今日が一番素敵

丁寧な暮らしを心がけながら、日々、折々のの心模様を素直に語ります。
今が一番素敵との思いを込めて。

別人格になてしまったような旦那様

2011-09-14 06:53:06 | 自然

冷やかに見える態度に、幾度も悩んだり、さびしい思いもして来た私だけれど、退院後の旦那様は別人格。

今まで見たこともないような、柔和で穏やかな優しい顔。
もともと目鼻立ちの整った人なので、その表情が、いっそう端正な顔立ちを引き立てています。(これっておのろけ?笑)

でも私は、やりきれないほど、さびしく不安。
今まで、柔和な夫をいつも願い、望んでできた私のはずなのに・・・・どうして?

やっぱり、クールで、傲慢にさえ見える態度の方が、今の私は心落ち着きます。
普段の旦那様に戻った時、私はきっと初めて、病の回復を確信できるのかもしれません。

ここ一両日は、まだ夫の体を心配するあまり、何度も注意というよりお願いをしてしまいました。

「十分睡眠が取れたようね~良かった。」

「よく噛んで食べなさいね。」

「徐々にでも運動量を増やすことが大切よ。血液の循環を良くするために」

「水分をもう少し取った方がいいのではないかしら」

「食べれないというけれど、よく召し上がってるわ。そのくらい食べれば十分よ。元気になれるわ。」等々。

いつもだと、そんなことさえも言うのは、時にためらい控える私ですが、退院後の旦那様は、終始穏やかな表情と態度で、私の言葉をすべて受け入れてくれます。

唯一断ったのが、夕方の散歩の付き添い。
「その辺をチョット散歩するだけだからいいよ」と。

私は不安で、曲がり角まで付いていき、夫の姿が見えなくなるまで見送りました。
小一時間して元気に戻ってきた夫の姿を見て、一安心♪

夫の気配にも、今の私は、とても敏感です。
倒れ、救急車で搬送された時のショックが、まだ後遺症として、私の心の一部を占めているからにほかなりません。

聞き慣れない音が階上ですると、つい階段をかけのぼり元気な姿を確認してしまいます。
昨日は書斎まで何度も上り下り・・・・・・
入浴している最中も、つい覗いてしまいました。
今も、階上で音が!見てきたところ、安らかな顔で就寝中。空耳でした。(笑)

けれど、こんな行動を取るのも、恐らく数日間のことでしょう。
そして変わりない日常へと、移行していくでしょう。

時に、娘達や妹に、愚痴を言ったり、時に忍耐しながら、夫のために尽くす日々。
私らしい充実した日常とは、こうあるべきなのだ、と変な納得をし、うなずいている私です。(笑)

久しぶりに、我が家のお夕食の写真をアップさせていただきます。

個別の写真は、料理ブログ 幸せは食卓から 心を込めてお料理に載せました。
レシピは、あす紹介させていただきます。
勝手なお願いですが、こちらの応援もして頂けますと、大変うれしいです。
宜しくお願い致します。

献立 さわらの酒蒸し 冬瓜のそぼろあんかけ しし唐辛子のおかか和え もずくの酢の物 冷ややっこ

さわらは、今の時季のお魚ではありませんね~
実は、このお魚も、夫が入院前にニチロのキャプテンフッズから取り寄せた物ですが、手元にある7月から10月のカタログにも載っています。
そこに、次のように書かれています。

東シナ海で12月~2月頃、脂の乗った寒鰆を巻き網で漁獲し、船上で凍結した大型サイズを使用しています。~旬の時期に漁獲された鮮度の良い鰆は価格的にもお求め易く・・・と。

ですから、とてもおいしいです。
賞味期限は12月何ですよ。いかに新鮮か、お分かり頂けますでしょう。
鰆の酒蒸しは、作り方はとても簡単!美味しさも格別。
皆様にも、心からお薦めします。

夫は、この食事を残こさず、ほとんど食べることができました。この調子なら、回復も早いことでしょう。

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物悲しい今年の十五夜のお月さま

2011-09-13 06:45:47 | 自然


                        

 昨夜は中秋の名月でした。

皆様お月見をなさいましたか?

