名古屋市の東にある名東区に、猫ヶ洞と言うへんてこな地名があります。こんな風変りな地名には大抵いわれがあるものです。
むかしむかし、尾張の国猪高の里に長吉という若者が住んでおりました。ある日長吉が、普段は人も通らない山道を歩いていると、猫の鳴き声が聞こえたので、不思議に思って付近を探すと、洞穴の中で子猫が鳴いており、傍らで母猫が死んでいました。可愛そうに思った長吉は子猫を家に連れて帰りました。
時がたち、猫も年を取り、人も年を取りました。長吉はソノエと言う嫁を迎え、やがて男の子が生れました。生活は楽でなかったので、長吉は人づてに頼んで、阿部の利兼と言う殿様の屋敷で働く事にしました。長吉は良く働き、屋敷での評判も良かったのですが、大変な事が起きてしまいました。長吉に会いに来た老母が誤って庭に入り込み、殿様が大事にしていた松の枝を折ってしまったのです。長吉は自分が身代りに自首しようとしましたが、ソノエがそれを止めました。ソノエは老母の様子が最近おかしいと村の者に言いふらしました。半信半疑だった村人も、老母が夜中に起きて台所でピチャピチヤ水を飲んでいる姿が猫そのものだったと、そノエが言うに及んで、ひょっとしたらと思うようになりました。そこで、村人のなかの屈強なものが、老母が寝込んだのを確かめて、部屋に入り布団をはがしてみました。何とそこには老母の姿は無く、代りに猫がのうのうと寝ていました。実は、ソノエが老母をそっと逃し、代りに猫を布団の中に入れておいたのでした。
村人に思いきり叩かれ、深手を負った猫は必死で逃げ出しました。跡を追っていくと、猫が拾われて来たあの洞穴に逃げ込んだ様子です。中を覗くと、猫はもう死んで居ました。村人は一部始終を、阿部の利兼の家来に話をし、これで一件落着と言うことになりました。それ以来、洞穴のあった場所の辺りは猫ヶ洞と呼ばれるようになりました。
ところで長吉の母親は、それからは人前に出る事が出来なくなりました。長吉は人里離れた場所に庵を作って母親を住まわせました。ソノエの方は口うるさい姑が居なくなったのを幸い、のんびりと暮しておりました。そんなある日、ソノエの息子が、子猫を拾って来ました。洞穴の中で母猫が死んでおり、傍らで子猫が鳴いていたのを、可愛そうに思ったからだと言うのです。
猪高車庫から池下行きのバスに乗ると、平和公園の周辺を半周して坂を下り、猫ヶ洞通りに入ります。今では猫ヶ洞は住宅地になってしまい、洞穴が何処にあるのか探しようもありません。或いは、灌漑用に掘られた猫ヶ洞池の水底にあるのかも知れません。探すのを諦めて、バス通りのカフェレストランで、アメリカンを畷っていると、足許で猫の鳴き声がしました。見ると可愛い子猫です。大事に飼ってさえいただければ、差上げますよと、マスターは言いましたが、止めることにしました。何故って、誰かさんが人前に出られなくなると困りますから。
<参考文献> 小島勝彦「東海の民話」
むかしむかし、尾張の国猪高の里に長吉という若者が住んでおりました。ある日長吉が、普段は人も通らない山道を歩いていると、猫の鳴き声が聞こえたので、不思議に思って付近を探すと、洞穴の中で子猫が鳴いており、傍らで母猫が死んでいました。可愛そうに思った長吉は子猫を家に連れて帰りました。
時がたち、猫も年を取り、人も年を取りました。長吉はソノエと言う嫁を迎え、やがて男の子が生れました。生活は楽でなかったので、長吉は人づてに頼んで、阿部の利兼と言う殿様の屋敷で働く事にしました。長吉は良く働き、屋敷での評判も良かったのですが、大変な事が起きてしまいました。長吉に会いに来た老母が誤って庭に入り込み、殿様が大事にしていた松の枝を折ってしまったのです。長吉は自分が身代りに自首しようとしましたが、ソノエがそれを止めました。ソノエは老母の様子が最近おかしいと村の者に言いふらしました。半信半疑だった村人も、老母が夜中に起きて台所でピチャピチヤ水を飲んでいる姿が猫そのものだったと、そノエが言うに及んで、ひょっとしたらと思うようになりました。そこで、村人のなかの屈強なものが、老母が寝込んだのを確かめて、部屋に入り布団をはがしてみました。何とそこには老母の姿は無く、代りに猫がのうのうと寝ていました。実は、ソノエが老母をそっと逃し、代りに猫を布団の中に入れておいたのでした。
村人に思いきり叩かれ、深手を負った猫は必死で逃げ出しました。跡を追っていくと、猫が拾われて来たあの洞穴に逃げ込んだ様子です。中を覗くと、猫はもう死んで居ました。村人は一部始終を、阿部の利兼の家来に話をし、これで一件落着と言うことになりました。それ以来、洞穴のあった場所の辺りは猫ヶ洞と呼ばれるようになりました。
ところで長吉の母親は、それからは人前に出る事が出来なくなりました。長吉は人里離れた場所に庵を作って母親を住まわせました。ソノエの方は口うるさい姑が居なくなったのを幸い、のんびりと暮しておりました。そんなある日、ソノエの息子が、子猫を拾って来ました。洞穴の中で母猫が死んでおり、傍らで子猫が鳴いていたのを、可愛そうに思ったからだと言うのです。
猪高車庫から池下行きのバスに乗ると、平和公園の周辺を半周して坂を下り、猫ヶ洞通りに入ります。今では猫ヶ洞は住宅地になってしまい、洞穴が何処にあるのか探しようもありません。或いは、灌漑用に掘られた猫ヶ洞池の水底にあるのかも知れません。探すのを諦めて、バス通りのカフェレストランで、アメリカンを畷っていると、足許で猫の鳴き声がしました。見ると可愛い子猫です。大事に飼ってさえいただければ、差上げますよと、マスターは言いましたが、止めることにしました。何故って、誰かさんが人前に出られなくなると困りますから。
<参考文献> 小島勝彦「東海の民話」