今日が一番素敵

丁寧な暮らしを心がけながら、日々、折々のの心模様を素直に語ります。
今が一番素敵との思いを込めて。

五月の日記~孫のバレエの発表会 

2018-06-15 07:10:23 | 

お友達との恒例のお食事会が催された翌日は、次女家の孫娘、かれんちゃんのバレエの発表会がありました。

二日続けての外出は、自分の体力に自信がもてない私は、できるだけ避けたいところですが。

孫のためとなると、そんなことは言っていられません。

お花のブーケをまた買い求め、愉しみにしてお出かけ。

 

隣町の公会堂のホールに入ると、次女が手招きし、迎えてくれました。

通路を挟んだ離れた席では、かれんちゃんがお友達と楽しそうにふざけています。

晴れやかな舞台出演を前にしても、緊張している様子は全くなく、元気いっぱい。

いつもと違うのは、お顔が舞台化粧で、見違えるようにくっきりとした目鼻立ちになっていることでした。

 

 舞台撮影は、残念ながら禁止でした。

 

バレーの発表会は、私にとっては馴染みのある場所です。

妹が、就学前から中学生になるまでお稽古に励みました。

そして、郷里で一番大きなバレエ団の子供のプリマドンナとして大活躍したのです。

世界的にも有名なバレリーナー森下洋子さんも、郷里に戻られた時だけ、このバレエ団に所属されていました。

 

一方、私は幼い頃から体が弱かったため、母は、私には絵画のお稽古をさせてくれました。

母には、子どもの才能を見抜く能力が、もしかするとあったのかもしれません

私は、朝日新聞主催の全国絵画コンクールに入賞したり、夏休みの練習帳の裏表紙に私の絵が掲載されたり、と。

地味ながら、チョッピリの活躍でしたが。

 

母と一緒に妹のお稽古を見に、バレエ教室にも頻繁に足を運びました。

妹が先生になり、バレエ教室学校遊びに興じたりしたものです。

ですから、バレエのポーズなら、今でも多少はとれますよ。

お稽古はしていなくても、幼い頃、見て自然に学んだことは、意外に体に染みついているようです。

かれんの発表会が終わり、帰宅後、姿見の前で、バレエのポーズを取って楽しんでしまいました。(笑)

 

 晴れ舞台の日、孫に贈ったお花です。
可愛くまとめて下さい、とお願いしたのに、近くで買い物をして戻ると、
とんでもなく大きな花束が出来上がっていました。

 

そんな私ですから、生徒さんの演技を見て、練習の成果の見分けくらいは容易につきました。

幼い子供たちは,ただただ可愛いだけですが。

大人の生徒さんの演技では、手の動き、体や首のそり方で、優美さがまるで違いますものね。

 

さて、かれんちゃんはどうだったでしょう。

2名で「宝石の歌」というタイトルの踊りを披露してくれました。

何も期待せず、無事にに終わってくれればと願うだけの私でしたのに。

思いがけず、かれんちゃんが落ち着いて美しく丁寧に舞う姿に、びっくり。

一つ一つのポーズが、子供なりに美しく決まっています。

 

傍にいたママに、

「とても上手!感心しちゃったわ」

と心からの褒め言葉を。

頑張り屋さんのかれんちゃんらしい、と納得のばあばでした。

 

 

お稽古ごとも、継続が大切ですね~。

上手下手よりも、好きになって、心から愉しめることが一番大事なのでしょう。

今のかれんちゃんは、まさにその様のようです。

 

私は幼い頃から就学後もしばらく通った絵画教室でしたが、

その時の経験が、有形無形に私の人生をいかに潤し豊かにしてくれたかわかりません

 

孫たちもいろいろなお稽古ごとに励んでいます。

その体験が、将来の人生で大なり小なり生かされて、心豊かな人生を送るための肥やしになることを願っています。

 

相変わらずピンボケですが、画像の雰囲気と構図が気に入った一枚です。

姫アガパンサス

 

昨日の追記で既にお知らせしたことですが、今日で五月の日記は終わります。

しばらくお休みして、6月の日記をまた更新するつもりです。

6月も、大学時代の親友との久しぶりの再会、中高の同窓会、その先に、妹との野球観戦、と相変わらず楽しい行事が控えています。

 

夫がなくなり、家計の事情は以前とはまるで違う私です.

予算をオーバーしないように、常に家計費を切りつめてのお遊びですが・・・・・・。

体調を整えて、心から愉しみたい、と願っています。

日々、夫への感謝を決して忘れないで。

 

梅雨時の、蒸し暑いお天気の中、皆様も、くれぐれもご自愛の上、素敵な日々をお過ごしください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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五月の日記~ママ友さんとのお食事会 ~追記あり

2018-06-14 06:59:40 | 

昨日は年に一度恒例の、ママ友さん達とのお食事会の日でした。

次女が中学生になった年に、顔馴染みとなった人達で作られた会です。

それ以降、何と三十数年間も親睦が続いています。

 

知り合った当時は、母親として一番輝き、夢も一杯、元気盛りの年齢でした。

今はすっかり老い込んでしまいましたが、皆さんのそれぞれの個性は、さほど変わりないようにも。

良妻賢母で、心優しい方ばかりです。

 

待ち合わせの時刻より10分ほど早く到着した私ですが、すでに5~6名の方が、改札口を出た所にいらっしゃいました、

その場だけ、花が咲いたような優雅さ。

私は思わず、しりごみしたくなってしまったほどです。

服装がカジュアル過ぎたのではないかしら、と。

 

 

レストランの前にて。
出席者は10名でしたが、所用のため2名の方が早めにお暇なさいました

 

恒例のこの集まりに、去年は、私にしては珍しく欠席。

妹との箱根旅行の日と重なり、参加できませんでした。

 

その間に、個人的にもとても親しかったTさんが亡くなられました。

その二年前には、同様に親しかったUさんも。

さらに、その数年前には、~さんも。

~さんは、今世間で注目されている財務省トップ元次官の奥様でいらっしゃいました。

 

新しく作成された15名の名簿には、悲しい事に、「故」が三つも付いています。

その名簿を見て、沈痛な思いに。

私達の年齢ともなると、命そのものが、厳しい局面となり、おぼつかなくなりつつある。

そんなことを思い知らされたからです。

お食事の席では、亡くなられた三名の方々の麗しい人格を改めて偲び、懐かしく思い出を語り合いました。

 

 

 順不同の記述になってしまいましたが、お食事前に、私達が訪ねたのはサザエさんで有名な漫画作家、長谷川町子美術館。

近くにお住いの幹事のFさんがご案内してくださいました。

超ロングランで、国民に愛されている漫画ですね~。

 

駅の近くの沿道で、微笑ましいサザエさん一家のお迎えを受けました。

 

私は以前から、一度は訪ねたいと思っていたところだったのです。

お蔭さまで、興味津々、心から愉しむことができました。

売店では、皆さん、それぞれ色々なお買い物。

私は絵葉書とファイルを記念に求め、その後、皆でフランス料理のレストランへと。

お昼食に舌鼓を打ちながら、亡き友人達を偲び、和やかな語らいの内に、時が流れていきました。

 

 

さらにその後、サザエさんのマークが看板に付いたカフェへと。

そこでまた、一時間近くお喋りして、お開きに。

来年の会でも元気に会いましょう、と固く誓い合った私達です。

 

