幽玄洞ブログ

岩手県一関市東山町からローカルな情報を発信していきます。

案内看板お色直し!

2012年03月30日 | 東山町

春の観光シーズンを迎えて、東山町内から幽玄洞に向かう看板もお色直しをしました。きれいになった看板は町内から水沢に向かう県道106号線の入口(さかなやさんの角)にあり、観光客の皆さんをお出迎えしております。

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『山形 ひな街道』ツアー 感想

2012年03月28日 | インポート

2月22日の記事でご紹介した、東磐交通さんの「山形 ひな街道」ツアーに参加してきました。
訪れた順に箇条書きで、感想を書いてみようと思います。

・東根市、東の社資料館
かつて酒蔵だった建物を改装し、昔の酒造りの道具や生活用品等を展示している資料館です。
中に入るとお酒の甘い香りがしました。
実は公開日より一日早く来てしまい、準備中の所にお邪魔してしまったのですが、快く入れて下さり解説もしていただきました。
ここに展示されている雛人形は、地域の旧家のお家から借り受けたものだそうです。享保雛の他に、加藤清正など浮世絵から飛び出してきたような躍動感ある人形や、舌切雀など昔話を題材にした人形もあって、当時のままごと遊びの一端がうかがえました。

・河北町、紅花資料館
河北町は、江戸時代に最上川舟運と紅花の集散地として栄えた町です。
この紅花資料館もそんな時代に財を成した堀米家の建物を改装して作られました。
入口左の建物は武者蔵といって、財産を守るために組織した自警団を詰めさせたり、武器の保管をした蔵だそうです。
中には当時の武器や、そろばんや番頭机といった当時の商売に使う道具も展示されていました。
また奥の資料館では、最上川舟運で運ばれてきた雛人形や、紅花の染料で作られた着物など、山形に伝わった上方文化の歴史を展示しています。
享保雛がとても大きくて、幼児が座ったくらいはありました。その隣には芥子(けし)雛といってとても小さいお雛様もあったりして面白かったです。
紅花の優しい色合いで染められた着物もとても綺麗でした。

・寒河江市、慈恩寺陣屋
昔の由緒ある料亭を現在の場所に移築したのだそうです。
中はとても奥ゆかしい雰囲気でした。
昼食にひな御膳をいただきました。

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写真には入りきらなかったんですが、ひなちらしご飯の入ったお重とお吸い物もあります。
瀬戸物のお雛様やお内裏様、ぼんぼりの中にも料理が入っています。
とても可愛らしくて美味しかったです。
昼食後は奥の方で展示されている雛人形を見学しました。
ここに展示されているのは大名家の雛人形で、数も大変多く見ごたえがありました。


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少し時間があったので慈恩寺の方にも登ってみることにしました。
今の季節は、寺社の周囲に雪よけのシートを張っていて、残念ながら全容を見ることはできなかったんですが、厚みのある茅葺屋根に圧倒されました。

・チェリーランドさがえ、観光いちご園
午後はお買い物といちご狩りです。
お土産物を買った後、いちご園へ。
30分で食べ放題ということでしたが、すぐにお腹いっぱいになり私は20分くらいで終了。それでも2パック位は食べられたと思います。粒が大きく甘くておいしかったです。

山形の雛人形は、ここら辺では見られない珍しい物が多くてとても見ごたえがありました。
また行く機会があったら、今度は慈恩寺の辺りもじっくり見てみたいです。

コメント (2)
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「クリーンアップウィーク」清掃実施

2012年03月27日 | 幽玄洞

4月から「いわてディスティネーションキャンペーン」が開催されるにあたり、観光客に対するおもてなしとして、「あなわん運動」が展開されており、この運動の一環として県南エリアは今週「クリーンアップウィーク」を実施することになっています。
幽玄洞では午前中、従業員が脇を流れる猿沢川や裏の駐車場のごみ拾いをしました。

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川は雪解け水で増水しているので大変でしたが、大量のごみを集めました。

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コウモリ、只今冬眠中

2012年03月23日 | 幽玄洞

今年もコキクガシラコウモリが洞くつの通路で見かけるようになってきました。
でも見つける人は同じ人。
さきほど、コウモリ発見!ということで写真を撮りに入りました。
なんと今年は低所の方に3匹もぶら下がっているのを見つけることができました。


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この足を伸ばしているのは熟睡しているのだそうです。

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「春眠暁をおぼえず」といったところでしょう。

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平泉と東山―金―

2012年03月21日 | 東山町

マルコ・ポーロが「東方見聞録」の中で、日本を「黄金の国 ジパング」と紹介したのは700年も前の事です。
マルコ・ポーロが中国にいる間、平泉は滅んでいましたが、日本との貿易では金が大変大きい比重を占め、平泉時代には日本貿易というのは、日本の金を輸入することだと理解されていたようです。
中国の文献では日本の金は全部奥州・東北から出るのだと記されているそうですが、平泉の金が具体的にどこからどのように出たのかははっきりしていないようです、
ただ金色堂に代表される黄金文化を支えた産金地といえば、東磐井(現一関市に合併する前の旧六町村)、江刺、気仙、本吉が伝えられています。
この地域からは仙台藩が金堀に与えた許可証の鑑札「御本判」が見つかっています。
はじめ「東山和紙」(東山町の特産品)に書かれていましたが、傷みやすいので杉板製にかわっています。仙台藩になっても藤原秀衡の朱印が用いられているのは、金山経営が大繁盛した平泉藤原時代の吉例によるものといわれています。

東山町内の金山坑跡としては、矢ノ森地区の藤壺の滝の金山坑入口と横沢地区の金山坑道跡が有名です。
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     横沢地区の金山坑道跡

今日の岩手日日新聞には16日、一関市の観光交流ネット千厩主催の陸前高田市被災地研修会が開かれ、参加者は横沢地区の金山跡を訪れた後、陸前高田市に向かい竹駒町の玉山金山跡を訪問し、被災地支援の在り方を考えた様子が掲載されました。

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