今日が一番素敵

丁寧な暮らしを心がけながら、日々、折々のの心模様を素直に語ります。
今が一番素敵との思いを込めて。

夕食の献立

2011-04-29 08:32:36 | 料理

今日も、爽やかな、大変よいお天気です。
お出かけの方は、お気を付けて楽しんでいらして下さい。

私は、今日は孫のお守りで、おばあちゃん業に勤しみます。

次女が体調が余りよくありません。
変な病気にかかり、親子で笑っていますが、ちょっと心配。
風邪と、花粉症が原因らしく、何と急性の蓄膿症に。
発熱、頭痛、歯痛、と散々なようです。

明日から、連休中は婿のご両親の山荘で過ごす予定ですのに、元気に出かけられるでしょうか。

こんなわけで、多忙なため、今日は昨夜のお料理の写真のみ掲載させていただきます。

レシピは明日料理ブログに記述予定です。

夕食の献立 ハンバーグ ポテトサラダ 春キャベツのスープ

  

  

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ご訪問有難うございました。
被災地の方々は、くれぐれもお体ご大切に。
良い一日であられますように。

 


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今月も、塵も積もれば、の塵になります

2011-04-28 13:50:58 | 日記

四月も残りわずか。明日からゴールデンウィークの開始です。
年金暮らしで、毎日が日曜日の私達夫婦には、特別な思いで迎えるわけではありませんが。

毎年、テレビの報道や若夫婦の家族の様子から、連休の浮き立つ気分が、我が家にも伝わってきます。
でも今年は、盛り上がりからは程遠く、静かな雰囲気です。
我家では、長女家族は、今年の連休は予定なし。
六年生になったR君は、可哀そうに、塾の特別講習に通わなければなりません。
次女家族は、毎年、彼の実家の別荘へ。
私共も、去年、ともに過ごした楽しさが忘れられず、今年も5日から次女家族と合流予定です。
別荘の近くのお気に入りのホテルを拠点にし、数日間、孫達とのんびり過ごすのを楽しみにしています。

しかしその前に、連休の谷間を利用して、忘れず郵便局に出かけましょう。
今月も、先月に続いて、多少でも被災地への寄付を、と思っています。
私なりに、この寄付のために命倹約に努めたつもりですが。
目標の貯金額は達成できるものの、余剰金がどの程度残るでしょうか。
まだ家計簿の締めの計算をしていないため、正確にはわかりませんが、何とかなりそうです。
不足分は、多目に残った月の余剰金から補充するつもりでいます。

本当にささやかな額ですが・・・
私のできる支援は、今のところ、寄付くらいしか思い付きません。
私の祈りを託して届けます。

いちいちお知らせするのは憚れることではありますが、公表する訳は。
この記述をご覧下さり、数人の方でも、それでは私も今月も、と思い立って下されば、嬉しいからです。

ただいつも悩むことは、義援金の送り先。

先月は、福島の自治体の募金先に直接送りました。
被爆者である私には、身につまされる原発事故でしたから。

その後も、募金機関の詳細な説明記事が新聞に載る度に熟読し、勉強してきました。
赤十字と、赤い羽根募金で知られる中央共同募金会が一番大きな機関であることも知りました。
赤十字に集められた募金はすべて、個人の義援金として使用されることも。

しかし、被災の全容がまだわからない状況では、自治体は被災証明書も出せず、配分の基準すら決めることができないようです。
更に被災者が多ければ多いいほど、義援金の一人当たりの配分額は少なくなるとのこと。

何もかも失った被災者が生活を立て直すに十分な支援金が、手元に届くのでしょうか。
政府は、どの程度に、この方達の生活のバックアップを今後続けていくのでしょうか。
我が身を被災者の身に置き換え考えますと、不安な事ばかりです。

最近は個人以外に、ボランテイア団体や、震災孤児を支援するための新たな特別基金も設立されてきたようです。
その孤児のための基金の設立を進めている岩手県では、条例の改正を待たず、寄付を受け付ける方針とのこと。

ボランテイアも、被災地を支えるためになくてはならない存在。
神戸の震災の時には、資金難で、活動を中止せざるを得なかったそうです。

私達の思いと祈りを込めて、折々で異なる募金先に届けるものいいですね~
私は、もしすでに受け入れ可能なら、孤児のための基金に、今月は振り込みたい、と願っています。
振込先が分かりましたら、後程掲載させていただきます。

塵も積もればのちりに過ぎなくても、今後も頑張って寄付をしてまいりましょう。

マジョリン様、お声かけが最後になり、失礼おお許しください。

私のガーデニングについてお触れ下さって、ありがとうございます。
私は相変わらず。ガーデニングにまで手が回りません。
いろいろ反省し、生活のリズムを変えてみることにいたしました。

そのせいで、ブログもこんな時間に書いています。

グランドデザインなんて、二の次ですよ。
大事なのは、お花への愛情。
マジョリンさんの個々の草花への熱い思いと愛情が、ブログからひしひしと伝わってきて、いつも感動します。

私はその点がだめ。形から入ろうとするため、時間ばかりかかり、一向に前に進めません。
生活のスタイルも幾分そう。お料理もそうかな。
外見を気にする見栄っ張りなのかもしれません。
でも、その背延びが、自分の成長の原動力にもなっているようです。(笑)
お話が脱線してしまいました!ごめんなさい。
今後もお花の写真を楽しみにしています。

震災孤児基金について調べてみましたが、設立は6月のようです。
検索した事項をご参考までに掲載いたします。

「震災・津波孤児」等の支援のための基金の設置等について
〇 本県では、東日本大震災津波により多くの子どもたちが親を失いました。その中でも、
郷土において安心して育つことができるよう、「くらし」と「まなび」を支えるため、特
別の基金「いわての学び希望基金(仮称)」を創設し、こうした子どもたちが成人し、社
会に出るまでの息の長い特別な支援を行うことといたしました。
〇 これまで、国内外を問わず、広く様々なご支援をいただいているところですが、つき
ましては、育英資金等のための企業や全国の皆さまの善意の寄附を広く募り、震災・津
波孤児等の支援を行いたいと考えております。
【「いわての学び希望基金(仮称)」の内容】
※ 詳細等、具体的な内容は今後検討いたします
1 対象とする方
・東日本大震災津波により親を失った子どもたちなど
2 支援の内容
・対象者が社会に出るまでに必要な「くらし」「まなび」のための資金など
【今後のスケジュール】
・6 月定例県議会に、必要な条例案を提案し、基金を創設
(基金創設時に県予算から1億円の拠出を予定)
・寄附の受け入れは条例改正を待たず随時受け入れを行う
記者発表資料
平成23 年4 月25 日
総務部・教育委員会事務局
総務部予算調製課 八矢・熊谷(019-629-5090)
総務部法務学事課私学・情報公開担当 鈴木(019-629-5032)
教育委員会事務局企画担当 石川(019-629-6105)

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気持ちを入れ替え元気に

2011-04-27 16:18:05 | 日記

春爛漫!みずみずしい新緑、可憐な草花を至る所で目にする美しい季節を迎え、この度の災害の無残さが、信じられない気持ちになること
さえあります。

しかし、復興にはまだ程遠く、現実の厳しさは、何一つ変わらない状況ですが。
多少でも、この陽気が、被災地の皆様の心を和らげてくれますよう、祈らずにはおられません。

観光シーズンに最適の季節を迎えましたが・・・
旅行のご予定がおありの方もいらっしゃいますでしょう。
しかし、観光地は、相変わらず閑散とした状況で、観光産業の打撃は計り知れないもののようです。

私も、三月の末には、孫を連れ夫婦で小旅行の計画を立て、ホテルまで決めていました。
ところが、この度の未曽有の震災。
日本の風景が一変してしまい、旅行どころではなくなくなってしまいました

尊い人命が一瞬にして、おびただしく奪い去られた東北の惨状を目にし、旅行になど、とても出かけられない、との思いが、大方の国民の自然な
感情でした。
国民全員が喪に服した数週間。
日本人らしい行為とは言え、人の道として当然な振る舞いであったと思います。

しかしひと月をたった頃から、さすがに自粛ムードが酷過ぎるのではないか、このまま長期にわたると、日本経済は、活気を失い、そのマイナス
影響が、復興にまで及んでしまうとの懸念が、問題視されるようになりました。