日本人の繊細な心に合った月を愛でる慣習は、日本が発祥の地と思いきや、そうではありませんでした。

中国から伝来したものなんですね~

ウィキペディアの解説の一部を抜粋致します。

中国から仲秋の十五夜に月見の祭事が伝わると、平安時代頃から貴族などの間で観月の宴や、舟遊び(直接月を見るのではなく舟などに乗り、水面に揺れる月を楽しむ)で歌を詠み、宴を催した。また、平安貴族らは月を直接見ることをせず、杯や池にそれを映して楽しんだという。
現在では、月が見える場所などに、すすきを飾って月見団子・里芋・枝豆・栗などを盛り、御酒を供えて月を眺めた(お月見料理)。この時期収穫されたばかりの里芋を供えることから、十五夜の月を特に芋名月と言う地方もある。

なるほど~と感心して読みました。

直接月を眺めるのではなく、杯や池にそれを映して楽しむなんて、なんて風雅、その上遊び心がある行為でしょう。

めまぐるしい社会変動の中で暮らす現代人の多くは、お月見が心に浮かぶことさえないのかもしれません。
私もそういう年が多々あったように思います。

でもなぜか、最近は違いました。
今まで何気なく見過ごしてきたお月さまを、今年は特別な思いと感慨に浸って見つめることが多かったです。
病院から日も暮れて帰る道すがら、空にかかる澄んだ美しい月がおのずと目に入り、私に何かを訴えてくるかのように感じさえしました。

恐らく、東日本大震災で亡くなられた方々、後に残されたご遺族の方々の、哀惜の情が、お月さまにあふれるほど詰まっている。
そんな感じがして仕方ありませんでしたから。
漆黒の夜空に凛と佇むお月さまを観て、励まされる思いがなさった方々も多くいらっしゃるに違いありません。

科学により、真実の姿が ほぼ解明されてしまった昨今のお月様ではありますが、やはりその美しい月影には情緒をかきたれられるものがありますね~

そういえば、ウサギがお餅をついているお話。
幼い時は、半ば本気にしていたなんて、笑い話のようですが・・・・・・
今でも小さい子に、そのように語りかければ、束の間でも信じ、同じ思いで見つめるのかもしれません。

そういうことって、人生にとり、かけがえのない幻想ですね~
楽しい幻想は、いつの時代にも輝きを失わないで、一瞬でも幼い子供達に夢を与えてほしいものです。

我が家には、私の母が幼い娘達を抱き寄せ、ススキとお団子をお供えした縁側でお月見をしている、とても素敵な思い出の写真がありました。
ぜひ、このブロブに載せたいと思ったのですが、残念ながら見当たりません。
次女の結婚式の披露宴で生い立ち記の写真をスライド形式でお見せする企画がありましたが、その時にも使用しました。
もし見つかれば、後日アップいたします。

物悲しくも凛と輝いて見えた今年の名月。
皆様は、どんな思いでご覧になられましたか。

ブログに、中秋の名月を話題にするのであれば、ブロガーとして美しい月影の写真を撮り載せなければ、と意気込み、ベランダや玄関のアプローチに立ち、シャッターを何度も押しました。
けれど、ぼやけてしまったり、あまりに小さすぎたり、なぜかシャッターが下りなかったり、と散々苦労させられました。

諦めかけた頃、そうだ!こういう時のために付属のレンズがあるのだ、と思い付き、初めて望遠レンズを使用しました。
満足には程遠いいですが、そのうちの数枚を掲載いたしました。

私の未熟な写真で、昨夜の満月の美しい姿を多少でも思い出して頂ければ、幸いです。

 

   

 

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いつもお立ち寄り頂き、温かな応援までくださり、誠にありがとうございます。
浅学でボキャ貧の私が精いっぱい綴る日記ですが、今後とも宜しくお願い致します。

 

 


