今日が一番素敵

丁寧な暮らしを心がけながら、日々、折々のの心模様を素直に語ります。
今が一番素敵との思いを込めて。

さくらちゃんのクラブ演奏会~個性的で四人四様の孫達

2018-03-31 07:03:17 | 

もう何回目になるでしょうか。

長女家の孫娘、さくらちゃんの入部する吹奏楽部のクラブ発表会(2月24日)に出かけて。

既に、5~6回は通った気がします。

音楽に詳しくない私が、特に印象に残った曲は、と尋ねられても、曲名を挙げることはできないのですが。

とにかく、いつもとても感動します。

若い人達が奏でる清々しくて迫力のある音楽に、元気を一杯もらえる感じと言えばいいでしょうか。

 

 

 

何時もは長女のMちゃんと二人で鑑賞することがほとんどですが、今回は、桜ちゃんのパパとお兄ちゃんも一緒でした。

浪人が確実なお兄ちゃんのR君ですが、ちょっと見ないうちに、また一段と大人っぽくなって、意外にも元気そうでした。

演奏会の間も、居眠りをすることもなく、ずっと聴き入っていたR君。

 

 

休憩時間の時のこと。

突然R君が私に尋ねました。

「おばあちゃんは、ずっと今の家で暮らすつもりなの?」

余りに思いがけない質問に、そんな問いかけをするR君の心中を測りかねましたが・・・・・。

「そうね~おばあちゃんは、それが一番願っている事。わが家が大好きだから」と言いました。

すると、R君が、「それがいいよ」と納得したような優しい口調で、応えてくれましt。

心優しいR君の質問と返事に、一段と成長した孫の心情を思い、なんだか一瞬、しんみりとしてしまった私です。

演奏会が終わると、パパとR君は用事があるのか、瞬く間に姿が見えなくなってしまいましたけれどね

 

 

吹奏楽部では、さっちゃんの奏でる楽器は、サクソホーンですが、ピアノの腕は相当なものです。

中高の母の日礼拝では、オークションで選ばれたさっちゃんが、同じ会場でショパンの曲を独奏もしました。

クラブ活動におけるさっちゃんの生き生きとした姿を目の当たりにして、充実した中学生活が、私のもとにも、とても良く伝わってきます。

音楽を心から愛し、青春を謳歌するさっちゃんです。

 

 

仲良し四人組さん達

 

お兄ちゃんのR君は、小学生の頃から図工がとても得意でした。

中学からは、むろん美術部に所属。

美大が向いているのでは、と思うほど。

妹のさっちゃんが使用した小学校4,5年用の教科書にお兄ちゃんの粘土細工の作品が載りました。

消防署で、表彰されたことも。

実に伸び伸びした明るい作品です。

ところが難関中学に無事合格できたものの、その後、今一つ元気がなくなってしまったR君。

 

四人の孫で一番気がかりなのが、このR君かなあ~。

でも、とても優しい性格です。

初孫ゆえの特別の可愛さが、私にはあります。

 

R君と同レベルの中学に合格したばかりの次女家の長男、K君は、今のところ全く問題が無く、何事にもにもチャレンジ精神旺盛な性格です。

R君同様、絵画が得意。

バイオリンも大好きです。

野球も、小2から、地域の少年野球チームの一員になり、頑張りました。

 

 

次女のかれんちゃんは、まだ小1なので未知数な所がありますが、私の目から見ると、孫の中では頭が一番賢い印象を受けます。

落ち着いた動作のためか、年齢より、お姉ちゃんに見えるかれんちゃん。

ママが行き届かないところを指摘して、時に注意もしてくれるとの事。

遊ぶ時の物の組み立て方も幾何的で、実に几帳面。

長女の幼い時に、とても似ています。

今はバレエのお稽古が大好き。

 

このように孫の事を書くと、四人四様。

個性がまるで違います。

今後の成長が楽しみでもあり、心配なこともありますが。

妹とは、心配の対象は子供まで。

孫の事は、もう責任外。

親に任せて気楽な気持ちでいましょう、と言い合っていますが・・・・・・。

 

演奏会の時の長女のファッション
時々、私からも電話をかけますが、今大阪からの出張で戻り、新幹線を降りたところ。
いま上海空港。今から帰国するところ。
子育てに、仕事にと超多忙なママです。

 

やっぱりR君の事が気になって仕方がない私。

浪人が決定した先日、励ましと慰めのお手紙を、私がお気に入り絵葉書に認めて投函しました。

お節介だったかな~

お返事がまだないので、気になって仕方がない祖母です。

 

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K君の中学受験に当たっての思い出と雑感

2018-03-30 08:56:21 | 

3月10日が最終的な記述の記事です。

 

今年の冬は、まれな厳しい寒さで、そのストレスは、相当なものでした。

一人暮らしゆえ、マックス状態だったでしょうか。

そのため、一層引きこもりがちに。

でも、おうち大好きな私のこと。

亡き夫に感謝しながら、マイペースで日々を送るささやかな幸せをかみしめもしました。

 

引きこもりがちとは言っても、この二年間は、特別な期間。

厳しい寒さの時も、次女宅には、せっせと通い詰めましたけれどね。

次女家の孫息子、K君が塾に出かけるまでのひと時、一緒に過ごし、おやつの用意をするためです。

それ以外に、お洗濯ものをたたみ、お部屋の整理整頓もしてから、帰宅しました。

K君が五年生の時は、週に三回、六年生の時は、週に二回。

そして、週末は、夕食を、次女宅でほとんど共にしています。

 

 

お出かけ嫌いの私でも、可愛い孫のためとなると、頑張りが効くのですよね~。

いつも、私が作った料理を数品、タッパーに詰め持っていくのも、楽しみの一つになりました。

料理は、その都度、私の夕食分の一部を、適当に詰めて行けばよいだけのことですが、通い始めの頃、悩んだのはおやつ。

お菓子作りは苦手な私です。

 

最初の頃は、おやつを選ぶのに店内をウロウロ。

悩ましい動作を繰り返し、なかなか決められませんでしたが。

そのうちに、K君が好むものが、次第に分かってきました。

甘いものは苦手。

おむすびと菓子パン、寒い時はカップラーメンがお気に入り。

さすがに育ち盛りのKくんです。

炭水化物系のボリュームある食べ物が好みのようでした。

 

それなら、ばあばも選ぶのは簡単で大助かり。

時には、ミニカップラーメンにおむすび、と量がたっぷりのおやつも用意しました。

4時10分頃家を出て、一駅先の塾に向かい、戻ってくるのは9時半過ぎ。

それから夕食のK君でしたから、おやつをたくさん食べても、全く食事に影響することはなかったようです。

 

 

