どもです。あきらです。
原稿用に書いてたけどボツにしたガウリナ…第二弾です……
というわけで、ボツにしたけどもったいないので此処にサルベージさせて頂きます。わりと頑張って書いたので読んでってください……
何故ボツにしたかというと、めがぶらで神坂先生がQ&Aで答えてらした設定と食い違う話をオチにしちゃったんですよね。まあ、二次創作だしそのまま使っちゃっても怒られはしないとは思うんですが、個人的になんか気になるのでボツにしちゃいました。というわけで普通に書き下ろしだと個人誌間に合わんので2月のイベントで出す本再録本にしちゃった…!許して!!!(でも書き下ろし1、2本は入れたいし装丁も凝りたいな~とか思っているあきらでした。)
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あたしは追われていた。――いや、追われていたなんてもんではない。それはもう全力で追われていた。追われまくっていた。……そう、そんな感じ。あたしは今追われまくっているのである。
「リィィィイィイナァアアア=インバァアアアス!!!」
――ひえっ。
轟く雷鳴のごとく森に響き渡る怒声。その声に驚いて、野鳥たちも驚いては逃げていく。背後に迫るその声に慄きながら、あたしはひたすら森の中を走っていた。
「この恨み、晴らさでおくべきかぁああああっ‼」
「一体なんだってえのよ⁉」
走りながらちらりと後ろの相手を窺えば、その顔に浮かぶのは憤怒の形相。そしてとんでもなくヤバいオーラが漂っている。――ヤられる。これはヤられる。
「お前さん、今度は一体何やらかしたんだっ」
隣を走る自称保護者の旅の連れ、ガウリイ君は冷や汗を掻きながらあたしをジト目で睨んでいた。
「知らないわよっ! あんな怖い顔したおっちゃん全然覚えが無いしっ」
「っても、こんだけ撒いてもまだ追っかけてきてるくらいだし、よっぽど恨まれてるぞリナ!」
「うっ……いや、あたしじゃなくて貴方の事を『リナ=インバース』だと思ってる可能性だって……無い、ことも、無いじゃないっ」
秘儀、苦し紛れの責任転嫁っ。
「苦しいぞリナっ!」
「うだぁ~~っ、あたしが一体何したってのよーっ!」
遡る事数時間。森の入口近く、ぽつんと佇む小さな飯屋。腹ごしらえでもしようかと、立ち寄ったあたし達が店の暖簾をくぐると同時。飯屋の奥、カウンターに一人座っていた男が、不意にこちらに振り向いた。――それが始まり。
いかつく大きな身体つき、ぼうぼうと黒い髭が生えた険しい顔の中年男。狭い店の中、そんなおっちゃんと目が合って。瞬間、相手は酷く驚いた顔をした。彼はまじまじとあたしを見つめて、そして……。
「リィィィイィイナァアアア=インバァアアアス!!!」
「どひいいっ」
――そしてこれである。
店の中、突然激昂した彼に驚いて、あたし達はさっさと店を後にしたのだが。何故だか知らないが、おっちゃんはその後をしつこくしつこくしつこく追っかけて来ているのであった。
何度引き離したと思っても、呪文で目潰しの『明り(ライティング)』とか喰らわせても、煙幕代わりに『炸裂陣(ディル・ブランド)』とかぶちかましても、いつの間にか後ろを走ってきている。――一体どんな体力してんのよ⁉
「リナ、まだ逃げるつもりか?」
うんざりしたような声で問うたガウリイに、あたしもうんざりしたように顔を顰めた。いい加減に、走り詰めでは体力が持たない。……とは言っても。
「ああいうヤバいのは全力で逃げるに限るのよ! 真面目にやり合ったらひたすら面倒臭いだけなんだからっ」
経験上、変人とは関わり合いにならないのが一番良いと知っている。関わったら最後、絶対に碌な事にはならない。
……が。
「今でもじゅーぶん面倒な事になってないか?」
「うぐっ」
言われてしまえば全くもってその通り。くううっ、言い返せないのが辛いっ。
黙り込んだあたしに、彼のジト目の視線が突き刺さる。
「……」
言葉にされなくたって、流石に言いたいことは分かった。
――いい加減になんとかしてくれ。
「……う、ぐ、ぐぬううううっ……く、仕方ないかっ」
どうやら逃げるのもここまでのようだ。こうなったら怒れる猛牛と向き合うしかないらしい。――えーん怖いよー。
あたしはガウリイに合図を送って走るのを止め、その場でくるりと振り向いた。走ってくる相手に向かい、ひとまず荒い呼吸を整える。
「……はあ、はあ……はー……しんど」
「とりあえず、気ぃ失わせるかなんかしてとっ捕まえればいいんだな⁉」
「それでおっけー! いくわよガウリイっ!」
襲い来る男は、特に手に武器を持っているわけではない。……が、いかつい身体つきと大きな拳はそれだけで脅威ではあった。簡単な呪文程度では跳ね飛ばしてきそうな勢いがある。――実際、拳で魔族をねじ伏せるドワーフ系王子様を一人知っているので、そんな奴はいない、とは言い切れないのが怖い。
「……、ふう」
