久しぶりに晴れ渡った青空の中、幽玄洞入口の前に一組のご夫妻がいらっしゃいました。
はじめどなたか分からなかったのですが、花に向けてシャッターを切る姿に同じ東山町に住む方だと気が付きました。
実はこちらの旦那さんはとても花が好きで毎日ご自身のブログを更新していて、私たちがよく閲覧するブログの管理人の遠藤さんだったのです。
おととい岩手日日に「マルミノウルシ」が掲載されましたが、この方も数年前にこの花をブログに載せています。
お二人ともブログをなさっているということで、ブログの話に花が咲きました。
遠藤さんは東山を中心に近隣の市町村まで足を運び、画像をたくさん載せています。遠藤さんのブログもぜひご覧下さい。
アドレスはこちら
http://endoh-kazuo.blog.ocn.ne.jp/kuma/
幽玄洞から車で5分ほど離れた一関市東山町田河津横沢地区の同自治会では、梵鐘の帰還を受け3月28日に月山神社に近い高台に鐘楼を建築し上棟式を終え、18日の今日約70年ぶりに梵鐘が里帰りし落成式が行われました。 同地区の住民らは約800年前奥州藤原氏三代秀衡が建立したと伝えられている月山神社に1828(文政11)年に梵鐘を奉納しました。
その後、戦時中の1943(昭和18)年に軍需物資として供出されましたが、昭和23年に宮城県松島町の日吉山王神社に安置されていると田河津村役場に連絡が入ったそうです。
小野寺實実(もりみ)村長と関係者の人たちは鐘を取り戻そうと何度も足を運んだそうですが、当時は実現しませんでした。その後返還に向けて同地区住民でつくる史跡保存会も設立され活動が実を結び約70年ぶりに梵鐘が返還されました。
梵鐘は高さ105センチ直径57センチ厚さ6センチで、「藤原秀衡公於羽州月山大権現奉勧請」の文字と地元の寄付者約60名の名前が刻まれています。
鶏舞に合わせ鼓を叩いている方は96歳になるそうです。
出席者の中には梵鐘を作った奥州市羽田町の鋳物工場の方もみえられ、同地区の住民と関係者の方々は梵鐘の帰還を祝っていました。