それを最初に指摘したのは、海外メディアではなかったかと思います。

そして今なお、その自粛ムードが払しょくされていない、との記事を目にいたします。
しかしそれは、現時点の国民の感情を正確には言い当てているでしょうか。
幾分違うような気がしてなりません。

実は、私達夫婦も、計画を立て直し、連休の終わり頃、4日間の旅行に出かけます。
乗車券も、すでに入手しました。
しかし、折角の旅行ですのに、いまだに心から楽しみにできない、複雑な思いがあります。

何か常に不安が付きまとったままの精神状態。
旅行を楽しむ気持ちが全くないわけではむろんありませんが、自粛とは異なる感情に縛られています。

今の迷いは、贅沢を避けると言ったことから生じるものではなく、地震への恐怖心ではないかと。

もし旅行中に地震にあったなら、帰宅困難となり、子供や孫達に会うことすら、ままならなくなる。
最悪の場合は、被災の恐怖に巻き込まれるかもしれない、とか・・・・・・
心配が尽きません。

今回の旅行は、途中から次女家族と行動を共にすることになっていますが、今さらママは、何を言ってるの、といった顔を先日されてしまい
ました。

でも、この不安は、恐らく数年間解消されないのでは。
ですから、何か起これば、それは運命と諦めるしかありませんね~。

私たち日本人の心の風景が変わってしまったのは事実。
しかし、今の精神状態が喜ばしくないか、と尋ねられると、必ずしもそうとは言えません。

今までの日本人は、贅沢な暮しに慣れ切り、それが当たり前な事と感じ、感謝すらしないでで過ごしてきたように感じます。
しかしその豊かさが、いかに脆く虚しいものであるか、明日の命の保証なんて何もないことが、今回の災害で痛い程、身に染みた私達。
明日、関東、東海、南海地震が起きらないとも限りません。

でもそれを畏れ、萎縮して暮らすなんて、余りに愚かです。

間延びした豊かさと平穏の上に胡坐をかいた生活を改め、心に覚悟を抱き、日々を大切に生きて行けたなら、日本人はもっともっと成長し、
今以上に素晴らしい国民になるのではないでしょうか。

万一信じられないような災難に見舞われたとしても、私達は東北の方々と似たアイデンティティーとDNAをもつ人間です。
どんな困難も、冷静に乗り越えていける強い精神力がある、と信じます。

日本の風景も、日本人の心の風景も一変してしまったけれど、これを新たな希望に満ちた日本への再生の契機にしなくては、亡くなられた方々の
命が報われません。

まず、災難を免れた私達が、自粛ムードをすっかり取り払い、得体のしれない恐怖心からも解放され、前向きに積極的に生きていきましょう。

私も、いつまでもくよくよし、臆病になることは、今日の記述を最後に、金輪際、止め、心から、ささやかな旅行を楽しんむことにいたします。

今日の記述で、、なんだか心の整理がとてもできたよう。
しばらくランキングはお休みするとのお知らせをさせていただきましたが、よい節目となりましたので、またバ-ナーを張ることに致します。
ブログ日記は、生活リズムを壊さない程度に書くのが私の理想。
今後は気ままな書き方になると思いますが、また宜しくお願い致します。

写真は、昨日、孫を保育園に迎えに行った時の写真です。
園庭に色とりどりの春の花が咲き乱れていました。
孫が指さして、おばあちゃん、この花は、パンジーだよ!と教えてくれました。
長女の子、桜は、ばぁ~ば、次女の子はおばあちゃんです。ちょっと紛らわしいですね。(笑)

 

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おろおろしてしまった祖母

2011-04-26 09:55:46 | 

昨日は、長女宅へ。小6の孫の看護に行って参りました。
前夜、いつもより早目に床に就き、うつらうつらしている時、呼び出しの携帯の音.
R君が週末からインフルエンザで熱を出し、いまだに下がらないとのこと。
明日は仕事を休めないので、突然で申し訳ないけど、来てもらえるかしら、と。

実は次女からも、K君の世話を頼まれていました。こちらは、ママが熱を出しダウン。
娘達両家から、ヘルプの声がかかることなど、めったにないことなのですが・・・

さぁ~大変!どうしましょう。
私は一人考えあぐね、次女のK君の保育園の迎えは、夫に頼み、パパに夕食前に迎えに来てもらうことに。
私は、長女宅へと、午前中から赴きました。

ここから思わぬ展開に。

祖母のうろたえ振りを発揮することとなりました。
R君の枕元に行くと、おばあちゃんとの声がかかったものの、何だかとてもつらそう。

お布団をかけ直したり、水分を与えたり、お熱を測ったり、気になることを一通り済ませました。
熱は、可哀そうに、まだほ38度4分もあります。

しばらく話をしてから、二階のキッチンで家事をし、ときどき孫の様子を見に、階下に降りていました。
ところが洗面所に入り、タブを見ると、血で赤く染まっているではありませんか。

その時は鼻血が出た程度に、軽く受け留め、孫にも確認しました。
幼い時から、よく鼻血が出る子でしたから。こんなことまで長女の幼い時に似るのですね~

しかしその後の展開が、私の想定を遥かに超えた事態に。(今はやりの文章スタイルです。)

多少気が高ぶって見える孫の気をなだめ、何とか寝かしつけ、安らかな寝顔にホッとして、また家事に取り掛かりました。
母親としては、働く娘の家事の手間を多少でも軽くしてやりたいとの思いから、通常の行動パターンです。

しかし、しばらくすると、R君の私を呼ぶ絶叫が。

今にも足を踏み外しそうなお洒落な階段もなんのその。すっとんで孫のもとに。

鼻血が止まらないと言って、悲壮な顔つきで私に訴えてきます。

本当にひどく、口からも鮮血があふれだし、枕元に置いてある洗面器に吐き出します。
私には、ただ事に思えず、救急車を呼びたい心境でした。
もちろん娘に電話。

意外にも娘は、私の心配など気にも留めない風で、実に冷静。
「いつものことだから」と。
その落ち着きぶりが、少々小憎たらしくなるほどです。(笑)
「見ていないあなたに、いつものこと、とどうして断言できるの。想定外かもしれないでしょ」と心の中では思っていました。

こんな絶叫が、4~5回繰り返され、私はほとほ参ってしまいましたが、表面上は、できるだけ落ち着いた素振りをし、孫にも、
心を落ち着けて静かに休むように諭しました。

娘は、3時から4時のミーティングを済ませ、約束通りに、会社を早退して帰宅。

娘の顔を見て、私も孫も一安心。
六時にお医者さんの予約も取り、診断を受けた結果は、娘の言うとおり、心配には及ばない症状とのこと。
その連絡が、帰宅後、私のもとに入り、一安心致しました。

看護のつもりで赴いた祖母がうろたえ、孫の不安を増幅してしまい、反省しきりです。
でも多量の血を目の前にすると、冷静ではいられませんよね~

数年前、夫に似たようなことが起こり、大変心配し、私までダウンしたことがありました。

風邪をひくと、鼻の粘膜が炎症を起こし、鼻血がでやすくなるそうです。
鼻血が出たときの処置は、まず顔を心臓より高くすることなど・・・・・・
鼻血が出た時、慌てないための応急処置の仕方を覚えておきたく、検索してみました。

その説明文を、こちらにも載せさせることにいたします。

私のように慌てることなく、冷静に対応されますように、お役立て下さい。
私も今後は、落ち着いて臨めそうです。

帰宅時に、娘が夕食にして、と嬉しい心遣いを。
ブログも意識し、思いがけない優雅な食卓になりました。

  

 

 鼻血の止め方と、応急処置のヒント

鼻血が出ているほうの鼻を指で軽く押さえます。
横にならず、正面または少し下方を向いた姿勢で座ります。
上を向くと鼻血がのどに入ってしまう事があるので注意してください。
血液がのどに流れて、気管から肺に入ると肺炎を起こす事があります。また、胃に入って気分が悪くなり吐く事もあります。
口の中に血液がたまってしまった場合は飲み込まずに吐き出すようにしてください。
通常の鼻血なら5~10分ほどで自然に止まってきます。
仰向けで寝たり、首のうしろをトントンたたいたりするのはやめましょう。

濡らしたタオルや氷などで鼻の付け根の部分を冷やします。
鼻の中の毛細血管が収縮して鼻血が止まりやすくなります。
また、市販の点鼻薬(鼻づまりの時などに使う血管収縮作用のあるスプレー)をつけると、止血しやすくなります。

