今日が一番素敵

丁寧な暮らしを心がけながら、日々、折々のの心模様を素直に語ります。
今が一番素敵との思いを込めて。

真剣に叱られる~我が家の夕食の献立 みぞれ鍋・肉じゃが・卵豆腐・菜の花の辛し和え・お刺身

2015-01-24 07:16:34 | 料理

  

真剣に叱られる

 

おたがい人間、叱られるということは、あまり気持ちのよいものではない。

自分に非があったと認めていても、叱られるということはやはりいやである。

だから、叱られるよりも叱られない方を好みがちで、これは一つの人情でもある。

 

また叱るほうにしても、あまり気持ちのよいものではない。

うれしい思いはしない。

だからできれば叱らないに越したことはないわけで、これもまた一つの人情といえよう。

 

しかし、人情と人情がからみ合って、マアマアのウヤムヤにすぎ、

叱りもしなければ叱られもしないということになったら、どうなるか。

神さまならいざ知らず、おたがいに人間である。

知らず知らずのうちに、ものの見方考え方が甘くなり、そこに弱さと、もろさが生まれてくることになる。

 

もちろん、私情にかられてのそれはいけないけれども、ものの道理について真剣に叱る、また真剣に叱られるということは、

人情を超えた人間としての一つの大事なつとめではあるまいか。

叱られてこそ人間の真の値打ちが出てくるのである。

叱り、叱られることにも、おたがいに真剣でありたい。

 

松下幸之助著 「道を開く」より

 

この感想を最後に綴っています。

 

 

 我が家の夕食の献立

 

みぞれ鍋・ぶりのお刺身。卵豆腐・菜の花の辛し和え

夫の入院前日の夕食です。

既に載せた画像ですが、レシピを残したいので、また掲載します。
大皿の空いたところには、一口切りの鶏肉が置いてありました。
お鍋の中で煮込み中です。

 

 

 みぞれ鍋

材料

鶏もも肉・・・・・・・・・・・・600g

 酒・・・・・・・・・・大さじ1

人参・・・・・・・・・・・・・・80g
春菊・・・・・・・・・・・・・・一束
えのきだけ・・・・・・・・・・・2袋
豆腐・・・・・・・・・・・・・・1丁
大根・・・・・・・・・・・・・・600g

 だし・・・・・・・・・・・・・カップ6
 酒・・・・・・・・・・・・・・大さじ2
 薄口しょうゆ・・・・・・・・・大さじ1/2
 塩・・・・・・・・・・・・・・小さじ1

ポン酢しょうゆ

作り方

① 鶏肉は一口大に切り、酒を振りかけておきます。

② 人参は約7㎝長さの短冊に切りにします。春菊は、長さ2~3つに切ります。えのきだけは、根元を切ってほぐします。

③ 豆腐は一口大に切ります。

④ 大根はすりおろし、ざるにとって水気を自然に切ります。

⑤ 土鍋にAを煮立て、鶏肉を入れて、あくをとりながら煮ます。人参、豆腐、えにきだけを加えて煮ます。
  春菊を加え、大根おろしを一面にのせて、火が通ったら、ポン酢しょうゆで頂きます。

 

肉じゃが

既に載せたことがあるレシピですが、
このページを開けがすぐ見られるように、便宜上、幾度でものせるつもりでいます。
とてもおいしい肉じゃがですので、ぜひ一度お試しくださいね。

肉じゃが


<材料>

じゃが芋・・・・・・・・・・・・4個
玉ねぎ・・・・・・・・・・・・・1個
人参・・・・・・・・・・・・・・1/2本
しらたき・・・・・・・・・・・・1玉
牛薄切り肉・・・・・・・・・・・200g
サラダ油・・・・・・・・・・・・大匙2
だし・・・・・・・・・・・・・・2カップ強
酒 ・・・・・・・・・・・・・・大匙2
砂糖・・・・・・・・・・・・・・大匙4
塩・・・・・・・・・・・・・・・小匙1弱
しょう油 ・・・・・・・・・・・大匙3
絹さや ・・・・・・・・・・・・8枚