呼吸は整った。
――集中。あたしはバンダナ裏に張り付いた、絶えず額を圧迫する小さな宝石に意識を集める。早く、小さく、呟くように唱えるのは使い慣れた呪文だ。
「『爆裂陣(メガ・ブランド)』!」
相手の足元のやや手前、土の地面を爆発で噴き上げる。爆風と共にその場に舞う土埃と小石や小枝は、相手の動きを一瞬でも止めるには十分過ぎる程効果がある。
「ぐうっ、くそっ舐めるなぁああああっ!」
叫びつつ、しかし流石にその場に足を止めた男に向かって、あたしは第二の『力ある言葉(カオス・ワーズ)』を放つ。
「『影縛り(シャドウ・スナップ)』!」
「っ⁉」
晴れた空の下。森の道に濃く色づいた男の影に、突き刺さるはあたしの投げたショート・ソード。影ごとその場に縫い留められた男は、動けぬままにただうめき声をあげた。
「なんっの、これしきぃいいいいいっ」
ぎりぎりと歯を食いしばる音がその場に響く。とはいえ、流石にただの人間にこれをどうにかする力は無いだろう。
「うおおおおおっ」
――ほんとになんなのだこのおっちゃんは。
「……ガウリイ、お願い!」
「はいよっと」
あたしの声に応え、相棒は素早く男の背後に回って。
とん、と一回。男の首をその手刀で打ち据えれば、男はその場で動けぬままに意識だけを失った。
◇
「……、リナ=インバース……」
開口一番、である。ガウリイにノックアウトされ近場の太い木に括り付けられた男は、気絶から目を覚ましてすぐ、目の前のあたしを睨みつけて忌々しげに名前を呼んだ。
「……、」
流石に、もう暴れる様子はないけれど。未だギラギラと憎しみを滾らせた目であたしを睨む様子は、はっきり言ってめちゃくちゃ怖い。
それにしても。――あたしは、このおっちゃんに一体何をしてしまったというのだろう。
「なあ、あんた」
不意に、口を開いたのはガウリイだった。ぽんぽんと腰の剣の柄を軽く叩いて見せながら、しかし彼は至極軽い口調で男に言葉を掛けた。
「何をそんなに怒ってるんだ? リナが一体なにやらかしたんだか知らないが……、話くらいは聞かせてくれないと分かんないだろ」
「……、アンタにゃ関係ねえ」
ぼそり、と。ようやっとまともな言葉をしゃべったおっちゃんにあたしは内心ほっとした。――一応言葉は通じるわけね。
「関係なくは無いんだよな。オレはこいつの保護者なもんで……まあ、自称だけど」
いちいちそんな事付け加えんでよろしい。
「ずっと追っかけ回されちゃ敵わん。どうしてもこいつを痛めつけたいって言うなら相手になるが、そうで無いなら話を聞かせてくれないか」
こういう時、この相棒の落ち着きと外見の良さはプラスに働く。相手の心を和ませる効果があるらしい。
「…………ぬう……」
逡巡した様子の男に、あたしも口を開いた。
「ねえ、ほんとに。悪いんだけど、あたし貴方に何かしたような覚えが全然無いんだけどさ。何かしたってんなら、教えてよ」
「……、ああ、そうだろうなあ。アンタはさ……覚えちゃあいないんだろう」
不意に男は哀しい目をして。しかし、もう一度あたしの目をじっと見据えた男の顔は、やはり憎しみと怒りに満ち満ちていた。
「アンタは……アンタは俺の大切なヒトを殺したんだ」
――……。
「……、そう」
否定の言葉も反論の言葉も、あたしの口からは出てこなかった。……だって、可能性としてゼロではない話だから。
あたしは、罪のない一般人を手に掛けるような人間ではない。盗賊やチンピラや、その他悪人に対しては容赦するつもりはないけど、それだって一応周囲への被害を気にしてはいる。悪人の成敗に、敢えて人殺しを選ぶつもりもない。……けれど。けれど。
あたしだって、ガウリイだって。人を殺した事が全く無いかと問われれば、それはノーだ。残念ながら、あたしたちはそういう世界を生きている。
このおっちゃんの大切な人の命を、あたしは憶えてもいない過去に失わせてしまったのか。
「……、」
動揺に揺れそうになるのを、なんとか堪える。唇を噛んで、あたしは地面を踏みしめる足に力を込めた。――こうして旅を続ける限り、こんな風に糾弾される事だって、ありうる話だったのだ。
「リナ」
ぽん、と。その時、あたしの肩に置かれる掌。その温かな体温と軽い衝撃に、緊張で張り詰めていたあたしの意識が、ほんの少しだけ緩まった。
振り返れば、自称保護者が黙ったまま静かに頷く。大丈夫だ、と言っているような、そんな目をして。
頷き返して、もう一度男に向きなおる。
「ごめんなさい。あたし、何も覚えが無い。……一体どんな状況だったか、教えて貰える?」
「そもそも、こいつがアンタの恋人を殺しちまったってのは、確かなのか?」
ガウリイの言葉に、男は一瞬きょとんとした顔をした。
「……あ? いや、恋人じゃあない。――ああ、でも確かに恋人みたいに大切だったよ」
男は小さくかぶりを振って。そして、何かを思い出すように遠い目をして薄く微笑んだ。
「俺の大切なドラゴンちゃん」
――…………ん?