私がお付き合いしている友は、数十年と長く、信頼の絆が揺るがないのが特徴と言えるかもしれません。

皆さん、尊敬に値するような方ばかりです。

友人達の薫陶で、私は成長できたと言っても、過言ではありません。

私の人生を潤し、とても豊かにして下さいました。

この感謝の気持ちを、今後も決して忘れたくありません。

 

親愛なる友達は、私の人生の宝物の一つ。

いつまでも大切にしたいもの、と心から願っています。

 

追記

とても悩み抜きましたが、下のにほんブログ村のバナーをやはりまた外すことに致しました。
ランキングに参加していませんのに、以前と余り変わらない応援をいただき、嬉しく、ブログを
綴る励みにもなりました。
本当に有難うございました。

でも皆様の共感度を気にするストレスは、相変わらずチョッピリ付きまとって離れませんでした。
ストレスなく、心からブログ綴りを愉しむためには、、バナーがない方がいいかしら、と、また
思いました。

明日で、五月の日記の更新は終わり、しばらくお休みに入りますが、今後とも、変わらないお付き合いの程、
宜しくお願い致します。

 

5月26日記


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五月の日記~私の体調不良克服法

2018-06-13 07:14:46 | 健康

五月になっても、爽やかな時候とは言い難い、今年のお天気の気まぐれさ。

風の強い日も多く、寒暖差も激しく・・・・・。

自然が何かにいら立っているようで、私の気持ちまで落ち着きません。

室内にいれば、風に直接当たりはしないのだけれど、強風が吹くと、なんだか体が消耗していくような心持に私はなってしまいます。

 

そのせいか、体調は今一つ。

最近、背中が急に痛み、心臓が苦しいような気分に数回なりました。

怖くてニトロペンを二度も服用。

ニトロを飲むとすぐ治まるので、狭心症であることは間違いないでしょう。

この症状は、娘が嫁ぐ前からのもの。

一度病院で検査を受けたことがありますが、心配するほどのことではないようでした。

痙攣性の狭心症で命には別状がない、と言われたことがあります。

 

心臓にバイパスを通す精密検査を勧められたこともありますが、怖わくて拒否してしてきました。

上の症状が余りに頻繁に起こるようなら、真剣に考え直さないといけないかもしれません。

 

 

でも体調の良くない日は、、本当に情けない気分に、一時的ですが私はなります。

起床した時から体が重く、ひと働きすると、10時過ぎころから、もう魔の時間が襲い、体力も気力も減退。

やりたい家事、楽しみにしているデスクワークはたくさんあるのに、体が付いていきません。

妹は、

「十時になると眠くなるのは、早起きしすぎるからよ」

と言いますけれどね。

 

最近は、そういう状態になった時は、短時間、午前中でも床に就くことにしました。

すると見違えるほど気分がよくなります。

習慣化しているお昼寝をしなくても、日が暮れるまで元気でいられます。

ですから、この頃は無理してまで働きません。

体に素直に順応して過ごす。

体が働くのを嫌がっているように感じた時は、お昼寝を、午前中にとり、対応します。

 

 

他に、体調不良を治したい、と思い意識的に心がけていることがあります。

腹式呼吸をする事。

酸素を一杯取り入れ、副交感神経を優位になるようにして、体のリラックスを心がける。

 

整骨院の先生からも、腹式呼吸をとても推奨されてきました。

お医者さんに寄っては、健康を保つ上で一番大切なことは、腹式呼吸とおっしゃる方がおられるとのこと。

 

整骨院の施術のお蔭か、いまのところ狭窄症と診断された脚は、大丈夫そう。

日常の暮らしへの差し障りは、全くありませんが、無理をすると、脚に変調の兆しを感じます。

ですから不安を払拭はできませんが。

くよくよしても仕方ないので、今を愉しむことだけ考えるようにしています。

 

 

もう一つ心がけていることがありました。

毎日、テレビ体操をすることです。

その番組が始まる直前になると、デスクワーク中だったベッドを離れ、慌てて階段を下り、テレビの前に立ちます。

今ではすっかり習慣化しました。

体操をすると、全身の筋肉がもみほぐされていくようで、新たな一日の活力を養ってもらえた気分になれますが。

日々の心がけもむなしく、体調がすぐれない日は相変らずあります、。

 

内臓疾患にかかったことは、いまのところありませんし。

血圧も正常です。

タニタのヘルスメーターの体年齢は、昨夜、入浴前に計ると、60歳。

もっと自分の体に自信を持てばいいのかもしれません。

 

疲れやすい体質を乗りこえ乗りこえの私の人生でした。

もうすこし体力があれば、日々が私の思い通りに過ごせて、もっともっと充実させられるのに

何度そう思ったかしれません。

 

 

いい加減な所はいっぱいある私ですが、自分は怠け者ではない、と思っています。

ですから、十分働いているのに、期待することが高望み過ぎるのかもしれません、

そう思い、最近は、もっとゆったり過ごす姿勢も大切にするように心がけています。

 

来年の四月には、後期高齢者になる身。

いよいよ、本格的なおばあちゃんに突入。

見かけは、60台と言っても通ると、自負しているのですが。(笑)

心は50代のつもり。

思うのは勝手ですものね~。

 

余りくよくよしない楽天的な性格が、これまでの私を支えてくれたのでしょう。

今の私の年齢になれば、体調不良は当たり前のことかもしれませんから。

余り気にし過ぎないようにしましょう。

日々を愛しむ気持ちを今後も忘れないで、気楽に過ごすように致します。

5月23日記

 

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五月の日記~街頭での意外な声掛けにびっくり

2018-06-12 07:03:58 | おしゃれ

思いがけない孫達との再会で、足どり軽く、ルンルン気分で電車に乗り込んだ私でしたが・・・・・・。

その後、とんでもない出来事に遭遇してしまいました。

このことについて詳しく書く予定でしたが、突如、止めることに。

個人情報の観点から、不安を覚えてしまったからです。

私の住む町が分ってしまいそうなんですもの。

思わせぶりなことを前回書きましたのに、本当にごめんなさい。

 

 

今日は二度目に起きたことは省略し、三つ目の意外な出来事の話題に移ります。

痛々しい事件に巻き込まれ、予定がすっかり狂ってしまった私ですが。

何とかデパートで所要の用事を済ませ、帰途に就きました。

 

雨が降ったりやんだりで、五月とはとても思えない肌寒さ。

駅の改札口に辿りついた時のことです。

今っぽい服装をした若者の男性に、突然声をかけられました。

「私は~美容室のものですが・・・・・・。

ヘヤーモデルになっていただけませんか?」

 

私は、わが耳を疑いました。

来年は後期高齢者になる身の私には、あまりにふさわしくないお誘いだと思ったからです。

~と言えば、私が通っている美容室より、さらにランクが上。

代金が、とても高い所です。

長女が行き付けの美容室なんですが。

 

 

無料で、すべての事をさせていただきます、とのことでしたが。

もちろん、私は断りました。

あまりに突飛。(笑)

私にはふさわしくないお誘いに思えたからです。

いつも私が美容院に払っている2万5千円前後の代金がただになり、評判の高い美容室で髪のケアをしてもらえるなんて、夢のような事だったのですけれどね。

 

モデルなんてとんでもない。

そんな柄では、私は全くありません。

恥かしくなり、お断りの言葉を述べ、逃げるようにその場を去りました。

 

でも、意外なその言葉かけが素直に嬉しくて、チョッピリまた、ルンルン気分になってしまった私です。

午前中、偶然、二人の孫に会えて、今日は幸先がいいと思ったのだけれど、その幸先とは、もしかしてこの事だったのかしら?