<作り方

① じゃが芋は一口大に切り(大き目)、面取りし、水にさらしてざるにあげておきます。玉ねぎは八等分にくし形に切り、人参はは乱切りし面取り、しらたきはさっとゆでてから食べやすい長さに切ります。牛肉は、3~4センチの長さに切ります。


② サラダ油を熱し、強火で玉ねぎを炒め、次に牛肉を入れて炒め、色が変わったら、じゃがいも、人参、しらたきを加え、全体に油が回ったら、だしをひたひたに入れます。

③ ②を強火にかけ、煮立ったらアクを取り、酒を加え、蓋をして中火で4~5分煮ます。

④ 砂糖を加えて5分煮、塩を加えて5分、しょう油を加えてさらに10分煮ます。途中、鍋の中の上下を返すようによく混ぜます。

⑤ 火を止める直前に、さっとゆでた絹さやを半分斜めに切って加え、さっと煮、器に盛ります。

 

菜の花の辛し和え

 

材料

菜の花 ・・・・・・・・・・・・・・・1/2ワ
塩・・・・・・・・・・・・・・・・・ 一つまみ
だし・・・・・・・・・・・・・・・・ カップ1/2
塩・・・・・・・・・・・・・・・・・ 小さじ1/2
うす口しょうゆ ・・・・・・・・・・・小さじ1と1/2
みりん・・・・・・・・・・・・・・・ 小さじ1
溶きがらし・・・・・・・・・・・・・ 小さじ2

 

作り方

 ① 菜の花は根元を切り落とし、水につけてシャキッとさせる。塩一つまみを入れた熱湯で柔らかくなるまでゆで、ざるに上げ、うちわであおいで冷ます。
② だし、塩、うす口しょうゆ、みりんを合わせ、溶きがらしに少しずつ加えてのばす。
③ 1をバットに並べて2をかけ、約10分間おいて味をなじませる。汁けを軽くきり、食べやすい長さに切って盛る。

 

卵豆腐

 

卵豆腐

材料 4人前

卵・・・・・・・・・・・・・・・・・・・6個
昆布とかつおのだし(冷めたもの)・・・・卵の1.3倍
別のだし・・・・・・・・・・・・・・・・・・カップ1と1/2
ゆずの皮・・・・・・・・・・・・・・・・少々

A

塩・・・・・・・・・小さじ1
みりん・・・・・・・小さじ1
薄口しょうゆ・・・・小さじ1/2

作り方

① 卵は箸を立てるようにして泡をたてないようによく溶きほぐし分量を量り、卵の1.3倍の冷めただしに、Aの調味料で味を付け、よく混ぜ、さきの溶き卵と合わせて混ぜます。

② 流し箱に固く絞った布巾をきっちり敷いて①を流しいれ、こします。

③ 流し箱の表面の泡を丁寧にすくい取り、蒸気のたった蒸し器に入れて約17~18分間、中火以下で蒸します。
  この時、蓋の間に乾いた布巾を挟んで、水滴の落ちるのを防ぎ、蓋も少しずら背て空気の逃げ道をつくり、中の温度を下げます。

④ 別のだしに塩こさじ1/2、みりん小さじ1、薄口しょうゆ小さじ1/2で味を調え、冷ましておきます。

⑤ 蒸し上がった卵豆腐を冷ましてから、さらに冷蔵庫でよく冷やします。

⑤ 崩れないように形よく切り分け、冷たい吸出しを張り、吸い口にゆずの皮のそぎ切りをのせてすすめます。

 

☆ 蒸し上がりの加減は、流し箱の中央に竹串を刺してみて、濁り水が出なければ蒸し上がっています。 

 

      

 