「ドラゴン、ちゃん……?」
思わず聞き返せば、男は何故だか得意げに鼻を鳴らす。
「ああ、そうさ。ブラック・ドラゴンのドラゴンちゃんは、俺がガキの頃から大事に大事に育てて、共に暮らしたパートナーさ」
「………………えーっと?」
「出会いはな、俺が三つの頃さ。親に連れられて行った村の祭りでな……」
――あ、これは長くなりそう。あたしの嫌な予感をよそに、おっちゃんは昔語りモードに突入してしまう。
「夜店で買った赤ちゃんドラゴン。最初はガキのオレの掌に収まる程小さかったが、毎日たっぷり餌と愛情を与えてさ、家族の一員として可愛がったのさ。大人のドラゴンになる頃にはすっかり大きくなって……、」
「大きくなって……?」
「体長三メートルはあったかな」
うっとりとそう語る男の目はマジである。マジ。
「大きくなってもずっと俺たちは一緒だった。ブラック・ドラゴンは獰猛だが、俺たち家族に危害を加えるような事は一切なかったさ!」
「なーんかどっかで聞いた事があるような話だが……そうか、ドラゴンにも人間の愛情ってのは伝わるんだなー」
しみじみと頷いて見せるガウリイ。あたしはその頭をスリッパで引っぱたきたくなるのをなんとか自重した。
「そう、オレとドラゴンちゃんの絆は固かったんだ! あの日、アンタに殺されるまではな……ッ!」
最後にキッとあたしを睨みつけた男の目には、ちょっぴり涙が滲んでいる。
「……あのねー……」
あたしは大いに脱力した。……けれど、問題が解決したわけではない。
眉間の皺を指で伸ばしつつ、あたしは大きく溜息を付いて。そして、必殺の正論攻撃をかますことにした。
「貴方、その三メートルのブラック・ドラゴンを人里で飼ってたわけ? 大きくなっても一緒に?」
「ああ、そうさ」
自信満々な男に、あたしはすう、と息を深く吸い込んで。そして怒鳴る。
「ああ、そうさ……じゃないっ! 普通にドラゴンなんか狭い人間の家で飼えるワケないでしょーが! 家族が良くても近所メーワクよ! 近所の奥様方皆怯えてたに決まってるでしょ‼」
「なんで奥様方?」
ガウリイの明後日のツッコミは無視する。
「貴方は黙ってて。……あたしはね、食べる目的ならともかく、襲われでもしない限り森の獣を無闇に狩ったり殺したりなんかしない。それは、人間の方が獣たちの住処にお邪魔してるからよ。……人を襲うドラゴンが人里に居たら、誰かが退治しようとするって考えなかったわけ?」
あたしの怒涛の正論ツッコミに、男は面食らったように目を見開いた。復讐したい相手から、まさか真正面からまともな反論を喰らうとは思っていなかったのかもしれない。
「……で、でも」
「でもじゃないっ! ――ブラック・ドラゴンを斃した事、確かにあるわ。けどね、それは村から依頼を受けてビジネスとして『村で悪さをするドラゴンを退治』したのよ」
あたしの言葉に、男は弾かれたように顔を上げる。
「っ! ドラゴンちゃんは悪いドラゴンじゃないっ‼」
裏返った声は怒りと痛みに満ちている。男のドラゴンへの想いは本物なのだ。……けれど。
「例え貴方がそう思っててもね、散歩で他人の家をぶっ壊して、火を噴いて近所の人間に大火傷させるドラゴンは村にとっちゃ害獣なのよ」
身もふたもないあたしの言葉に、男はぎりりと奥歯を噛んだ。
「……ドラゴンちゃんは悪くない。――ええ、そうでしょうとも。悪いのは貴方よ。そんな風に人々によって退治されてしまう前に、どうして貴方はドラゴンちゃんと共に人里を離れなかったの? ドラゴンズ・ピークにでも行って逃がしてやるって考えは浮かばなかったの? 本当にドラゴンちゃんの事を想うなら、大切に想うなら貴方に出来た事はもっとあったんじゃないの?」
言い募りながら、あたしはびしりと男に人差し指を突き付ける。
「一緒に居たいから、だけど村から出るのは嫌だから。そんな我儘と怠慢で貴方は近所の人を傷つけて、最終的にドラゴンちゃんを『退治された悪いドラゴン』にしてしまったのよ。……その責任から目を背けて、他人ばっかり恨むのは違うんじゃないかしら」
最後には少し、『ドラゴンちゃん』に憐れみのような気持ちを抱きながら。
「貴方が今やってること、間違ってないってドラゴンちゃんに胸張って、言える? ドラゴンちゃんに誓える?」
静かにそう尋ねれば、全ては決した。
「……う……ぐ……あああああっ、ドラゴンちゃん…………俺は、俺はぁああああああああっ」
男は目からぼろぼろと大粒の涙を流しながら、長い事慟哭の声を上げ続けるのだった。
◇
「……で、どうするんだリナ?」
「どうするって?」
きょとんとしたあたしに、ガウリイは困ったように頭を掻いてから声を潜める。