娘達に自慢してしまおう、なあ~んてね。

「モデルになってほしいと言われたのよ」と言って。(笑)

 

次女夫婦に、この話をしたら、婿が言いました。

「シニアーモデルってことですね」と。

私の自慢話にくぎを刺されてしまいました。(笑)

 

 

 

それはさておき、何よりも嬉しかったのは、美容師さんに、私の髪が認められた事です。

実は最近、私は自分の髪の健康が蘇ったことを実感していました。

髪は多いのですが、少し前までは、くせ毛で、雨の日は、鳥の巣のようになり、悲惨でした。

どんなにきれいにセットしても、雨天の日は、セットが数時間も持ってくれません。

若い頃から悩み続けていたことです。

 

ところが最近は、雨の日も、セットが崩れなくなりました。

私には、夢のようなこと。

長年の髪の苦労を思い、その嬉しさは、言葉では言い尽くせないものがあります。

 

 

この度出かけたときも、雨模様でで、湿度も高い日でしたのに、美容師さんからヘヤーモデルになってほしいと声をかけられた私。

私の髪は、本当に蘇ったのかもしれない。

今が一番ベストの状態になるなんて、年齢を考えると信じかねるような事ですが。

 

 美容院代が高すぎるな~と思いつつ、行きつけの名の知れた美容室で、いつもフルコースのケアをしてもらっていたお蔭でしょうか。

多くはない限られた遺族年金の収入を、できるだけ自分が納得いく使い方をしなければ、と思っている私ですが。

妹とも良く愚痴を言っていた高い美容院代.

それは、決して無駄ではなかったと、今改めて思うようになりました。

「髪は女性の命」とさえ言われますものね。

これからもますます手入れを怠らないようにしようと、今また思っています。

 

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悲喜こもごもの出来事に見舞われた一日

2018-06-11 07:26:11 | 人生

昨日(5月23日)は、目まぐるしく、色々なことが起きた日でした

嬉しい事、つらい事、街頭での意外な出来事など。

平凡極まりない私の日常では、お出かけそのものが、イベントと言っていいような事。

そのイベントに、真新しい事が次々に起きると、気持ちが付いていけなくなりそう。

胸が一杯になってしまって。

この日に起きた三つの出来事を、別記事にして、一つ一つご紹介させていただきますね

 

最初に出くわしたことは、他愛もないことながら、でもたまらなく嬉しい事でした。

必要な買い物があり、久しぶりにデパートに出かけたのですが、その前に次女宅に、お料理を三品届けることに。

今週は、週末の二日間に行事が控えているため、長女宅に行くのはお休みです。

 

この料理を次女宅に届けました

 

次女宅に着くと思いがけず、孫息子のK君が出迎えてくれました。

平日でしたので、びっくりした私です。

今、中間テストの真っ最中とのこと。

午前中で授業は終わるため、早く帰宅できたようでした。

K君にとっては、この度のテストは、大切な最初の関門でしょうか。

 

五本の指に入るような難関中学入試を、幸運にも突破できたK君ですが、

小学校六年生の五月連休前までは、地域の少年野球の練習に、週末は明け暮れていました、

六年生の時は、学校の色々な行事の実行委員長となり、活躍したK君です。

 

 

 

 その頃、私は週に数回、次女宅に通い、おやつを用意する日々でしたが、

いつもゆったりしていて、その勉強に気合が入っているようには、あまり見えませんでした。

そのためか、第一志望校の合格ラインの偏差値には届いていなかったK君です、

「合格はちょっと無理だろうな~」と、正直のところ、私は思っていました。

 ところが、最後になって、急に学力が向上。

その勢いで、K君は、運よく第一志望中学の入試を無事突破できたのです

 

受験勉強をしていた頃のK君の部屋

 

ですから、今後周りの優秀な生徒と学校のハイレベルな授業についていけるのか。

その判断材料に、今回の試験はなりそうです。

何事もスタートが肝心なのかもしれません。

 

長女のところの孫息子R君も、同様のレベルの学校に入学できたのですが、スタートでつまずいてしまいました。

親は、子供の能力を過信しすぎて、その対応も遅れたようです。

その後のR君はすっかり自信を失い、見ていて可哀想でした。

 

本棚には、塾の教材とドリル帳が一杯でした。

 

そのため、K君のことも、何となく心配していた私です。

ですから、中間試験と聞き、思わず、

「どうだった。難しかったでしょう?」

と私は問いかけました。

その返事は、「何とか出来たよ」と答えたK君です。

その後のK君の言葉に,私はとても感心してしまいました。

 

その言葉とは、「授業で習ったことばかりだったから」

誠にその通りと思い、K君が何気なく口にした感想に、私は感心しきり。

心から安堵しました。

 

授業をしっかり聞き、理解が徹底していれば、勉強は苦労しませんものね。

K君は受験勉強中も、日ごろは割と呑気にしていても、塾の授業中の集中力が凄かったのでしょう。

中学に入っても授業には真剣に取り組めているゆえの、この度の感想に思えました。

 

次女が贈ってくれたカーネーション

 

一朝一夕でこの集中力は身につかないのかもしれませんけれど。

授業を大切にする姿勢をK君が忘れない限り、周りの優秀な学生にも何とかついていけ、楽しい学生生活を送ってくれるに違いありません。

 

そんな安堵の気持ちを抱いて、K君の勉強の邪魔にならないように、早々に次女宅を後にした私です。

駅までは徒歩2~3分。

その道で、目の前を歩くランドセルを背負った三人の小学生の姿が目に留まりました。

真ん中を歩く女の子の洋服が見慣れた柄模様。

「かれんちゃんだぁ~!」、心の内で喜びの声を上げた私です。

実際にも、大きな声を出して呼び止めました。

保育園に行く途中だったようです。

 

かれんちゃんの勉強机
孫の中で一番賢いのは、もしかしてかれんちゃん?

 

ウイークデーに思いがけず孫2人に出逢えた私。

その幸運に気を良くし、デパートに向かう足どりがとても軽やかになりました。

何と幸先の良い事。

今日はとても良い日になりそうと嬉しく思いながら、電車に乗り込みました。

 

ところが、その期待は乗車してすぐ、もろくも崩れ去ってしまうような、痛々しい出来事が待っていました。

その事件とは?

明日、お話しさせていただきます。

 

5月25日の記述

 

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風呂敷の思い出 

2018-06-10 07:11:27 | 暮らし

風呂敷。

この言葉を孫達は、もしかして知らないのかもしれません。

最近は、めったに見かけないものになってしまいましたから。

形は、お洒落で使用するスカーフにそっくりですが、似て非なるもの。

 

母の時代には、よく利用された風呂敷です。

母が、風呂敷にものを包む奥床しい着物姿を、おぼろげながら、私は,覚えています。

私も嫁いでしばらくは、そのような所作をしたこともありました。

 

わが家の和室の前の坪庭
風呂敷は、和室にぴったりのイメージですね。

 

私のネーム入りで、古典的な模様が美しく描かれたサーモンピンクの高級な風呂敷きが我が家にもありました。

母が嫁ぐ前に用意してくれたものです。

残念ながら、いつの間にか紛失してしまいました。

どこかに置き忘れたのでしょうか。

 

今、一番大切にしているのは、若草色の無地の風呂敷です。

それは、大学時代の親友が亡くなった時、ご主人様から届いたお香典返しでした。

私にとっては、かけがえのない貴重なものに、その後なりました。

具体的に何に使用したか思い出せないのですが、折々でとても役立ってもきました。

私の暮らしでは、風呂敷は無用の長物では、決してありません。

でも今はめったにしか、使用しなくなってしまいました。

 