脱脂綿や柔らかめの布など、鼻につめるものがある場合は、鼻血が出ているほうの鼻の穴に詰めて安静にしていると、5~10分ほどで
出血が止まってきます。
つめたものが血液で赤く塗れてしまった場合は何度か取り替えます。
止血後、20分くらいはつめたままにしておきましょう。慌てて脱脂綿を抜いてしまうと血の塊が一緒にはがれてしまい、再び出血してしまう事
があります。

止血後、鼻の中にゼラチン状の血の塊ができますが、その塊を無理に取ると再出血のおそれがありますので、しばらくの間はそのままにして
おきましょう。
また、強く鼻をかんだり鼻の中に指を入れて粘膜を刺激しないようにしましょう。

鼻血がなかなか止まらない時は耳鼻科にて診察を受けましょう。
止血剤の内服薬を使用して止血を行ったり、出血が多量の場合は点滴で止血を行ったりします。



 


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娘との語らいのひと時

2011-04-24 07:35:10 | 家族

昨日は、次女が子供達を連れ、遊びに来ました。
婿は休日にもかかわらずお仕事で外出とのこと。

昼食をともにし、夕刻まで、もうすぐ七カ月になるかれんちゃんをあやしながら、とめどもなく二人でおしゃべり。

  
おじいちゃん子のK君は、二階の部屋にこもったまま、一向に階下に降りてきません。
次女との話題は、やはり震災のこと。

お互いの思いを、素直に語り、理解を深めました。
親子ですから、考えることはお互いによく似ています。
うなずき合い、共感し合い、東北の被災者に思いを馳せながら、今後の地震の備えと心の覚悟にまで、話題が及びました。

昨日の二人の会話の内容を、脈絡もなく綴ってまいります。

まず次女の話で、心打たれ、深く考えさせられたことについて。

友人のお子さんが通う幼稚園の園長さんのお話です。
先生が父兄に向けて語られたことは、[皆さんは、子供が自分より長く生きると思っておられるでしょう。
決してそんなことはありません。
ですから子供の将来を考える以上に、今を大切にして暮らして下さい。」

とてもうなずけるお話、と思いました。
震災のこともあり、このお話をなさったのかもしれません。
私は、以前の日記で、如何に自然の猛威が襲おうとも、心の財産まで奪い去ることはできない、と記述したことがありましたが、それに通じるもの
を感じました。

最愛の人を失っても、楽しい思い出が、人を支えてくれるものなのかもしれません。
心の財産、美しい思い出を築くことの大切さを、今回の災害で、改めて痛感した私です。

更に娘が、とてもよいブログを紹介してくれました。

妊娠されてる方や、お子様を失った方が読まれると、大変よい内容のようです。
娘は、この先生の包容力のある、立派なお人柄に、大変惹かれていると言っています。
乳児を抱え、放射能のことが気がかりな時、この先生のブログを読むと、心が安らぐそうです。

お孫さんのことを心配なさっておられる方のために、ご参考になれば、と思い、アドレスを記載致します。

http://takeuchimasato.cocolog-nifty.com/inochi/2011/04/502-f431.html

娘の話はこのくらいにし、私が娘に語ったことについて。

たまたま、たまった最近の新聞記事の切り抜きを読んでいる時、大変衝撃を受け、心をえぐられるような気持ちになった、川上未映子さんの
エッセイのお話です。
タイトルは、「遠い場所から聞こえてくるのは」

私は、この方の文章を読んで、改めて傍観者の無力さと、身勝手さを痛感せずにはいられませんでした。
被災者に向けての励ましの言葉など、あまり意味がない、と。
それどころか、良かれと思い発した言葉が裏腹に、相手を傷つけることにもなりうる、といった矛盾に突き当たりました。

私達ができることは、精一杯、被災者の方々のご苦労と深い悲しみを理解し、黙々とささやかでも義援金を送り続けることくらいしかできないの
かもしれません。

被災者の方にも、いろいろな受け止め方があるでしょう。
このエッセイに書かれた気持ちが、当事者の気持ちをすべて表しているとは、むろん言えませんが・・・・・・
しかし、真実の一端であることは確かだと思いました。

読まれた方も多いと思いますが、川上未映子さんの文章を一部抜粋し、掲載させて頂きます。

なにかあってもそこの辿りつけさえすればと、心の唯一の拠り所だった家がなくなってしまうことの意味。
これまでの生活を成立させてきたあらゆるものや記憶の付随するものを失ったことの意味。
とにかく今の状況とこれからにかれは絶望して、疲れ果てていた。
(中省略)
テレビでは芸能人や著名人達が出ずっぱりで「頑張れ」「頑張ろう」を連呼して、負けるなとか一緒に乗り越えようとか、わたしたちは一つですよ
というようなメッセージを繰り返しているけれど、静かに腹が立ってくる、
気持ちはわかるけど、あなた達には帰る家があって仕事があって、それで「わたしたちは一つ」も何もないという心境になるとも書いていた。
同じ目に遭ってなお、そう言えるのか。
東京が同じような被災地になり、彼らが被災地の人々と同じような立場になって始めて、コマーシャルで繰り返されるような言葉に意味が出てくる
んだと言うようなことが、ほとんど恨みに近いような強い口調で記されていた。
震災後、私達も少しずつ・・・・・・・省略

更に私が娘に話したことは、gooのニュース記事。
このたびの震災による地盤の緩みで、茨城、東京、神奈川の一部の地盤にひずみが生じ、M7級の地震の発生するリスクが高まっているとの内容に、愕然としたことでした。
東北の方々のご不幸が、明日は我が身との心の覚悟をもっとして、地震の備えを万全にしなければいけないのかもしれないと。
今まで以上に、今日1日を悔いの残らないように、大切に過ごさなければ、と改めて思った事など。

以上の話をしたところ、川上未映子氏の記事には、娘も考えさせらているようでした。
しかしM7級の地震の話になると、「その報道の情報源は、どこなの?
余り確かでないことをブログに書き、読者の不安を煽るのはよくないわ」と、注意を受けました。

「地震についてのママの記述は、いつも冷静と思っているけれど、一度だけかなり感情的な受け止め方の日があったわね~
彼と二人で、ママは思い込むと、たまにこのような思考回路に陥る傾向がある、と話したの」と言われてしまいました。(笑)

どの文章と尋ねましたけど、前のことなので忘れてしまったとか。(笑)

今後気を付けてまいります。

 

 

 


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若いママ、パパ達に、心からのエールを送ります

2011-04-23 06:47:44 | 教育

この度の地震で被災地の子供たちが受けた心の傷は、計り知れないものと思います
赤ちゃんがえりしたお子さん、夜眠れない子、いらだって情緒不安定になった子。
様々でしょう。
子供達は、この度のような理不尽な体験をいかに受け止めればよいのか、心の整理などできるはずがありません。
また、自分の気持ちを、率直に上手く表現することもできません。

周りの大人が、笑顔の子供の心の裏まで察し、いろいろ気を配って対応することが大切なのでしょうが、言うは易く行うは難しですね~
被災地では、親とは言え、極限の中で暮らしておられます。
子供への配慮も十分にできないのは当然。
それゆえ、教育関係者の方々には、その点をぬかりなく目配りしてほしいと、心から願いますが、教育者の多くも被災者で、厳しい境遇の中。

そのように思うにつけ、育児と教育に携わる方々のご苦労を思わずにはおられません。

特に、新米ママの方々は、泣きたい思いでいらっしゃるのでは。
通常の生活でも、慣れない子育ては、戸惑うことばかりです。
私も自信が持てなくて、若い頃は、育児書を読み漁りながら、子育てをしました。
今のような厳しい状況下では、理想を追い求めすぎず、子供の心を優しく受け止め、しっかり抱きしめて暮らすことが大事なのかもしれません。

我家では、父親の転勤で異国暮らしが始まった時、幼い娘達は、英語を読むことも、話すことも、聞くこともできず、ヘレンケラーとさして変わらない
状態になりました。
その不安を察した私が一番努めたことは、朝起床時に、「おはよう」と言いながら、娘達を思い切り抱きしめることでした。
就寝前も、「おやすみ」と言いながら、同じことに努めました。
何気ない心遣いでしたが、こんな簡単な事で、子供の気持ちは落ち着くものと思います。