叱るというのは、親子間では当たり前の行為で、実に純粋な思いから生まれてくる場合がほとんどでしょう。

子供が成長していく過程で、不可欠な大切な事と思います。

でも親子間でさえ、時に、その時の気分で、意味のない叱り方を子供にしている場合もありますね。

子育て中、私も良く反省したものです。

 

ある意味、非常に難しい所作ではないでしょうか。

 他人を叱るのは、尚更です。

 余程の誠意をもって叱りませんと、相手の人にはなかなか素直に受け入れてもらえないのでは。

私情が絡むことが多いようにも。

相手の心を正確に理解するのは、そう簡単なことではありません。

決めつけてかかるのは、傲慢な態度になりかねませんものね。

 

会社において、上司が部下を叱るのは、別問題かもしれません。

親子関係に似ているようにも。

わが子を叱るような愛情をもって、傍若無人に振舞う若者を叱る勇気が自分にあれば、とも思いますが。

 

私は子供が幼い時は、度々繰り返した行為ですが、

今では自分自身を叱咤激励して叱ることはあっても、他人を叱る勇気はありません。

皆様は如何ですか。

 

追記

すでに半年くらい前のことになりますが、多数の料理本を刊行している大手出版社と、

「道を開く」の発行元に問いあわせましたところ、

営利目的でない限り、

個人ブログにレシピや、松下幸之助氏の箴言を載せることは著作権の侵害に当たらないとのお返事を頂いています。

 

         

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心優しいお見舞客

2015-01-23 07:50:14 | 病気

もっともっと速く、ブログに綴るべきでした。

昨年末の懐かしい方々との出会いについて。

何故か、記述するのが、こんなに後回しになってしまいました。

ご厚情をかけて下さった方々に、大変申し訳ない気がしています。

 

その出会い(再会というべきでしょうか)とは、我が家をご訪問下さった4名のお見舞客のことです。

夫は入院時、友人や元同僚が掛けて下さるお見舞いへの気遣いを、すべて断ってきました。

何故でしょう?

そのあたりの旦那さまの気持ちを推し量るのは、この際よしておきます。

 

昨年末に撮った画像です。

お見舞客が見えた時季の頃です。

 

しかし、時折、私達が居住する街にまで、足を運んでくださる方もいらっしゃいます。

そういうときは、我が家にお招きするのが当然、と私は思うのですが・・・・・・。

Yさんは駅前で会ってくるといって、私の気持ちを全く察しようとしてくれません。

お見舞客に失礼では、と思うのですが、私生活を他人に見せることをあまり好まない旦那さま。

海外在住の時は、家族同士の交流は頻繁だったのですけれどね~

男同士、家庭の事を話題になどしない、と言います。

その延長線上に、見舞客を我が家に招かない夫の態度があるのでしょうか。

 

こんな時、私は男の人は女性とは全く違う生き物、と再認識します。

そういえば、高倉健さんも、亡くなるまで私生活を、垣間見せることさえなかったそうですね。

寡黙なところも実によく似ているけれど、健さんの方がはるかに情は深いでしょうね~

 

余分な話ですが、新婚時代、夫は「唐獅子牡丹」の歌が大好きで、よく聴いていました。

一般の評価と異なり、夫はやくざ映画のころの高倉健を、とても高く評価しています。

あら!とんでもない方向に話が流れてしまいました。(笑)

 

http://video.search.yahoo.co.jp/search?p=%E5%94%90%E7%8D%85%E5%AD%90%E7%89%A1%E4%B8%B9+%E9%AB%98%E5%80%89%E5%81%A5&tid=a2719aa59bb17ef652e490ce974f3ebc&ei=UTF-8&rkf=2

 

しかしそんな旦那さまながら、年末に我が家にお招きした二組のお見舞客があります。

一組は、夫の従兄にあたる、89歳と83歳のご夫婦。

90歳にほど近いご年齢ながら、奥様ご同伴で私の郷里の広島から、わざわざお見舞いに来てくださいました。

奥様は、幾つかの癌を患われ、長年闘病生活を送られていましたが、今はとてもお元気にお暮らしのようです。

ご主人様は、産婦人科医として、80代の中頃まで、個人病院を経営しご活躍でした。

ちなみに、妹は、長女をその医院で出産しています。

 

