どもです。あきらです。お久しぶりでございます…!
今年の5月にPixiv公開され、紙の本も発行されたスレイヤーズメンズイラスト集、『cakes and ale』のガウリイ号に寄稿させて頂いた小説を、許可頂いたのでこちらにも掲載させて頂きたいと思います~。
自分の思うガウリイのかっこよさをこれでもかと詰め込んでみました……めっちゃ頑張って書いたので読んで貰えると嬉しいです。
そして画像は、こちらも寄稿した自作の扉絵だよ…!
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食いっぷりの良い奴は好きだ。食べるという行為は生きるという行為そのものである。何も食わなくなったら三日もすれば死んでしまう人間が、ダイエットやら家畜への憐れみやらで、食うことに罪悪感を覚えるなんて嘘だろう。
「あんた、旨そうに食うなあ」
――それになにより、見ていて気持ちがいい。これは男も女も関係ない。
思わず声を掛けていた俺に、目の前の男はローストビーフに齧り付いたままきょとんとした顔をした。
「……?」
金髪に淡いブルーの瞳。甘いマスクに鍛えられた身体付き。街の女どもが黄色い声を上げるわけだ。……代わりに、男連中には睨まれているようだが。
「あんた、昨日からこの街の自警団に入った奴だろう。お仲間だよ」
「……あー。まあ、期間限定だけどな。ガウリイだ」
そう言ってへらりと笑ってみせた男の表情は、思ったよりも柔らかい。
――三日前からふらりとこの街に現れた二人組の旅の男女は、一人は小柄な魔道士の少女。そしてもう一人はやけに高価そうな剣を携えた、傭兵の男。女の方は魔道士協会でなにやら手伝いをしているらしいと話していたのは、自警団の副団長だったか。
「連れの子はどうした?」
「宿屋に籠ってなにやら魔道書とにらめっこしてたな。邪魔だから暫く別行動しろってさ。まあ、魔法の事はオレにはさっぱり分からんからなあー」
朗らかに笑って。男は皿の上のローストビーフをすべて空にしてから、店のカウンターで忙しなく動き回る女将さんに声を掛けた。
「あ。おばちゃーん、そこの豚の腸詰とクリームスープ、追加で頼む」
「まだ食うのか」
「腹減ってたしなあ」
目の前でこうも旨そうに食われては堪らない。食事は済ませたつもりだったのに、俺も追加でつまみを頼む。
「あんた、酒は飲まないのか?」
「ガウリイで良いよ。……嫌いじゃないんだけどな。あんまり深酒すると、次の日すぱーんと記憶が抜けちまってて」
「ハハッ、そりゃいいや」
忘れたい事が多い世の中だ。面倒な事も嫌な事も、飲んで次の日にはすっぱり忘れているだなんて、羨ましいにも程がある。
「俺はジュードだ。自警団の中では俺も新参でな。よろしく頼むよ」
「ああ、よろしく」
俺の差し出した手に快く手を差し出し返してくる男は、遠くから見ていた姿からの印象とはかなり違っている。
「あんた、思ったより良い男だな」
「は? ……ええっと」
俺の言葉に困惑したガウリイは、何を思ったか少し後ずさりをする。
「アンタまさか……そっちか」
――…………。
「違うわっ‼」
「じゃあ両刀……?」
どうしてそうなる⁉
「違う違う違う! あんた、見た目は良いわ良い剣持ってるわ、正直悪目立ちしてたからな。どんだけいけ好かない野郎か見てやろうと思ったんだが」
――まさかこんな天然野郎だったとは。