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忘れられない夫の退院日

2011-09-12 07:37:22 | 自然

昨日は、夫が無事退院。
夕暮れ時、妹からのメールも入っていました。
海外への長旅から無事帰国。

これだけでも、忘れられない日として心に刻むに十分ですのに・・・・・・

さらに、昨日は、未だに心に焼き付いて離れない忌まわしい出来事、同時テロが起きて十年目。
また、東日本大震災が起きて半年目に当たります。

退院した夫は、あのビルで、働いたこともある身。

最後の二つの出来事を思いますと、我が家の出来事など、取るに足らない小さな事にさえ、思えてきますが・・・

いえいえそんなことはありません。
私にとり、大切な人の命がつながった、あるいは救われた、と心から確信できる日でしたから。

その安堵に浸りながら、改めて、命の重みを思い、自然の猛威や心ない人たちの暴挙により、夥しい数の尊い命が、一瞬で奪われる事へ、虚しさと、憤りを感ぜずにはおられませんでした。

改めて、哀悼の意を深く表したく思います。。

夫が床についてから、昨夜も今朝も、そっと枕元に近寄り、時々夫の顔を覗き込んでしまう私。
良い顔色と、静かな寝息を確認して、ほっと安心しています。

帰宅してからの、夫の表情は、明らかに前とは異なり、なんだか心配になってしまいます。
日頃、苦虫を噛み潰したような表情(よくいえば、渋い表情かしら…笑)している夫ですのに、打って変わって好好爺のような風貌。
立ち居振る舞いも、心もとなく、見ていて私は、ハラハラしどおしなんです。

婿に感想を伝えると、「当然ですよ。一カ月近く入院し、退院直後なのだから」と。
確かにその通りですね~

私も無理しすぎて、突然体調を崩し、緊急入院を幾度かしましたが、たとえ、1週間ちょっとの入院生活でも、帰宅しても、体調が完全復帰するには、一カ月以上かかりましたから。
頭はぼんやり、体が、宙に浮いたような感覚、今でも思い出します。

恐らく、夫はもっとひどい状態で、しばらくは辛い日々なのかもしれません。
薄紙を剥ぐようにと言った表現があります通り、焦っても仕方ないこと。
時間の経過とともに、元の元気を回復してくれるに違いありません。

昨日の退院に際して、次女夫婦が、最大限の協力をしてくれ、本当に助かりました。

婿が、孫のK君と一緒に、病院へ愛車でお迎えに。
次女はお留守番でしたが、その間に夕食の準備を。

娘が我が家に運んでくれた料理を囲み、皆で、楽しい夕餉のひと時を過ごしました。
乾杯は、旦那様の好きなウーロン茶で。禁酒ですから…(笑)
娘は、目を離せないKちゃんのの一挙手一投足に気を取られ、食事もままならない様子。

    

そんな忙しい中、気を使ってくれて、本当に有難う。 

毎日、もう一品と思うけれど、それを諦めてしまう日々、と言っていましたが。
当然です。もう十分なお料理で、おいしく頂きました。

    

お兄ちゃんのピアノの音が気になるKちゃん 

長女からも電話が。R君の通う塾のすさまじい特訓授業で、息子の遅い帰宅を待つ日々。

夫は今、肝臓が胃を圧迫している状態らしく、食事がたくさん入らない様子です。
これも、日毎に改善されていくとの、担当医のお話しでした。
退院後の注意事項で、食事はバランスの良い食事を、と一言書かれているだけですので、いつもと変わらぬ食卓を心がけましょう。

明日からは、片道1時間半以上かけて往復した病院通いからも、やっと解放され、以前と変わらぬ日常が始まります。
相変わらず、頸椎症の症状に悩まされながらの、炎天下の外出でしたが、思った以上に元気にやり通してしまった私。
気力で頑張ったとはいえ、私は、まだまだ元気!と自信を取り戻しました。

