横山翔は、今日も図書館の中を徘徊していた。
ある人物の姿を探しながら。

キョロキョロと辺りを見回し、横山は棚から棚へとその間をヒタヒタと歩いた。
彼女の後ろ姿を求めながら。

横山は彼女を探すことに夢中になっていた為、後ろに人影があることに気づかずにいた。
そして彼は遂に、席に座って勉強する彼女の後ろ姿を見つける。

少し紅がかった豊かな髪は、彼女の特徴だ。
横山は鼻歌を歌いながら、彼女の隣の席を引いた。

しかし横山が彼女の顔を覗き込んだ瞬間、その子は訝しげな表情をして横山を睨んだ。
‥完全なる人違いだ。

横山はバツの悪い思いをしながら、取り繕うように笑ってその子の元から離れた。
ど、どこ行った?図書館じゃねーのか?

辺りを見回しながら歩く横山の後ろから、不意に小さな音が聞こえた。
最小の音量で、シャッターを切る携帯音。

カシャッ、というその音に横山は振り返った。
しかし見回したその辺りに、携帯を向けているような人物はいない。

「?」

横山は不思議に思いながら、もう一度棚と棚の間に歩を進めた。
本の間から向こう側の通りを見通してみても、怪しい人影は見えない。

依然として変な気分は残っていたが、横山は立ち止まって先ほどの失態について思いを馳せた。
考えてみりゃさっきみたいに接近しちゃだめだ。あまりに性急すぎる。
いきなり向かいに座ったりしたら驚かせるよな。ただでさえ鋭いのに‥

横山は自分の考えにそうだそうだと頷きながら、再びヒタヒタと歩き始めた。
ひとまず今日は少し離れた場所からそっと見守った後、
昼飯を食べに行くタイミングを狙おう。時間割を見る限り、今日の昼は一人で行くはずだ‥

横山は雪の時間割を盗み見て、彼女のスケジュールを把握していた。おまけに伊吹聡美と福井太一の時間割もだ。
雪があの二人と離れて一人になる頃合いを、横山はじっと窺っているのだ。
何でも焦らずじっくりと、気を引き締めてかからねーと‥

以前の反省を踏まえての、彼の結論だった。
去年、感情で先走るより先によく考えろと、他でもない雪にアドバイスされたのだ‥。

ニヤリと笑みを浮かべながら歩いていた横山であったが、
ヒタヒタと、彼の足音に合わせてもう一つ足音が重なっているのに気づいた。

横山は一旦立ち止まった後、バッと勢い良く振り返るが、

そこには誰も居なかった。しんとした空間がただ広がっている。

横山は胸が騒ぐのを感じた。
嫌な気分がモヤモヤと全身を覆って行く。

横山は少し早足で通路を歩き始めた。するとタッタッとテンポを上げる自分の足音に混じって、
もう一つの足音も同じ様にテンポを上げる。

試しにつと立ち止まってみた。
するとやはり、もう一つの足音も同じ様に消える。


まるで見えない相手と、鬼ごっこをしている気分だった。
見えないけれど刺さる視線に、体中が怖気立つ。

横山は湧き上がる不安を誤魔化すかのように、棚と棚との間を隈なく覗き始めた。
一体何なんだと思いながら、足音だけの主を探す。

しかしどこまで行ってもどこを覗いても誰も居ない。
そこにはただ沢山の本が沈黙しているだけだった。

横山は本棚を背にすると、青い顔をしてその場に立ち尽くした。
‥ただの錯覚か?いや、確かに聞こえたぞ‥

見えない相手に踊らされている。鬼はあちらか、それともこちらか。
横山は思い当たる人物として、直美のことが思い浮かんだ。
まさか直美さん‥?

横山は自分に執着する彼女の姿を疑い、左方向を向いてじっと眺めてみた。しかし思い直して顔を元に戻す。
‥んなワケないか

そう思って振り返った時だった。
音もなく、彼の隣に彼女が佇んでいた。
それはそれは、鬼のような形相で。

うわああああーっ!!

横山の叫びは図書館中に響き渡った。
叫んだ拍子に手は棚から本を幾冊も落とし、彼自身は足を滑らせてその場で転ぶ。

震える横山が見上げ目にしたのは、目に光を宿さず彼を俯瞰する、雪の姿だった。
「な‥何なんだよ‥お前‥」

それは雪の報復だった。
奇しくもそのシチュエーションは、先日横山から及ばされたあの状況と酷似する。

雪は自分が受けた分の害を、まるごと横山にお返ししたのだった。
「どう?怖いでしょう?」

瞬きもせずそう口にする雪の顔を、横山は顔面蒼白のまま見上げていた。
嫌な汗が全身を伝って流れていく。

その場から横山が動けずにいると、雪は鋭い眼光を彼に向けながら最後にこう声を掛けた。
「こんなこともう止めて」

そう言い捨てて、雪は本棚の向こうへ消えて行った。
鬼ごっこはゲームオーバー。鬼の策略に捕まった横山だけが、腰を抜かしたまま取り残されていた。

今や図書館は騒然としていた。
叫び声を聞きつけたギャラリーが、横山を見てヒソヒソと噂して行く。

横山は顔を真っ赤にして、沸々と湧き上がる怒りと恥辱に耐えていた。
しかしようやく見つけた彼女をこのまま行かせてなるものかと、横山はそのまま雪の後を追いかけて行った‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<見えない鬼>でした。
音もなく現れる先輩の特性をモノにした(?)雪ちゃん、カッコ良いです^^ちょっと怖いですが‥。
次回は<狂った見解>です。
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ある人物の姿を探しながら。

キョロキョロと辺りを見回し、横山は棚から棚へとその間をヒタヒタと歩いた。
彼女の後ろ姿を求めながら。

横山は彼女を探すことに夢中になっていた為、後ろに人影があることに気づかずにいた。
そして彼は遂に、席に座って勉強する彼女の後ろ姿を見つける。


少し紅がかった豊かな髪は、彼女の特徴だ。
横山は鼻歌を歌いながら、彼女の隣の席を引いた。

しかし横山が彼女の顔を覗き込んだ瞬間、その子は訝しげな表情をして横山を睨んだ。
‥完全なる人違いだ。

横山はバツの悪い思いをしながら、取り繕うように笑ってその子の元から離れた。
ど、どこ行った?図書館じゃねーのか?

