一関市東山町にある「石と賢治のミュージアム 太陽と風の家」では21日、「手作り真空管アンプと波動スピーカーで聴く宮澤賢治の愛したレコードコンサート」が開かれました。
講師は先月も紹介しました「営業しない喫茶店デクノボー」オーナーの山崎司朗さんです。
山崎さんはこのコンサート開催にあたり、賢治が好んだ音楽とは何か、賢治生誕の地である花巻まで足を運び勉強したそうです。
賢治はクラッシック音楽を好み、ベートーベン、バッハ、ヘンデル、モーツァルト、シューベルト、メンデルスゾーン、ショパンなどのレコード300枚ほどもっており、ベートーベンに関してはほとんどの作品を蒐集していたそうです。
コンサートでは宮澤賢治詩碑(東山町 新山公園内)「まづもろともに~」の碑文は農民芸術の綜合の一節ですが、農民芸術の綜合に田園という言葉が出てくるし「セロ弾きのゴーシュ」の冒頭にも「第6交響曲~」の一節があることから1曲目はベートーベンの交響曲第6番「田園」。
2曲目は90年前に録音されたSP盤をCDにしたメンデルスゾーンのバイオリン協奏曲作品第64番。
最後に交響曲第5番「運命」が演奏されました。
舞台には大小3台の手作り波動スピーカーや真空管アンプが設置され、製作者の方の説明もありました。
大東町の小原雪男先生は音の伝わり方がどうやって伝わるかを考えたのが波動スピーカーであるという理論を説明。
波動スピーカーの製作者である千葉恭一さんは既存のスピーカーにカッターやサンドペーパーなどを使ってある材料を利用し、お金を使わずに作った製作話を披露。
真空管アンプの製作者山崎さんも真空管、コンデンサなどすべて廃品でその古いものをよみがえらせようとする再生への思いを話してくれました。
この機材を使って世嬉の一、文化センター、ライオンズクラブでも演奏を行ったところ大変好評だったそうですが、今回も町内外より30名ほどの観客が集まり賢治が愛したクラッシック音楽に酔いしれました。
「石と賢治のミュージアム・・・」技師として招かれた賢治もこの夜はきっと私たちと一緒に観賞していたのではないでしょうか?
県北にある岩泉町の龍泉洞ではコケやカビの除去作業を行っているという記事が新聞に載っていましたが、幽玄洞でも18日より作業を開始しました。毎年観光客の少ない冬期間に行っていますが、今年は本格的にコケやカビを除去するために幽玄洞OBの長さんこと千葉長市さんにお願いしました。
でこぼこした岩肌にはコウモリのふんやコウモりのふんに似たようなカビ、緑のコケなどが照明のまわりを中心に付着しています。
82才になる長さんですが、そんなカビやコケを除去するため今回も一人ではしごをかけて高いところに上ったり、地抵湖の水を汲み上げホースで岩を水洗いしながらデッキブラシで磨いています。
洞内の気温は年中13度。長さんが現役だったころ、冬場に洞内の延長工事を行ったときは外気との温度差でしょっちゅう風邪をひいたと話していました。
今朝は今冬一番の大雪になった東山町。20センチほど積もった雪は雨に変わりました。春のようだった景色は一気に雪景色です。
長さん、風邪をひかないように気を付けて下さいね!