夫婦ともに、亀のようなのろい歩みでも、今が一番素敵の思いを忘れず、かけがえのない日々を大切に過ごしたいと願っています。

病院の様子も、写真に収めましたが、携帯のデジカメのPCへの取り込み方を、婿に教えてもらうのを忘れてしまいました。
それは又後日に。

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自然の猛威に屈しないで未来を築きましょう

2011-09-09 05:46:50 | 自然

一昨日も昨日も病院へ出かけ、帰宅する頃は、すっかり夜道。

夜空に、澄んだ月がかかり、昨夜は虫の音まで・・
私の聞き違いでは、と耳を澄ましましたが、確かに虫の音のハーモニーが辺り一面響き渡っています。

漂う空気も、肌の感触も、すっかり秋の気配。
節電の厳しい夏ともこれで、さようなら、と、その安堵感に浸リながら、我が家へ戻りましたが。

しかし、テレビの天気予報では、今日から、また残暑がぶり返すようです。
更に紀伊半島では、再度豪雨の予報が出され、警戒が必要とか。

昔から、二百十日は、台風の襲来の確実性が高い日として、日本人は心の備えをしたものですが・・・・・・
今は季節外れの台風も多く、豪雨の被害は想像を超え、油断がなりません。

二百十日は、9月1日。
立春から二百十日目に当たるからだそうです。
二百二十日あたりまでが、特に注意が要するとのこと。
ということは、明日あたりまで、ということになりますね~

台風の古称は野分き。二百十日の頃、野の草を吹き分ける強い風と辞書に載っていました。
風情の感じられる古称ですと、多少柔らかなイメージになりますが、古今東西、この疾風が、日本人を悩ませてきたことには変りありません。

しかし、この台風による恩恵もあるはずです。

何と申しても、日本人にとり最大の恩恵は、蒙古の襲来で日本が襲われた時。1280年前後の元寇の役。鎌倉幕府の時代でした。
偶発的な二度の台風のお陰で、国内に攻め込まれる惨事とならず、我が国が助けられたことは、すべての国民が知る有名な史実です。
もし、台風が襲わず蒙古の属国になっていたなら、日本という国は、今存在していなかったかもしれませんね~

学生の頃、確か「日蓮」という題名だったと思いますが、映画を観ました
その映画の蒙古襲来の強烈な映像が、今もなお、心の片隅に残っています。
「日蓮」ではなく、「日蓮と蒙古大襲来」でした。

http://www.youtube.com/watch?v=jaHNJcB_KcQ

 今は自然の猛威を本当に辛く、恨めしく思う私達ですが、台風による恵みは他にもあることでしょう。

地震、台風、豪雨、火山爆発(爆発ではなく、噴火でした。笑 相応しい言葉が、すぐ出てこなくて悲しい!)など、挙げればきりがない災害国の日本。
その度に日本人の尊い人命が奪われてきました。

しかし泣き寝入りや、諦観は決して許されませんね~

何としても、この不幸を乗り越え、災害に強い日本を作り上げ、尊い人命が一人として奪われない、国造り、街造りを、目指してほしいものです。

それでこそ、科学技術立国の名に恥じない日本になれるはず。

更に守る姿勢にのみに終始してはいけないでしょう。
この自然のエネルギーを逆手にとって、波力や地熱を生活のエネルギーに利用する余地は、まだ無限大にあるはず。

こんなことに思いを巡らしますと、政治家以上に科学者や民間企業に期待してしまう私。

改めて、日本頑張れ!といいたくなりました。

こんな事を書くつもりではなかったのだけれど、気候の挨拶から始まった今日の日記が、いつの間にか、ずいぶん大きなテーマへと変貌。
チョット、生意気で気恥しいですが・・・・・・

今日はこれで終わりとします。

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今日もお立ち寄り頂き、ありがとうございました。
少々生意気な事を書いてしまいましたが、ご賛同いただける方は、応援クリック、宜しくお願い致します。

 

 


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春の花に思いを託して

2011-04-19 06:54:27 | 自然

春の訪れとともに、我が家の庭にも彩りが多くなってきました。

ミモザも、盛りを過ぎたとはいえ、まだ可憐な黄色の小花が、キッチンの窓越しに咲き、私の目を楽しませてくれています。
モクレンも、赤紫の大ぶりの花が、今、満開。

    
雪柳も、楚々とした白い小花が、なんとも愛らしくきれいです
ルドベキアの紫の花も、気品高く咲き誇っています。

  