医学に詳しいご主人様の手厚い看護を受け、病をひとつずつ克服された、美しく気品に満ちた奥様。

広島の老舗の和菓子屋さんのご長女でした。

やはり開業医だった義父が紹介し、仲人を務めて結ばれたお二人です。

学生時代、数年、夫の実家に下宿し、共に過ごした時期もあるようです。

そのためか、亡き義父への恩をいまだに忘れないで、お墓参りも欠かさず、夫の病を、ひとしおに気にかけて下さっています。

 

撮影意欲がすっかり薄れてしまった私です。
去年の画像ばかりでごめんなさい。

 

身内ですし、さすがに旦那さまは、駅前で、とは言えませんよね。

我が家にお越しいただきました。

「どうしても会いたくて、老体を鞭打って上京しました」とおっしゃられ、私は感無量になりました。

外交官のもとに嫁がれたお嬢様が、練馬にお暮らしのようですが、上京したのは数十年ぶりでいらっしゃるとか。

 

90代がもうすぐといったご年齢には、とても見えませんでした。

お顔の色つやも良く、しわも見られず、お元気な姿に驚嘆してしまった程です。

優しいお人柄、実に温和な語り口。

年を重ねられ、その表情は、神々しくさえ、私の目には映りました。

 

奥様は、5~6歳お若いながら、長い闘病生活を忍んでお暮らしだったからでしょう。

背が少し丸くなられていましたが、控えめにご主人様に寄り添う凛としたお姿が、とても見目麗しかったです。

 

最初に頂戴したお見舞い品の写真を撮るのを忘れてしまったようです。

郷里に戻られ、お心づくしの品が、また我が家に届き恐縮してしまいました。
その時の画像です。
前の袋には、漢方その他のお薬が入っています。

 

主人の症状をいろいろ聞きながら、手帳にメモされるあたり、まだ医師の佇まいでいらっしゃり、頼もしい限りでした。

私は、夫の症状に不安を覚えたときは、時折、ご相談に乗っていただいています。

私が息苦しい症状に悩まされた時も、お頼りしました。。

過分なお見舞いを頂戴した上に、その後も免疫力を付ける漢方薬、その他の薬剤をいろいろ届けて下さったり、と、そのご温情は手に余るほどでした。

お優しい温かなお人柄に、心打たれてばかりの私です。

 

 

最近も、お電話で腫瘍マーカーが正常になったことをご報告したところ、

「それは良かった!それは良かった!」と感極まった様な口調で喜んでくださいました。。

我が家を後にされる時も、

「来て良かった!会えて良かった!」

と幾度もかみしめるようにおっしゃいました。

 

まさに一期一会のような出会いでしたが、またきっとお互いに元気で会うことができる、と信じて疑わない私です。

もう一組の感動的な出会いについては、また日を改めてお話させていただきますね。

 

         

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矜持は健在 頭脳明晰な旦那さま 

2015-01-22 07:48:03 | 日記

先日、地域の介護ケアプラザより社会福祉士さんが我が家に見えました。

夫の介護認定更新のための調査をするためです。

いらっしゃる前に、夫に、私は次のように言いました。

「前回のように入院中に病室に来てもらい、調査を受けたほうが、介護度は高くなるのではないかしら。

ベッドに横たわっていると、実際より症状が重く見えるでしょう」と。

 

私の予想は、見事に当たりました。

同様のことを、福祉士さんが言われたからです。

前回の調査では要介護3の認定を受けましたが、今回は2になりそうな予感がします。

介護度が低いほど、介護使用料金は安くなるようですから、喜ぶべきことかもしれませんが。

 