一関市東山町では下水道工事が今行われていますが、先日まで一時的に東北三県のものと思われるマンホールのふたが集中していた場所がありました。
最後の舗装工事が終わるまでマンホールのふたに傷がつかないようにということで予備のふたが使用されたのですが、岩手にいていろいろな場所のが見られて面白いと思ったので、思わず写真を撮りました。
周りの人に話したら見たいと要望があったので今日はこれを紹介します。
まずこちら花の絵と魚、はちもりって書いてあります。つまり魚は秋田の「はたはた」。
10メートルほど行ってこちら。
リンゴの真ん中に卍がありますが町の名前が書いてありません。でも多分青森かと。
秋田の鷹巣はひまわりが町の花なんですねえ~。
これがどこだかわからないんですよ。
日の出に松に鶴ととても和風のところです。
この道路は現在舗装工事が完了しましたので、マンホールのふたは全部東山の名所「げいびけい」に変わりました。
受験シーズンの真っただ中、一関市東山町の「菅公夫人の墓(吉祥天神)を管理する史跡保存会は「学問の神様」菅原道真公にあやかり合格祈願の縁起物として脳飴「東風乃春」の販売を今年もはじめました。
早速一関市役所東山支所の産業経済課に行ってみました。私の前にも脳飴を買い求める人の姿があり人気がうかがえます。
同保存会が仙台の老舗の駄菓子屋とタイアップして商品化し平成16年から販売していましたが、以来毎年シーズンになるとお目見えします。
地元にいても受験から解放されると縁が無くなるので紹介しましょう。包み紙にはこのように太宰府天満宮認可の「梅紋」と「祈合格」の朱印が押されています。
中を開くと「一嘗一智(いっしょういっち)」という言葉が書かれており、「一度嘗(な)めると一つの知恵が授かるという学問の祖、道真公夫人ゆかりの飴」と言葉の意味も記されています。こちらは一つ300円となっていますが、その他にも吉祥天神のお札(厄除け)(700円)やお守り(大)(厄除け)(500円)、お守り(小)(合格祈願)(300円)、携帯ストラップ(開運招福)(500円)など取り揃えていますので、合格祈願以外の縁起物も選べますよ。
2月21、22日の二日間は同町田河津竹沢地区にある菅公夫人の墓にある社務所にて保存会の方が直接販売するそうです。
ぜひ参拝してからお買い求めください。
「菅公夫人の墓」は幽玄洞より県道前沢線を車で10分ほど走り、下記の看板を右に曲がって5分ほどのところにあります。
菅公夫人の墓
昨日一関市東山町のげいびレストハウスにおいて市立長坂小学校6年生による「げいび物語・物語 ~ げいびは一日にして成らず~」のオリジナリルの劇と地元の郷土芸能の会「げいび大獅子太鼓」による太鼓演奏が合同で昼夜2回にわたり行われました。
この合同発表会は同小6学年PTAとげいび大獅子太鼓の会、ひがしやま観光センターで組織する実行委員会が主催。
まずオープニングはげいび大獅子太鼓ジュニア(小学2年から6年の児童10名)による演奏です。子どもたちは一人ずつ名前を紹介されると舞台に上がり太鼓を叩きはじめ、躍動感あふれる演奏を披露しました。
げいび大獅子太鼓とは平成2年奈良県を拠点として世界で活躍している飛鳥流 飛鳥大五郎先生の指導により創作太鼓(げいび大獅子太鼓)が誕生し、その太鼓を維持継承するために結成されました。
続いてほとんど知られていなかった猊鼻渓を世に紹介した佐藤猊巌(げいがん)を中心にした劇は6年生担任の千葉憲一先生がひがしやま観光センターの鈴木専務さんから聞いた歴史やエピソードを脚本化し、昨年秋の学習発表会で好評を受けての再演です。
佐藤猊巌先生は東山町長坂に生まれ、漢学・詩文に長じた父、洞潭(どうたん)の指導で幼少のころより経書を学び、盛岡の師範学校(岩手大学教育学部)を1年で卒業。24才で宮城県の鮎川小学校の校長になるなど学問に優れた方でした。
猊巌先生は昭和初期、猊鼻渓を東京日日、大阪毎日両新聞社主催の日本百景に入選させるため投票に必要なはがきを購入しようと募金集めをしたり、砂鉄川に水力発電所建設の話が持ち上がると旧長坂村民と一体となり猊鼻渓を守り抜いたのでした。
また、江刺追分の達人、鈴木朗月先生にお願いし「げいび追分」も作ってもらうよう働きかけました。
現役の船頭さんより指導を受けた「げいび追分」の熱唱です。
子どもたちは「協力」という言葉をキーワードにこの物語を熱演。
父兄の方からはこの劇を通して責任感やチームワークなどひとまわり成長したという声が聞かれました。
公演10日前にはインフルエンザにかかり公演が危ぶまれる事態も発生しましたが、練習の成果を十分発揮し、会場の観客に大きな感動を与えました。