受験生ながら、いつも明るくてニコニコ。

まったくそのプレッシャーも感じていない様子でした。

六年生の時は、学校の行事の実行委員長として一年間、大活躍。

まだお友達と遊びたくて仕方がない年頃。

家での学習には、もう一つ身が入っていないように、私にも見えましたけれど。

恐らく、塾では集中して授業に臨んでいたのでしょう。

 

ママは自分が中学受験した頃の熱心さと比較して、Kの自覚の足りなさに気をもんだりもしていましたが。

男の子は女の子より臆手だから、と諦め顔。

 

受験の一週間前も。

K君が図書館から漫画本を借りてきて塾に行く前、熱心に読んでいる姿を目にした時は、さすがに私も少々心配になりました。

でも私は、一切注意はせず、その時間は優しいバアバに徹しました。

塾に行けば、4時半から9時までぶっ続けで特訓の授業があるようでしたから、その前の息抜きも必要ですものね。

 

K君が五年生の夏頃から通い始めた塾、Sapixの膨大な練習帳。すべて受験後、処分したそうです。

 

ところが、見事に第一志望校に入学できたK君。

親子でお礼のご挨拶に行ったとき、塾の先生がおっしゃるには、年が明けてからの成績の伸び方が凄かった。

僕たち教師の間では、Kは合格するよ、と言っていたのですよ、と言われたそうです。

受験は水物のところがありますものね。

K君が得意とする問題が多い、と言った幸運にも恵まれたのかもしれません。

 

年が明けてからの、バアバの励まし言葉も、多少はプラスになったでしょうか。

「K君は今、成績がぐんぐん伸びているようだから、今の勢いで、志望校の入試もきっと突破できるわよ。

自信をもって、最後の追い込みの学習、ベストを尽くして、頑張ってね」

と、心を思い切り込めて言いました。

バアバの立場ですから、余分なことは言わないで、ニコニコして、優しく見守る。

この姿勢を一番大切にしていましたけれど。

いよいよ直前ともなると、自信を付けてあげたくて、つい励ましの言葉をかけ、塾に送り出したものです。

 

塾で仲の良かった友達も、同じ学校に合格したとか。

その友達のおばあちゃまは私の家の近くにお住まいで、私の事をご存知なようですが、私はどなたかわかりません。

そのお孫さんは、なんと開成にも合格。

ですが開成は棒に振ってのことのようで、私は少々びっくりしてしまいました。

まだ小学生のお子さんの気持ちではないでしょう。

親御さんが、Kの通う中学校の校風によほど惹かれておいでなのかもしれません。。

 

 

そういえば、私の娘、長女のMちゃんにも、似たようなエピソードがあります。

国立のT大に合格したのに、「私が通いたいのはK大だ」と言い出し、しばらく親子で大揉めしました。

Mちゃんの友達のK大に通うお姉さんから、私を説得するための電話までかかってきたのですよ。

でもT大を振るなんて、前代未聞のことのように思え、私には許せない事でした。

経済的にも、授業料が安くて助かりますから。

 

恐らく今は、反対した私の当時の気持ちはよくわかり、感謝してくれていると思いますけれどね。

K大と言えば、一昨夜(3月28日)その大学の工学部の教授だった同窓生から電話があり、就寝前に一時間近く世間話をしました。

男性の視点は、女性とは多少違うので、お話が新鮮で、楽しかったです。

R君やK君がもっと成長して、大学を卒業するころになると、世間話が共に楽しくできるようになるでしょう。

逞しく成長した若い青年の話を聞ける日まで、私は元気でいられるでしょうか。

その日を楽しみにして、私も自己研磨(もう無理かな)に努めたいものです。

 

今日は(3月30日)はご近所の親しい友人二人とご一緒にお花見に出かけます。

今から、心を弾ませています。

皆さまも、良き日をお過ごしくださいませ。

 

何故か、今日もランキングのバナーは遥か下の方についています。

宜しければ、下まで下がって応援クリックをして頂けると嬉しいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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続 親友とは

2018-03-29 07:03:59 | 

今日は昨日の続きです。

前回の記事の最後に、最近亡くなられたTさんのことで悔やまれることがあると書きました。

そのことについて、今日の記事では触れたいと思います。

その他、大切な友への思いも、いろいろ綴るつもりです。

 

一昨年の秋の事。

何時ものママともさんのメンバー4人で、集まりました

夏に手術をされたTさんにとっては、術後、初めての外出だったようです。

一回りお痩せになられていました。

細身のグレーのオーバーに柄物の鮮やかな水色のスカーフを首にまかれたお姿が、あまりに清々しくて。

思わず、「とても素敵。お痩せになって、美しくなられたわね!」と、私は言いました。

それが、彼女との最後の出逢いになるとは、その時は、思いも及ばないことでした。

 

その後、眺望の素晴らしいホテルのレストランで、昼食を共にし、とても楽しいひと時を過ごしました。

化粧室に行くからと言って、途中、席を立たれた彼女が、何故か、なかなか戻ってこられませんでした。

今思えば、色々思い当たることがありますが。

その時、彼女の体は、転移による膵臓がんを患っておられること等、知る由もなかった私達です。

わたしたちに心配をかけたくなかったのでしょうか。

気を遣われるより、いつも通りに接してほしかったのかもしれません。

 

最初の手術後の検査で、がんの中でも一番怖い病と言われている膵臓がんへの転移が分った時、彼女はご家族に、二つの約束をされたそうです。

希望を失わないで、最後まで明るく生きる。

最後まで前向きに生きる。

この言葉通りに過ごし、彼女は、ご家族に見守られながら、ご自宅で息を引き取られたそうです。

 

 

お電話でお話ししたときの、彼女の潔い言葉も、今となって、よく頷けます。

術後、数か月後にお電話をかけたときのことです。

身辺整理をすべてしたのよ、と言われました。

 

その時の私は、病気を契機に断捨離を実行された程度の受け止めかたでいました。

それにしては、あまりにきっぱりとした物言いでいらっしゃったので、如何にも彼女らしいと感心しつつ、一方では不安もなくはありませんでした。

 

今思えば、彼女の言動に、その覚悟をにおわせる雰囲気が、色々な所にありました。

その察しが十分にできなかった、自分がとても悔やまれます。

その最もたる、私の無神経な言葉。

それは次の如くです。

 

前述したホテルの上層階のレストランでの会食の後、テレビ局の路上インタビューに出くわしました。

もちろん早々に逃げまくりましたが、これもいい想い出ね、と大笑い。

いよいよお別れの改札前でのおしゃべりのひと時の事。

誰ともなく、これからは一月に一回、曜日を決めて会いましょう、といった話になりました。

もしかすると、Tさんの提案だったのかもしれません。

でもメンバーのお一人は、私より年上ながら、ラジオの音楽番組に、なんとレギュラー出演しておられ、とても多忙なお方。

手帳のスケジュール表はいっぱいで、約束の日がなかなか決められません。

とりあえず、今日はこのままでお別れということになりました。

 

