「あら、erimaさん、またのろけ?」と言われるかもしれないが、
ゴンザは『ありがとう』の達人である。
日曜、月曜と、自転車でプラプラ出かけてきました。
【コットンハーバー地区】(←いつの間にそんな名に!?)から臨む、米軍さんのお船。
この【コットンハーバー地区】、いずれ【みなとみらい】と繋がるみたいねぇ。
【達人】とは、『その道を極めた人』のことを言うのだそうだが.....
彼はそれを言うのを意識しているからか、はたまたそうでないからか、
ごく自然に、日々「ありがとう」を口にする。
見えるかな?ボロボロの鉄橋の下をギリギリ、
ボートで引っ張られたコンテナが抜けていく様子。
ワイヤーロープ一本で、狭いあいだを通り抜けさせるオヤジの超絶テク(笑)
上から覗いて「うおお、すげぇ~!ギリギリだよ~」
このコンテナは誰か住んでるのかな?
食事を作ればそのたび 「いつもおいしいものをありがとう」
洗濯物が乾いていれば 「erimaちゃん、いつもありがとう」
一緒に出かければ 「一緒に来てくれてありがとう」
.....彼は、日がな一日、何度も何度もそれを口にするのだ。
【コットンハーバー地区】が完成したら、取り壊されるんだろうね、やっぱり。
今は使われていない、ボロボロの貨物線路。
腐食が進む枕木の隙間から見える水面は.....穏やか。
......と。
「ありがとう」と言われて嬉しくない人はいないから、
言われれば当然、またそれが聞きたくて、言われたほうも頑張る。
そして、相手がそう言ってくれるのだから、
言われたほうも、「こちらこそ、ありがとう」と、
つまり、そうなるわけである。
「いつもおいしいものをありがとう」
「こちらこそ、いつも一生懸命働いて食べさせてくれてありがとう」
「一緒に来てくれてありがとう」
「こちらこそ、連れてきてくれてありがとう」
「うふふ~、楽しいね♪」
「うふふ~♪うん、楽しいね!」
猫と遊び~♪
それは、他人様から見れば、
いつまでもダラダラべたべた馬鹿みたいで、
「お前らアホか!?」と突っ込みたくなる姿であろうが、
私はこれを恥ずかしいこととは思わない。
同じひとつのことを、するにも、してもらうにも、
言い方、接し方でずいぶん、物事の心証は変わるし、
同じ何かをするにも、してもらうにも、
互いに気持ちのいいほうがいいに決まってる。
【黄金町バザール】(詳細は後日)は高架下及び周辺で行われているアートイベント。
かつてここは、『ちょいの間』(『ちょんの間』とも)と呼ばれる、一見飲食店、
しかし実は『階上の小部屋で春をひさぐお姉さんを抱えたお店』が並ぶ場所でした。
2005年、集中的な摘発が行われ....今は試行錯誤の最中!?
ここを追われたお姉さんたちは、今どこにいるのかなぁ.....
もし、ゴンザが日に何度も「ありがとう」を言う人でなかったら、
私はもっと食事作りをさぼっていたかもしれないし(今も充分さぼってるけど)、
二人のあいだにももっと、倦怠感が漂っていたかもしれない。
けれど、「ありがとう」の言葉は、感謝の気持ちを表すと共に、
日々こなす単調な作業にも、新しい気分を吹き込む。
旧東横線桜木町駅ガード下には、ずっと昔から、
数百メートルも延々と、ウォールペイントが続いています。
次々と入れ替わるそれらは、アートと思えるものもあり、ただの落書きもアリ(笑)
いつだったか、県外の方のblogに「ここを訪れた」という記述と共に
「ここは治安が悪くて一人歩きも出来ない危険な地域」だとかいう、
事実ではない説明部分があるのを見かけましたが.....
そんなことは全然ありませんので、皆さん、安心してね。
そして.....
それは、もしかしたらゴンザ自身にも、
自己暗示をかける言葉なのかもしれない。
言葉に出すことで自分に暗示をかけ、楽しい気分を盛り上げるのも.....
きっと達人の技のうちなのだ。
秋の味覚にありがとう(笑)
だから.....
私は彼に感謝する。
「ありがとう」 に ありがとう。
単純な私は今日もその一言に喜び、明日を楽しみにする。