こちらもワンライ作品から。
お題「鏡」 原作14巻以前のルクミリ、シリアス風味で。
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嫌な夢を見た。
「……はっ、はっ……はあ」
俺は荒くなってしまっている息を、意識して整える。気が付けば酷く汗をかいていた。寝まきのシャツが濡れて冷たくなってしまっている。
内容はほとんど覚えてはいないが、どうせいつもと同じ夢だ。
――俺が、人殺しで金を稼いでいた頃の、夢。
血にまみれて、表情一つ変えずに誰かの命を狩っていた、あの時の断片的な場面がいくつも浮かんでは消えていく。そういう夢だ。
「くそっ、最悪な寝ざめだな」
宿屋の硬いベッドから起き上がり、窓から差し込む明るい日差しに目を細めた。もう、朝だ。小鳥のさえずりが聞こえて来る。ここは今、平和だ。
隣の部屋ではミリーナがまだ眠っているだろう。いや、起きているかもしれない。……そんな事はどうでも良い。彼女が生きていてくれているというだけで、俺にとっては充分に幸せなのだ。
部屋から出てすぐの洗面所で水を汲み、顔を洗った。柔らかいタオルで顔を拭き、顔を上げる。寝ぐせの確認に、取りつけられた小さな鏡を覗き込む。
そこに映っていた自分は、血のような紅に染まっていた。
「――……あ?」
前日に染め直したばかりのはずの黒髪が、紅い。セピア色のはずの瞳の色が、紅い。
どくり、と心臓がひとつ大きく鼓動を打った。視界すらも、紅く染まって行くような気がする。
なんだ、これは。
一歩、俺は後ろに後ずさっていた。足元がぐらぐら揺れる。頭ががんがんする。
――それなのに、鏡の中の自分から目が離せない。
「……あ、う」
呻き声ともつかない声を上げてしまった俺を見て。鏡の中のもう一人の俺が、にやりと唇の端を吊り上げた。
「よう、元気か?」
「ルーク?」
背後から、声。その澄んだ声で、俺を包む空気が変わった。釘付けにされていた鏡から、視線を引き剥がす。愛しい彼女の元へと目を向ける。
「こんな所で固まって、どうしたの?」
珍しく、きょとんとしたような顔をして、ミリーナが俺を見つめていた。
――ああ、やっぱり彼女は俺の女神だ。
起きたばかりなのか、少し眠たげに緩んだ瞳。普段は一つに纏められている長い銀髪が、下ろされてふわりと広がっている。
「ミリーナ! いや、なんでも……って、そうだ俺今ちょっと髪が……!」
俺は慌てて両腕で頭を隠した。赤毛が嫌いな彼女の目に、自分の赤毛を触れさせたくは無い。
しかし。
「髪……? いつもと別に変わりはないように見えるけれど」
「へ…?」
もう一度、鏡へと目をやった。そこに映る自分は、いつもの自分だった。
黒い髪、セピア色の瞳。少し疲れたような自分の顔。
「……」
「本当に、どうしたのルーク?」
少し、俺に呼びかける彼女の声に心配の色が混じる。
「……いや、なんでもないぜ。ちょっと夢見が悪くてな」
頭を掻いて、俺は笑ってみせた。こんなことで、彼女を心配させるわけにはいかない。じわりと広がる、嫌な予感から無理矢理目を逸らす。
「ミリーナが笑ってくれればすぐに元気になるぜ!」
大げさに両手を広げて見せれば、ミリーナは眉間に手をあてて小さく溜め息をついた。それから、腰に手をあてて小さく微笑む。その瞬間、俺の目には彼女は女神様に見える。本当だ。
「……もう。あなたって人は」
その笑顔で。その、呆れたような優しい声で。
俺の中の嫌な予感も、薄暗い過去も。全部、忘れてしまえるのだった。
おわり
お題「鏡」 原作14巻以前のルクミリ、シリアス風味で。
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嫌な夢を見た。
「……はっ、はっ……はあ」
俺は荒くなってしまっている息を、意識して整える。気が付けば酷く汗をかいていた。寝まきのシャツが濡れて冷たくなってしまっている。
内容はほとんど覚えてはいないが、どうせいつもと同じ夢だ。
――俺が、人殺しで金を稼いでいた頃の、夢。
血にまみれて、表情一つ変えずに誰かの命を狩っていた、あの時の断片的な場面がいくつも浮かんでは消えていく。そういう夢だ。
「くそっ、最悪な寝ざめだな」
宿屋の硬いベッドから起き上がり、窓から差し込む明るい日差しに目を細めた。もう、朝だ。小鳥のさえずりが聞こえて来る。ここは今、平和だ。
隣の部屋ではミリーナがまだ眠っているだろう。いや、起きているかもしれない。……そんな事はどうでも良い。彼女が生きていてくれているというだけで、俺にとっては充分に幸せなのだ。
部屋から出てすぐの洗面所で水を汲み、顔を洗った。柔らかいタオルで顔を拭き、顔を上げる。寝ぐせの確認に、取りつけられた小さな鏡を覗き込む。
そこに映っていた自分は、血のような紅に染まっていた。
「――……あ?」
前日に染め直したばかりのはずの黒髪が、紅い。セピア色のはずの瞳の色が、紅い。
どくり、と心臓がひとつ大きく鼓動を打った。視界すらも、紅く染まって行くような気がする。
なんだ、これは。
一歩、俺は後ろに後ずさっていた。足元がぐらぐら揺れる。頭ががんがんする。
――それなのに、鏡の中の自分から目が離せない。
「……あ、う」
呻き声ともつかない声を上げてしまった俺を見て。鏡の中のもう一人の俺が、にやりと唇の端を吊り上げた。
「よう、元気か?」
「ルーク?」
背後から、声。その澄んだ声で、俺を包む空気が変わった。釘付けにされていた鏡から、視線を引き剥がす。愛しい彼女の元へと目を向ける。
「こんな所で固まって、どうしたの?」
珍しく、きょとんとしたような顔をして、ミリーナが俺を見つめていた。
――ああ、やっぱり彼女は俺の女神だ。
起きたばかりなのか、少し眠たげに緩んだ瞳。普段は一つに纏められている長い銀髪が、下ろされてふわりと広がっている。
「ミリーナ! いや、なんでも……って、そうだ俺今ちょっと髪が……!」
俺は慌てて両腕で頭を隠した。赤毛が嫌いな彼女の目に、自分の赤毛を触れさせたくは無い。
しかし。
「髪……? いつもと別に変わりはないように見えるけれど」
「へ…?」
もう一度、鏡へと目をやった。そこに映る自分は、いつもの自分だった。
黒い髪、セピア色の瞳。少し疲れたような自分の顔。
「……」
「本当に、どうしたのルーク?」
少し、俺に呼びかける彼女の声に心配の色が混じる。
「……いや、なんでもないぜ。ちょっと夢見が悪くてな」
頭を掻いて、俺は笑ってみせた。こんなことで、彼女を心配させるわけにはいかない。じわりと広がる、嫌な予感から無理矢理目を逸らす。
「ミリーナが笑ってくれればすぐに元気になるぜ!」
大げさに両手を広げて見せれば、ミリーナは眉間に手をあてて小さく溜め息をついた。それから、腰に手をあてて小さく微笑む。その瞬間、俺の目には彼女は女神様に見える。本当だ。
「……もう。あなたって人は」
その笑顔で。その、呆れたような優しい声で。
俺の中の嫌な予感も、薄暗い過去も。全部、忘れてしまえるのだった。
おわり
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