 
ミニバラのモッコウも日ごとにつぼみが膨らみ、今にも花弁が開きそう。

 
我が家でのシンボル的な存在のハーブ系のコバノランタナも、ピンクの小花がちらほらと。
満開になると、その花色が深い緑の葉に映え、その鮮やかさに、道行く人も目を向けて下さいます。
植えて十数年となりますが、今年はいつになく元気がありません。
今冬の厳しい寒さと乾燥で痛めつけられ、衰えてしまったのでは、と日々気にかけ、心配しています。

白い凛とした花の姿が、母に似ているとの思いから、他界後、間もなく記念に植えたハナミズキも、花がつきはじめました。
植え付け後、三年して初めて出逢った花は、私が希望した純白とは異なり、少々がっかりしたものです、
白い花弁が淡いピンクでほのかに縁どられていました。
でも見慣れてくると、それもまた愛らしく、今では気に入っています。

ツルニチニチソウの清楚な紫の花は、涼しげで、優しい雰囲気です。

 

 

マジョリンさん、バラさんがご期待下さったイングリッシュガーデンの実現は?
計画通りにはかどっていますか、と尋ねられますと、思わずうなだれてしまいそう。(笑)
全くもってしてあの気合は一体何だったのでしょう。
今も気合ば無くなったわけではありませんが・・・・。
今度こそ本格的に取り掛かりたいと願うからでしょうか。
最初の一歩が、なかなか踏み出せません。
その内頑張りま~す。

津波に傷めつけられながらも被災地の福島に咲いた一輪の桜の花。
その写真が、最近の新聞に載っていました。
それを見て、勇気と元気をもらったとの住民の感想も。

今は津波にすべてをさらわれ、廃墟と化した土壌にも、春の野の花がたくましく芽ぶき、彩りを添え、住民を励ましてくれることを願います。。
アメリカに在住のころ、旅先のイエローストーンで見た健気な野の花。
硫黄がたちこめ、死と化したような白い地面の片隅で咲いていました。。
その美しさにいたく感動し、心打たれたたことを、私は今、ことさら鮮やかに思い出します。

被災後の神戸の街に、私が尊敬する建築家安藤氏は、こぶしの花を鎮魂花とし、街路樹にされたそうです。
被災者の言葉を吸い上げ、その願いをこぶしの花に託されたのですね~

今回も、今は荒廃した被災地の街に、豊かな緑と美しい花々が植えられ、神戸のように見事に変貌を遂げる、と、私は信じます。

 

 


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桜への想い

2011-04-10 06:16:21 | 自然

                   

我が家には、来し方今まで、家族揃ってお花見に出かける、といった慣習はありませんでした。
私の育った実家もそう。なぜかしら・・・

理由は分かりませんが、ある日(もちろん、大震災前のことですが)夫にお願いしてみました。
確か婿の車に便乗している時のことだったと思います。

「ねえ~あなた。私達の家族は、お花見に出かけたことは一度もないわね。
でもブログを読むと、春になると、お花見の話題で、毎年に賑わうのよ。
今年は、家族揃って、どこかにお花見に出かけましょうよ。」と。

ところが夫の返事は、誠に素っ気ないものでした。

「お花見とは、桜の木の下に、ござを敷き、円座を組んで、お弁当を広げ、お酒を飲んで、楽しみ騒ぐものだよ。」と。

自分にはそんな趣味嗜好はないと言わんばかりでした。運転していた婿も、同意している風に見えました。
そうかしら?、と、幾分首をかしげた私です。
しかし、夫の余りにきっぱりした物言いに、それ以上頼む気にもなれず、この話は、それで終わり。(笑)

私の感想は、確かに場所取りに始まって、会社の同僚、友人、親戚などによる集団行動のお花見には、花より団子の精神が顕著に感じられ、
必ずしも、風情のある所作とも思えないけれど、それがすべてではないでしょう。
夫婦二人、恋人同士、或いは親子連れが、桜並木を散策し、桜の美しさを愛で、いろいろな感慨に浸るのもお花見であるに違いありません。
咲く季節柄、桜に人生の思い出を重ね合わせる方も多いでしょう。