若いママ、パパたちも、この苦労にくじけず、お子さん達を、思い切り抱きしめて差し上げて下さいね。。

被災地のお子さん達のことについて触れましたが、すべての子において、親の態度が、いかに大切であるかには、言うまでもありません。

先日、ある報道番組で、震災で被害らしいことには何も受けていない都心の子供が、非常に奇妙な絵を描き、そこからその子の潜在的な恐怖心
が読み取れる、と言っていました。
日々、津波の映像を見てきたことによるもののようです。

この度の災害について、ある年齢になれば、実体験がなくとも、十分認識させ、理解をさせることも、教育上大切なことかもしれません。
しかし、まだ幼い子には、いたずらに恐怖心を植え付けず、平常心で暮らせるよう、大人が配慮する事の方が、もっと大切ではないでしょうか。

我が娘達も、その点には十分気を配ったのかもしれません。
地震に対するあまりに逞しい我が孫達の反応。
私は、呆気にとられ、笑ってしまいました。

次女が、「K(5歳)は地震が起きると生き生きするのよ。目が輝いて、今、震度5かな~6かな~、て言うの」と言って、笑っていました。

小2になったばかりの孫娘に、「地震怖くない?」と尋ねましたら、「全然!家がただ揺れるだけでしょ。津波はちょっと怖いけれど」でした。

被災地の方々の苦労を慮る心も持ってほしいと、祖母として思う一方、まだ無理な年齢のようにも感じます。
この逞しい明るい反応を、喜ぶべきかもしれません。
もちろん、実際の惨状をほとんど知らず日々を過ごしてきたゆえの態度。
被災地の子供達と比較などできませんが。

この度の災害で、約百人の孤児が生まれたとの痛ましい報道に、私はいたたまれない気持ちになりました。。
身内に引き取られたお子さん達もいるようですが、この子達が、不幸を乗り越え、健やかに逞しく成長されますよう、心からひたすら願います。
行政も、温かく、しっかり見守ってほしいものです。

相変わらず大地が、頻繁に揺れる今。
私は地震に襲われると、一瞬様子を窺いますが、強い揺れと判断するやいなや、すっとんで二階に駆け上がり、書斎の夫のもとに行きます。(笑)
夫の冷静な態度を見ると心が落ちきますから。

母親強しとはいえ、臆病な私が、娘達と同じ年齢の母親であるなら、どんな態度で子供達に接することができるかしら、と自問自答するこの頃。

若いママ、パパには、心からのエールを送りたい気持ちでいっぱいです。

夕食の献立

なすと豚肉のコチュジャン炒め ブロッコリーとじゃがいものサラダ 豆苗とベーコンのスープ

 

 

先日触れました私の料理ブログをご紹介させていただきます。

つい先日までは、季節を問わず過去の料理を整理するために、ランダムに掲載していましたが、最近やっと日々の料理を載せるようになりました。
レシピも自分の料理ノート作成と思い、できるだけ記述するように心がけています。
多少でも、皆様のお役にたてば嬉しく存じます。

http://blog.goo.ne.jp/karensakura0403


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ブログも料理もガーデニングもと、欲張りすぎの私

2011-04-21 09:49:50 | 家族

昨日は自分の柄もわきまえず、少々生意気な事を書きすぎ、今恥ずかしさでいっぱいです。

いつか政治批判の文章を書いた時、次女の婿が、「お母さんが義憤に燃えているよ」と言って、笑っていたようです。

私がブログを始めて一番良かったと思うことは、家族に私の思いを理解してもらえることでしょうか。

今次女は、育児休暇中で、会ったり電話したりで、いつになくコミュニケーションは良くとれています。
しかし、わが娘達は、二人とも、れっきとしたキャリアウーマン。
男性と全く変わりない仕事ぶりで、その上、育児と家事もこなしています
専業主婦に甘んじて、のほほんと暮らしてきた私には、到底理解できない忙しい日々でしょう。
ですから、母親とは言え、邪魔はしてはいけないとの気遣いが先に立ち、日頃は電話するのもためらいがちになってしまいます。

ですから、ブログが、電話で話す以上に私の気持ちの率直な伝達の場。
娘達も、ママの様子がよくわかって安心できると、喜んでくれています。
とはいえ、斜め読みのようですけれどね。(笑)

先日も次女に(先日に限らずしばしば言われたことですが)、
「ちょっと文章が長すぎない。読んでいて、あまりに長文だと、私でも最後はいい加減になって飛ばし読みしちゃうわよ。」と。

長女にも、「我が家でパソコンを開いて読むほど私は暇な人間ではないからね。でも車中、携帯では、必ず読んでいるわよ。ブログを書くのは、
ママにとっては、とても良いことだと思うわ。」と。

私は、利発な娘達の印象がとても気になり、ときどき不安気に尋ねますと、必ずこのような感想を手短に述べてくれます。
今のところ、内容への厳しい注意はありませんが、内容に変なところがあれば、いつでも注意してね、とお願いはしてあります。

更に、気になるのは、婿達の印象。
長女の婿は、ブログなんて、といった調子で相手にもしてくれませんが(笑)、でもたまには覗いてくれているみたいです。

しかし、夫に至っては全くの無関心。
私は、時に読んでもらいたくても、それは叶わないので、声を出して、一部分を読み上げ、強引に夫に聞かせます。(笑)
まだ2~3度のことですけれどね。

家族の感想を気にかけながらも、温かな応援と励ましに支えられ、今後も家族との伝達の場としても、ブログを生かし、細く長く。ブログ生活を楽しみたいものです。

最後になりましたが、マジョリンさん、バラさん、優しいお声かけ、本当に有難うございました。
ガ―デニングは確かに年取ると、体に堪えますね。
私もこの作業後は、必ず腰が重たくなります。
でもボケの予防にもなるそうですから、ブログとともに細く長く楽しめるように頑張りましょう。
いつのことになるかわかりませんが、小さなお庭ながら、多少でもイングリッシュガーデンらしくなりましたら、写真をアップさせていただきます。

 


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嘆かわしい政治集団

2011-04-20 07:37:27 | 社会 政治

世間知らずの専業主婦の私が、政治云々の話をすることには、いつもためらいと気恥しさが伴うのだけれど・・・・・・
溢れる思いを、いかに表現すればよいのでしょう。
政治用語のボキャブラリーも余りに少なく、私にとり1番難しい自己発信です。

でもこの憤りを語らずにはおられません。

小沢氏が倒閣運動を中堅の小沢氏支持派の議員とともに開始との報道を目にし、私は余りのショックで、昨夜は気持ちがふさぎこんでしまいました。
国民のためとやら・・・
とんでもない、自分の勢力を取り戻したいがための画策であることを見抜けないほど国民は馬鹿ではありません。
自民党は、民主の内ゲバ抗争をほくそ笑みながら、漁夫の利を狙っているのでしょう。

被災者の方々はなお、塗炭の苦しみの中にあり、国民は心を一つにして日本の復興のために何か尽くしたいと真剣に考えている時なのに。

政治家は何故心を一つにできないのでしょうか。

それどころか倒閣運動ですか?
呆れて開いた口がふさがりません。

確かに政権をとりまだ間もない民主党の政府には、未熟なところはたくさんあるでしょう。
それを認めないわけではありません。
しかし未曽有の災害で日本が大混乱となった今回の事態で、完ぺきに対応できる政府などあり得ません。
恐らく自民党政権でも、五十歩百歩。情報開示が遅い等、さんざん批判されたはず。

思うにこれは日本人の野次馬気質です
既存政権には絶対満足せず、少しのほころびでも糾弾し、首相のたらいまわしを繰り返し、世界の笑いものになってきました。

そのような愚かな政府の下、日本の財政は悪化の一途で社会保障のシステムも崩壊寸前。
国民も、すっかり自信をなくし、日本人の誇りを失いつつありました。

けれども、不幸中の幸い、という表現は相応しいとは思えませんが、被災者の皆さんのお陰で、世界から我が国が見直され、称賛をうけるように
なったのです。
私達も、その言葉を素直に喜び、誇りに思い、この信頼を裏切らないように一層努め、今後の日本の復興の礎にすべきとの思いでいたはず。

しかしその思いも、信頼も、愚かな政治集団が台無しにしようとしています。

私は、民主を支持したことは、かって一度もないけれど、管政府の不器用ながら、真摯な行動力と情熱は伝わってきます。
結果を急ぐ私達の国民性は何としても改めなければ。
もう少しじっくり見定めるべきです。

