朝、田んぼのあぜ道を軽く散歩をします。昔は、草の朝露が足の履き物を濡らすのが、気持ち悪く感じて嫌でした。今、やっぱり朝露が履いているサンダルを濡らします。しかし、嫌ではありません。直接朝の気に触れているような、快感があります。自然からそれだけ日常生活が遠くなってしまっているということかな、などとふと思います。
林の中のジメジメした腐葉土の感触にも遠くなってしまっているなあ、と連想が飛びました。今では田んぼのあぜ道の横の農道までコンクリートできれいに舗装されてしまっているのですから・・・。富山の田舎道でも、自然は遠いのです。
林の中のジメジメした腐葉土の感触にも遠くなってしまっているなあ、と連想が飛びました。今では田んぼのあぜ道の横の農道までコンクリートできれいに舗装されてしまっているのですから・・・。富山の田舎道でも、自然は遠いのです。