今の私には、さほど関心がないこと。

私は自分が元気な限り、旦那さまの世話はすべて、自分でやりたいと願っているからです。

しかし、年齢的に、我が身にいつ病魔が突然襲ってくるかわかりません。

それを心配し、昨年末、地域の介護ケアブラザーと区役所の福祉課に赴き、そういった際の対処の仕方について具体的な説明を受けたつもりでしたが・・・・・・。

1年ほど前にも、区役所の福祉課の窓口で説明を受けたようにも。

でも、実際にすぐ使用しませんと、記憶がなかなか定着してくれません。

一応、メモはしましたけれどね。

使用するような状況になってほしくないとの潜在意識が、丁寧に覚えることを拒んでいるのかもしれません。

妹にも、そばで一緒に聞いてもらいましたから、いざとなった時にはAちゃん(世界に一つだけの姥花日記)を頼りにしています。

 

 年が明けても、体調がすぐれず、いっとき家事代行を夢見て、ダスキンのパンフレットを取り寄せました。
でもすぐそんな贅沢はよしましょう、と気を取り直した私です。1日2時間で6480円。高いですね~

 

さて、我が家をご訪問下さった社会福祉士さんの、夫を見た印象は、どうだったでしょう。

まず夫が、ほかの癌患者さんに比べ、とても元気そうに見えると言われました。

痩せこけた弱々しい姿を想像してこられたようでした。

一般には、そういう方が多いとか。

主人は、確かに体重は元気な時とほとんど変わりなく、顔色もとてもいいです。

 

そして、記憶力抜群の頭脳に、驚いておいででした。

何度も、感嘆の声を上げて。

問われると、確かに過去に起きた出来事を、すべて日付付きで述べます。

10種類近いカタカナ表記のお薬も、すべて名称で言い、個別の効能も、正確に説明します。

その他の事でも、詳細に覚えていることが多々あり、私もびっくり。

私は、出来事の日付まで記憶していませんし、お薬はいつも指示されるままに服用するだけですもの。

ですから、頭脳は健康そのもので、要介護0であることは言うまでもありません。

 

苦労をしている旦那さまの気持ちを察し、昨年のクリスマスプレゼントは心を込め、少々奮発しました。
バーバリーのタートルネックのセーターとジョセフスポーツのフリースのカーデガン
それに、ソックス二足
とても気に入って愛用してくれています。

 

しかし、一見健康そうに見える夫ですが、歩行を始めると、その姿は病人そのもの。

とても痛々しくて、見るに忍びないほどです。

だからといって、手を貸そうものなら、強い態度で振り払われるだけ。

自尊心と矜持は、誠に健在な旦那さまです

 

人工肛門を造設し、パウチを付けたまま、スポーツをする方もいらっしゃいますのにね~。

何故、夫は弱々しい歩き方になるのか、私には未だによく分からないままです。

もしかすると、腸の穿孔から出る腸液を処理するドレーンの挿入口が、動くたびに痛むのかもしれません。

もう少し、気持ちを奮い立たせれば、もっと元気に歩けるのでは、と思ったりしますが・・・・・・。

そんなことを、時に忠言しようものなら、「これでも頑張って歩いているんだ」と言って、不機嫌そうなな顔をします。

それを見て、励ます言葉を、私は失います。

 

夫のストレスを多少でも軽減するには、何も言わないでそっと見守るのが一番なのでしょう。

自分の体のことが一番よく分かるのは当人でしょうし。

夫にはその体を管理する能力と意志と冷静さを今なお、健康時と変わりない几帳面さで兼ね備えていますから。

 

長女からのプレゼント。
夫は毎日聴いているようです。

 

ところが最近、旦那さまの気持ちにかかわらず、私の要望通りに事が運びそうなことがあります。

夫が長い間、拒否し続けてきたて階段の手すりが、やっと取り付けられることに。

その設置に大きな力になって下さったのが、次回の記事でご紹介します、元産婦人科医の夫の従兄です。

お見舞いくださったとき、幾度も、手すり取り付けの必要性を説いて下さいました。

そのお陰で、やっと渋々承諾したかのように見える旦那さま。

 