「拍子抜けだぜまったく」
俺は苦笑してゴブレットを呷る。……だが。この男に関しては、まだ確かめたい事があった。
今日の俺は街の見回り当番だったわけだが、この男は近くの街道に出没した野良デーモンの討伐に加わっていたはずだった。――新入りの自警団の男が野良デーモンを出会い頭に一刀両断した、と。女たちが騒いでいるのは、さてどの程度が本当なのか。
始めはミーハーな女のホラかとも思ったが。昨日からこの男をやっかんでいた男連中の中でも、今日野良デーモン退治に参加していた男たちは少しだけ、昨日とは態度が変わっている。
「ガウリイさんよ。あんた剣の腕が凄いって聞いたぜ? 実際どの程度やるんだ」
「ええ? そうだな。……まあ、それなりに腕に覚えはあるけどな」
ふっと笑って。誇りもしないが、否定もしないのはそれだけの自負があるからか。
「……ふうん。いつかあんたと一回手合わせしてみたいもんだな」
俺も一応、剣には自信がある。そこまでの腕ではないが、剣の道を志した事がある男なら、強い男と正々堂々、正面から斬り合ってみたいと思うのは自然な事だろう。男のロマンという奴だ。
「そういえばあんた、一体いつまでこの街に滞在するんだ?」
「ん? ……あーどうだろな。連れに聞いてみないと。まあ、あと半年くらいは居るんじゃないかな」
――半年、ね。
「……そうか。まあ、それじゃあそれまでの間はよろしくな、ガウリイ」
*
「ガウリイ、そちらに行ったぞ!」
「応っ!」
俺の声に応え、彼は剣を片手に狭い森の道を走り抜ける。
――速い!
野良デーモン。下級魔族と呼ばれてはいても、魔族は魔族だ。人間とは圧倒的な力の差。それが、二匹。この絶望的な状況下で、しかし金髪の剣士は何も言わずにただ剣を抜いた。うっすらと紫色に刀身を輝かせる剣を。
「はぁっ!」
一息で一匹に肉薄したガウリイは、その勢いのままに剣を振るう。しかし、その刃が届く前に、彼は何かを察したようにその場から飛び退る。
ばじゅうっ!
傍で見ていた俺の目の前を、赤い光線が走ったと同時に、何かが焼け焦げる音がした。
「大丈夫か⁉」
「ああ!」
もう一匹。後ろで他の男たちと対峙していたはずのソレが、光線を放ってきたのか。
「チッ、遠距離攻撃かよ」
それにしても。あれをあの一瞬で避けるとは……。数秒前まで彼が立っていた、傍の木に焼け爛れた跡がはっきりと残っている。
「ジュード。援護任せるか」
――……。
「よし、任せろ」
俺は頷いて剣を腰に差し戻し、そして懐に手を伸ばす。新入りの大活躍を、俺もただ見ていたわけではない。隙とタイミングを窺っていたのだ。
――投げナイフ。ちょっとばかり金を払って教会から加護を受けた特注品である。数に限りはあれど、礫(つぶて)の役割くらいは果たす。
「いくぞっ」
掛け声とともに、俺は狙いを定めナイフを投擲する。一本、二本、続けて三本。狙い通り、彼と対峙するデーモンの背中に突き刺さったそれを見届けず、俺はその場から転がるように逃げだした。
「オオオオオッ」
ばじゅうっ!
デーモンの唸り声と共に、こちらに向かって別方面から光線が降り注ぐ。もう一匹の遠距離攻撃だ。間一髪で逃れながら、俺は声の限りに叫んでいた。
「いまだっ‼」
――今なら、その剣に無粋な邪魔はない。
「破ぁっ!」
裂帛の気合の声と共に、一匹のデーモンがその場に切り崩される。
――まずは一匹!