 

この風呂敷にまつわることで最近、思いがけない感謝の言葉を頂きました。

さらに十年以上さかのぼりますが、大変感動されたことも。

両日とも、風呂敷のお蔭で、思わぬ嬉しい日となりました

 

まず二か月ほど前の思い出を。

家事が一段落ついた午前中の事。

大変親しくしているご近所の奥様Fさんから、ご相談の電話がありました。

Fさんには、優秀で美しい三人のお子様がいらっしゃいます。

まだお一人だけ、嫁がれていなかったお嬢様も、最近ご婚約。

そのご両家の顔合わせの日の前々日にかかってきた電話でした。

「ご挨拶でお相手さまに、何か手渡したいのですけれど、その品物をなかなか決められなくて、とても悩んでいます。

何か助言を」

というものでした。

 

こんな風呂敷もありました。
千代紙細工の小物は、88歳になられるご近所の奥様からいただいたものです。

 

私より一回りお若いFさんですが、学生時代は海外に留学もされ、外資系の会社へ勤務されたこともおありです。

彼女の卓越した才能と堅実な暮らしぶりには、私はいつも感心するばかりで、敬愛して止まない方です。

助言なんておこがまくて、恥ずかしい限りだったのですが。

 

それに、私も贈り物の選択は苦手中の苦手。

いつも迷ってばかり。

時間をかけて選んでお届けしても、その後、その品物がふさわしかったかしら、と心が不安になったりもします。

ですがその時は、ご相談を受けた以上、私も真剣に考えざるを得ませんでした。

 

そして、私がお薦めしたものは、平凡ながら、「虎屋の木箱入りの羊羹」です。

お菓子のなかで格調の高さは随一ですから。

そのお席にふさわしいのでは、と思いました。

さらにお薦めで、一言付け加えたのが、風呂敷で包むこと。

 

 

Kさんは、私の助言を、「さすが~さん!と言って、とても喜んで下さいました。

そしてお顔合わせの席で、その通りになさったようです。

お母さまの一連の動作は、お嬢様の目にも、とても印象的に映られたようでした。

娘さんに褒められたFさんは、近所の~さんの助言だったのよ、と言われたとのこと。

その様にお礼の電話があり、とても感謝されてしまいました。

 

さらに十数年さかのぼり、心に残る風呂敷にまつわる思い出、第二話です。

水彩画展の記事でもご紹介し、このブログには度々ご登場いただいているKさんのお嬢様の言葉です。

或る日、Kさんに御機嫌伺いのお電話をかけたところ、風邪で寝込んでいらっしゃるとのことでした。

 

その時、私は、たまたま五目ずしの下ごしらえが済んだばかり。

それで、急に思いつき、出来上がったお寿司を小さなお重箱につめ、風呂敷に包んで、彼女宅にお見舞いのつもりでお届けしました。

出ていらしたのは、お嬢様。

懐かしさで一杯でしたが、、お見舞い品を手渡し、すぐその場で失礼し、車を運転して我が家に戻りました。

 

その時使用したお重箱と風呂敷

 

しばらく経つと、伏せておられたであろうKさんから、お礼の電話がかかってきました。

そして彼女がおっしゃるには、

「ちあきが大感激しているのよ。~さんは、日本女性の鑑だと言ってるわよ」と。

私には、何のことか咄嗟には理解できなかったのですが、Kさんの説明で分りました。

風呂敷が、Fさんのお嬢様と同様に、Kさんのお嬢様の心を、一瞬捉えて離さなかったようです。

 

風呂敷一枚で、私のかぶが、思いがけず急上昇したお話二話でした。

他愛ない事でも、何だかとても嬉しくて、今でも忘れられない思い出となっています。

 

日ごろ馴染みのない風呂敷が使用されている情景は、若い人達の目には、とても新鮮に映るのでしょう。

 この記事を綴る内に、娘達にも上等な風呂敷を一枚贈りたくなりました。

日本の奥床しい伝統的な振る舞いを、若い人たちには、是非継承してほしいものですね。

 

 

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五月の日記~料理ブログに抱く私の夢 

2018-06-09 07:19:24 | 料理

私は日記ブログ以外に料理ブログも書いています。

このブログより、数年遅く始めました。

実に気ままに臨んでいて、お休みが多いのですが、もう7年以上になります。

題名は『幸せは食卓から~心を込めてお料理』

今も、題名の思いは、何ら変わりありません。 

 

料理ブログに載せた最近の画像です。

カツオのたたき・かぼちゃの鶏そぼろあんかけ・スナップえんどうのだし煮・桜エビのかき揚げ・冷奴・もずくの酢の物

 

最初の頃の記事の画像は、カメラ撮影の腕も未熟で、全然美味しそうに見えません。

今も料理の撮影は、特に苦手。

ピンボケの写真ばかりで恥ずかしいです。

私が一番気に入っているカテゴリー、レシピ付き献立も、最初の数年の記事にはありませんでした。

ですから、実にのんびりペースですが、料理ブログの過去記事の整理を始めています。

 

 

 

 

 この作り方のカツオのたたきが、私は一番好き。
レシピは、今日か明日のうちに掲載するつもりです。
宜しければ、是非お試しくださいね。

 

私が料理ブログを開設した一番の理由は、四人の孫のため、料理ノートをネット上で作成し、遺してやること。、

ですから、内容は料理の献立、一品ごとのレシピ、その画像のみで、そのほかの記述はできるだけ控えるようにしています。

 

 これも皆様にお薦めです。
本当に美味しいです。

 

私はこのブログのカテゴリ項目を、ノートでも分類して記し、料理名と使用する食材も書き留めています。

このノートを、孫たちのためにも、いつか作ってやりたい。

そのノートを見て、こしらえてみたい料理の食材を買い、PCを開けてレシピを見ながら、調理に臨んでくれれば。

味のメリハリや彩まで気を遣おうとすると、献立を立てるのは一苦労です。

そんな時に私の献立付きレシピは、きっと役立ってくれることでしょう。

 

 作り方は、簡単。
意外にもとても美味しくて。
私は「だしの素」はほとんど使用しませんが、これだけで十分味が付くのにびっくりでした。

 

孫娘たちが、あるいは孫息子のお嫁さんたちが、時に私の料理ブログを覗いて、家族の食事作りを愉しんでくれれば。

そんな私の願いが叶い、実現することを想像するだけで、私は幸福感に浸れます。

料理ブログを書く支えと励みにもなっています。

 

この料理もまだブログに載せていません。
その内、掲載予定でいます。
またまた、とても美味しいです。

 

今後も、見やすいように、いろいろ工夫をし、娘達や孫たちのみならず、皆様のお役にも立てるように頑張りたいと思っていますので、

今後とも、宜しくお願い致します。

 

またピンボケ写真。

 

昨日(6月8日)は午後から長女宅に出かけ、ひと働き。

上の画像の料理を、次女と長女家に届けました。

今朝は疲れて朝寝坊したため、簡単ですが、これで終わります。

 

5月20日記述

 

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五月の日記~またテレビに登場したMちゃん

2018-06-08 07:02:01 | 家族

或る日の夜、七時半過ぎだったと思います。

長女のMちゃんから電話がありました。

Mちゃんが電話をかけてくるのは、大体この時間帯。

場所は、帰りのバスを待つ停留所のようです。

朝の通勤途上からも、よくかけてきます。

バスが来たから、と言って、いつも慌てて切るMちゃんです。

 

