
中間考査初日は、雲ひとつ無い晴天が続いていた。
ようやく図書館を後にした蓮は無事恵に会えたし、亮は先生に「雑に弾くな」と怒られながらもピアノに精を出した。



そして雪は今日最後のテストを受け、ようやく日程から解放された。
(答案用紙を集めるのは、久しぶりに読者の前に姿を現した遠藤さんだろうか?)

身支度を整える雪を見ながら、聡美が図書館に行くのかと聞いてきた。
しかし雪は先程の横山の行動が思い出され、今日はもうこのまま家に帰ると聡美に告げる。

するとそんな雪の耳に、「その服どこで買ったの?」という声が聞こえてきた。
雪が振り向くと、そこには得意そうな笑みを浮かべた香織が居た。
「その辺のデパートで買ったのよ。雑誌を見て買ったんだけど、結構いいでしょ?」

香織の隣に居る女学生が、カワイイと言って頷いた。続けて香織のことを褒めそやす。
「最近香織ちゃん女っぽくなったよねー」

そう言われた香織はまんざらでもない表情でニヤついていたが、女学生が続けた言葉にギクッとする。
「この前まではちょっとボーイッシュな感じじゃなかった?何か雪ちゃんに似た‥」

違うわ、と言って香織は女学生の方に向き直った。取り繕うような言葉を続ける。
「こ‥好みのスタイルが似てる部分があって、少しの間カブってただけよ。
もう三年で就活も控えてるし、ああいうスタイルは捨てようと思ったの。女らしいスタイルの方がいいでしょう?」

「その方が無駄にケンカをふっかけられなくて済むし」と、
香織はチラと雪の方へ視線を流して言った。ニヤついた笑みを浮かべながら。

するとそこには、香織の方をじっと窺っている雪が居た。
ジットリとした視線で彼女の根底まで見透かすような、その鋭い瞳。

雪には先程香織が話していた内容が全て聞こえていた。
まるで自分に非などないと言わんばかりの彼女の態度に、開いた口が塞がらない。

雪からそんな表情を向けられた香織は、息を飲んだ後素知らぬフリで雪から顔を背けた。
まるで何事も無かったかのように香織は振る舞う。

そんな彼女を見た聡美は、苛立ちながら呟いた。
「笑わせんな!喜んでマネしてたのはどこのどいつだっつーの

「もうマネしないなら良いことにしよ。良い方に考えよ、良い方に」

雪は聡美に半分、自分に半分言い聞かせるつもりでそう口にした。
厄介な事柄にはもう関わらず、とにかく今は試験に集中しようと心に決める。
「あ、そうだ」

すると直美が、とあることを思い出して香織に話し掛けた。
「アンタ前に雪ちゃんに謝るって言ってなかった?」

直美の言葉を聞いて、香織は「まだ‥」と口ごもりながら身を強張らせた。
先日、同期の子らや直美の信頼を取り戻したくて打った芝居を思い出す。

あの時「雪に謝罪をしたい」と言った香織の台詞を、直美は覚えていたのだった。
彼女に諭すように、直美は言葉を続ける。
「だったら行って謝んな。いつまで先送りすんのよ。
レポートをコピペしたことはどう考えてもアンタの非なんだから。皆の前で謝るって言ったのは香織自身じゃない」

日頃世話になっている直美からそう言われ、香織は口を結んで俯いた。
胸の中で色々な思いが交錯する。

そしてようやく香織は、自分の中で結論が出て顔を上げた。自信の漲る面持ちで。
‥何も難しいことじゃないわ。私が皆の前で謝罪してそれを雪ちゃんが受け入れなければ、
あの子の方が変な目で見られるに違いないもの!

香織はそう踏み、満を持して雪の名を呼んだ。
「雪ちゃん‥」

しかし呼び止めたはいいものの、すぐには言葉が出て来なかった。
自身の中の葛藤が、香織に躊躇いをもたらしている。


暫し動かない香織を前にして、痺れを切らした雪が「何?」と彼女を促す。
するとようやく香織は口を開き始めた。首に手をやりながら、レポート事件のことについて言及する。
「この前‥あなたのレポートを書き写しちゃってごめんなさいね。
ちょっと気持ちが急いちゃって‥考えが足らなかったみたい」

そして香織は機嫌を取るような口調で更に言葉を続けた。
「あんまり悪く思わないでちょうだい?もしかしてまだ怒ってる‥?」

香織はそう言って雪から許しを請おうとした。ここで許さなかったら雪の方が不利になることを見越して。
しかし雪は香織の持っている鞄の方に視線を落とし、そこで揺れている人形に目を留める。


今香織が口にしたものは、謝罪という名の形骸だということに、雪は気がついていた。
形ばかりの、中身を伴わない偽物だと。

その証に、彼女の本心がそこで揺れている。
嘘で固めた理由を翳し、雪から盗って行ったその人形が。
「ていうか」

「レポートのことだけじゃないでしょ?」

へつらうような笑みを浮かべる香織に、雪はそう言い放った。
香織は虚を突かれ、当惑しながら言葉に詰まる。

去って行く雪の背中に、香織は声を上げて詰め寄った。
「何なの‥?!私が何をしたっていうの‥?!」

そんな香織の叫びを背中で聞きながら、雪は振り向きもせずにこう口にした。
「それはアンタの方がよく分かってるんじゃないの?」

雪の横で聡美が香織を一瞥し、二人は並んで教室を出て行った。
香織は開いた口が塞がらないまま、二人が去って行くのを呆然と見つめている。


香織達のやり取りを静観していた皆だったが、やがて教室は徐々に騒がしくなっていった。
そしてそれに乗じて、香織も皆に向き直って声を上げる。
「何なの‥?!ちゃんと謝ったのに、何であんな後腐れのある言い方‥!」

しかし香織の主張に対して、皆の反応は冷ややかだった。
「勝手にやっててよ」と言い捨てる同期や、「謝罪を受け入れるかどうかは当人次第でしょ」と助言する子も居た。


「服を真似するしないの問題もあったでしょうが、」と彼女らは口にして頷き合った。
あの日皆の前で雪に謝罪したいと口にしていた香織は、確かに服装のことについても誤解を解きたいと言っていた。
彼女たちは、それもみな覚えていたのだ。

それを香織本人は、彼女達からの信頼を取り戻すための芝居とおざなりにしていた。
浅はかなその考えの結果が、今出ているのだ。
香織は自らの思惑が外れ、茫然自失とただ佇むしか出来ない。

当惑した香織は直美の名を呼び助けを請うが、直美は
「その問題についてもまたよく話し合ってみな」とピシャリと言うのみだ。

香織は思うようにならない現実に、周りの人達に、そして赤山雪に、憤っていた。
自分は悪くないと言い聞かせる胸の内が、熱く燻って行く‥。

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<謝罪の形骸>でした。
なんかこの香織‥

これっぽい‥と思ったのは私だけでしょうか‥。

雪ちゃんは相対した相手が発する言葉に、真心が入っているかいないかを見抜く力がかなりありますね。
今回も保身の為に謝罪を口にした香織を見事見抜きました。
そして直美は香織に対して少し冷たくなりましたね。やっぱり嫉妬深いなぁこの人‥^^;
次回は<初めて会ったその場所で>です。
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