さて残り一匹はどうしたものか、と思ったのも束の間。
「うおおおおおおっ」
気合の声。目の前を風のように駆け抜けていく金色の剣士。その男の背中がもう一匹を軽々と屠るのを、俺は周りの男たちと共にその場に立ち尽くしたまま見届ける事になった。
*
「あんたすげえなあ」
「やるな若いの」
今日の酒場は大盛況だった。女たちよりも、むしろ男連中の方が興奮しているように見える。今日の撃墜王(エース)を囲んでの酒盛りだ。
――やれやれ呑気な連中だ。立て続けにデーモンが街近くで出没している、きな臭い状況だと言うのに。まあ、気持ちは分からんでもないが。
「アンタの投擲の腕も悪くなかったぜ」
ぽん、とこちらの肩を叩いて行った男は完全に酔っぱらっている。
「はは、どうもな」
今日何度目か知れないお褒めの言葉を預かりながら、俺は注がれた酒をちびりと啜る。
――あの剣の腕。そして身のこなし。思った以上の逸材だった。……あれには流石の俺も叶わない。真正面からの勝負など挑めそうにないな。
俺は苦笑して残りの酒を呷る。今日はもう、これ以上酔うわけにはいかないだろう。
「ジュード」
その時、声を掛けてきたのは予想通りガウリイだった。困ったような顔で頭を掻いて。――先程からかなり飲まされていたようだが、それが顔に出ていないのが驚きだ。
「ああ、主役のご登場か。こんな所に居て良いのか? 皆あんたの話を聞きたがってるのに」
「よしてくれ」
嫌そうな顔でひらひらと手を振って。酔い覚ましに外の散歩へと誘えば、男はほっとしたように着いてくる。
――月が綺麗だ。酒場の周りはひと気が少ない。そのせいか、外に出てもまだ酒場の男どもの騒がしい声が聞こえてくる。
「あんた、こんな時でも剣帯してるのか」
「ん? ……ああ、なんか外してると落ち着かないからな」
アンタもそうだろう、とこちらの腰の剣を指さした男は小さく笑った。傭兵の性(さが)、という奴だ。
冷たい夜風が、酒のせいで少し火照った頬に気持ちがいい。……もう少し、この気の良い男と静かな時間を楽しんでいたいものだ。だが、そういうわけにも行かない。
……ああ、残念だ。本当に残念だ。俺は重い溜息をつく。こんな気持ちの良い夜だと言うのに。
「おっ、今日は月がよく見えるんだなあ」
空を見上げてほほ笑む男の横顔を見遣りながら。俺は、懐に手を伸ばしてそっと目を伏せた。
――嗚呼、こんな良い夜に。こんな気の良い男の事を、今から殺さなければならないなんて。
ローブに忍ばせた隠しナイフの柄を掴む。無防備に空を見上げる男は、昼間にレッサーデーモンを軽々と屠った剣士とはまるで別人のようだ。こんな形ではなく、あの時の剣士と剣を交えてみたかった。
「…………、」
これでお別れだ。一抹の感傷を覚えながら、俺は勢いよくナイフを抜く。その勢いのままに、男の晒された首めがけて振りかぶり。……そして。
―気が付いたら、俺の右腕は手首の先から折れていた。
「………………は?」
ごとり、と音を立ててナイフが石畳の地面に落ちる。次の瞬間、右腕全体が燃えるように痛みを発して、堪らず膝から崩れ落ちる。
その鳩尾に、容赦のない拳の一撃が突き刺さったのはそれからすぐだった。
*
「……う、ぁ……?」
やり過ぎた。咄嗟にそう思ったが、明確な殺意を持った攻撃を反射的に防いだのだから仕方がない。呆けたようにこちらを見る男の顔は、疑問符に満ちている。
「やっぱりアンタだったんだな。隣国のスパイ」
スパイ。その単語に男は目を見開いた。
「っ、なん……いつ、から」
「わりと最初っからなんとなく……まあ、ただの勘だけどな」
ずっと、勘違いなら良いと思っていたのに。だが、現実はそう甘くはない。オレの言葉に奇妙に歪んだ笑みを浮かべた男は、痛みからかその場に倒れて気を失った。
数日前。デーモンの群れに襲われていたこの街の領主を成り行きで助けたのは、街に辿り着いてすぐだった。涙ながらにこの街を助けてくれと縋られて、金貨五十枚で仕事の依頼を受けたのはリナだ。