「お前さん、容赦なさすぎるだろう……。ああなっちゃ、なかなか立ち直れないぞあのおっさん。――いいかリナ、正論というのはな、時に人を下手な悪口より傷つけるんだ」
ちらりと視線を横に向ければ、呆然と項垂れたままのおっちゃんの姿がある。少し前に縄は解いてやったというのに、座り込んだまま木に寄りかかり、立ち上がる様子もない。流石に涙は枯れたようだけど……。
「なんだか可哀想になっちまうなあ」
「なーに言ってんのよ。ああでも言わなきゃ、逆恨みでずーっと追っかけられるハメになってたでしょーが」
「逆恨み……、か。でもお前さん、実際ドラゴンやっつけた覚えはあるんだろ? それならあながち『逆恨み』とも言い切れないんじゃないか?」
ガウリイのツッコミに、あたしは視線を口を尖らせる。
「……、まあ。無いことは無い、けど」
「ほらあ」
――……しょーがないなあ。もう。
「おっちゃん」
呼びかけて。あたしはおもむろに、自分の額を守るバンダナをするりと外して見せた。……裏地に張り付けた小さな宝石を、えいやっと取り外してポケットにしまい込む。
「……これ、貴方にあげる」
「これ、は……?」
まだどこか途方に暮れたような顔をした男の掌に、外したばかりのバンダナをそっと乗せて。
「とあるブラック・ドラゴンの髭をなめして織りあげたもの、よ。あたしが持ってるより、貴方が持ってる方がドラゴンちゃんも喜ぶんじゃない?」
「! ……まさか、まさかこれは……っ」
あたしは何も言わずにこくりと頷いて見せて。それを見て、男はごくりと息を飲んだ。
「ちょっとした剣撃なら弾く代物よ。……形見代わりに」
「……、あんた……」
それ以上は言わず、男は項垂れ、暫く黙って。……そして、呟くように声を漏らした。
「…………ありがとう」
感謝の言葉。噛み締めるような、様々な感情の籠ったそれを、あたしはただ黙って受け止める。
「――それじゃ、あたし達もう行くから」
「ああ」
短い言葉を交わして、あたしたちはそれぞれ別の道を行く。……それでいい。きっともう交わらない道、だけど、彼の行くその道が願わくば少しは優しいモノであることを願って。――そんで、もうあたしに迷惑掛けないでくれることを願って。
◇
「お前さん、結構優しいトコあるんだなあ」
それから暫く。森の道を並んで歩きながら、なんだかしみじみとした顔でそんな事を言うガウリイに、あたしは首を傾げた。
「何がよ?」
「あのバンダナの事だよ。まさか気前よくやっちまうなんてさ。……それにしても、アレがあのおっちゃんのドラゴンの形見だったなんて、オレ全然知らなかったぜ。これも運命って奴なのかな……」
妙にきらきらした目で、感動したように言うガウリイ君。――おいおい。
「何言ってんのよガウリイ。いつ、あのバンダナがあのおっちゃんのドラゴンから作られたモノ、なんて言った?」
「えっ」
本気でびっくりした顔の相棒兼自称保護者に、あたしは呆れて思いっきりジト目を向けてやる。
「あんなの、普通にマジックショップで買ったやつに決まってるでしょ。あたしはわざわざ倒したドラゴンの髭引っこ抜いてバンダナ作ったりしないわよ。――そもそも、ブラック・ドラゴンをやっつけた事なんて何度もあるけど、それが野生ののドラゴンか誰かのペットか、なんてあたしに分かるわけないじゃない」
――だから、あのおっちゃんの復讐相手が本当にあたしだったのかどうかも、実際怪しいのである。誰かが適当に、あたしの名前をあのおっちゃんに吹き込んだ可能性も否定はできない。
「……う、そりゃ、まあ確かに」
苦い顔をするガウリイ。それにあたしは苦笑した。
あたしは別に嘘を吐いたわけではない。『ドラゴンちゃんの髭で作った』なんて、一言も言ってないし。けど。
「あのおっちゃんにとってはあのバンダナはドラゴンちゃんの形見なのよ。それが間違いだなんて、あたしたち以外の誰にも分かりはしない。きっと二度と会う事もないだろうから、永遠にあのバンダナは『形見』のまま。……だから、それで良いじゃない」
形見代わりに、何かそれっぽいものを渡してやれば少しは慰めになるかと思ったのだ。――実際、抜け殻のようだった彼は少し精気を取り戻したように見えた。
「……それで、自分が殺したかどうかも分からないドラゴンの飼い主に、気に入ってるバンダナやっちまったのか」
「まあ、ほんとにあたしがやっちゃった可能性もあるわけだし。恨まれたまんまじゃ、寝覚めも悪いし」
丸く収まったのだから、まあ良しとしよう。
「……、」
「――ま、あのバンダナ丈夫だったし結構重宝してたんだけどね。あーあ、新しい奴買わなきゃだわ」
やれやれ、と肩を竦めて。宝石は回収したけど、バンダナだっていいモノを買おうとすればわりと高くつく。