私にとり、一番印象的で、その美しさと華やかさが、心に焼き付いて離れないのは、やはり千鳥が淵の桜です。
娘二人の大学の入学式が執り行われた日本武道館に向かう途中、目にすることができました。
思いがけない人生の幸せな出来事に、心が高揚し、喜びあふれる親子を、圧倒的な美しさと存在感で、桜が最初に出迎えてくれました。

更に遠い過去にさかのぼり、長女の小学校の入学式。
母と私と娘の三人で手をつなぎ、通り抜けた有名私立中学の塀沿いに咲き乱れる桜。
その情景が、今も懐かしく心に浮かびます。。

次に思い出が尽きない桜は、目黒川沿いに咲く美しい桜並木。

枝が川面に向かって流れ滴るように咲く様は、本当に優美で、心を打たれるものでした。
長女夫婦が新婚時代を送ったマンションが、この真向いに立地し、私は桜の季節も、初孫のお守りで、足しげく、この道を通りました。

満開の時、花吹雪の舞う頃、花が散り始め、みずみずしい緑が目にまばゆい葉桜の季節、さらに葉が生い茂り、姿に優美さが失せる頃
そして紅葉の季節等・・・・
その花の姿に、巡る季節をいつも感じる幸せを、長女夫婦のお陰で5~6年味わうことができました。。

その後さらに都心のマンションへと若夫婦は転居し、今は一軒家を構えるようになりました。
今の家の数分歩いたところにも、延々と続く細い桜並木の遊歩道があります。

最初にアップした写真は、次女夫婦が住むマンションの真向いの公園に咲く桜です。
この地域では、お花見のスポットとして知られています。

娘は二人とも、桜には何かと縁があるようですね~

桜を見るために、私はわざわざ出かけることはめったにありませんが・・・・・・
しかし、一昨日はブログが励みとなり、今にも小雨が降り出しそうな昼下がり、お天気を気にしながら、重たいカメラ持参で桜鑑賞を。
お花見をした後は、娘のところで一服し、スーパーでお買い物をして戻りました。
昨日は朝から雨でしたから、最後のチャンスを逃さず、美しい桜を愛でることができて幸運でした。

しかし一言。私は桜より、もしかすると葉桜の方が好きかもしれません。
桜は、あまりに優美で華やか過ぎ、なんだか幻惑されそう・・・・・・
現実離れして見えてしまいます。

一時、ハンドルネームを葉桜にしても良いと思ったことがあるくらいの私。
孫の名前は、桜ですが、桜の優美さも身につけ、一方葉桜のような凛とした清々しさをたたえた女性に成長してほしい、と願うばあばです。
少々欲張りすぎますね~(笑)
意味のわからない独り言でした。(笑)

一昨日撮った写真を数枚載せることにいたします。
二時間くらい歩き、街頭でカメラを向ける気恥しさも我慢し、頑張って、撮りました。
青空であれば、もう少し桜の美しさが引き立ったことでしょうに。少々残念!

又、数日前、大きな地震が襲いましたね~
やっと心が多少落ち付いた矢先に。
私は寝ぼけていたせいか、また震度5位に感じられ、夫に向かって、もうやめてほしい、と悲痛な声を発してしまいました。
夫に文句を言ってもはじまりませんのに・・・・・・(笑)

被災地の方々のお気持ちの、やりきれなさとやるせなさが、伝わってくるようで、本当に心が痛みます。
それぞれの立場で苦しみ悩み、途方にくれる方々の姿を映し出した映像をテレビで見る度に、身につまされる思いがし、無力な自分が
情けなく、ため息ばかりついています。

本格的な春を迎え、皆様のお気持ちにも、多少でも、新しい希望が湧き、お元気が出られますように。
春の優しい陽光がこの人達の心を柔らかく包み、二度と、二度と裏切ることのないように、ひたすら祈念します。

福島では、津波が襲った地に、昨日桜が開花したそうです。何だかとても嬉しいニュースでした。

   

向かって左隣に、来年入学する次女の子の小学校があります。

   

 

   