――領主曰く。ここ数か月の間に急激に増えた野良デーモンの被害。隣国の急な戦力増強。……街に潜むスパイがこの街の情報を漏らしているらしい、とも。これだけ聞けば、いくらオレでも話は分かる。近々攻めて来られるだろう。その前に、どうにか状況を打開しないといけない。
「あたしは魔道士協会から攻めるから、貴方は自警団に入って」
そうオレにてきぱきと指示を下したのもリナだ。
「貴方がそこでデーモンぶち倒しまくって目立ってくれれば、そのスパイが自警団に潜んでるなら十中八九釣れるはずよ」
彼女はそう言ってにやりと笑った。
「だって腕の立つ奴が居たらスパイにとっては邪魔に決まってる。排除しようとするか取り入ろうとしてくるはず。だから頑張って目立ってねガウリイ。……ああ、それと。誰かにいつまで自警団に居るかって聞かれたら、すぐ辞めるなんて答えちゃダメだからね」
「なんでだ?」
「すぐいなくなるなら、邪魔者がいなくなるまで息を潜めていればいい。けど、長期的に居るなら危険分子は排除しておかなければいけない。……戦争を始めるなら猶更ね」
自称天才魔道士の連れの推理は、珍しく大当たりしたようで。
「……嫌いじゃないタイプの奴だったのにな」
目の前で気を失ったスパイを、後ろ手に縛って担ぎあげる。さて、このまま憲兵に引き渡すか、その前にリナと共に領主へ報告に行くべきか。面倒だが、きっと後者の方が正解だろう。
ジュードに仲間は居るのか。隣国の連中との連絡手段はあるのか。どれほどの情報を持っているのか。野良デーモンを操っていたのはジュードだったのか? ……分からない事だらけだが、オレにはもう、どうすることも出来やしない。捕まえたスパイから情報を引き出すのも、これから先の事を考えるのも、オレなんかよりリナの方がよっぽど上手いだろうし。
――だから、オレの仕事はもう終わり。
「ジュード。さよならだ。アンタの投擲、なかなか良い腕だったぜ」
気を失った男には聞くことも出来ない、別れの言葉を口にする。どうせ、明日以降はもうまともに話す機会も無いだろう。
――ああ、残念だなあ。
こんな月の綺麗な、少しだけ物悲しい夜を。オレはきっと、明日にはあまり覚えていないだろう。今日は思っていた以上に、深酒をしてしまったから。
「……けどまあ、仕方ない、か」
ひとりごちて、オレは歩き出す。きっと宿屋で寝ているであろう、旅の連れを起こしに行かねばならない。
――酒飲んでたって聞いたら怒るんだろうなあ。
「それもまた仕方ない、か」
苦笑して。―とはいえ、悪い事ばかりでもない。腰に差した斬妖剣 は、今夜その刀身を赤く染める事がなかった。
……それだけでこんなにも気が晴れるというのは、我ながら少し甘すぎるだろうか。
*
「昨日はお手柄だったわね、ガウリイ」
「…………何のことだ?」
オレの言葉に、リナは目の前で勢いよくひっくりこける。――相変わらず良いリアクションするなあ。
「あのねえっ‼」
「あーーっ、悪かった! 悪かったからスリッパはやめてくれって。冗談だよ」
「貴方の冗談は分かりにくいのよ……」
眉間を指で押さえるリナに、オレは苦笑する。
「まあ、昨日はかなり酒飲まされちまって、正直ぼんやりとしか覚えてないのは本当なんだけどな」
昨夜はなんだか珍しくシリアスをしたような気がするのだが。申し訳ない事にオレは本当に詳細を忘れている。ま、そういうこともある。
「はあー……。もう、しょーがないわね。……ま、良いけどさ。貴方のおかげで隣国のスパイも取っ捕まえられたわけだし。きっちり報酬も貰えたわけだし……と、言うわけで。今日は豪勢なランチを食べに行くわよ、ガウリイ!」
「おうっ!」
さて豪勢なランチとは肉か魚か、それとも珍味か? 足取りも軽く歩き出した旅の相棒の背中を追って、歩き出したオレの足取りもまた、今日は昨日よりも軽いのだった。
了
「あんた、旨そうに食うなあ」
――それになにより、見ていて気持ちがいい。これは男も女も関係ない。