そろそろ懐も寂しくなってきた事だし、一回盗賊いぢめでもしておきたいなーなんて。そんな事を考え始めたあたしの頭の上から、不意に大きなため息が降って来た。
「ハアーー……お前さんって奴は……」
それと同時に、相棒の大きな手があたしの頭をわしゃわしゃとかき混ぜる。
「……な、なによお」
見上げれば、ガウリイはなんだか複雑な顔をして。けれどすぐに、彼はいつものように穏やかに笑った。
「いいや、なんでも。……じゃ、さっさと森抜けるか。街に出たら新しい奴買いに行こうぜ」
「ん、そうね」
頷いて。歩みを止めないあたしたちの前に、目的の街が見えてくるのはもうすぐだった。
「リィィィイィイナァアアア=インバァアアアス!!!」
――ひえっ。
轟く雷鳴のごとく森に響き渡る怒声。その声に驚いて、野鳥たちも驚いては逃げていく。背後に迫るその声に慄きながら、あたしはひたすら森の中を走っていた。
「この恨み、晴らさでおくべきかぁああああっ‼」
「一体なんだってえのよ⁉」
走りながらちらりと後ろの相手を窺えば、その顔に浮かぶのは憤怒の形相。そしてとんでもなくヤバいオーラが漂っている。――ヤられる。これはヤられる。
「お前さん、今度は一体何やらかしたんだっ」
隣を走る自称保護者の旅の連れ、ガウリイ君は冷や汗を掻きながらあたしをジト目で睨んでいた。
「知らないわよっ! あんな怖い顔したおっちゃん全然覚えが無いしっ」
「っても、こんだけ撒いてもまだ追っかけてきてるくらいだし、よっぽど恨まれてるぞリナ!」
「うっ……いや、あたしじゃなくて貴方の事を『リナ=インバース』だと思ってる可能性だって……無い、ことも、無いじゃないっ」
秘儀、苦し紛れの責任転嫁っ。
「苦しいぞリナっ!」
「うだぁ~~っ、あたしが一体何したってのよーっ!」
遡る事数時間。森の入口近く、ぽつんと佇む小さな飯屋。腹ごしらえでもしようかと、立ち寄ったあたし達が店の暖簾をくぐると同時。飯屋の奥、カウンターに一人座っていた男が、不意にこちらに振り向いた。――それが始まり。
いかつく大きな身体つき、ぼうぼうと黒い髭が生えた険しい顔の中年男。狭い店の中、そんなおっちゃんと目が合って。瞬間、相手は酷く驚いた顔をした。彼はまじまじとあたしを見つめて、そして……。
「リィィィイィイナァアアア=インバァアアアス!!!」
「どひいいっ」
――そしてこれである。
店の中、突然激昂した彼に驚いて、あたし達はさっさと店を後にしたのだが。何故だか知らないが、おっちゃんはその後をしつこくしつこくしつこく追っかけて来ているのであった。
何度引き離したと思っても、呪文で目潰しの『明り(ライティング)』とか喰らわせても、煙幕代わりに『炸裂陣(ディル・ブランド)』とかぶちかましても、いつの間にか後ろを走ってきている。――一体どんな体力してんのよ⁉
「リナ、まだ逃げるつもりか?」
うんざりしたような声で問うたガウリイに、あたしもうんざりしたように顔を顰めた。いい加減に、走り詰めでは体力が持たない。……とは言っても。
「ああいうヤバいのは全力で逃げるに限るのよ! 真面目にやり合ったらひたすら面倒臭いだけなんだからっ」
経験上、変人とは関わり合いにならないのが一番良いと知っている。関わったら最後、絶対に碌な事にはならない。
……が。
「今でもじゅーぶん面倒な事になってないか?」
「うぐっ」
言われてしまえば全くもってその通り。くううっ、言い返せないのが辛いっ。
黙り込んだあたしに、彼のジト目の視線が突き刺さる。
「……」
言葉にされなくたって、流石に言いたいことは分かった。
――いい加減になんとかしてくれ。
「……う、ぐ、ぐぬううううっ……く、仕方ないかっ」
どうやら逃げるのもここまでのようだ。こうなったら怒れる猛牛と向き合うしかないらしい。――えーん怖いよー。
あたしはガウリイに合図を送って走るのを止め、その場でくるりと振り向いた。走ってくる相手に向かい、ひとまず荒い呼吸を整える。
「……はあ、はあ……はー……しんど」
「とりあえず、気ぃ失わせるかなんかしてとっ捕まえればいいんだな⁉」
「それでおっけー! いくわよガウリイっ!」
襲い来る男は、特に手に武器を持っているわけではない。……が、いかつい身体つきと大きな拳はそれだけで脅威ではあった。簡単な呪文程度では跳ね飛ばしてきそうな勢いがある。――実際、拳で魔族をねじ伏せるドワーフ系王子様を一人知っているので、そんな奴はいない、とは言い切れないのが怖い。
「……、ふう」
呼吸は整った。
――集中。あたしはバンダナ裏に張り付いた、絶えず額を圧迫する小さな宝石に意識を集める。早く、小さく、呟くように唱えるのは使い慣れた呪文だ。
「『爆裂陣(メガ・ブランド)』!」