会社では、私的な電話の使用を避けるのは当たり前のことでしょう。

私も、急用を要することでない限り、電話はかけません。

一方自宅に戻れば、お腹を空かして待っている家族のために、一刻を争うようにして食事の準備をしなければならないMちゃん。

その多忙極まる暮らしは、呑気な生活をする私の想像をはるかに超えていそうです。

 

わが家の庭に咲く、凛として清楚なガクアジサイ。
娘達の雰囲気にちょっと似たお花のようにも。

五月の日記だけれど、この画像は六月に撮影しました。

 

そのMちゃんから最近、また思いがけない電話連絡がありました。

一年ほど前にも同様の知らせがありましたから、思いがけない事とは言えないのかもしれませんが。

私に報告がない時もあり、他でも経験済みのようです。

 

その連絡とは、「またテレビに恐らく私が出ると思うので、良かったら観て」というもの。

「私の部下の活躍を追って、ドキュメンタリーとして編集された番組なの。

わたしは彼の上司なので、恐らく度々映ると思うから」とのことでした。

 

私は応えました。

「連絡してくれなくてもいいわよ。

とても緊張してしまって、平常心ではママは観られないから」

と。

娘は笑って聞き流していましたけれどね。

 

 

この画像は去年のものです。
この時は、ニュースキャスターと一対一の対談形式でした。
この画面を見て、私は本当にびっくり仰天したものです。

 

その番組が、いよいよ始まりました。

 さほど時間も経過していない時に、娘が話す顔が画面いっぱいにクローズアップされました。

私の目は、また昨年と同様に、点に。

テレビ局のカメラが向けられているのに、臆せず堂々と自分の考えを述べるMちゃんを観て、私は驚きを禁じえませんでした。

だって、娘は幾つになっても、私には、心配の尽きない、愛しい子供であることに変わりないからです、

 

如何に仕事がよくできて、会社で活躍していようとも、そんなこと、親の私には全く関係ありません。

仕事と子育ての両立の苦労を、わがことのように日々察し、健やかな日々を祈るのみですから。

子育てについての私の意見も、時に遠慮がちながら、率直に、娘達に私は言っています。

 

ですから、テレビに映る娘に出逢うと、余りに非現実的なことに感じられ、わが子ではないみたい。

それだけの感慨しか抱きません。

落ち度なくやり過ごしてくれた娘にホッとして、胸をなでおろすだけ、といったところです。

 

娘達は要職に就き、仕事はとても大変そう。

でも、生き生きと楽しそうに働いてくれているので、私は今のところ安心しています。

これからも、週一回の長女宅行きはしばらく続け、微力ながらでも協力は惜しまないようにしましょう。

 

                                                       五月十九日の記述

 

 


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五月の日記~私のささやかな夢と大ぼらを吹くかれん桜(笑)

2018-06-07 07:06:01 | 暮らし

今日は、昨日の記事でも少し触れた、私のささやかな夢について語ります。

わが家は、ホームパーテイーを開くにはとても向いた間取りかもしれません。

室内用の木製の格子窓を開ければ、オープンキッチンのような雰囲気にもなり、広い空間を自由自在に利用できそうです。

 

 

居間には、来客用のダイニングテーブル以外に、ソファーの前にはドーンと(笑)、大きな座卓が置かれています。

購入した当初、「大き過ぎる」と、夫の不評を買ったテーブルなのですが。

その後、このテーブルは大変重宝しました。

このテーブルのお蔭もあって、大勢のお客様も、何とか受け入れられそうです。

さして窮屈感は感じないで、寛いで頂けるかもしれません。

季節の良い時であれば、お庭のテラスも一室として使用できますから。

 

旦那さまの不評を買ったテーブルです。

 

先日、外交官大使夫人としてご活躍された友のお宅のギャラリーに出かけたことを書きましたが。

その時、私の頭から完全に抜け落ちていた、お客様のもてなし方を思い出しました。

自分の得意な料理を7~8皿作って、バイキング形式のテーブルをしつらえ、皆様にお振る舞いする。

料理は、日本料理、西洋料理、中華、何でもあり。

このもてなし方なら、私でも割と気楽にできそう。

ファミリー用のダイニングテーブルが、キッチン兼用の部屋に、もう一つありますから、そこに料理を置けば、居間はもっと広い空間に。

このように考えると、我が家の間取りは、ホームパーテイーに向いている、と改めてつくづく思いました。

 

この家は、構造はむろん私ではありませんが、間取りの図面はすべて私が描きました。

その時、ホームパーテイーに向いた家を建てたいと思っては全くいませんでした。

長女の私は、両親の介護は自分がする、と心に決めていましたから。

その時便利な間取りとなるように、精一杯気を配ったつもりです。

その便利さは、両親を介護した時、私の期待以上でした。

もちろん他の夢も叶えたくて、一生懸命考えたマイホームですが。

このお話はまたいつかさせていただきますね。

 

良い季節の時であれば、庭のガーデンテラスも、一室として使用できそうです

 

過去に2回、10数名と20名以上のお客様をお招きしたことがあります。

まだ私が元気いっぱいの五十代の頃のことです。

 

その頃より、お料理の腕前は多少上がり、レパートリーは格段に増えました。

レストランのように時間を気にせず、心から寛いで談笑していただけるなら、多少苦労してもその場を提供してあげたい。

そんなことを想像して、悦になれる私は余程のお人よしなのでしょうか。

 

今の身の丈に合った、でも心を込めた温かなおもてなしをしたい。

そんな気持ちでいます。

ホームパーテイーと書くと、華やかなイメージで誤解を招きそうですね。

そうではなく、寛げる場所とお料理を提供する。

それだけのことです。

 

問題なのは、体力と気力だけ。

もし本当に実行したいのであれば、それが実行可能な年月は、そう長くはありません

私達の歳になると、体力的な問題から、夢実現にも、時間的リミットがありそうです。

 

 

この程度のことは夢とは言えないかもしれません。

一生に一度くらい、と思い、実は数年前、もっともっと大きな夢を抱いたこともありました。

航路での世界一周旅行を夢見て、パンフレットを取り寄せ、妹に何時か一緒に、と誘ったのです。

「飛鳥」での旅行は、とんでもない額になりますが。

もっと安く行ける方法があるのですよ。

そのパンフレットは、残念ながら最近捨ててしまいました。

パンフレットを取り寄せたところ、再々、勧誘の電話がかかってきて困りましたけれどね。

 

「ボラを吹くかれんさん」と言われても仕方ないです。

余りに非現実的なことのようにも。

聞き流してください。

脚も悪くなり、今となっては、夢の中の夢のまた夢です。(笑)

 

私が愛読している、「どこかに行きたいなぁ」の記事を今後も楽しみに読ませていただくつもりです。

お蔭さまで、世界中を旅行している気分に少しなれます。

futenさん、ありがとうございます。

 

 お客様をお招きしたら、ここで料理の腕を振るうつもりです。

 

世界一周旅行に比べれば、お友達を大勢お招きして、ホームパーテイーを開くなんてお茶の子さいさいのはずですが。

気力と体力の衰えは、確実に進んでいる今。

それさえも、夢で終わるのかもしれないけれど、それはそれで仕方ありません。

実現の日を心に浮かべ、料理ノートに献立を立てるだけでも、楽しい作業。

 