思わず声を掛けていた俺に、目の前の男はローストビーフに齧り付いたままきょとんとした顔をした。
「……?」
金髪に淡いブルーの瞳。甘いマスクに鍛えられた身体付き。街の女どもが黄色い声を上げるわけだ。……代わりに、男連中には睨まれているようだが。
「あんた、昨日からこの街の自警団に入った奴だろう。お仲間だよ」
「……あー。まあ、期間限定だけどな。ガウリイだ」
そう言ってへらりと笑ってみせた男の表情は、思ったよりも柔らかい。
――三日前からふらりとこの街に現れた二人組の旅の男女は、一人は小柄な魔道士の少女。そしてもう一人はやけに高価そうな剣を携えた、傭兵の男。女の方は魔道士協会でなにやら手伝いをしているらしいと話していたのは、自警団の副団長だったか。
「連れの子はどうした?」
「宿屋に籠ってなにやら魔道書とにらめっこしてたな。邪魔だから暫く別行動しろってさ。まあ、魔法の事はオレにはさっぱり分からんからなあー」
朗らかに笑って。男は皿の上のローストビーフをすべて空にしてから、店のカウンターで忙しなく動き回る女将さんに声を掛けた。
「あ。おばちゃーん、そこの豚の腸詰とクリームスープ、追加で頼む」
「まだ食うのか」
「腹減ってたしなあ」
目の前でこうも旨そうに食われては堪らない。食事は済ませたつもりだったのに、俺も追加でつまみを頼む。
「あんた、酒は飲まないのか?」
「ガウリイで良いよ。……嫌いじゃないんだけどな。あんまり深酒すると、次の日すぱーんと記憶が抜けちまってて」
「ハハッ、そりゃいいや」
忘れたい事が多い世の中だ。面倒な事も嫌な事も、飲んで次の日にはすっぱり忘れているだなんて、羨ましいにも程がある。
「俺はジュードだ。自警団の中では俺も新参でな。よろしく頼むよ」
「ああ、よろしく」
俺の差し出した手に快く手を差し出し返してくる男は、遠くから見ていた姿からの印象とはかなり違っている。
「あんた、思ったより良い男だな」
「は? ……ええっと」
俺の言葉に困惑したガウリイは、何を思ったか少し後ずさりをする。
「アンタまさか……そっちか」
――…………。
「違うわっ‼」
「じゃあ両刀……?」
どうしてそうなる⁉
「違う違う違う! あんた、見た目は良いわ良い剣持ってるわ、正直悪目立ちしてたからな。どんだけいけ好かない野郎か見てやろうと思ったんだが」
――まさかこんな天然野郎だったとは。
「拍子抜けだぜまったく」
俺は苦笑してゴブレットを呷る。……だが。この男に関しては、まだ確かめたい事があった。
今日の俺は街の見回り当番だったわけだが、この男は近くの街道に出没した野良デーモンの討伐に加わっていたはずだった。――新入りの自警団の男が野良デーモンを出会い頭に一刀両断した、と。女たちが騒いでいるのは、さてどの程度が本当なのか。
始めはミーハーな女のホラかとも思ったが。昨日からこの男をやっかんでいた男連中の中でも、今日野良デーモン退治に参加していた男たちは少しだけ、昨日とは態度が変わっている。
「ガウリイさんよ。あんた剣の腕が凄いって聞いたぜ? 実際どの程度やるんだ」
「ええ? そうだな。……まあ、それなりに腕に覚えはあるけどな」
ふっと笑って。誇りもしないが、否定もしないのはそれだけの自負があるからか。
「……ふうん。いつかあんたと一回手合わせしてみたいもんだな」
俺も一応、剣には自信がある。そこまでの腕ではないが、剣の道を志した事がある男なら、強い男と正々堂々、正面から斬り合ってみたいと思うのは自然な事だろう。男のロマンという奴だ。
「そういえばあんた、一体いつまでこの街に滞在するんだ?」
「ん? ……あーどうだろな。連れに聞いてみないと。まあ、あと半年くらいは居るんじゃないかな」
――半年、ね。
「……そうか。まあ、それじゃあそれまでの間はよろしくな、ガウリイ」
*
「ガウリイ、そちらに行ったぞ!」
「応っ!」
俺の声に応え、彼は剣を片手に狭い森の道を走り抜ける。
――速い!