同じ電車に乗った、私とTさん。

二人でおしゃべりしている時、彼女の置かれた余りに厳しい状況を知る由もなかった私は、とんでもない余分なことを言ってしまいました。

「一月に一回は多すぎない。二か月に一回にしましょうよ」と。

収入は遺族年金だけとなり、交際費も切りつめて暮らしている身です。

現実的な経済観念から、こんな情けない言葉を私は発してしまったのです。


Tさんは、その時は、「そうよね、確かに多すぎるわね」と言って、私の意見にすぐ同調してくださいました。

本心では、彼女は残念だったのかもしれません。

生き急ぐあまりの、ひと月に一回だったのかもしれませんのに。

 

その後、容態が芳しくなかったのか、彼女からお誘いの電話は二度とありませんでした。

他の方達も同様だったようです。

いつも彼女が先頭に立って、お世話をして下さっていました。

ですから、このような状況の時でも、心配しながらも、彼女からの電話を待ち続けてしまった私です。

ある友人は、時たま電話をかけ、自分の愚痴ばかり聞いてもらい、申し訳なかった、と述懐しておられました。

 

 

二か月に一回などと言わなければよかった。

その後悔の思いが、今でも拭えません。

 一月に一回の再会日が、具体的に決まっていれば、と・・・・・・。

 

彼女は、それが多少でも心の支えとなり、その日を一つの目標にして、頑張る力にしてくれたかもしれませんのに。

気配りの行き届かなかった自分の不甲斐なさが悔やまれます。

 

私達の年齢になると、友達と会うときは、一期一会の心境で、もっともっと大切に過ごさなければなりません。

またこのようなことが、いつ起きてもおかしくない年齢の私達です。

私は、家の暮らしをこよなく愛する人間のため、積極的に動くタイプではありません。

でも友への思いは、とても強い方だと思います。

でも思うだけではだめ。

その気持ちを伝えてこその友情です。 

 

後で悔やんで悲しい思いや辛い思いをすることのないように。

大切な心の友達には感謝の気持ちを素直に表すことができる人になりたい、としみじみ思いました。

 

奇しくも、このような心境になっている時、名古屋に在住の大親友から、久し振りに電話がありました。

大学時代と全く変わらない雰囲気の彼女。

時空は瞬く間に超え、姉妹のような関係に戻れました。

五月ころに会う約束をしました。

その日を楽しみに、これからは暮らしたいと思います。。

 

追記

ランキング用のバナーが記事からとんでもなく離れた下方についています。

にほんブログ村さまの説明によると、これはgooが取り付けたもののようです。

わたしの下書きの記事には表示されていないため、自分で位置など移動することはできません。

以前、gooブログがSLL化された時に、私のブログのバナーがすべて機能不全になりました。

その時、メカに弱い私は、NTTリモートセンターの助けも借りながら、色々試みているうちに、今のような状態になりました。

今朝、にほんブログ村の過去使用していたバナーの貼り付けを、再度試みましたが、やはりうまくいきませんでした。

この貼り付けは容易ではありませんね~

妹もいつでしたか、大変苦労してもうまくいかず、私の下書きのランキングバナーをコピーして、自分の記事に貼り付け、解決に至ったことがあります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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親友とは

2018-03-28 07:17:00 | 

皆様には、親友と言える友が何人いらっしゃいますか。

何時か、あるブロガーさんが、親友という言葉を軽率に使用したくない。

親友とは、その人に命を捧げてもいいと思えるほど、友情が厚い友の事を言うのです、と言った内容の記述をしておられました。

 

それを読んだ私は、頭の中がクエッションマークで一杯に???

もしそれが本当なら、私は余りに軽率に「親友」という言葉を使用しすぎている、と思ってしまったのです

 

ところが最近のことです。

私は心から納得できる、親友の定義の言葉に、ネット上のサイトで出合うことができました。

それを読んで、私が「心の友」と感じてきた数名の方々は、間違いなく私の親友だと確信できました。

そこに書かれた簡潔な定義は、下記の通りです。

 

 定義1:信頼している

 定義2:居心地が良い

 定義3:力になりたい

 定義4:正してあげたい

 定義5:幸せを喜べる

 定義6:変わらない関係

 

 

上の内容を一言で表すなら、家族のように大切に思うかけがえのない友達のことです。

人間誰でも自分自身や家族を一番大切に思っているもの。

それと近い感覚で相手の事を大切に思えて、他の人では変えられない友達を「親友」と定義されています。

 

私は、親友の定義の上記の説明に、とてもとても納得できました。

皆様は、如何でしょうか?

さらにこの詳しい解説がありました。

それも、長くなりますが載せることに致します。

 

 

以下が続きの文章です。

 

❍ 親友定義の一つ目、「信頼している」

 

家族と同じようにはいきませんが、

親友ならそれと近しい感覚で、お互いを信じて頼ることができます。

 

一緒に過ごした時間、その中での言動により、お互いの人間性を知って認め合っていく。

 この人は信頼できる人物だと認め合っていく。

長所はもちろん短所さえも認め合っていく。

 

弱みを見せることができる

  悩みを相談することができる
      秘密を打ち明けることができる
      味方でいてくれると信じている
      我慢せず思ったことを言える

 

❍ 親友定義の二つ目は、居心地がいい。

1つ目の「信頼している」ことを前提として、「親友」といると家族のような居心地の良さを感じます。

   自然体でいられる
   安心・リラックスできる
   2人で(車、部屋)いられる
   長時間一緒にいられる
   沈黙が苦にならない
   気持ちがなんとなく分かる
   見栄を張ることがない

親友とは親しき仲にも礼儀ありを守りつつ、変に気を遣うことはなく自然体でいられる。

また、お互いに無理をしないで、ちょうどいい距離感で付き合っているのもあって居心地が良い。

 

 

❍ 親友定義の3つ目は、力になりたい。

 

「親友」に対しては力になりたい気持ちが自然に湧くもの。

 親友が困っていたらその苦しみに共感し、家族に起こった時と同じように苦しさを感じる。

 そして損得は関係なしに、たとえ負担になるとしても、

なんとか力になってあげたいと思うものです。

 

 困っていたら見返りを求めず助ける

 相手のために自然に体が動く

 助けを求められたら基本は断らない

 少しでも力になりたいと思う

 多少負担になっても気にしない

 

❍ 親友定義の4つ目は、正してあげたい。

 

「親友」の中に良くない言動や間違いを見つけたら、

 親友のためにそれを正してあげたいと思うもの。

 