「良かったぁ~」と心から安堵し、早速いつもお世話になっているリフォーム会社に、私は連絡しました。

リフォーム会社の我が家担当の営業マンのKさんが、介護保険給付の申請書類を区役所から貰い、我が家に届けて下さるそうです。

それに私が記入後、リフォーム会社が手すり設置のための図面、見積書を作成し、それも同封して介護保険課に提出します。

 

それを見た区役所の建築課の職員さんが、調査のために、一度我が家に見えるとのこと。

その調査でパスすれば、いよいよ設置の工事が開始できます。

その工程がすべて終了するのに、ひと月くらいの時間がかかりそう。

工事費は助成金二十万の範囲内で収まるようでした。

 

次女からのプレゼント。

カシミヤ100パーセントのかなり高級なセーターらしいです。
先日の入院では、このセーターに私が送った紺色のカーデガンを羽織って出かけました
喜びの表情は顔に出しませんが、満足してくれていると思いましょう。

 

何事も手続きを踏まなくてはいけませんから、思ったほどスムーズに事が運んでくれそうにありません。

最近は区役所の福祉課に出かけることが、私は多くなりました。

4級の身体障害者手帳もいただけることになったので、その手続きも。

 

あれもこれもと、数種の複雑な手続きで、頭が混乱しそう。

そういえば確定申告も、いよいよ今年は、私がしなければ・・・・・

こんな状況では、疲れた何て言ってはいられませんね~

 

旦那さまが、元気な歩行を心がけ、気持ちを奮い立たせるのではなく、

介護する身の私が気持ちを奮い立たせ、気力で頑張るしかありません。

 

夫が入院時、ホテルに一人で宿泊し、優雅なひと時を持ち、息抜きしたいなあ~、といつも思うのですけれど・・・・・・

なかなか実行できなくて。

旦那さま同様、我が家に身を置いている時、一番幸せが噛みしめられる私。

なんとも夢がない暮らしです。(笑)

 

         

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我が家の食生活 

2015-01-21 07:15:22 | 病気

前回の記事の続編、といったところです。

私は、旦那さまが癌を患ってからも、食生活は以前と何ら変わりありません。

生真面目な性格のように見えますか?

実際は違います。

一生懸命頑張りたくても、体力がついていきません。

ですから手抜きがいっぱい!

いい加減なところもたくさんあります。

 

旦那さまの病に対する態度もそう。

私が具体的に取り組まないといけないことがあれば、全精力を注いででも対応しますが、ほとんどがお医者様任せ。

お医者様を絶対的に信頼するようにしています。

 

現代の医療、特に癌の治療について批判的な情報やいろいろな知識が溢れかえっている昨今。

でも私は、その様なものは読みたくても読まないように心がけてきました。

目にすれば、ストレスを溜めるだけでしょうから。

お世話になる病院と医師を絶対的に信頼するほど、心が休まることはありませんものね~

一番楽な方法で、夫の病に臨んでいる私です。

その代り、納得がゆく良い病院を選ぶように、できるだけ努力をします。

 

T大病院

 

私の旦那さまも、シンプルがベストの人です。

私が、がん関連の書物やネット情報から知識を得て、神経質な態度で夫に接したなら、さぞ嫌がるでしょう。

自然体で治療に臨みたいらしく、私が気を遣って、食事を病室に運ぶことさえも、とても嫌がります。

私には、その点は全く理解できません。

我が家の食事に比べ、あまりに病院食はお粗末。

私が食生活に気を遣い体力が多少回復しても、入院の間に、またガタ落ちでは。

食事制限はないのですから、治療中も、多少でも栄養価の高い美味しいものを食べて、元気になってほしい。

私の率直な思いなのですけれどね~

 

しかし、頑として受け付けてくれません。

「その様な気を遣われると、ストレスになる」と言います。

私なら、ご馳走が食べられて、気分転換になり、とても嬉しいですけれど。

本当に変わった人!