野良デーモン。下級魔族と呼ばれてはいても、魔族は魔族だ。人間とは圧倒的な力の差。それが、二匹。この絶望的な状況下で、しかし金髪の剣士は何も言わずにただ剣を抜いた。うっすらと紫色に刀身を輝かせる剣を。
「はぁっ!」
一息で一匹に肉薄したガウリイは、その勢いのままに剣を振るう。しかし、その刃が届く前に、彼は何かを察したようにその場から飛び退る。
ばじゅうっ!
傍で見ていた俺の目の前を、赤い光線が走ったと同時に、何かが焼け焦げる音がした。
「大丈夫か⁉」
「ああ!」
もう一匹。後ろで他の男たちと対峙していたはずのソレが、光線を放ってきたのか。
「チッ、遠距離攻撃かよ」
それにしても。あれをあの一瞬で避けるとは……。数秒前まで彼が立っていた、傍の木に焼け爛れた跡がはっきりと残っている。
「ジュード。援護任せるか」
――……。
「よし、任せろ」
俺は頷いて剣を腰に差し戻し、そして懐に手を伸ばす。新入りの大活躍を、俺もただ見ていたわけではない。隙とタイミングを窺っていたのだ。
――投げナイフ。ちょっとばかり金を払って教会から加護を受けた特注品である。数に限りはあれど、礫(つぶて)の役割くらいは果たす。
「いくぞっ」
掛け声とともに、俺は狙いを定めナイフを投擲する。一本、二本、続けて三本。狙い通り、彼と対峙するデーモンの背中に突き刺さったそれを見届けず、俺はその場から転がるように逃げだした。
「オオオオオッ」
ばじゅうっ!
デーモンの唸り声と共に、こちらに向かって別方面から光線が降り注ぐ。もう一匹の遠距離攻撃だ。間一髪で逃れながら、俺は声の限りに叫んでいた。
「いまだっ‼」
――今なら、その剣に無粋な邪魔はない。
「破ぁっ!」
裂帛の気合の声と共に、一匹のデーモンがその場に切り崩される。
――まずは一匹!