今は政局争いをするのではなく、未熟であるならそれを補充するべく、同じテーブルのもと、この国難をいかにして乗り切れば良いのか真剣に考えて
ほしいと。

今朝のニュースに茨城の暴走族のグル―プが、心を改め、今後はボランティアとして日本の復興を支えたいと、水戸署に申し出たそうです。
この嬉しい報道に、私は胸が熱くなりました。

今は日本人全員が、原点に戻り、純粋な気持ちで、生きることを見直しています。

そんな気持ちに水を差すような愚かな行動を政治家は慎んでほしい、と私は心から泣きたいほどの思いで願っています。

小沢氏のお陰で当選した北進グループの新人議員の方々にも一言申し上げます。

前からテレビで、集団で行動するあなた達の姿を見て、私は嘆かわしく思っていました。
体をゆするようにして闊歩して入室する横柄な態度。装飾品を一杯身に付けた女性議員。
目つきの悪さを見て、これが政治家、と私は悲しくなりました。
政治家の気質を問いたくなるような人が大勢おられます。
もう少し、自分たちの立場を認識し、謙虚に行動すべきではありませんか。

私は雨垂れ石を穿つの心境で、しばらく管政府を応援したいと思います。

自分の身もわきまえず、生意気な事ばかりしたため、誠に申し訳ありません。
専業主婦の勝手な見方として、参考までに読み流して頂けますように。

昨夜の我家の献立の写真を今日もアップさせていただきます。

ぶりの照り焼き たけのことふきの炊き合 きゅうりとわかめの酢の物 豚汁

 

 


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春の花に思いを託して

2011-04-19 06:54:27 | 自然

春の訪れとともに、我が家の庭にも彩りが多くなってきました。

ミモザも、盛りを過ぎたとはいえ、まだ可憐な黄色の小花が、キッチンの窓越しに咲き、私の目を楽しませてくれています。
モクレンも、赤紫の大ぶりの花が、今、満開。

    
雪柳も、楚々とした白い小花が、なんとも愛らしくきれいです
ルドベキアの紫の花も、気品高く咲き誇っています。

  

 
ミニバラのモッコウも日ごとにつぼみが膨らみ、今にも花弁が開きそう。

 
我が家でのシンボル的な存在のハーブ系のコバノランタナも、ピンクの小花がちらほらと。
満開になると、その花色が深い緑の葉に映え、その鮮やかさに、道行く人も目を向けて下さいます。
植えて十数年となりますが、今年はいつになく元気がありません。
今冬の厳しい寒さと乾燥で痛めつけられ、衰えてしまったのでは、と日々気にかけ、心配しています。

白い凛とした花の姿が、母に似ているとの思いから、他界後、間もなく記念に植えたハナミズキも、花がつきはじめました。
植え付け後、三年して初めて出逢った花は、私が希望した純白とは異なり、少々がっかりしたものです、
白い花弁が淡いピンクでほのかに縁どられていました。
でも見慣れてくると、それもまた愛らしく、今では気に入っています。

ツルニチニチソウの清楚な紫の花は、涼しげで、優しい雰囲気です。

 

 

マジョリンさん、バラさんがご期待下さったイングリッシュガーデンの実現は?
計画通りにはかどっていますか、と尋ねられますと、思わずうなだれてしまいそう。(笑)
全くもってしてあの気合は一体何だったのでしょう。
今も気合ば無くなったわけではありませんが・・・・。
今度こそ本格的に取り掛かりたいと願うからでしょうか。
最初の一歩が、なかなか踏み出せません。
その内頑張りま~す。

津波に傷めつけられながらも被災地の福島に咲いた一輪の桜の花。
その写真が、最近の新聞に載っていました。
それを見て、勇気と元気をもらったとの住民の感想も。

今は津波にすべてをさらわれ、廃墟と化した土壌にも、春の野の花がたくましく芽ぶき、彩りを添え、住民を励ましてくれることを願います。。
アメリカに在住のころ、旅先のイエローストーンで見た健気な野の花。
硫黄がたちこめ、死と化したような白い地面の片隅で咲いていました。。
その美しさにいたく感動し、心打たれたたことを、私は今、ことさら鮮やかに思い出します。

被災後の神戸の街に、私が尊敬する建築家安藤氏は、こぶしの花を鎮魂花とし、街路樹にされたそうです。
被災者の言葉を吸い上げ、その願いをこぶしの花に託されたのですね~

今回も、今は荒廃した被災地の街に、豊かな緑と美しい花々が植えられ、神戸のように見事に変貌を遂げる、と、私は信じます。

 

 


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深く感動した報道

2011-04-17 07:16:12 | 日記

                  

昨日でしたか、一昨日でしたか、もう記憶が定かでない私だけれど・・・・
年のせいとは言え、ちょっと心配。
でも今日書きたいことにとって、日付など、どうでもいいことです。

朝、目にしたNHKのニュースのある報道に心打たれ、胸が熱くなりました。
ある報道とは、アメリカ人の学者、ドナルドキーン氏が、東日本大震災を契機に、コロンビア大学を退職なさり、日本国籍を取得し、日本永住の決断をされたとのこと。
88歳のご高齢にもかかわらず、潔い決断と態度に、私の少ないボキャブラリーでは、うまく表現できないほど、感動しています。

「外資系の会社が社員を日本から呼び戻したり、野球の外国人選手が辞めたりして日本は危ないと言われているこういう時にこそ、 愛する日本への信念を見せる意味がある ~
日本人は、大変優秀な国民だ。
今は大きな打撃を受けているが、未来は、以前よりも立派になると信じている」と。

以前、この方の人柄と人生の経歴に触れた記事を新聞で読み、感動した私は、すぐ切り取って大切に保存したはずです。
こういう時こそ、読み直したいと願っても、ただ切り取るだけで、整理などしていませんから探すのは容易ではなく、諦めました。
慈悲深いまなざしと、毅然として落ち着いた態度と、品格ある物腰に、ドナルドキーン氏の崇高なお人柄が、匂い漂うようです。

是非、一目でもお目にかかって見たい方のお一人。
とはいえ、この方の著書は一冊も読んだことはありません。
いつか読んでみたいものです。

ウキペディアで、検索してみました。

ドナルド・ローレンス・キーン(Donald Lawrence Keene, 1922年6月18日- )は、アメリカ日本文学研究者、文芸評論家勲等勲二等。2008年に文化勲章受章。コロンビア大学名誉教授日本文化欧米へ紹介して数多くの業績を残した。称号東京都北区名誉区民ケンブリッジ大学東北大学ほかから名誉博士賞歴には全米文芸評論家賞受賞など~

主に交流のある作家は三島由紀夫谷崎潤一郎川端康成吉田健一石川淳安部公房など。かつて大江健三郎とも親しかったが、大江の態度の変化によって疎遠になった~

ドナルドキーン氏に限らず、日本を愛する外国人は多いことでしょう。
今回の痛ましい震災における、日本人の清々しく潔良い、そして礼儀正しい態度を見て、その思いを一層強くして下さったにちがいありません。
私達日本人も、東北人から、多くのことを学び、反省もしました。

しかし、その気持ちに水を差すような、相変わらずの政治。
この期に及んでまだ政局の争いから抜け出せないとは、涙が出るほど情けなく思います。

ドナルドキーン氏も、きっと嘆かわしく思われているに違いありません。

政治家こそ、この震災を契機にして、大いに反省して下さい。

 



 


 


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娘達からのお誕生日プレゼント

2011-04-16 10:52:14 | 家族

>何だか長くなりすぎて、私のプレゼントに付いて書くスペースがなくなってしまった感じです。
すでに日記で触れたお財布と食器なのですが、このことについてはまた明日述べたいと思います。
お財布にまつわる楽しい記事を新聞で読みましたので、そのご紹介も兼ねて

私のお誕生日の翌日書いたこの記述を心に留めておられる方はどなたもいらっしゃらないでしょう。
けれど、私は気になっていました。お約束を守っていない自分が・・・・(笑)

ここでご紹介するまでは、使用しないつもりでいたため、プレゼントはまだ箱に入ったままの状態です。
まず写真をアップさせていただきたく思いますが・・・・・・

なんだかちょっと気恥しく、あの日の孫、桜の気持ちが、とてもよく理解できます。

>桜ちゃんも、自分で選んだものの、さすがに恥ずかしいのか、可愛い赤い袋の中を覗きこんでは、へらへら体をくねらせて笑い転げ、私達に
なかなか見せようとしません。

お誕生日当日は、私の態度も、桜と全く同じでした。
私が自分で選んだ長女からのプレゼントのお財布でしたが・・・・・・
大変気に入ってはいたものの、年甲斐もない派手さが気になり、、家族に呆れられたらどうしましょう、と少々不安でした。
今ブログに写真を載せるにあたっても同じ心境……(笑)
でも娘も婿も、意外にも、大変いい色、派手なんかでは全然ないよ、と言ってほめてくれました。