相手の足元のやや手前、土の地面を爆発で噴き上げる。爆風と共にその場に舞う土埃と小石や小枝は、相手の動きを一瞬でも止めるには十分過ぎる程効果がある。
「ぐうっ、くそっ舐めるなぁああああっ!」
叫びつつ、しかし流石にその場に足を止めた男に向かって、あたしは第二の『力ある言葉(カオス・ワーズ)』を放つ。
「『影縛り(シャドウ・スナップ)』!」
「っ⁉」
晴れた空の下。森の道に濃く色づいた男の影に、突き刺さるはあたしの投げたショート・ソード。影ごとその場に縫い留められた男は、動けぬままにただうめき声をあげた。
「なんっの、これしきぃいいいいいっ」
ぎりぎりと歯を食いしばる音がその場に響く。とはいえ、流石にただの人間にこれをどうにかする力は無いだろう。
「うおおおおおっ」
――ほんとになんなのだこのおっちゃんは。
「……ガウリイ、お願い!」
「はいよっと」
あたしの声に応え、相棒は素早く男の背後に回って。
とん、と一回。男の首をその手刀で打ち据えれば、男はその場で動けぬままに意識だけを失った。
◇
「……、リナ=インバース……」
開口一番、である。ガウリイにノックアウトされ近場の太い木に括り付けられた男は、気絶から目を覚ましてすぐ、目の前のあたしを睨みつけて忌々しげに名前を呼んだ。
「……、」
流石に、もう暴れる様子はないけれど。未だギラギラと憎しみを滾らせた目であたしを睨む様子は、はっきり言ってめちゃくちゃ怖い。
それにしても。――あたしは、このおっちゃんに一体何をしてしまったというのだろう。
「なあ、あんた」
不意に、口を開いたのはガウリイだった。ぽんぽんと腰の剣の柄を軽く叩いて見せながら、しかし彼は至極軽い口調で男に言葉を掛けた。
「何をそんなに怒ってるんだ? リナが一体なにやらかしたんだか知らないが……、話くらいは聞かせてくれないと分かんないだろ」
「……、アンタにゃ関係ねえ」
ぼそり、と。ようやっとまともな言葉をしゃべったおっちゃんにあたしは内心ほっとした。――一応言葉は通じるわけね。
「関係なくは無いんだよな。オレはこいつの保護者なもんで……まあ、自称だけど」
いちいちそんな事付け加えんでよろしい。
「ずっと追っかけ回されちゃ敵わん。どうしてもこいつを痛めつけたいって言うなら相手になるが、そうで無いなら話を聞かせてくれないか」
こういう時、この相棒の落ち着きと外見の良さはプラスに働く。相手の心を和ませる効果があるらしい。
「…………ぬう……」
逡巡した様子の男に、あたしも口を開いた。
「ねえ、ほんとに。悪いんだけど、あたし貴方に何かしたような覚えが全然無いんだけどさ。何かしたってんなら、教えてよ」
「……、ああ、そうだろうなあ。アンタはさ……覚えちゃあいないんだろう」
不意に男は哀しい目をして。しかし、もう一度あたしの目をじっと見据えた男の顔は、やはり憎しみと怒りに満ち満ちていた。
「アンタは……アンタは俺の大切なヒトを殺したんだ」
――……。
「……、そう」
否定の言葉も反論の言葉も、あたしの口からは出てこなかった。……だって、可能性としてゼロではない話だから。
あたしは、罪のない一般人を手に掛けるような人間ではない。盗賊やチンピラや、その他悪人に対しては容赦するつもりはないけど、それだって一応周囲への被害を気にしてはいる。悪人の成敗に、敢えて人殺しを選ぶつもりもない。……けれど。けれど。
あたしだって、ガウリイだって。人を殺した事が全く無いかと問われれば、それはノーだ。残念ながら、あたしたちはそういう世界を生きている。
このおっちゃんの大切な人の命を、あたしは憶えてもいない過去に失わせてしまったのか。
「……、」
動揺に揺れそうになるのを、なんとか堪える。唇を噛んで、あたしは地面を踏みしめる足に力を込めた。――こうして旅を続ける限り、こんな風に糾弾される事だって、ありうる話だったのだ。
「リナ」
ぽん、と。その時、あたしの肩に置かれる掌。その温かな体温と軽い衝撃に、緊張で張り詰めていたあたしの意識が、ほんの少しだけ緩まった。
振り返れば、自称保護者が黙ったまま静かに頷く。大丈夫だ、と言っているような、そんな目をして。
頷き返して、もう一度男に向きなおる。
「ごめんなさい。あたし、何も覚えが無い。……一体どんな状況だったか、教えて貰える?」
「そもそも、こいつがアンタの恋人を殺しちまったってのは、確かなのか?」
ガウリイの言葉に、男は一瞬きょとんとした顔をした。
「……あ? いや、恋人じゃあない。――ああ、でも確かに恋人みたいに大切だったよ」
男は小さくかぶりを振って。そして、何かを思い出すように遠い目をして薄く微笑んだ。
「俺の大切なドラゴンちゃん」
――…………ん?