さて残り一匹はどうしたものか、と思ったのも束の間。
「うおおおおおおっ」
気合の声。目の前を風のように駆け抜けていく金色の剣士。その男の背中がもう一匹を軽々と屠るのを、俺は周りの男たちと共にその場に立ち尽くしたまま見届ける事になった。
*
「あんたすげえなあ」
「やるな若いの」
今日の酒場は大盛況だった。女たちよりも、むしろ男連中の方が興奮しているように見える。今日の撃墜王(エース)を囲んでの酒盛りだ。
――やれやれ呑気な連中だ。立て続けにデーモンが街近くで出没している、きな臭い状況だと言うのに。まあ、気持ちは分からんでもないが。
「アンタの投擲の腕も悪くなかったぜ」
ぽん、とこちらの肩を叩いて行った男は完全に酔っぱらっている。
「はは、どうもな」
今日何度目か知れないお褒めの言葉を預かりながら、俺は注がれた酒をちびりと啜る。
――あの剣の腕。そして身のこなし。思った以上の逸材だった。……あれには流石の俺も叶わない。真正面からの勝負など挑めそうにないな。
俺は苦笑して残りの酒を呷る。今日はもう、これ以上酔うわけにはいかないだろう。
「ジュード」
その時、声を掛けてきたのは予想通りガウリイだった。困ったような顔で頭を掻いて。――先程からかなり飲まされていたようだが、それが顔に出ていないのが驚きだ。
「ああ、主役のご登場か。こんな所に居て良いのか? 皆あんたの話を聞きたがってるのに」
「よしてくれ」
嫌そうな顔でひらひらと手を振って。酔い覚ましに外の散歩へと誘えば、男はほっとしたように着いてくる。
――月が綺麗だ。酒場の周りはひと気が少ない。そのせいか、外に出てもまだ酒場の男どもの騒がしい声が聞こえてくる。
「あんた、こんな時でも剣帯してるのか」
「ん? ……ああ、なんか外してると落ち着かないからな」
アンタもそうだろう、とこちらの腰の剣を指さした男は小さく笑った。傭兵の性(さが)、という奴だ。
冷たい夜風が、酒のせいで少し火照った頬に気持ちがいい。……もう少し、この気の良い男と静かな時間を楽しんでいたいものだ。だが、そういうわけにも行かない。
……ああ、残念だ。本当に残念だ。俺は重い溜息をつく。こんな気持ちの良い夜だと言うのに。
「おっ、今日は月がよく見えるんだなあ」
空を見上げてほほ笑む男の横顔を見遣りながら。俺は、懐に手を伸ばしてそっと目を伏せた。
――嗚呼、こんな良い夜に。こんな気の良い男の事を、今から殺さなければならないなんて。
ローブに忍ばせた隠しナイフの柄を掴む。無防備に空を見上げる男は、昼間にレッサーデーモンを軽々と屠った剣士とはまるで別人のようだ。こんな形ではなく、あの時の剣士と剣を交えてみたかった。
「…………、」
これでお別れだ。一抹の感傷を覚えながら、俺は勢いよくナイフを抜く。その勢いのままに、男の晒された首めがけて振りかぶり。……そして。
―気が付いたら、俺の右腕は手首の先から折れていた。
「………………は?」
ごとり、と音を立ててナイフが石畳の地面に落ちる。次の瞬間、右腕全体が燃えるように痛みを発して、堪らず膝から崩れ落ちる。
その鳩尾に、容赦のない拳の一撃が突き刺さったのはそれからすぐだった。
*
「……う、ぁ……?」
やり過ぎた。咄嗟にそう思ったが、明確な殺意を持った攻撃を反射的に防いだのだから仕方がない。呆けたようにこちらを見る男の顔は、疑問符に満ちている。
「やっぱりアンタだったんだな。隣国のスパイ」
スパイ。その単語に男は目を見開いた。
「っ、なん……いつ、から」
「わりと最初っからなんとなく……まあ、ただの勘だけどな」
ずっと、勘違いなら良いと思っていたのに。だが、現実はそう甘くはない。オレの言葉に奇妙に歪んだ笑みを浮かべた男は、痛みからかその場に倒れて気を失った。
数日前。デーモンの群れに襲われていたこの街の領主を成り行きで助けたのは、街に辿り着いてすぐだった。涙ながらにこの街を助けてくれと縋られて、金貨五十枚で仕事の依頼を受けたのはリナだ。