夢は、年を幾つ重ねても、胸に温め、、前向きの日々を送ろうと思っています。

 

 

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五月の日記~友の作品を愉しみに、水彩画展へ

2018-06-06 07:16:45 | 

ブログに出かけ先の思い出や日々の心模様を綴っている私ですが、時々書き留めておきたいことなのに、書くタイミングを逸してしまうことがあります。

今日これから綴ろうとしていることも、その最もなるもの。

三月の中旬過ぎ頃の思い出です

早咲きの桜が目に鮮やかな、青空の美しい日の事でした。

 

 

私は親友のKさんからお知らせいただいた水彩画展を観に、数駅先の市民ギャラリーに出かけました。

絵画を見るのは大好きな私です。

ましてや、彼女の作品が展示されるとあっては、行くのが益々楽しみに。

 

午後二時から受け付け役が待っている彼女が、その時間まで案内をして下さるとのこと。

昼食も御一緒することになりました。

待ち合わせ時間にその建物のエントランスに着くと、Kさんのご主人様もお見えになっていました。

手術をして間もないお体ながら、とてもお元気そうで、ホッとした私です。

 

私のブログによく登場いただいている親友のKさんです。
知性溢れる方ですが、チャーミングなお人柄でとても素敵な女性です。

 

広々とした会場に、主催者の方とその生徒さん達の作品が、たくさん展示されています。

Kさんの説明を受けながら鑑賞させてもらった私。

まず最初に、先生の三作品を。

さすがに素晴らしい。

 

 

油絵とは趣が全く異なります。

繊細な筆遣いと淡い色彩に、被写体を見つめる人の優しさと温もりが伝わってくるかのよう。

まるでポエムの世界に浸っているような感慨を受けると、私はKさんに感想を述べました。

 

彼女が参加する水彩画展の鑑賞は、今回で二度目になります。

Kさんは、水彩を習い始めてまだ年月が浅いようですが、彼女の作品も、心をとても打つものでした。

 

 

私もできることなら習いたい、と、心が一番動かされるお稽古ごとですが・・・・・・。

目も悪く、集中しすぎると、頚椎症気味の首がとても持たないでしょう。

その上、毎日一人暮らしには広すぎるわが家の雑用に追われてばかりの身。

習う自信がどうしても持てません。

 

好奇心は旺盛でも実行に移せない、自分の地味な暮らしが、チョッピリ情けないですが。

ガーデニングとお料理に明け暮れて過ごす平凡な余生が、今後も続きそう。

私の体力には、この程度の生活が一番向いているらしく、特別不満もありません、

 

親友ながら、彼女の暮らし方はまるで違います。

5~6年前までは、国際機関で、海外向けのお仕事をなさっていました。

英語力は、現地の方と全く変わりません。

就かれていたお仕事柄のせいでしょう。

世界中に、大勢の友人がいらっしゃいます。

 

 

 私はその中の一人に過ぎなくて、誠に小さな存在ですが、彼女とは、身内に近い信頼の絆を感じています。

お付き合いを始めて、40年近くになります。

今も、海外留学生のお世話をなさったりと、幅広く、活躍なさっているため、年に数度しかお会いできませんが。

絵手紙を、頻繁に送り届けて下さいます。

 

滞米中、私の娘達を我が子のように可愛がって下さった御夫婦。

溢れるような感謝の気持ちも込め、昨年は、お二人を、久しぶりにまた、わが家にお招きもしましたが。

 

お食事をご一緒したレストラン

 

今年は彼女と、他に私たち共通の友人を我が家にご招待できないものかと、今しきりに思う私。

過去に一度、その様な経験がありますが、再度実現したくて。

思うだけでなく、実行に移せる人にならなければ・・・・・・。

と、いつも反省ばかり。

 

次回は、その思いと私のささやかな夢を、語りたいと思います。

 

5月16日記述

 

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五月の日記~庭の愉しみ

2018-06-05 06:58:47 | ガーデニング

今日は、ブログ綴りの作業に一息つきたくて、ガーデニングのお話を致します。

いつも同じような内容で、なんだか気が引けてしまうのですが。

私の庭作業は、実にいい加減。

草花の手入れの仕方の専門知識はまるでなく、自分の勘を頼りに世話をしているようなものです。

 

次女から母の日にもらったカーネンション
庭の切り花をお部屋に飾るのが私の夢ですが、
日当たりの余りよくないわが家の花壇では、旺盛な草花の生育は望めそうにありません

 

もっと真剣に学習すればいいものを、そこまでの意欲は湧かなくて。

亡き父の園芸への臨み方とは大違い。

花壇の草花に申し訳なく思いますが、私は気楽に愉しむがモットーかもしれません。

 

今年はアイスバークが純白の清楚な花をたくさんつけてくれました。

 

でも水遣り、枯れた花を摘み取る、時折剪定、お花に語り掛ける。

その程度の事はやっています。

 

最近は、もう一つ庭仕事を増やしました。

三週間おきくらいに、水で千倍に薄めた肥料をジョロで草花の根元にやる事。

このお蔭でしょうか。

心なしか、庭の植物が生き生きしてきた感じがします。

 

奥行きがないため、一見狭く見えますが、横幅があり、それなりの広さがある我が家の庭。

重いジョロをもって繰り返すこの作業は、結構時間がかかり大変です。

この奥行きのなさが原因で、フェンスに絡まる植物や樹木が、花壇に陰を作ります。

悲しいかな、我が家の花壇は、そのためにほとんど半日陰状態なんです。

 

   

五月の初旬頃、撮影した我が家の庭

 

それでも、春には主に一年草の花が、色とりどり咲き揃い、私の目を愉しませてくれました。

その春の花も、終わり、今は緑ばかり、

でもこの風情の庭も、私は大好きです。

そろそろ夏の花も揃えたいところですが・・・・・・。

宿根草の植物が場所を取って、植えるスペースがあまりありません。

今の悩みどころ。

 

 

でも、経済的なことも考慮し、このままでもいいかしら、とも。

グリーンプランツのテクスチャーや色に変化を持たせ、配置にもある程度気を配ってきたつもりの私です。

飽くまでつもり。(笑)

自信があるわけでは、全くありません。

 

 

 もっと高齢になると、庭作業は無理になっていくことでしょう。

その時のためにも、宿根草の緑を心から愉しめる庭にしたいと、すでにそれを目指しているところがあります。

一歩一歩でも、と、理想の庭を心にイメージし、日々ぼつぼつと庭仕事に今後も取り組んでいきましょう。

 

 

余生に、ガーデニングの趣味を持てたこと。

この幸せを、今、しみじみかみしめています。

 

 私の大好きな言葉を、最後にご紹介します。

「庭には何か貴重な宝物が隠されている」

庭作業の日々の感動を例えで表現した言葉のようです。

 

5月16日記述

 

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五月の日記~懐かしい友に再会して 

2018-06-04 07:14:04 | 

愉しい語らいの昼食のひと時を終え、いよいよ60数年振りに再会する友のお宅へと。

駅を挟んで、長女宅と反対の方向に向かいました。

商店街を抜けると、やはり閑静な住宅地となり、その一角に彼女のお住まいがありました。

 

今回の個展にお誘いくださったMさんが言いました。

「貴女が一緒だと言うことを、Nさんには伝えていないのよ。きっと、とても喜ばれると思うわ」

「そうだったの~。じゃあ、私は最初、名乗らない事にするわね。

おそらく誰か分らないでしょうね~」

と私は答えました。

 