辺りを見回しながら歩く横山の後ろから、不意に小さな音が聞こえた。
最小の音量で、シャッターを切る携帯音。

カシャッ、というその音に横山は振り返った。
しかし見回したその辺りに、携帯を向けているような人物はいない。

「?」

横山は不思議に思いながら、もう一度棚と棚の間に歩を進めた。
本の間から向こう側の通りを見通してみても、怪しい人影は見えない。

依然として変な気分は残っていたが、横山は立ち止まって先ほどの失態について思いを馳せた。
考えてみりゃさっきみたいに接近しちゃだめだ。あまりに性急すぎる。
いきなり向かいに座ったりしたら驚かせるよな。ただでさえ鋭いのに‥

横山は自分の考えにそうだそうだと頷きながら、再びヒタヒタと歩き始めた。
ひとまず今日は少し離れた場所からそっと見守った後、
昼飯を食べに行くタイミングを狙おう。時間割を見る限り、今日の昼は一人で行くはずだ‥

横山は雪の時間割を盗み見て、彼女のスケジュールを把握していた。おまけに伊吹聡美と福井太一の時間割もだ。
雪があの二人と離れて一人になる頃合いを、横山はじっと窺っているのだ。
何でも焦らずじっくりと、気を引き締めてかからねーと‥

以前の反省を踏まえての、彼の結論だった。
去年、感情で先走るより先によく考えろと、他でもない雪にアドバイスされたのだ‥。

ニヤリと笑みを浮かべながら歩いていた横山であったが、
ヒタヒタと、彼の足音に合わせてもう一つ足音が重なっているのに気づいた。

横山は一旦立ち止まった後、バッと勢い良く振り返るが、

そこには誰も居なかった。しんとした空間がただ広がっている。

横山は胸が騒ぐのを感じた。
嫌な気分がモヤモヤと全身を覆って行く。

横山は少し早足で通路を歩き始めた。するとタッタッとテンポを上げる自分の足音に混じって、
もう一つの足音も同じ様にテンポを上げる。


試しにつと立ち止まってみた。
するとやはり、もう一つの足音も同じ様に消える。



まるで見えない相手と、鬼ごっこをしている気分だった。
見えないけれど刺さる視線に、体中が怖気立つ。

横山は湧き上がる不安を誤魔化すかのように、棚と棚との間を隈なく覗き始めた。
一体何なんだと思いながら、足音だけの主を探す。

しかしどこまで行ってもどこを覗いても誰も居ない。
そこにはただ沢山の本が沈黙しているだけだった。

横山は本棚を背にすると、青い顔をしてその場に立ち尽くした。
‥ただの錯覚か?いや、確かに聞こえたぞ‥

見えない相手に踊らされている。鬼はあちらか、それともこちらか。
横山は思い当たる人物として、直美のことが思い浮かんだ。
まさか直美さん‥?

横山は自分に執着する彼女の姿を疑い、左方向を向いてじっと眺めてみた。しかし思い直して顔を元に戻す。
‥んなワケないか

そう思って振り返った時だった。
音もなく、彼の隣に彼女が佇んでいた。
それはそれは、鬼のような形相で。

うわああああーっ!!

横山の叫びは図書館中に響き渡った。
叫んだ拍子に手は棚から本を幾冊も落とし、彼自身は足を滑らせてその場で転ぶ。

震える横山が見上げ目にしたのは、目に光を宿さず彼を俯瞰する、雪の姿だった。
「な‥何なんだよ‥お前‥」

それは雪の報復だった。
奇しくもそのシチュエーションは、先日横山から及ばされたあの状況と酷似する。

雪は自分が受けた分の害を、まるごと横山にお返ししたのだった。
「どう?怖いでしょう?」

瞬きもせずそう口にする雪の顔を、横山は顔面蒼白のまま見上げていた。
嫌な汗が全身を伝って流れていく。

その場から横山が動けずにいると、雪は鋭い眼光を彼に向けながら最後にこう声を掛けた。
「こんなこともう止めて」

そう言い捨てて、雪は本棚の向こうへ消えて行った。
鬼ごっこはゲームオーバー。鬼の策略に捕まった横山だけが、腰を抜かしたまま取り残されていた。

今や図書館は騒然としていた。
叫び声を聞きつけたギャラリーが、横山を見てヒソヒソと噂して行く。

横山は顔を真っ赤にして、沸々と湧き上がる怒りと恥辱に耐えていた。
しかしようやく見つけた彼女をこのまま行かせてなるものかと、横山はそのまま雪の後を追いかけて行った‥。
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<見えない鬼>でした。
音もなく現れる先輩の特性をモノにした(?)雪ちゃん、カッコ良いです^^ちょっと怖いですが‥。
次回は<狂った見解>です。
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