お菓子程度のことでは文句は言いませんが。

 

みぞれ鍋・ぶりのお刺身・肉じゃが・菜の花の辛し和え・卵豆腐

今年初めての入院前日の夕食です。

 

食事に関しては、旦那さまが肝臓がん(C型肝炎が原因です)を患い、渋谷の日赤医療センターに入院したとき時のこと。

「退院前に医師から何を食べてもいいですよ」と言われたものです。

ですから、いつもと変わらない献立で、伸び伸び料理を楽しんできた私ですが、採血で、日頃の食生活の質が医師には分かるのでしょうか。

採血の数値を目になさりながら、食生活の質の高さを、よく褒められました。

 

大腸がんを患い、放射線治療が終了し、最初の外来診察を受けた際も、T大病院の主治医に、食生活を褒められ、大層嬉しく思ったものです。

しかし、その後、放射線の副作用で、腸に穿孔ができ、急速に体調が悪化し、人工肛門の取り付け、肝臓への転移、感染症と悲しい進展となりました。

 

みぞれ鍋
一口切りの鶏肉が入っています。

 

ところが、前回の記事で書きました通り、年末の入院の際の腫瘍マーカーとCT検査による結果が、思いがけず素晴らしい内容でした。

腫瘍マーカーの数値は正常範囲、がんもかなり小さくなっている模様です。

先生の説明を伺いながら、私は歓喜するほど喜んだのは言うまでもありません。

 

 

たらちり鍋・肉じゃが・お刺身・オクラの酢の物

冬は鍋物が多いです。簡単で栄養価も高く、最高の和食ですね。
画像はアップしませんでしたが、すき焼きも大好き。
我が家の味付けは、だしを入れない関西風です。

 

今使用している抗がん剤が、夫の体にとても合っていたのでしょうね~

その幸運をまず心から喜び、先生に感謝しましょう。

次に思い当たることは、旦那さまの生命力と、冷静な態度、癌と闘う強い意志を挙げたいと思います。

 

私の十八番料理の肉じゃがです。

 

その次くらいに、私の食生活の貢献度も入れていいかしら。

さほど気も遣っていないことゆえ、羅列するのはおこがましいことのように感じられますが。

食生活で、一番思い当たることは、夫の食欲が、抗がん剤治療をしているにもかかわらず、とても旺盛なことです。

よく私は冗談で、Yさんに言いました。

「そんなに食欲があると、がん細胞が活発に働いて、増殖しないかしら」と。

 

おそらくこれは、私の大勘違いだったのでしょうね~

結果はその逆で、正常な細胞が栄養をたくさん取り入れることで元気になり、癌細胞をやっつけてくれているのかもしれません。

私の料理が夫の体にどのような影響を与えているのか知る由もありませんが。

思いがけない喜ばしい検査結果内容を聞き、今まで通りのの食生活を続けることが大切、と思うようになりました。

 

ぶりの照り焼き・ちくわとじゃが芋の煮物・小松菜としめじの酢の物風あえ物・ごま豆腐・さつまも入りの豚汁風お味噌汁

昨夜の夕食です

 

持続してよく食べ続けているものの中に、もしかすると癌を小さくする効果がある食料があったのかしら?

それは、サラダとヨーグルトでしょうか。

 

病気になってからは、健康時の数倍朝食に力を入れるようにもなりました。

サラダ、卵料理、ハム、ウインナー・ベーコンといった肉料理、バナナ・ブルーベリーを入れたヨーグルト、時にスープなど、ほとんど毎回出しています。

ヨーグルトに入れるブルーベリーは眼に良いから。(夫は眼の難病も患っています)

バナナは、白血球の減少を予防する効果があるそうですから。

気休めに過ぎないかもしれませんけれど。

 

着色保存料は一切入っていない無添加のブルーベリーのシロップ漬けです。

 