「ドラゴン、ちゃん……?」
思わず聞き返せば、男は何故だか得意げに鼻を鳴らす。
「ああ、そうさ。ブラック・ドラゴンのドラゴンちゃんは、俺がガキの頃から大事に大事に育てて、共に暮らしたパートナーさ」
「………………えーっと?」
「出会いはな、俺が三つの頃さ。親に連れられて行った村の祭りでな……」
――あ、これは長くなりそう。あたしの嫌な予感をよそに、おっちゃんは昔語りモードに突入してしまう。
「夜店で買った赤ちゃんドラゴン。最初はガキのオレの掌に収まる程小さかったが、毎日たっぷり餌と愛情を与えてさ、家族の一員として可愛がったのさ。大人のドラゴンになる頃にはすっかり大きくなって……、」
「大きくなって……?」
「体長三メートルはあったかな」
うっとりとそう語る男の目はマジである。マジ。
「大きくなってもずっと俺たちは一緒だった。ブラック・ドラゴンは獰猛だが、俺たち家族に危害を加えるような事は一切なかったさ!」
「なーんかどっかで聞いた事があるような話だが……そうか、ドラゴンにも人間の愛情ってのは伝わるんだなー」
しみじみと頷いて見せるガウリイ。あたしはその頭をスリッパで引っぱたきたくなるのをなんとか自重した。
「そう、オレとドラゴンちゃんの絆は固かったんだ! あの日、アンタに殺されるまではな……ッ!」
最後にキッとあたしを睨みつけた男の目には、ちょっぴり涙が滲んでいる。
「……あのねー……」
あたしは大いに脱力した。……けれど、問題が解決したわけではない。
眉間の皺を指で伸ばしつつ、あたしは大きく溜息を付いて。そして、必殺の正論攻撃をかますことにした。
「貴方、その三メートルのブラック・ドラゴンを人里で飼ってたわけ? 大きくなっても一緒に?」
「ああ、そうさ」
自信満々な男に、あたしはすう、と息を深く吸い込んで。そして怒鳴る。
「ああ、そうさ……じゃないっ! 普通にドラゴンなんか狭い人間の家で飼えるワケないでしょーが! 家族が良くても近所メーワクよ! 近所の奥様方皆怯えてたに決まってるでしょ‼」
「なんで奥様方?」
ガウリイの明後日のツッコミは無視する。
「貴方は黙ってて。……あたしはね、食べる目的ならともかく、襲われでもしない限り森の獣を無闇に狩ったり殺したりなんかしない。それは、人間の方が獣たちの住処にお邪魔してるからよ。……人を襲うドラゴンが人里に居たら、誰かが退治しようとするって考えなかったわけ?」
あたしの怒涛の正論ツッコミに、男は面食らったように目を見開いた。復讐したい相手から、まさか真正面からまともな反論を喰らうとは思っていなかったのかもしれない。
「……で、でも」
「でもじゃないっ! ――ブラック・ドラゴンを斃した事、確かにあるわ。けどね、それは村から依頼を受けてビジネスとして『村で悪さをするドラゴンを退治』したのよ」
あたしの言葉に、男は弾かれたように顔を上げる。
「っ! ドラゴンちゃんは悪いドラゴンじゃないっ‼」
裏返った声は怒りと痛みに満ちている。男のドラゴンへの想いは本物なのだ。……けれど。
「例え貴方がそう思っててもね、散歩で他人の家をぶっ壊して、火を噴いて近所の人間に大火傷させるドラゴンは村にとっちゃ害獣なのよ」
身もふたもないあたしの言葉に、男はぎりりと奥歯を噛んだ。
「……ドラゴンちゃんは悪くない。――ええ、そうでしょうとも。悪いのは貴方よ。そんな風に人々によって退治されてしまう前に、どうして貴方はドラゴンちゃんと共に人里を離れなかったの? ドラゴンズ・ピークにでも行って逃がしてやるって考えは浮かばなかったの? 本当にドラゴンちゃんの事を想うなら、大切に想うなら貴方に出来た事はもっとあったんじゃないの?」
言い募りながら、あたしはびしりと男に人差し指を突き付ける。
「一緒に居たいから、だけど村から出るのは嫌だから。そんな我儘と怠慢で貴方は近所の人を傷つけて、最終的にドラゴンちゃんを『退治された悪いドラゴン』にしてしまったのよ。……その責任から目を背けて、他人ばっかり恨むのは違うんじゃないかしら」
最後には少し、『ドラゴンちゃん』に憐れみのような気持ちを抱きながら。
「貴方が今やってること、間違ってないってドラゴンちゃんに胸張って、言える? ドラゴンちゃんに誓える?」
静かにそう尋ねれば、全ては決した。
「……う……ぐ……あああああっ、ドラゴンちゃん…………俺は、俺はぁああああああああっ」
男は目からぼろぼろと大粒の涙を流しながら、長い事慟哭の声を上げ続けるのだった。
◇
「……で、どうするんだリナ?」
「どうするって?」
きょとんとしたあたしに、ガウリイは困ったように頭を掻いてから声を潜める。
「お前さん、容赦なさすぎるだろう……。ああなっちゃ、なかなか立ち直れないぞあのおっさん。――いいかリナ、正論というのはな、時に人を下手な悪口より傷つけるんだ」
ちらりと視線を横に向ければ、呆然と項垂れたままのおっちゃんの姿がある。少し前に縄は解いてやったというのに、座り込んだまま木に寄りかかり、立ち上がる様子もない。流石に涙は枯れたようだけど……。