たかがお財布に過ぎませんのに、この勿体ぶった前置きは何?
申し訳ありません。
思い出の品物として、長い間愛用した古いお財布も共に載せます。
投資で、お金が出ていく一方の期間に使用し、苦い思い出まみれたお財布ですが、お疲れ様、と心か言いましょう。

下の写真の食器は、次女からのプレゼントです。
私がこの食器を集めているのを知っての心遣い。
大変嬉しく思いました。

    

 実はお財布にまつわる興味深い新聞記事を切り抜いて保存したつもりでしたが、いつの間にか紛失。
今は手元にありません。
ですから思い出しながら、自分の主観も入れて書かせていただきます。

お財布は、お金のホテルとの言葉が、大変印象的で、感銘も受けました。
確かにお金はお財布を入れ替わり立ち替わり出入りします。その金銭を泊まり客に譬えたのでしょう。
ですから、いつもお財布はきれいな状態にし、お金を迎え入れ、見送る精神が大切であると。
そのような心構えでいると、おのずと無駄遣いが減ると言った内容でした。
たとえに、かなりの飛躍があるとはいえ、お財布の居心地が良ければ、確かにお金は出ていかないものかもしれませんね~(笑)

更にブランドでなくてもよいから質の良いお財布を持つことが大切とのこと。
他人の前で、常に出し入れするお財布は、その人のステイタスでもあるからだそうです。

お財布をきれいに使用しているか否かが、他人がその人の信用度を測る物差しにもなり得る、とも。
カードの入れ過ぎ、レシートの詰め過ぎには注意と書かれていました。

又お財布の形について。
長財布と折りたたみ式のお財布がありますが。
一長一短があるとはいえ、記事では長財布を奨めていました。
確かその理由は、新券を収められるからだったと思います

すべて心当たりのあることばかり。
お財布購入後、読みましたが、おおいに納得したものです。

今回プレゼントして貰ったお財布は、ブランド品ですが、それにしては、格安のお値段でした。古いお財布の値の1/2。
色も今年の春の限定色で、今後同じ色は出ませんから、愛着もひとしおです。
ヒトデ色と聞いた時は、一瞬躊躇しましたが……(笑)

数十年、家計簿をつけ、計画的な予算生活を送ることをモットーにしてきた私ですが、投資もしていたため、計画も予算も、あってもないに等しい
暮らしでした。
いくら悔やんでも悔やみきれませんが。
昨年の秋、投資は一切やめ、ブログを始めた頃から、計画通りの予算生活が見事にできるようになりました。
節約の甲斐もあって、過去の損失も、徐々にですが取り戻しつつあります。

しかし少々倹約疲れもしてきた私。去年、秋の初旬から、ひたすら努力奮闘中でしたので。

ここ数カ月の家計簿を検証し、こまめに配分すれば、もう少し贅沢も可能と分かってきました。
短い余生をもっと楽しまなければ、と思うこの頃です。

今回の震災で、もののあふれた生活は、いつ根こそぎ奪い取られてしまうかもしれない、ということも痛感しました。
ですが、思い出と心の財産だけは、たとえ自然の猛威でも、決して略奪などできません。
更に、お金も、いざという時には身を助けてくれるものであることも、よく分かりました

ですから今後も、無駄は極力省き、しかし気持ちの豊かな生活を心がけ、美しい想い出を紡ぎながら、心の財産を積み上げる努力を怠らない
ようにしたい、と。
日本経済の活性化のためにも、少し頑張らなければいけませんね~

いつも理想論ばかりの私でごめんなさい。
実行する自信などありませんが、何も考えないで暮らすよりは、多少はまし、との思いで、努力だけはしてみようと思います。

次女夫婦が私の文章から受ける印象は、どこかしら美しいベールに包まれた雰囲気がするとのこと。
でもこれが私の個性ですから、変えることは無理そうです。(笑)

 


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ささやかな寄付を続けながら、穏やかな日常を・・・

2011-04-15 07:30:01 | 

福島原発事故のレベル7の唐突な変更には、驚き、茫然としましたが、真相は、その後の色々な報道からも、相変わらず藪の中、といった感じ
がします。
政府は専門家の見解と言っているようですし、ロシアの原子力機関は、レベル7に対し、疑念を呈しているようです。
このような不明確な状況では、原発周辺にお住まいの方々の不安や心配、苛立ちは、如何ばかりでしょう。

今の混乱は、何を暗示しているのでしょうか。
恐らくすでに、人智では計り知れない未知の領域にあり、手探りで解決策を見つけようと努力しているための混乱ではないでしょうか。
しかし、外国の支援も受け、自衛隊員、消防隊員、東京電力、関連企業の社員が過酷な現場で、命がけの闘いを続けておられます。

私は、そのような方々のご苦労や、留守を預かり、心配して暮らす、ご家族の気持ちを察すると、とても批判する気にはなれません。
怖いものには目をつぶると言ったずるい対応かもしれませんが、最近はあまり突き詰めて考えないようにしています。
その問題に携わる専門家の方々の見識と努力に信頼を寄せ、一日も早い解決を、と祈るのみといった心境です。

如何に心配しても、私達には、どうすることもできません。
今、私達にとり一番大切なことは、希望を失うことなく、心の平安を保ち、前向きな日常生活を坦々と送ることでないか、と。

そして、ささやかでも、支援を、今後も継続してまいりましょう。
力のない庶民でも、心を一つにし、その努力をつづけるなら、巨額で莫大な寄付金が集まるやもしれません。

東北の住民の方々が、二度と災害に苦しむことがないようにとの目的のもと、丘の上にコンパクトシティーを創る案など、色々な構想が練られ始め
ているようです。
私が以前日記で触れた、今一番尊敬する安藤忠雄氏も、街づくりの復興委員会のリーダー的人物の一人として候補に挙げられています。
この方でしたら、東北の文化や風土も大切にしながら、斬新な町づくりをなさるに違いありません。

被災者の方々が、まだ悲しみから立ち直れない中、原発の解決も見えない状況では、早すぎるるお話のようにも思いますが、私は今となっては、
復興という言葉の響きがあまり好きではありません。
復興には、何かしら過去を取り戻すだけといった、物悲しさと寂しさが付きまといます。
これまでブログで私は再三述べてきた、復興ではなく創造であるべきではないでしょうか。

東北の方々の塗炭の苦しみを多少でも和らげ元気づける一番良い方法は、十分実現可能な夢をはぐくむ構想を掲げ、未来に希望を持てるように
して差し上げることではないかと。
しかしそのためには、大変な資金が必要です。
その資金を作る手助けを、国民全員が、ささやかでも継続していくことが大切と感じます。

私は、今月は出費が多く、目標の貯蓄額の実現が精いっぱいといった感じです。
しかし昨年の10月、11月は目標額を遥かに超えていますので、その分を、今後数カ月の義援金に充てることにしました。
今後も、ささやかでも工夫し、工面し、継続していくつもりです。

昨日は、風邪を引いた孫の世話で、長女宅に一泊致しました。
夜また多少熱が上がりましたが、日中は、ネグリジェのまま、とてもとても元気。
ドールハウスで一緒に遊んだりして楽しく過ごしました。

            

                                             桜ちゃんが次女の子のK君にそっくりといったお人形

お昼食は前日までの残り物でしたが、長女の心遣いのお陰で、ご馳走を美味しく頂きました。
食べられないローリエが、トマト煮にのっていて変。(笑)

 

 

                                                 

 いつも通り、二十分の仮眠を昼食後とりましたが、時間になっても起きれないでいると、元気な孫に、ばあば起きて!起きて!一緒に遊ぼ!と手を引っ張られるやら、体当たりされるやらで、大変でした。(笑)

朝、孫達は元気に登校。
私は家族を見送った後、一働きし、娘の家を後にしました。

我が家を出るときは、まだ肌寒く、ウールの上着をはおりましたが、昨日はは春爛漫といった暖かな陽気。
木々の梢のみずみずしい若葉が、春の日差しを受け、キラキラと青空に映え輝く光景は、とても清々しく美しく、思わずシャッターを押し続けました。