                                       次女家族の住むマンションの庭から見た桜

 最後に、孫の桜が誕生した頃に、大変はやった、森山直太郎のさくらとともに、花見で検索して学んだことを忘れないために、ところどころ抜粋し、
転載させていただきます。

http://www.youtube.com/watch?v=k20eJ45NZNQ

花見は奈良時代の貴族の行事が起源だと言われている。奈代には中国から伝来したばかりの梅が鑑賞されていたが、平安時代に桜と変わってきた。

その存在感の移り変わりは歌にも現れており『万葉集』において桜を詠んだ歌は40首、梅を詠んだ歌は100首程度だが、平安時代の『古今和歌集』

ではその数が逆転する。また「花」といえば桜を意味するようになるのもこの頃からである。

花見の風習が広く庶民に広まっていったのは江戸時代、徳川吉宗が江戸の各地に桜を植えさせ、花見を奨励してからだといわれている。江戸で

著名な花見の名所には愛宕山などがある

実際に日本国内における桜の花見はソメイヨシノを対象としているところが多い。しかしながら、全国のほとんどのソメイヨシノが寿命を迎えている

と言われている。この為、現在多くの公園などで桜の植え替えが行われており、これにより開花時期が大きく異なっている。

 


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ミモザの花(夕食の献立)

2011-02-19 08:16:53 | 自然

今朝は、また朝寝坊してしまった私です。
ブログを書く時間が余りなく、落ち着いて書けないのが少々悲、しいですが・・
今、編集画面を見て、昨日の訪問者、特に閲覧者が驚くほど多くて、びっくりしてしまいました。
若かりし頃の両親の写真を幾度も目にして下さった方がおられると思うと、なんだか感激です。
いつものことながら、突然思い立って載せた記事でしたが、母の命日にあたって、素敵な両親の供養ができた事を
幸せに思います。

恐らく両親の人生で最良の写真を、世界発信、そして世界公開できたのですもの。
父母は、余りの晴れ舞台に、面映く感じ、戸惑ったに違いないけれど・・・(笑)
おまえは、突飛なことを相変わらずするな~!、との父の声が聞こえてきそう。
外交的で明るい性格だった母は、心から満足してくれたに違いありません。
ご覧下さった多くの皆様、応援して下さった多くの皆様、本当にありがとうございました。

さて今日のブログは、夕食の献立のご紹介のみで終わるつもりです。
昨夜は、カレーライス、ミモザ風サラダ、アスパラの温サラダを作りました。
写真は、サラダのみ掲載いたします。
写真を載せるのみで、レシピーのご紹介が遅れ、本当にごめんなさい。
その内に、必ず順次、記載させていただきますね。

昨夕、ミモザサラダをこしらえたのには、チョットした訳があります。
我が家の庭には、まさにシンボルツリーとして、大きなミモザの木があります。
一本は、狭い庭に幅を利かせすぎて、少々困りものですが、我が家で最初に春を告げてくれる、花木。
黄色の可憐な小花は、本当に愛らしく、それでいて華やかな雰囲気
三月になると、細い枝先に、ミモザの花がたわわと咲きます。
春風にたなびくさまは、隣の雪柳の小花の白さと溶け合って、本当に優美な光景です
まだ三分咲きですが、そろそろお花屋さんの店頭にも、現れてくることでしょう。

昨日、何気なくミモザで検索したところ、思いがけない素敵な記事が目に入ってきました。

皆さまは、3月8日が何の日かご存じですか?
この日は、国際女性デ―((International Women's Day)だそうです。
イタリアでは、「フェスタ・デラ・ドンア(女性の日)」と言われていて、この日には、男性が日頃の感謝を込めて、
夫婦や恋人だけでなく、母親や、職場の女性に、まっ黄色なミモザを贈るそうです。

あぁ~なんて素敵な慣習でしょう。
私も一度で良いから、そっと切り取った我が家のミモザの大きな花束を、この日に、夫からプレゼントしてもらいたい。
百回逆立ちしても、この願いを叶えてくれるような性格の夫ではありません。(笑)
せめて、この日には、我が家のお部屋にミモザの花を一杯飾り、女性デ―を私一人でかみしめて過ごしましょう。

    

          

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