多くの場合、それらを指摘されるのは、決して気持ちのよいものではありません。

恥ずかしくなったり腹が立つこともあります。

そのため喧嘩したりこちらが悪者になるおそれがありますが、

それでも相手のためを思って正してあげたいと思うのが親友です。

 

 相手のために良くない言動や間違いを指摘できる

 たとえ自分が悪者になってもハッキリ言える

 

今ここで指摘しなければ、後で親友が困るかもしれないと。

「友達が困ること」と「自分が責められること」を天秤にかけた時、

前者に傾くのが親友であり、後者に傾くのが友達ということですね

 

私自身は、親友と言えども、ここまでできるかどうかは疑問ですが、指摘は嬉しく素直に受け取められる方だと思います。

親友のKさんからは、最近、お食事を共にした時、、或る指摘を受けました。

 

❍ 親友定義の5つ目は、幸せを喜べる

本当の「親友」であれば幸せを素直に喜べます。

まるで家族に起こった幸せのように、いや自分のことのように喜べるものです。

 

 幸せを素直に喜べる

 自分のことのように喜べる

 

❍ 親友定義の6つ目は、変わらない関係

 

「親友」であれば、たとえ人生のステージが、大きく変わっても関係は変わらないもの。

 社会人になると就職、転勤、独立、結婚、出産など、仕事とプライベートの両方で状況が目まぐるしく変わるので、会えなくなったり価値観が変わることは普通にあります。

 しかしそれでも関係は変わらないのが親友の定義の一つ。

 家族との関係はどんなことがあっても変わらないのと同じです。

 

  連絡を取らなくても関係は変わらない

  会わなくても関係は変わらない

  距離が離れても関係は変わらない

  人生のステージが変わっても関係は変わらない

親友の定義の説明は、以上です。

 

 

皆様は、この説明を読まれて、私と同様に、心から納得されませんでしたか。

私には家族のように思える、大親友が二人います。

他にも、上の項目がほとんどあてはまるといって言い親しい友が、5名はいます。

幸運にも、ご近所にも、心から信頼できる友が二人いらっしゃいます

 

斜め向かいのFさんはとは、特に親しい間柄。

お子様たちがご結婚されたばかりです。

初孫さんもお生まれになり、私より一回り半くらいお若い方ですが、心から信頼し合っています。

 

この度、訃報を受けたTさんも、親友の一人と言っていい方でした。

ですから、まるで心のつっかい棒を一つはずされたような寂しさと悲しみに浸っています。

夫が亡くなった時、彼女が握りしめてくれた手の温かみを、私は今も忘れることができません。

 

何故か、葬儀が終わって数時間もたたない時に、お嬢様(次女の友人)からお電話をいただきました。

お悲しみの最中で、とてもお疲れでしたでしょうに。

私は恐縮してしまったのですが、

「お話がしたかったです」

とのお嬢様のお言葉でした。

何だかとても感激してしまった私です。

お母さまが、どんなに素晴らしいお方だったか、私が如何にお世話になったかを、一生懸命語ってしまいました。

 

私のもう一人の親友だったUさんが入所しておられた介護施設に、年数回くらい、Tさんと一緒にお訪ねしたものです。

彼女を外に誘い出し、度々昼食も共にしました。

そのUさんも、二年前に亡くなられ、私は独りぼっちになってしまいました。

 彼女の病や三人の親睦については、過去のブログ記事でも度々触れています。

 

 

お人柄はお二人がそっくり。

心のとても美しい明るい方達で、思考は常に前向き。。

病気の愚痴はほとんどおっしゃらなかったし、たまに言われても、あまりに明るい口調でしたから、私にはそのように聞こえませんでした。

お二人の、凛とした清々しい佇まいだけが、私の胸に深く、今も刻まれています。

次女が中学入学時から、ずっと親しくさせて頂いたママ友達でした。

 

ただ一つ、Tさんのことで、とても悔やまれることがあります。

この続きは長くなるので明日に回します。

 

 

 

 

 

 

 


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その後もご無沙汰でした~亡き人々を偲んで

2018-03-27 07:03:43 | 人生

前回の記事では、正常なブログ綴りを再開しますと言っておきながら、その後も、お休みが続いてしまいました。

お出かけ日が多く、ブログ綴り、ブログ訪問もほとんど諦め、他の事に専念。

何故か気分も乗らなくて・・・・・・。

ワンセンテンスすら、記事を書きませんでした。

こんなことは、珍しい私。

今日は久しぶりのブログ綴りです。

 

お彼岸入りともなり、この一週間少々は、弔いが多く、感謝の気持ちを心に一杯込めて、亡き人々を偲びました。

一方では、孫の合格祝いもあり、気持ちの起伏が大きくて、心忙しい日日でした。

でも今は、やるべき事を無事に果たせた充足感で、心地よい疲れの中にいます。

 

 

 

その間に厳しい寒さは突然の如く去り、狭間らしい移ろいの季節は余りなく、一気に本格的な春が到来。

例年より10日早い東京の桜の満開を、郷里の広島で知ることに。

大変驚いた私です。

 

 慌ただしくも、思い入れの強い日々が多かった、ここ数週間。

この期間の私の過ごし方につぃて、今日はまずざっと記します。

 

先々週の中頃のこと。

親友のkさんの作品が展示されている水彩画の展覧会へと。

素晴らしい作品の数々を、Kさんの説明を聞きながら鑑賞しました。

その後、お昼食を共に楽しいひと時を過ごした私たちです。

翌日は、二か月半前に予約した美容院に。

 

 週末は、とても親しかったママ友のTさんのお通夜と葬儀に参列。

喪失感はとても大きく、いまだに信じられなくて。

ぽっかり空いてしまった心の穴を、埋められないままでいます。

 

 

お彼岸入りした翌週は、妹と、両親のお墓参り。

妹の車に便乗したまま、デパートへも。

広島に持参するお土産やお供え物を購入。

その時、新幹線の往復切符も買いました。

 

その週の水曜日には、次女家の孫息子の中学合格祝いを。

次女の義父母さまとともに、皆で賑やかに楽しく過ごしました

 

そして出かける前日の木曜日は、整骨院へ。

家で、最近の多忙な暮らしに因る蓄積疲労を癒したいところでしたが、肩凝りが酷かったので。

施術の後、置き針を二本、肩に打っていただき、そのままで旅立ちました。

 

広島のホテルにて撮影

 

広島はホテルに一泊のみの滞在でしたが、夫のお墓参り以外に、一昨年の冬に亡くなられた、恩師のお宅を弔問。

同窓生のN君の案内のお蔭で、国道を一時間、車で走り抜け、辿りつきました。

中学時代の私達の、英語の家庭教師の先生です。

 