    

娘宅のご近所。私が大好きな絵になる坂道の風景

                                      

その後、数駅先の渋谷に久しぶりに寄り、紀伊国屋で書籍を数冊買い、家路に就きました。
この二日間のお出かけの写真を、幾枚かアップさせていただます。

  

 

 

 


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孫達の健やかな心の成長を願って・・・頑張れ!R君

2011-04-12 07:24:07 | 

こんなこと書くと、長女夫婦に嫌がれるかしら、と多少不安に感じながら、またパソコンの前に向かっています。
昨日の電話で、桜の体調がやはりよくなくて、熱が39度もあるとのこと。
今日は、娘が会社を休み、明日、私は娘宅に行く予定となりました。
電話で話している時、娘に明らかに元気がなく、疲れているのが分かりました。

私「いつもの元気がないわね~どうしたの?」と、尋ねたところ、

娘「仕事も忙しくて、たまる一方だし・・・・疲れてるの。」

私「それだけ?もしかしてR君の塾のクラス分けテストの結果が、よくなかったのではないの?」

娘「まだ結果はわからないけれど、それもあるわね~」

私「結果がわからなくて、どうして悪いなんて言えるの?」

娘「自己採点すれば、すぐわかるの」

親とは不思議な物で、電話でかわす一言、二言の話で、娘の気分や体調の察知が可能です。
普段は元気が余りなくても、さほど気にもせず、尋ねたりもしないのですが・・・・・・。
R君は、勉強では多少苦労しているようで、私も気にならないわけではありません。

小学校に入学して数年間、親はほとんど、わが子の勉強を見ていなかったようでした。
共稼ぎ夫婦で、娘も第一線で働く身。その時間のゆとりがなかったのでしょう。
更に私達の子だから、できて当然、頭が悪いはずがない、との過信が合ったのかもしれません。
確かにお婿さんは言わずもがな、娘も大変優秀で、さほど努力しないまま、とんとん拍子に、最高学府まで極めてしまいました。
しかし子供は、そうはいかないようです。

私も若い頃、子供の勉強を見たことは余りなく、元気に遊ぶことばかり奨励していました。
しかし、幼い時から、何事も一生懸命頑張ることの大切さだけは、耳にたこができるほど言い聞かせたものです。
頑張る過程が大切で、結果は後から付いてくるものだから、たとえそれが悪くても気にしなくていい、と。

更に勉強をすることの大切さ、何のために勉強するのか、といったことを。
モチベーションを高めることが一番大切と、大学の児童心理学の授業で学び、私は育児の座右の銘とし、実践を心がけました。

ところが、婿は言うことが逆でした。

私が、よくR君に頑張ってね、と励ますと、そんなに頑張らなくていい、というのが口癖で、私は戸惑いました。(笑)
大人になれば、頑張る一方では、確かに精神的に疲れ、却って効率が上がらないこともあるでしょう。
手を抜いて、適当に臨むことも、ときどき必要ですが・・・・・・

しかし、幼い子に、頑張らなくていい、との言葉かけが、プラスになるとは思えません。
それが災いしたかどうかはわかりませんが、四年生の三学期前に入塾テストを受けた時のクラスわけでは、下から数えた方が早く、
親はさすがにショックで、慌てたようでした。

三年生の頃でしたか、我が家で夏休み帳の計算問題をしている時、私は何気なくのぞいて、仰天したことがあります。
何と足し算を上の位からしているのです。その時、初めて、長女夫婦が、我が子の勉強をいかに見ていないかに気が付きました。
妹に、その話をしたところ、よくそれで答えが合うわね、と、変な事に感心し、大笑いしていました。(笑)

入塾テストを受ける前のお正月休み、我が家で準備の勉強をしている様子を傍で見ていた私は、孫がいない時に、娘に注意しました。

「あなた達の子供の勉強の教え方には、疑問を感じるわ。明らかに上段から、子供を見ている感じがする。口調もきつすぎない。
あなた達は非常に優秀だったから、ついこんなことも分からないの、といった気分になるのでしょうけれど。
私は違ったわ。あなたみたいに賢くなかったし、勉強に関しては後悔することばかりだったから。
自分に自信もなく、いつも子供と一緒に学ぼう、との姿勢でいたの。
勉強で子供を叱ったことはないわね~
それが良い結果を生んだと、今でも思っているわよ。

Mちゃんも(娘)、自分にとってはどんな易しい問題でも、子供の目線まで、自分を下げ、共に学ぶ気持ちを、演技でもいいから、忘れないで
ほしいの、と、親の立場から諭しました。
娘は、とてもよく理解してくれたようです。

そして入塾テストとなり、その結果は、最初散々でしたが、クラス替えテストごとに、みるみる上のクラスに上がっていき、今は中の上くらいで
しょうか。
そしてこの度の六年生になる前のクラス分けテスト。親の気合の入れ方も違ったのでしょうが、どうもパッとしなかったようです。

五年の三学期まで、野球少年で土、日は朝から日が暮れるまで練習し、勉強どころではありませんでした。
野球を辞めてからは、息抜きも大切との親の心配りで、R君は、好きな絵を楽しむために、低学年の頃、習っていたお絵かき教室に、週一回、
電車で通っています。

これから一年、受験勉強に励まなければならないわが孫。
少々おく手で、年齢より幼い感じにも見えます。
世の中は、異常事態で、夏の停電も懸念される中での、受験勉強。精神的にも、大変な事と思います。
不憫にさえ思えます。

私は孫へ、娘達に語り聞かせた同じことを伝えましょう。
一生懸命頑張ってね。それでだめなら、それでいいじゃない。
頑張ったことは、R君の今後にプラスとなることは間違いないのだから、と。

先日のお誕生会で、久しぶりに会ったR君は、とても快活で、生き生きしていて、私は、一段の成長を感じ、大変うれしく思いました。
心のとても優しい子。次女の赤ちゃんを可愛い!可愛い!と目を細めあやしてくれます。
教科書にも、この子の作品が載ったことは、先日の日記でご紹介しました。

パパは、我が子にお医者さんを目指してほしいと思っているようだけれど、果たしてどんな人生を歩むことでしょう。
心さえ健やかに成長してくれれば、あとは高望など、私は、孫達にしていません。

四人の孫の成長を楽しみに、私も自分磨きに努め、良き祖母でありたい、と、心から願っています。

 


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思いがけない、ゆとりの時間

2011-04-11 11:50:38 | 日記

             

今日はブログを書くどころではなく、九時半までに長女宅へ馳せ参じる予定でした。
孫の桜が微熱があり、体調がよくないとのこと。
昨夜の9時過ぎに、「明日は学校をお休みさせたいから、突然で悪いけれど、ママ、来てもらえるかしら?
明日の様子次第だけれど。又電話するわね。」と。

朝、7時に、娘からの再度のお願い。
私は、早朝から、もう行く気で、テキパキ家事も済ませ、身支度もし、ハンドバックに小物を詰めている時、又電話。
37度ちょうどだけど、本人が大丈夫、っていうから学校に行かせるわ、との連絡がまた。

私は、なんだか気が抜け、一気に朝の時間にゆとりが持てることとなりました。。

多少の体調の悪さも我慢して登校したいと願う孫。
そんな言葉から、学校を心から楽しんでいる様子がうかがえ、何よりのこと、と私は大変嬉しく思いました。

このようなわけから、特別テーマも浮かばないまま、ブログでも書こうかしら、といった気分となり、またパソコンに向かっています。

今朝のNHKのニュースで、今なお居所が分からない我が子を探す親の姿が映し出されました。

3月11日から時が止まったままです、と涙ながらに、子供の身を案じ語る親御さんの痛ましい姿に、私は涙せずにはいられませんでした。
確か桜と同い年のお子さん。元気に学校に通う日常が、突然止まってしまった。
とても気持ちの整理などできるものではありません。

子供達の悲痛な報道が、一番心に堪えます。

昨日の選挙は、民主は惨敗とはいえ、自民党も票が増えた感じでもなさそうです。
新しい党の躍進が目立った選挙と言えるのかもしれません。
私がここ数年支持してきた党も、大きく躍進しました。

でも今後、日本の政治は、この国難に当たって、いかに臨むつもりなのでしょうか。
日本の風景は一変したというのに、いまだに小異にとらわれ、民主と自民が心を一つにして、未曽有の災害に立ち向かい、復興を目指そうとの
気概が見えてきません。