――領主曰く。ここ数か月の間に急激に増えた野良デーモンの被害。隣国の急な戦力増強。……街に潜むスパイがこの街の情報を漏らしているらしい、とも。これだけ聞けば、いくらオレでも話は分かる。近々攻めて来られるだろう。その前に、どうにか状況を打開しないといけない。
「あたしは魔道士協会から攻めるから、貴方は自警団に入って」
そうオレにてきぱきと指示を下したのもリナだ。
「貴方がそこでデーモンぶち倒しまくって目立ってくれれば、そのスパイが自警団に潜んでるなら十中八九釣れるはずよ」
彼女はそう言ってにやりと笑った。
「だって腕の立つ奴が居たらスパイにとっては邪魔に決まってる。排除しようとするか取り入ろうとしてくるはず。だから頑張って目立ってねガウリイ。……ああ、それと。誰かにいつまで自警団に居るかって聞かれたら、すぐ辞めるなんて答えちゃダメだからね」
「なんでだ?」
「すぐいなくなるなら、邪魔者がいなくなるまで息を潜めていればいい。けど、長期的に居るなら危険分子は排除しておかなければいけない。……戦争を始めるなら猶更ね」
自称天才魔道士の連れの推理は、珍しく大当たりしたようで。
「……嫌いじゃないタイプの奴だったのにな」
目の前で気を失ったスパイを、後ろ手に縛って担ぎあげる。さて、このまま憲兵に引き渡すか、その前にリナと共に領主へ報告に行くべきか。面倒だが、きっと後者の方が正解だろう。
ジュードに仲間は居るのか。隣国の連中との連絡手段はあるのか。どれほどの情報を持っているのか。野良デーモンを操っていたのはジュードだったのか? ……分からない事だらけだが、オレにはもう、どうすることも出来やしない。捕まえたスパイから情報を引き出すのも、これから先の事を考えるのも、オレなんかよりリナの方がよっぽど上手いだろうし。
――だから、オレの仕事はもう終わり。
「ジュード。さよならだ。アンタの投擲、なかなか良い腕だったぜ」
気を失った男には聞くことも出来ない、別れの言葉を口にする。どうせ、明日以降はもうまともに話す機会も無いだろう。
――ああ、残念だなあ。
こんな月の綺麗な、少しだけ物悲しい夜を。オレはきっと、明日にはあまり覚えていないだろう。今日は思っていた以上に、深酒をしてしまったから。
「……けどまあ、仕方ない、か」
ひとりごちて、オレは歩き出す。きっと宿屋で寝ているであろう、旅の連れを起こしに行かねばならない。
――酒飲んでたって聞いたら怒るんだろうなあ。
「それもまた仕方ない、か」
苦笑して。―とはいえ、悪い事ばかりでもない。腰に差した斬妖剣 は、今夜その刀身を赤く染める事がなかった。
……それだけでこんなにも気が晴れるというのは、我ながら少し甘すぎるだろうか。
*
「昨日はお手柄だったわね、ガウリイ」
「…………何のことだ?」
オレの言葉に、リナは目の前で勢いよくひっくりこける。――相変わらず良いリアクションするなあ。
「あのねえっ‼」
「あーーっ、悪かった! 悪かったからスリッパはやめてくれって。冗談だよ」
「貴方の冗談は分かりにくいのよ……」
眉間を指で押さえるリナに、オレは苦笑する。
「まあ、昨日はかなり酒飲まされちまって、正直ぼんやりとしか覚えてないのは本当なんだけどな」
昨夜はなんだか珍しくシリアスをしたような気がするのだが。申し訳ない事にオレは本当に詳細を忘れている。ま、そういうこともある。
「はあー……。もう、しょーがないわね。……ま、良いけどさ。貴方のおかげで隣国のスパイも取っ捕まえられたわけだし。きっちり報酬も貰えたわけだし……と、言うわけで。今日は豪勢なランチを食べに行くわよ、ガウリイ!」
「おうっ!」
さて豪勢なランチとは肉か魚か、それとも珍味か? 足取りも軽く歩き出した旅の相棒の背中を追って、歩き出したオレの足取りもまた、今日は昨日よりも軽いのだった。
了
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