ここしばらくは、ざっとこんな具合で、体力に欠ける私にしては、ひたすら頑張った数週間でしたが・・・・・・。

又、ぼつぼつと、上記の思い出を具体的に、これからはつづっていきたいと思ってます。

けれど実は、それ以外に二月の中旬ころまでにほぼ完成した記事が、5~6あります。

そのころは、なんだか更新する気分になれなくて、そのまま放置していました。

まずは、それから投稿を、と思っていますが。

時差があまりにあり過ぎて、恥ずかしい~。

 

下書きのまま、未公開でもいいのですが・・・・・・。

書き上げた苦労を思うと、何だか少し残念な気もしますので、投稿することにしました。

記述日のおよその日付も記しておきますね。

お読み苦しい点は、お許しくださいませ。

 

この度の旅行もそうでしたが、写真を、最近はほとんど撮っていません。

拙文を画像(こちらも拙いものですが)でカバーするのが私の目論見ですが、画像の準備ができていなくて困りました。

今後は、準備ができていない時は、記事のみの投稿もしていくつもりです。

面白味に益々かけた内容になるかもしれませんが、ブログ綴りの負担をできるだけ少なくするためです。

何卒、ご了解くださいませ。

 


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多忙な暮らしが週末まで~新しい追記あり

2018-03-14 07:27:34 | 暮らし

やっと厳しい冬が背を向けてくれ、一気に春らしい陽気になってきたこの頃。

温もりのある優しい日差しに、感激してしまいます。

一人暮らしの身には、今冬の寒さストレスは、マックス状態でした。

夫は寡黙な人でしたが、Yさんの存在そのものが、私の心身の湯たんぽであったことを改めて思い知らされた冬でもありました。

 

けれど、このような喜ばしい季節を迎えたのにも関わらず、

私の心は、ここしばらくブル₋状態で、情けない思いに浸っていました。

毎朝の日課の早朝ブログ綴りに打ち込む気にもなれず・・・・・・。

一方では、お目にかけるのが恥ずかしくなるような内容の記事を投稿してしまいました。

やむにやまれぬ気持からでしたが、さぞお読み苦しかったことでしょう。

本当に、申し訳ありません。

今日からは、またランキングにも参加し、正常なブログ綴りを始めたいと思っています。

 

 

 昨夜の夕食
五目ずし・豚の角煮・甘い卵焼き・和風ピクルス。お豆腐のお味噌しる
ご近所で親友の間柄の奥様から、手作りのお味噌をいただきました。
そのお味噌で作ったお味噌汁の何と美味しかったこと!

 

とは申しましたものの、これから週末まで、私にしては珍しい多忙な日々が控えています。

今日は、親友のKさんのお誘いで、彼女の作品が展示されている水彩の絵画展に出かけるつもりです。

その後、お昼食も共にします。

彼女と別れた後、墓参のために帰省往復の新幹線のチケットの購入。

ホテルは既に予約済みです

ついでに、お寺さんのお布施の台にするささやかな手土産も発つ前日に我が家に届くように手配しておきましょう。

 

明日は、二か月半前に予約しておいた美容院で、フルコースの髪の手入れをして頂きます。
パーマは、数年間かけていません。
今回も同様です。
それでも、三時間ほど要しますので、明日の午後は、それでほとんどつぶれてしまいそう。

 

そして、週末の土日は、私が大好きだった友人のTさんのお通夜と葬儀に出かけます。

彼女には、このブログにも度々登場していただきました。

今でも、彼女の笑顔が目に浮かび、~さん元気にしてる、と呼び掛けてくれる声が聞こえそうな思いでいます。

彼女の死を受け入れるには、まだしばらくかかりそうです。

もう少し、心が整理できたなら、私の惜別の思いを記事にさせていただきますね。

 

今週の予定はざっとこんな感じです。

しばらく本格的なブログ綴りからは離れていましたが、三時、四時台に起床する日課は変わりありませんでしたので、家事は随分捗りました。

ブログを綴らないと、ゆとりの時間がたっぷり。

時間の流れが、とても悠長になったように感じられました。

この暮らしもいいなあ~、と思ってしまって・・・・・・。

ブロガーライフの日々に、多少複雑な思いがしましたが。

認知症の予防と、心の整理のためには、やはり欠かせない事のようにも思えます。

けれどますます更新回数は少なくなるかもしれませんが、どうぞ今後とも宜しくお願い致します。

 

外出前で忙しく。

ほとんど推敲していません。

雑文で、失礼します。

 

追記

あるブロガー様にご迷惑をおかけする事態になってしまいましたので、追記の部分は非表示にさせていただきました。

最近の過去記事においても、一部だけ残し、追記の記述のほとんどを非表示に致しました。

何を言われても、関わらないように無視を心がけ、自分のブログ綴りのスタンスを崩さないように努力いたします。

 

 

 


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食欲が落ち気味かな

2018-03-12 07:29:13 | ブログ2(1)

おはようございます。

当地は、少々肌寒く、PCを打つ私の手は少しかじかんでいます。

三時半ごろ起床。

いつもでしたら、身支度をして、すぐブログ綴りを開始するのですが・・・。

なんだかそんな気分になれなくて、家事に打ち込みました。

いま朝食を済ませたところです。

これからが、今日の記事のつもり。

 

 

私は、中肉中背でしょうか。

小学生の頃は、「骨皮筋子」何て言うあだ名を付けられたこともあるほどに、痩せていたのですが。

今は、私の理想体重より、5キロくらい多いです。
53㎏。

ここ数日、食欲が落ちています。

食欲がなくなれば、痩せるでしょうから、喜ばしい事にも思えるけれど。

やはり何だか心配。

今朝も、山盛りのサラダが美味しいと思えなくて、半分くらい残ししてしまいました。

こんなこと珍しいです。

 

もしかすると、これって、精神的ストレスが原因。

心は正常でも、体は別物。

体に及ぼすストレスの影響は、自分ではコントロールできないものであることを、数年前、とても実感できた私です。

その時は、私を個人的に批判するブログが起ち上げられ、起きた体の現象でした。

今回も同じ仲間の人によって、同様の事を、またされています。

私はストレスには強い方だと思うのですが、今の状況は、精神的に結構つらいものがあります。

 

まったく理解できない、私には別次元の人達。

この人たちによって私の穏やかな暮らしが影響受けるのはたまりません。

 

気にしな~い、気にしな~いですね。

私の独り言でした。

今日も家事頑張ります。

数日、放置していた庭の手入れもしなくては。

洗髪もし、午後からは食材の買い出し、コンタクトの購入等々で、出かける予定にしています。

15分で書き上げた、私の独り言でした。

Kさんのブログへの思いを前の記事で、少し書き加えました。

 

