「違うってば!


誤解を生むワードだけを抜き取って口にする蓮に、恵は声を荒げて否定を続けた。
しかし蓮のショックは隠し切れない。顔を青くして、視線を彷徨わせてしまっている。

蓮は身支度を整えると、恵に背を向けヨロヨロと歩き出した。
「あ‥ちょっと急な用事を思い出して‥試験勉強ガンバレよ‥俺、先行くわ‥」

ちょっと、と恵は蓮を引き留めようと呼びかけるが、蓮は振り向かなかった。
「姉ちゃんには内緒にしとくからさ‥」

蓮はそう小さく口にすると、後ろ手に手を振ってそのまま行ってしまった。
小さくなる彼の背中に、恵はつぶやくように弁解する。
「ち、違うんだってば‥」

一つ誤解が解けたと思ったら、また一つ生じてしまった。
恵は偶然の悪戯に戸惑いながら、その場で一人立ち尽くす。
スケッチブックに描かれたその男は、何も知らずに笑っていた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<波乱を呼ぶグラフィティー>でした。
恵ちゃん‥これは気まずい‥

蓮が誤解するのもしょうがないですな‥。
そして今回手書き文字が全然読めなくて‥。
記事に折り込めず申し訳ありません


次回は<密告とパラドックス>です。
人気ブログランキングに参加しました