「なんだか可哀想になっちまうなあ」
「なーに言ってんのよ。ああでも言わなきゃ、逆恨みでずーっと追っかけられるハメになってたでしょーが」
「逆恨み……、か。でもお前さん、実際ドラゴンやっつけた覚えはあるんだろ? それならあながち『逆恨み』とも言い切れないんじゃないか?」
ガウリイのツッコミに、あたしは視線を口を尖らせる。
「……、まあ。無いことは無い、けど」
「ほらあ」
――……しょーがないなあ。もう。
「おっちゃん」
呼びかけて。あたしはおもむろに、自分の額を守るバンダナをするりと外して見せた。……裏地に張り付けた小さな宝石を、えいやっと取り外してポケットにしまい込む。
「……これ、貴方にあげる」
「これ、は……?」
まだどこか途方に暮れたような顔をした男の掌に、外したばかりのバンダナをそっと乗せて。
「とあるブラック・ドラゴンの髭をなめして織りあげたもの、よ。あたしが持ってるより、貴方が持ってる方がドラゴンちゃんも喜ぶんじゃない?」
「! ……まさか、まさかこれは……っ」
あたしは何も言わずにこくりと頷いて見せて。それを見て、男はごくりと息を飲んだ。
「ちょっとした剣撃なら弾く代物よ。……形見代わりに」
「……、あんた……」
それ以上は言わず、男は項垂れ、暫く黙って。……そして、呟くように声を漏らした。
「…………ありがとう」
感謝の言葉。噛み締めるような、様々な感情の籠ったそれを、あたしはただ黙って受け止める。
「――それじゃ、あたし達もう行くから」
「ああ」
短い言葉を交わして、あたしたちはそれぞれ別の道を行く。……それでいい。きっともう交わらない道、だけど、彼の行くその道が願わくば少しは優しいモノであることを願って。――そんで、もうあたしに迷惑掛けないでくれることを願って。
◇
「お前さん、結構優しいトコあるんだなあ」
それから暫く。森の道を並んで歩きながら、なんだかしみじみとした顔でそんな事を言うガウリイに、あたしは首を傾げた。
「何がよ?」
「あのバンダナの事だよ。まさか気前よくやっちまうなんてさ。……それにしても、アレがあのおっちゃんのドラゴンの形見だったなんて、オレ全然知らなかったぜ。これも運命って奴なのかな……」
妙にきらきらした目で、感動したように言うガウリイ君。――おいおい。
「何言ってんのよガウリイ。いつ、あのバンダナがあのおっちゃんのドラゴンから作られたモノ、なんて言った?」
「えっ」
本気でびっくりした顔の相棒兼自称保護者に、あたしは呆れて思いっきりジト目を向けてやる。
「あんなの、普通にマジックショップで買ったやつに決まってるでしょ。あたしはわざわざ倒したドラゴンの髭引っこ抜いてバンダナ作ったりしないわよ。――そもそも、ブラック・ドラゴンをやっつけた事なんて何度もあるけど、それが野生ののドラゴンか誰かのペットか、なんてあたしに分かるわけないじゃない」
――だから、あのおっちゃんの復讐相手が本当にあたしだったのかどうかも、実際怪しいのである。誰かが適当に、あたしの名前をあのおっちゃんに吹き込んだ可能性も否定はできない。
「……う、そりゃ、まあ確かに」
苦い顔をするガウリイ。それにあたしは苦笑した。
あたしは別に嘘を吐いたわけではない。『ドラゴンちゃんの髭で作った』なんて、一言も言ってないし。けど。
「あのおっちゃんにとってはあのバンダナはドラゴンちゃんの形見なのよ。それが間違いだなんて、あたしたち以外の誰にも分かりはしない。きっと二度と会う事もないだろうから、永遠にあのバンダナは『形見』のまま。……だから、それで良いじゃない」
形見代わりに、何かそれっぽいものを渡してやれば少しは慰めになるかと思ったのだ。――実際、抜け殻のようだった彼は少し精気を取り戻したように見えた。
「……それで、自分が殺したかどうかも分からないドラゴンの飼い主に、気に入ってるバンダナやっちまったのか」
「まあ、ほんとにあたしがやっちゃった可能性もあるわけだし。恨まれたまんまじゃ、寝覚めも悪いし」
丸く収まったのだから、まあ良しとしよう。
「……、」
「――ま、あのバンダナ丈夫だったし結構重宝してたんだけどね。あーあ、新しい奴買わなきゃだわ」
やれやれ、と肩を竦めて。宝石は回収したけど、バンダナだっていいモノを買おうとすればわりと高くつく。
そろそろ懐も寂しくなってきた事だし、一回盗賊いぢめでもしておきたいなーなんて。そんな事を考え始めたあたしの頭の上から、不意に大きなため息が降って来た。
「ハアーー……お前さんって奴は……」
それと同時に、相棒の大きな手があたしの頭をわしゃわしゃとかき混ぜる。
「……な、なによお」
見上げれば、ガウリイはなんだか複雑な顔をして。けれどすぐに、彼はいつものように穏やかに笑った。
「いいや、なんでも。……じゃ、さっさと森抜けるか。街に出たら新しい奴買いに行こうぜ」
「ん、そうね」
頷いて。歩みを止めないあたしたちの前に、目的の街が見えてくるのはもうすぐだった。
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