 

gooブログのSSL化に因る、私のブログの変調は、まだ続いているようです。

今は、ランキングには参加していませんが、私が設置したバナーをクリックすると、マイページにポイントが反映されるはずなのですが。

現在、その機能が働きません。

何故か、日本ブログ村さまが、新しいバナーを取り付けて下さっています。

ランキングに参加していませんのに、参加していますとなっているのが気にかかる所ですが・・・・・・。

私のブログの下書きのサイトでは、このバナーは見られませんので修正できません。

でも、このバナーは、マイページにクリックが反映されます。

 

最近の私のブログの変調に戸惑うばかりですが、私が心から敬愛している夢逢人さまのブログも、私と全く同様の状況のようでいらっしゃいます。

夢逢人さまは、自分の設置したバナーは取り外されたようですので、私も真似て、そうすることに致しました。

ご訪問下さった際には、足跡代わりに、ポチッを頂けると嬉しいです。

余りに記事の内容が恥ずかしいので、ランキングは不参加に致しましたが、数日後あたりから、また参加に戻す予定でいます。

 

昨日は、また親友の訃報が突然あり、大変なショックを受けました。

一晩休めば、心が落ち着いてくれると思ったのですが、目を覚ました時も、まだ心が動揺していて、平静とは程遠いものでした。

その悲しさと寂しさは、たとえようがありません。

辛い出来事は、色々重なるものですね。

精神的に、もうぐったりです。

このことについては、また近いうちに記事に致します。

 

 


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このタイミングで、私の画像を載せたわけ~追記、追々記あり 私のコメントについて Kさんのブログについて

2018-03-11 07:08:22 | ブログ2(1)

このタイミングで、私が過去に載せた画像を再度アップさせて頂いたのは、私なりの訳がありました。

フィルターをかけ、ぼかしてありますが、私の雰囲気は何となくでも、お分かりいただけるのではないでしょうか。

 

ネットは匿名性で記述でき、相手の顔が見えません。

ですから、現実社会で会って話し合えば、すぐ誤解が解けるような小さなことでも、炎上してしまいます。

 

私達の一連の出来事も、正にその通りです。

私は、その誤解を解いていただきたくてコメントを入れたことがほとんどです。

相手を非難するために、コメントを入れたわけではありません。

現実社会で会ってお話しできれば、すぐ許し合えたことだと思います。

 

論争などするつもりは、もともと、さらさらなかった私ですから。

画像の雰囲気からも、論争は苦手そうな平凡な主婦と、分っていただけるのではないでしょうか。

ですから、私の雰囲気を再度確認し、長年の私への敵意を多少でも和らげていただきたく思いました。

貴方達が私達姉妹の悪口をおっしゃらなければ、私はネット界で出逢った人達という思いだけで、こだわりの感情は一切ありません。

 

原発のことで私がしたコメントが、そんなに怒りを買ったのであれば、もう一度、心よりお詫び申し上げます。

コメントをした翌日に、すぐお相手のコメント欄で、非表示でお詫びさせていただきました。

一週間後くらいでしたか。

私のブログ上でも、丁寧にお詫びしています。

私は、Kさんのブログにお詫びのコメントを入れて以来、全く彼女とは言葉を交わしていません。

原発の論争なんて大それたことも、一切していませんし、そのような記事も書いていません。

(追記 上記の一文は正確ではありませんでした。
彼女のブログに於ける、連日の批判に耐えられず、私のブログ上で私が彼女のコメント欄に入れた私のコメントを公開のみさせていただきました。それ以外余分な事は書いていません。ブログ2にその経緯も記事もすべて載せています

 

ですのに、「愚か者の戯言」のブログが青天の霹靂の如く、突然起ち上げられてしまったのです。

私には到底理解できない、私のブログへの複雑な思いが、いろいろおありになったのでしょう。

そのすべてを含めてお詫びしますので、どうか私達姉妹の事は忘れて下さい。

宜しくお願いします。

 

 

追記

私のコメントについて

新しく記事にしてもいいのですが、長文ながら、追記にします。

このことに関してだけは、どうしても一言述べたいと思いました。
できれば仲直りしたい気持ちに、今も変わりありません。
これ以上、もめたくはありません。
忘れたい一心でいますが。

私の間違った印象が拡がるのは、悲しくて・・・・・・。
もう一言、書かせてていただきますね。

 

fを斜め読みしました。
昨日の夕刻からは読んでいません。
読んだ限りでの、私の思いを少しだけお話させていただきます。
私がまるで麦さんやfのコメント欄に膨大なコメントを入れ、荒らしまくっているような印象を他人に与えるような書き方をなさっていますね。

少し前に、Kさんではなかったでしょうか。
とりあえずは、「
至る所、私のコメントだらけ」とおっしゃったのは。
そのときも、私の頭の中はクエッションマークで一杯になったのですが。
私は、そんなにコメントした覚えはない、と。
そんなことに時間を使う余裕は、私の体力にも暮らしにもないからです。

そう思って、実は、浅はかな行為だなぁ~、と思いつつ、朝のブログ綴りの時間を当てて、私がどの程度の割合で、コメントを入れているか調べてみました。
2017年のとりあえずにおけるコメント欄の事です。

閉じられるまで目を通し、驚くことがありましたが、そのことは後に回します。
その一つだけ先に述べますね。

麦さんの長文のコメントが多いのにびっくりしたことです
その旺盛な精力に、私は目を見張りました。
批判しているわけではありません。
私には絶対真似ができない事だからです。

何と、皆さんが書かれたコメント数は、1962コメントで(記事数34)、私を批判する言葉が至る所にあふれていました。
人格批判のような言葉もたくさんありました。
異常な数のコメントですね~

この膨大なコメントに対し、私のコメントの数は、全部で34回。
妹は、4回でした。

34回の内の14回は、麦さんが、私のブログをあなたのコメント欄として使用するようにとの声掛けがあり、強く私の返事を望まれた時のことです。
その時は、149のコメントがあり、そのうちの14回を私がしています。
他の方のコメントはすべてと言っていいほど私の批判でした。

私は自分のコメントを読み直し、恥じ入るような事は全くと言っていいほどありませんでしたが、一つ特徴的なことがありました。
妹が傷つくような事を言われると、気持ちが高ぶり、感情的な文面になってしまうことです。

年明けの記事が、まさにそうです。
思いが溢れすぎていて、ちょっと恥ずかしい内容です。
白内障の手術をした直後の妹をるりのブログで中傷され、とりあえずの記事では、また過去を蒸し返し、色々批判されたました。
kanmoさんのブログでも、蒸し返しの批判がありました。