ポーチの階段を上ると、本宅とは別にギャラリーがある、とても大きな御邸宅のようです。

外交官大使夫人としてご活躍された方のお宅らしく、建物は、異国の趣。

私は一瞬にして、心を捉えられてしまいました。

素敵な住まいを見るのが、大好きな私ですから。

 

 

60年ぶりの再会を目前にして、私はちょっと緊張気味。

雰囲気のある重厚なドアーを友人が開けました。

華やかさが漂う明るい個展会場の室内が目に飛び込んできました。

その奥で来客と立ち話をしておられた主催者の友人、Nさんが、すぐ私達の方に寄ってこられました。

 

ニットの明るいドレスを身に装われた個性的な彼女からは、小学生時代の面影を見い出すのは、容易なことではなかったかもしれません。

一方私は、一目で彼女に、~さん?と言ってズバリ当てられてしまったのです。

喜ぶべきかどうか、ちょっと、?が付きますね~。

 

私は懐かしさで一杯に。

感極まってしまったため、自分が彼女と、その後どんな言葉を交わしたのか、よく思い出せません、

来客が多く、落ち着いてお話しができなかったせいもあります。

今後、これを契機に、彼女と会う機会が度々あるかもしれません。

その時に、ゆっくり語り合えるのを楽しみに致します。

 

 

作品は、個展と聞いていましたが、実際はNさんの生徒さんの作品がほとんどでした。

もちろん彼女の作品もありました。

彼女は、中東方面の暮らしが長くていらしたようです。

その影響か、彼女が制作した陶磁器の彩色はとてもビビッドで、エキゾチックな雰囲気が漂ていました。

 

色々積もるお話をしたかった私ですが、彼女は接客に忙しく、この日はとても無理そうな感じ。

そのため、次回のお楽しみにすることにしました、

 

1時間ほどお邪魔し、彼女のギャラリーを後にした私達がその後寄ったのは、駅前の喫茶。

連れ立った三人仲良くいつまでも、時を忘れて語りあいました。

 

学生時代の友人は、時空を超えてすぐ信頼を取り戻せる特別な間柄。

人生の宝物の一つ、と改めて実感した私です。

 

5月16日記述

 

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五月の日記~同窓生ならではのしみじみとした会話 

2018-06-03 07:07:15 | 

60年振りの友との再会を前に、御一緒した同窓生の三人で、昼食を先に取ることにしていました。

個展を催されているNさんのお住いの最寄り駅は、長女家と同じ所。

幸いにもその日は、週に一回、娘宅に出かける曜日と重なっていました。

 

そのため、いつも通り、私の手作りの料理をキャリーバッグに詰め込み、まず最初、次女宅へと。

その後、長女宅に行き、それから、待ち合わせ場所の駅に、徒歩で向かった私です。

 

その時の料理です。
ピーマンの肉詰め・スペインオムレツ・コールスローサラダ・野菜スープ
今日か明日、この料理のレシピをすべてまとめ、料理ブログに、記事として掲載予定です。
良かったら、参考にして下さい。

 

到着したところ、二人の友人の姿がすでにありました。

彼女たちとも、数年振りの再会です。

お洒落に装い、溌剌とした印象のお二方は、70代にはとても見えません。

 

昼食は、長女家が馴染みの中華レストランへと私がご案内しました。

小さな店構えですが、次女も良く知っている程、味には定評がある所。

そこで、1200円のランチメニューをいただきました。

 

 

五月の中旬に差し掛かっていたのに、肌寒い日。

そのため、シンプルな熱々のラーメンと、お店自慢の温かな小籠包がとても有難く、その美味しさを一層味わうことができました。

その席で、学生時代の思い出話に花を咲かせ、旧交を温め直した私達です。

 

Mさんは、小学校では6年間同じクラスでしたが、そのころの彼女は、とても弱々しく影の薄い存在でした。

一方、私は元気いっぱい、いつもクラスの中心的存在だったようにも。

彼女が言うに、「あなたにいじめられたことがあったわよ」と。

そう思われても仕方がないような記憶が、恥ずかしいですが、私にはあります。

いじめた覚えはないのだけれど、その頃は彼女のことが、あまり好きではなかったかもしれません。

 

けれど、中学生になった途端、難関の受験を突破して入学してきた優秀な外部性に圧倒されまくりの私。

中学校は、屈指の有名進学校でしたから。

私達は付属小の内部性で、エスカレーター組。

元気だった私は次第に自信を失い、彼女と同様に、影の薄い、弱々しい学生になってしまいました。

彼女に、そのように述懐したところ・・・・・・。

 

小さなお店ですが、おしゃれな雰囲気。
だけど、店長さんは、とても不愛想。
無愛想な所が、いいのよ、と娘の弁。

 

彼女が、言いました。

「あなたの印象は、そんな風では全然なかったわよ。

いつも明るい表情をしていて、とても優しい人。

そんなイメージで目立っていたわ」と。

私が、その言葉を否定すると、彼女が、またきっぱりと言いました

「私は、絶対お世辞は言わないから」と。

 

暗い中高時代と思い込んでいた私の当時の想い出に、光明が差し、ちょっぴり自信を取り戻した一瞬でした。

今の彼女の一つ一つの言葉には、とても説得力があるからです。

小学校時代の彼女の雰囲気とはまるで違います。

別人格の素敵な女性になられ、感動を覚えるほど。

 

慈悲深く、懐深い印象。

彼女が語る一つ一つの言葉が、胸の奥に染み入ります。

良き母親で、五人のお孫さんの良きおばあちゃま。

外科病院では、お医者様の奥様として、いつもご主人と院内で働く看護師や事務員さんたちを支える存在。

そんな彼女の姿が、お話から、とて伺えてきました。

 

人間が素晴らしくできた、心優しい肝っ玉母さん!

今では、そんなイメージの彼女です。

彼女の結婚後の人生の充実ぶりが分るようでした。

 

 4月28日撮影 マーガレット

 

 

 彼女が言いました。

「私は、学生時代、勉強が大嫌いで、やる気もまるでない、情けない学生だったから」と。

一方、私は言いました。

「私は、勉強をやる気は人並みにあったかもしれないけれど、気力と体力がまるで続かない情けない学生だった」と。

「小学校時代は性格は正反対だったかもしれないけれど、中学時代は似た者同士だったのよ、きっと私達は」

と言って、お互いにちょっぴり苦い青春時代の思い出を懐かしみました。

 

彼女と、個人的にゆっくりお話ができて、本当に良かった。

まるで親友のような信頼の絆を感じたひと時でした。

 

もう一人の友人も素敵な方でしたが、私は小・中・高でクラスが一緒になったことは一度もありません。

そのため、、共通の個人的な思い出を語る所までには至りませんでした。

ご主人様は、テレビをほとんど観ない私ですら良く知っている某テレビ局のゴールデン番組をいくつか受け持つプロデューサーとしてご活躍なさった方のようです。

Mさんからは、外科病院ならではのゾッとするような苦労話を、もう一人の友人からも、色々な思い出を聞かせてもらいました。

 

輝いてお幸せそのものに見える方々にも、陰の苦労はいろいろおありだったのでしょう。

それを一つ一つ乗り越えて、それぞれの今の充実した余生があるのだと、しみじみ思えた、良きひと時でした.