今回の選挙で、国民の民主への支持が多くないことが明らかとなった今、私はあえて申し上げます。
こうなったなら、多少落ち着いた頃を見からい、衆議院総選挙を行うべきでは、と。
選挙運動に時間をかけ過ぎず、一度民意を問うべきでは、と。
今のまま、菅総理がどんなに奮闘しても、中途半端な政治から抜け出せず、日本の復興は順調に進みそうにないからです。
国のために、潔い菅総理の決断を期待します。

でも私の理想は、今でも心が一つになった大連立であることに変わりはありません。

昨日は、わたしも、日が暮れてから、もちろん選挙に参りました。
今までは車で出かけた選挙会場に、徒歩で出かけたため、方向音痴の私は、帰りに慣れない道に迷いこんでしまいました。
しかしそこで思わぬ感動を味わいました。
今まであまり見たことのないような巨木の桜の木に。
長い樹齢を感じさせる太く逞しい黒い幹が、枝を広げ、そこにこぼれんばかりの桜が咲き誇っていました。

今日は予定が変わり、時間に、余裕ができた気分でいますので、今から、その桜の木の写真を撮りに出かけてきます。
出無精の私にしては、信じられない行動。これもブログのお陰ですね~
この調子で今後も、ブログを励みに、一層の若返りを目指し、好奇心旺盛な日々を過ごせることを願います。

ではちょっと出かけてきま~す。
その写真をアップしてから投稿するつもりでいます。
お天気は薄曇りで、ちょっと残念ですけれど・・・・・。

  

  

 

 

 


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桜への想い

2011-04-10 06:16:21 | 自然

                   

我が家には、来し方今まで、家族揃ってお花見に出かける、といった慣習はありませんでした。
私の育った実家もそう。なぜかしら・・・

理由は分かりませんが、ある日(もちろん、大震災前のことですが)夫にお願いしてみました。
確か婿の車に便乗している時のことだったと思います。

「ねえ~あなた。私達の家族は、お花見に出かけたことは一度もないわね。
でもブログを読むと、春になると、お花見の話題で、毎年に賑わうのよ。
今年は、家族揃って、どこかにお花見に出かけましょうよ。」と。

ところが夫の返事は、誠に素っ気ないものでした。

「お花見とは、桜の木の下に、ござを敷き、円座を組んで、お弁当を広げ、お酒を飲んで、楽しみ騒ぐものだよ。」と。

自分にはそんな趣味嗜好はないと言わんばかりでした。運転していた婿も、同意している風に見えました。
そうかしら?、と、幾分首をかしげた私です。
しかし、夫の余りにきっぱりした物言いに、それ以上頼む気にもなれず、この話は、それで終わり。(笑)

私の感想は、確かに場所取りに始まって、会社の同僚、友人、親戚などによる集団行動のお花見には、花より団子の精神が顕著に感じられ、
必ずしも、風情のある所作とも思えないけれど、それがすべてではないでしょう。
夫婦二人、恋人同士、或いは親子連れが、桜並木を散策し、桜の美しさを愛で、いろいろな感慨に浸るのもお花見であるに違いありません。
咲く季節柄、桜に人生の思い出を重ね合わせる方も多いでしょう。

私にとり、一番印象的で、その美しさと華やかさが、心に焼き付いて離れないのは、やはり千鳥が淵の桜です。
娘二人の大学の入学式が執り行われた日本武道館に向かう途中、目にすることができました。
思いがけない人生の幸せな出来事に、心が高揚し、喜びあふれる親子を、圧倒的な美しさと存在感で、桜が最初に出迎えてくれました。

更に遠い過去にさかのぼり、長女の小学校の入学式。
母と私と娘の三人で手をつなぎ、通り抜けた有名私立中学の塀沿いに咲き乱れる桜。
その情景が、今も懐かしく心に浮かびます。。

次に思い出が尽きない桜は、目黒川沿いに咲く美しい桜並木。

枝が川面に向かって流れ滴るように咲く様は、本当に優美で、心を打たれるものでした。
長女夫婦が新婚時代を送ったマンションが、この真向いに立地し、私は桜の季節も、初孫のお守りで、足しげく、この道を通りました。

満開の時、花吹雪の舞う頃、花が散り始め、みずみずしい緑が目にまばゆい葉桜の季節、さらに葉が生い茂り、姿に優美さが失せる頃
そして紅葉の季節等・・・・
その花の姿に、巡る季節をいつも感じる幸せを、長女夫婦のお陰で5~6年味わうことができました。。

その後さらに都心のマンションへと若夫婦は転居し、今は一軒家を構えるようになりました。
今の家の数分歩いたところにも、延々と続く細い桜並木の遊歩道があります。

最初にアップした写真は、次女夫婦が住むマンションの真向いの公園に咲く桜です。
この地域では、お花見のスポットとして知られています。

娘は二人とも、桜には何かと縁があるようですね~

桜を見るために、私はわざわざ出かけることはめったにありませんが・・・・・・
しかし、一昨日はブログが励みとなり、今にも小雨が降り出しそうな昼下がり、お天気を気にしながら、重たいカメラ持参で桜鑑賞を。
お花見をした後は、娘のところで一服し、スーパーでお買い物をして戻りました。
昨日は朝から雨でしたから、最後のチャンスを逃さず、美しい桜を愛でることができて幸運でした。

しかし一言。私は桜より、もしかすると葉桜の方が好きかもしれません。
桜は、あまりに優美で華やか過ぎ、なんだか幻惑されそう・・・・・・
現実離れして見えてしまいます。

一時、ハンドルネームを葉桜にしても良いと思ったことがあるくらいの私。
孫の名前は、桜ですが、桜の優美さも身につけ、一方葉桜のような凛とした清々しさをたたえた女性に成長してほしい、と願うばあばです。
少々欲張りすぎますね~(笑)
意味のわからない独り言でした。(笑)

一昨日撮った写真を数枚載せることにいたします。
二時間くらい歩き、街頭でカメラを向ける気恥しさも我慢し、頑張って、撮りました。
青空であれば、もう少し桜の美しさが引き立ったことでしょうに。少々残念!

又、数日前、大きな地震が襲いましたね~
やっと心が多少落ち付いた矢先に。
私は寝ぼけていたせいか、また震度5位に感じられ、夫に向かって、もうやめてほしい、と悲痛な声を発してしまいました。
夫に文句を言ってもはじまりませんのに・・・・・・(笑)

被災地の方々のお気持ちの、やりきれなさとやるせなさが、伝わってくるようで、本当に心が痛みます。
それぞれの立場で苦しみ悩み、途方にくれる方々の姿を映し出した映像をテレビで見る度に、身につまされる思いがし、無力な自分が
情けなく、ため息ばかりついています。

本格的な春を迎え、皆様のお気持ちにも、多少でも、新しい希望が湧き、お元気が出られますように。
春の優しい陽光がこの人達の心を柔らかく包み、二度と、二度と裏切ることのないように、ひたすら祈念します。

福島では、津波が襲った地に、昨日桜が開花したそうです。何だかとても嬉しいニュースでした。

   

向かって左隣に、来年入学する次女の子の小学校があります。

   

 

   

                                       次女家族の住むマンションの庭から見た桜

 最後に、孫の桜が誕生した頃に、大変はやった、森山直太郎のさくらとともに、花見で検索して学んだことを忘れないために、ところどころ抜粋し、
転載させていただきます。

http://www.youtube.com/watch?v=k20eJ45NZNQ

花見は奈良時代の貴族の行事が起源だと言われている。奈代には中国から伝来したばかりの梅が鑑賞されていたが、平安時代に桜と変わってきた。

その存在感の移り変わりは歌にも現れており『万葉集』において桜を詠んだ歌は40首、梅を詠んだ歌は100首程度だが、平安時代の『古今和歌集』

ではその数が逆転する。また「花」といえば桜を意味するようになるのもこの頃からである。

花見の風習が広く庶民に広まっていったのは江戸時代、徳川吉宗が江戸の各地に桜を植えさせ、花見を奨励してからだといわれている。江戸で

著名な花見の名所には愛宕山などがある

実際に日本国内における桜の花見はソメイヨシノを対象としているところが多い。しかしながら、全国のほとんどのソメイヨシノが寿命を迎えている

と言われている。この為、現在多くの公園などで桜の植え替えが行われており、これにより開花時期が大きく異なっている。

 


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