さすがに、ちょっと頭に来たかのような私の文面です。
私の誤解だったのかもしれませんが、妹のブログにコメントを入れたがっておられるような雰囲気を感じ、それをさせてなるものかとの思いにもなりました。
そのため、私はトラブルの発端の原点に戻り、一番疑問に感じていることをお尋ねしてしまいました。

確かに、私が今読んでも、少々突撃的なイメージのコメントに見えます。
妹のことをなじられたのが、余程腹が立ったのでしょう。
2017年のコメントの後半にも、妹をかばいたくて、私にしては感情が高ぶったようなコメントを旅行から帰宅直後に入れています。

けれど、この程度の回数の私のコメントが、嵐だのと、酷く言われなければならないことでしょうか。
私のコメントを読むと、止むにやまれない気持でしているのがよく分ります。

宜しければ、閲覧者の皆様にもぜひ私のコメントに目を通して下さい。
その時の私の心情を、ご理解いただければ嬉しいです。

2017年以前のも、いつかその内に、調べてみようと思います。
恐らく同じ程度の回数でしょうから。

私はコメントをするのは得意でも好きでもなく、疲労の大きな原因になりますから。
ですから先ほども申し上げましたが、麦さんの長文のコメントの多さに目を見張ってしまいました。

もう一つ、とても驚いたことがあります。
様々な違うハンドルネームが溢れていることに。
正に百花繚乱!この表現は適切ではないかもしれませんが。

さらに不思議なのは、麦さんと親し気な方が多いように見えましたが、いまでは姿がまったく見えない事。
この現象をどのように受け止めればいいのでしょうか???

これで追記は終わります。

 

 

 

 


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妹のブログに、非表示でコメントをくださった貴女さまへ 

2018-03-09 07:32:43 | ブログ2(1)

妹のブログのコメント欄に、ブログはお持ちでない方から、私宛にコメントをいただきました。

何時もですと、妹のブログ上でお返事をさせていただくのですが、今日は私のブログで、記事の一つとして、綴らせていただきます。

閲覧者の一部の方々の誤解が多少でも解ければ、と願いながら。

 

非表示でコメントを下さいましたお方様へ

 

おはようございます。

昨日は、コメントを有難うございました。

今朝もまた、拝読し、目頭が熱くなり、胸が詰まりそうでした。

 

今回の一連の出来事。

余りに酷すぎると感じ、思いが溢れてしまい、多くを語りすぎてしまいました。

恥ずかしい限りでおります。

ですのに、私の言葉を優しく受け止め、すべてに理解を示して下さったかのような
貴女さまのコメント。

どんなに嬉しく、有難かったことでしょう。

心強く思い、少々疲れた心が、元気復活できました。

本当に本当に、有難うございます。

 

私のブログは、日々の暮らしや思いを綴る、プライベート色の強い日記です。

それ以上でもそれ以下でもない、拙い個人日記に過ぎません。

美しいもの、一流のものへのあこがれはあり、少々背伸びをする時も、たまにあります。

それを、自慢話に受け止める方もおられるのでしょうね

私は資産家でもなく、市井の人に過ぎません。

 

Kさんと言う方が、相変わらず私達姉妹の中傷ブログを続行中のようです。

私が差別する人との印象が、どこから生まれるのでしょう。

おっかなビックリです。(笑)

 

妹と、ただ呆れるばかりで、「笑って、今後も無視を通しましょう」と言っています。

と、強がりを言っても、気分はあまりいいものではありませんが。

私のブログの見方も人それぞれで、それは覚悟の上での公開ブログ綴りですから。

 

貴女さまがおっしゃってくださいました嬉しいお言葉。

非表示ですのに、表に出して申し訳ありません。

 

かれん桜さん、私のように「ことの真相」が見える閲覧者は大勢いると思います。
味方という言い方は稚拙かもしれませんが、敢えて使わせていただくと、
かれん桜さん、
一連をみて、公にコメントをしていない閲覧者の中にはかれん桜さんに味方をしたい読者が大勢いることをお伝えしたいと思います。」

 

それを願って、正直に、日々の心と暮らし模様を、これからも拙い文章ですが、今まで通りに、綴りたいと思います。

この度の励ましのコメントは、私の今後のブログ綴りの支えにさせていただきますね。

私の宝物です。

本当に有難うございました。

 

皆様に、私と言うブロガーに多少でも親近感を覚えていただきたく、二枚ほど画像をアップします。

過去に載せたことがあるものですが。

かれん桜(孫、かれんと桜の名前が由来です)の事、今後とも宜しくお願い申し上げます。

 

昨年の妹との箱根旅行にて

一昨年、神戸の六甲牧場にて

 

 まだポイントは付きませんが、対処中のgoo事務局より、様子を見るようにと言われていますので、

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インフルエンザにまつわる思い出と私の雑感

2018-03-08 07:00:59 | 

二月中旬過ぎ頃の記述

 

インンフルエンザも、やっと下火になってきたこの頃。

皆様は、感染を無事に免れられましたでしょうか。

今年はA型とB型が同時に流行し、それが、例年以上に猛威を振るう一因だったようですね。

私の家族では、長女が12月の中旬に感染。

次女家の孫娘、かれんちゃんが、年明けにまずA型のインフルにかかり、最近、B型にも感染。

一昨日の次女の話では、二度目の時は、症状がとても重くて、腹痛も起き、食事も一切受け付けず、可哀想だったとのことでした。

 

予防注射は受けていても、感染することがあるのですね。

受験直前のお兄ちゃんに移らなくて、本当に良かったです。

先日も同じ思いをつづりましたが、お兄ちゃんの身代わりになって、両方のインフルエンザを一身にかれんちゃんが引き受けててくれたような感じでした。

 

 

実は、かれんちゃんのママには、インフルエンザの苦い思い出があります。

中学受験当日、早朝の事。

枕元に行くと、次女のMちゃんが、真っ赤な顔をして、とても荒い息遣いでした。

なんと、39度以上の高熱があったのです。

私はどんなに仰天し、慌てたことでしょう。

幸いにも、そのころ住んでいた社宅のすぐ近くに、小児科医院がありました。

早朝に電話でお願いし、解熱の注射を打っていただき、頓服を服用して、受験に臨みました。

 

無我夢中で準備をし、電車に乗り、受験会場に向かいましたが・・・・・・。

向かう電車の中で、娘の足元に目を向けると、薄汚い運動靴を履いているではありませんか。

ファミリアの紺色のワンピースと黒の革靴が用意してあったのですが。

予想もしなかった事態で、心が動転していたのでしょう。

全く気が付かなかった親子でした。

 

でもその失敗はかえって良かったようです。

車内で、その運動靴が目に入った時、親子で顔を見合わせ、笑いが吹き出しました。

その笑顔で、受験の前のドタバタの緊張が一気に緩んだ私達。

そして、長女が通う中学校に無事合格できたMちゃんです。

 