明日に続きます。

 

5月13日の記述

 

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五月の日記~懐かしい友と六十数年ぶりの再会の日 

2018-06-02 07:00:17 | 

ブログの更新をお休みする前、最後に綴った記事の続編を、今日は書きたいと思います。

小学校時代に別れ、60数年振りに再会を果たした友とのひと時について。

その時ご一緒した二名の同窓生たちとの、有意義な語らいについてなども。

 

この再会が、初恋の人だったら、それはそれは緊張し、胸がどきどきしたことでしょうね。

残念ながら、そうではありません。(笑)

小学校の初恋は、ちょっと無理な話でしょうか。

 

でもやはり逢うにあたって、私は何時もの友人の集まりより、多少準備に余念がありませんでした。

5月の中旬過ぎに行く予定だった美容院を早め、髪をいつも通りのフルコースケアできれいにセットしてもらいました。

何時もはもったいなくて、コメ粒ほどしか指に載せない高級な栄養クリームも、その前夜はたっぷり使用しました。(笑)

 

 価格にかなり差がある二つのクリームを朝用と夜用に分け、
交互に使用し、倹約に努めている今の私です。

 

年老いたのはお互い様ですから、そんな見栄を張ってもどうしようもありませんのにね。

でもやっぱり、少しでも元気な私の姿を見てもらいたくて。

同窓会に出席するときと似た心境でした。

皆さまも、そんな気持ちになられませんか?

 

噂によると、再会する友人は、外交官大使の奥様として活躍されてきたようです。

彼女の生い立ちの境遇から、十分想像がつくこと。

小学生時代、母親同士も親しくしていた、私達の間柄でしたが。

彼女の親せきの別荘に、親子で同じクラスの人達が5~6組、招かれたことがありました。

瀬戸内の海岸を目前にしたそのお宅の広い庭で、夏空の下、思い切り遊んだものです。

御親戚には政治家が多く、確かその別荘も、郷里出身で大臣になられた御祖父さまのものでした。

 

 

記事に関係ありませんが、広島のグランドプリンスホテルに宿泊したに時に撮った瀬戸内の画像です。

 

何故か、その時の記憶は、今もとても鮮明。

戦後、まだ十数年の時のことでしたから。

子供心にも、彼女の庶民の暮らしとは違う何かを、私は感じ取っていたのかもしれません。

でもその友人もお母さまも、気さくな明るい人柄で、とても良い方達でした。

 

その彼女と、60数年振りの再会です。

数年前に、今回誘って下さった友から、

「その方のお宅に同窓生が幾人か集まることになったので、あなたも来ない。

Nさんも、あなたに会いたがっていたわよ」とのお言葉をかけて頂きました。

けれど、その当時は、それどころではなく、私は夫の介護に明け暮れていたのです。

お会いしたいのは山々でしたが、お断りしました。

今回は、その願いが、ついに叶います。

 

中央の人が、今回誘って下さった友です。
彼女の人柄に、私はすっかり魅了されてしまいました。

 

友の話では、

「大使の奥様を経験されただけあって、料理がお得意みたいよ。

毎年でも手料理で私達を招きたい、とおっしゃっていたわ」とのことでした。

ご主人様を七年前に失くされ、今の私と似た境遇でいらっしゃいますが。

大使の奥様を経験された彼女から、洗練された社交術やお料理を教えて頂けるなんて、私にはとても幸運なことに思えます。

 

この再会を今後も大切にしたいもの、と願いながら、彼女のお宅に、友達と一緒に向かいました。

次回に続きます。

 

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五月の日記~予算生活を徹底している私の暮らし

2018-06-01 07:01:55 | 暮らし

ブログ更新をしばらくお休みする宣言をしたせいでしょうか。

何だか一気に気が抜けてしまったよう。

昨日は、前日に続いて整骨院に出かけた以外は、家の中でだらだら過ごしてしまいました。

日課にしている決めごとの家事も余りしないで。

前の日、私にしては精力的に行動しました。

ですから、疲労の果てのこの日ののろまな態度は、止むを得ないところがあったのですが。

 

確かに家事はあまりしなかったけれど、だらだらと過ごしたわけでもないのかも。

デスクワークに没頭していましたから。

机上の作業を切り上げたくても、家計簿の収支が合わなくて気持ちがすっきりせず・・・・・・。

とことん、計算を繰り返し、何とか納得。

 

私は年の終わりに到達すべき、積み立ての目標額も決めています。

去年は達成できたので、今年も十分可能な金額と思っているのですが、昨日の私の計算では、その額になってくれない。

何故だろう?

頭が混乱するばかり。

わたしの思い込みの計算間違いが、多々あったことに因るものでした。

最後は、予算通りの数字が出て、ほっと一安心しましたが・・・・・。

家計簿の記帳をしている時ほど、自分の頭の悪さを痛感する事はありません。

 

 

予算生活を徹底する力と支えになってくれているのは、羽仁もと子さんの予算家計簿。

愛用し始めて、もう30年以上になります。

株式投資に熱中し、大損したときも、家計簿は付けていました。

自分名義の資産を当て、お金の出所が違うと思っていたからでしょうが。

それは大きな、甘い勘違い。

正気に戻った時は、大損失を被っていました。

でも物は考えよう。

家計簿を記帳していなかったら、もっと大変なことになっていたかもしれません。

 

投資を辞めてからは、堅実な予算生活を送るようになりました。

貯蓄もかなりでき、今の安定した暮らしを築けるまでになったのです。

羽仁もと子さんの家計簿には、私はいくら感謝しても感謝しきれない思いでいます。

 

でも今月はピンチ。

交際費や孫費の出費が多すぎて、私の貯蓄の月間目標額が達成できそうにありません。

四月までは予算通りの暮らしで順調にきました

 

昨日、その額を達成するために、五月に使用できる金額を割り出しました。

何と少ない事。

それをお財布に入れました。

厳しい今月のわが家の家計の実態を常に認識して暮らしたいと思ったからです。

 

この三点セットは、いつもテーブルの上に置いています。

 

厳しいと言っても、目標額の貯金を織り込んでの予算生活ですから、遺族年金の身にしては、私はとても恵まれているのかもしれません。

これも、すべて夫のお蔭です。

日々、諸々の感謝の言葉を、御位牌に向かい、必ず声をだして述べています。

何よりも、孫たちの健やかな成長を見守って下さい、と、旦那さまにお願いしているのですが。

 

お金にとらわれた暮らしはしたくないけれど、昨日のように一年を通しての予算収支を概算し、家計の整理をするのは悪い事ではありません。

堅実な暮らしの励みになってくれます、

今年も目標が達成できるように、一層頑張りましょう。

 

 以前、北側の洗面所のカーテンを手洗いで優しくお洗濯をしたのに、まるで溶けるように破れてしまいました。
それ以来、お洗濯は厳禁、のわが家の古いカーテンです。

 

一階のカーテンを新しくする、白アリ予防の薬の散布、シンクの下の収納床の張替え。

できればファミリールームのチェストの取り換えと私の寝室の模様替え等々。

大きな出費を覚悟して、今後手がけたい項目がいくつかあります。

 

でも、なかなか取り掛かれない私。

夫が元気だったころは思い立てば割と早く実行できたことが、今はそうはいきません。

優柔不断で、決行するには、長い時間を要するようになってしまいました。

同時にするのは無理なので、一つ一つクリアーしたい、と思っていますが。

夢で終わってしまうこともありそう。

来春か今秋には、まずカーテンから、と思っています。

 

これからも予算生活に励み、堅実な暮らしをする一方、「優雅さ」や「美しいもの」を取り入れる心の余裕と遊びは、幾つ年を重ねても、常に失いたくない私です。

 

 5月12日記

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