そんな苦い思い出があるので、例年以上に猛威を振るうインフルエンザが受験前のK君に移らないかと、私は心配でなりませんでした。

受験直前の頃が、正にピークでしたし。

さすがにMちゃんも心配になり、受験がいよいよ数日後の週明けは、学校を休ませましたが・・・・・・。

次女の話で大変驚いたことがあります。

 

年初から受験する子供たちは、ほとんど休校しているとのこと。

受験の想像以上の過熱ぶりが、私には信じられない事のように思えましたが。

その後、新聞の声の欄にも、私の思いに似た批判的な声が寄せられていました。

都内の学校でも、クラスの半分近くの子が、年明けから登校しないようです。

 

 

インフルの感染を防ぎたい気持ちと、最後の追い込みの勉強のため、登校時間さえも惜しむ親御さんの心境の表れかもしれませんが。

私と娘には、ちょっと理解に苦しむことでした。

いつも通りに暮らし、できるだけ平常心で元気に受験に臨む方が、良い結果につながるように,私は思いましたが。

今年のインフルの感染力は、すさまじいものがありましたものね。

やむを得ないところもあったのかもしれません。

 

まだまだ、油断はなりません。

私は、感染した回数はそれほどではありませんが、いつもかかる時期が三月頃。

一人暮らしの感染は、想像するだけで、惨めで心細い事のように思えます、

皆さまも、まだしばらくは、お気を付けてお暮らしくださいませ。

 

              

 

まだ相変わらずマイページのインポイントが反映されません。

gooブログの一部の方における事象のようです。

しばらく、気の向くまま、のんびりと投稿していきます。

しばらくではなく、ブログ綴りは、例えば一日一時間だけと、時間制限を設け、投稿文が完成したら、数日後でも一週間後でも気ままに投稿する。

この方法もいいかしら、と今思案中です、

内容に時間差がありすぎるのも、なんだか間の抜けた記事になり変ですものね。

 

最近の事。

パソコンに向かうのは、朝の七時までと決め、それ以降は家事がすべて終了する日暮れ時まで、一切見ないようにしたことがあります。

パソコンや新聞の字が見ずらくなり、いよいよ白内障の前兆ではと、とても心配した時のことです。

ところが、パソコンを日中見るのを止めると、数日後から、目がみるみる回復し、安堵しました。

パソコンが、如何に目のために良くないかを、実感させられる出来事でした。

皆さまも、お気を付けになってくださいね。

 

goo事務局より、しばらくの間、ポイントが反映されるかどうか、様子を見るように、と言われています。

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オリンピック観戦疲れかしら  追記あり

2018-03-05 07:14:11 | スポーツ

二月の中旬過ぎの記述です。

 

オリンピックは終わり、時差のある不自然な記事になってしまいました。

お読み苦しいかと思いますが、このまま投稿させていただきますね。

 

2月に入ったころから、割と体調も良く、家事も順調に捗っていた私です。

ところが、羽生選手のフィギュアスケートの金メダルが決まった翌々日あたりから、また不調の波が押し寄せてきました。

一日、何となく体がだるくて、働く意欲も、今一つ。

 

その時、思ったことは、これはオリンピック観戦疲れかもしれない、と。(笑)

羽生選手と宇野選手がオリンピック会場のリンクに登場したときは、異常に緊張しましたから。

いよいよ出番となった時は、見る勇気はなく、祈るような気持ちで、私は二階の寝室にこもっていました。

一瞬、携帯の画面で覗きましたが・・・・・・。

「よく凌ぎました」の声が飛び込んで来ると、一気に不安が押し寄せ、怖くなり、すぐ電源を切りました。

終わったころ、恐る恐る妹に電話。

Aちゃんも観ていないとのことでしたが・・・・・・。

「今、Aさん(妹の旦那さん)が、羽生選手が一位のままだよ、と言っている」と教えてくれました。

 

 

それを聞き、一気に緊張が緩み、安堵と歓喜に酔いしれそうになりました。

急いで階下に降り、画面に見入った私です。

羽生選手の後、登場した宇野選手の素晴らしい演技は、相変わらず、ハラハラドキドキしながらも、少しだけ落ち着いた気持ちで観ることができました。

 

この画像、テレビの画面から撮ったものですが、未熟な腕前の私にしては、なかなか上出来、
と思っています。皆様のご感想は如何でしょう?(笑)

 

その後は、幾度も幾度も二人の華麗な演技に見惚れ、テレビの前に釘付けに。

余りの緊張と集中で、私の体調が狂うのは当然。

オリンピック観戦もほどほどにしなければ、と思った次第です。

 

 

体調が気になり、テレビの観戦を、それまでに比べると多少控えるようになりましたが。

男女の500メートルのスピードスケートや、いまだによくルールが理解できていないカーリングのイギリス戦などは、終わりまで観ました。

良い結果になると、その感動は言葉にならないほど大きなものでしたが。

そのアスリートたちの陰の苦労と努力の数々の裏話にも、私は強く心打たれました。

 

 500メートルスピードスケートにおける小平選手

彼女の言動にも、感動的なことがいろいろありましたね。

 

羽生選手の清々しい素直な語り口と、感謝の言葉に溢れた話の内容に、私は感心してしまいましたが。

彼のような非の打ち所のない素晴らしい若者でも、思いもよらないネットの中傷に苦しんでいるのですね~。

本当に意外でびっくり。

「しゃべればしゃべるほど、色々悪口を言われて叩かれる。僕の本心は嫌われたくない」との彼の心の叫びのような記事を目にした時は、何だか、とても切なくなってしまいました。

病弱だった体を鍛え、震災にも遭い、年末の大けがも乗り越えて、手にしたこの度の金メダル。

さすがに、もう中傷する人はいないでしょう。

(追記 その後、ネット空間で大変なバッシングを浴びた韓国の選手の事が報道されていましたが、可哀想の一言に尽きます)
 
 

 

華やかなオリンピック選手たちには、たゆまない練習と努力以外にも、 想像が及ばないような陰の苦労がいろいろあることにも思いを馳せながら・・・・・・。

世界中のアスリートたちに温かい目を注ぎ、精一杯の応援を、今後も惜しまないようにしようと思っています

 

追記

しばらく料理ブログの調子が悪く、Goo事務局に問い合わせ、対処して頂き直りましたが、今度は日記ブログも不具合が生じてしまいました。

今朝、バーナーを何度クリックしても反映されません。

昨日も、夜ポイントが全く入らず、変調を感じていましたが。

また事務局に問い合わせてみようと思います。

直るまで、更新はお休みさせていただきます。

悪しからず、ご了承くださいませ。

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