もう一つ夫の食生活の特徴は、飲料として水道水は一切使用していないことです。

長女が毎月届けてくれるボルビックのミネラルウォーターを飲んでいます。

外国ならともかく、日本の水道水は衛生的で質が高いようですし、横浜の水道水は特に良いと聞いたことがあります。

ですから年金暮らしの身には、贅沢に感じて、ちょっぴり娘に愚痴りました。

 

 

すると長女のMちゃんから、突然ボルビックのミネラルウォーターが届きました。

その後も、定期的にずっと送ってくれています。

旦那さまに、言いました。

改めて、そんな心遣いをしてくれるNちゃんに感謝しながら・・・・・・。

「もしかすると、ミネラルウォーターのお蔭かしら?」と。(笑)

 

長女のNちゃんから年末に届いた和菓子。
いつも、本当にありがとう!

 

すべて想像の域を出ない勝手なお話でした。

化学療法の点滴の効果が、やはり抜群なのでしょう。

2種類の薬を入院中に点滴しています。

薬名は、エルプラットと5FUです。

ひと月に五日間の二度の入退院を昨年の四月から繰り返してきました。

 

手のしびれ、だるさと闘い続け、辛い日々を送る旦那さまを、見守ることしかできない私。

せめておいしいものを調理し喜んで食べてもらえるように、今後も一生懸命に心がけるつもりでいます。

 

         

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花のように泉のように

 

 

 


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信じられないような新年の吉報  腫瘍マーカーが正常値に

2015-01-20 19:01:53 | 病気

年末年始に体調を崩した私ですが、去年のクリスマスの頃は次女夫婦が、お正月には長女家の長男R君がインフルエンザにかかりました。

その後、R君のパパまでも。

クリスマス、お正月に支障をきたすような状況に見舞われたのは、結婚後の我が人生、数度にしか過ぎません。

この前は、私が60歳の時。

クリスマス直前に過労で倒れ入院し、新年は長女宅で静養させてもらいました。

 

私はお正月の席で、家族に話しました。

「年明けから、少々情けない思いを我が家はしているけれどね。

きっとこれは、今年の厄払いを早々にしてくれたのよ。

そう思いましょう」

と。

 

その言葉は、嘘ではなかったのかもしれません。

信じられないような朗報が、最近T大病院から私の耳に届きました。

何と、旦那さまの腫瘍マーカーが正常に!

数値は、4.6。

CT検査の画像によると、癌がとても小さくなっているとのこと。

「此処まで抗がん剤が効くとは、とても素晴らしい事です」との先生のお話でした。

 

 

私は一瞬、我が耳を疑いました。

なぜなら、年末の入院前のことでした。

主治医から、かなり悲観的なお話があり、私はショックを受けていたからです。

その内容は、娘たちと相談し熟慮の末、旦那さまには話しませんでした。

ところが、この度の思いがけない嬉しいお知らせ。

最初はは半信半疑。

けれど、お話を伺う内に、事実に間違いがないことが分かり、こみ上げる嬉しさは抑えきれないほどでした。

 

T大病院の先生方は、患者とその家族に、病状についての説明が不十分では、と少々不満に思っていた私です。

主治医の先生は、臨床だけでなく、大学で教鞭も取っておいでです。

講演のために、出張にもよくお出かけになります。

私が病室を見舞うときと、先生がおいでになる時間のタイミングが合わないことも多くて。

止むを得ない事情があるのですが。

 

そのうえ、私の旦那さまは非常に寡黙な人。

私なら10伺うところを、1聞けば満足してしまうような人です。

そしてさらに、お医者様の話をごく一部しか、私に伝えてくれません。

本人は全部報告したつもりのようですが。

 

年末の入院でCTを受けた翌日、病室で私は旦那さまに尋ねました。

「その後、結果のお話は、先生からあったの?」と。

その答えは、

「腫瘍が幾分小さくなっている、と言われた」

たったの、それだけです。

 

 

その程度のことでは、

「それは良かったわね~」と応えるくらいの感慨しか、私には湧きませんでした。

ところが年明けに個人的に若い医師とお話させていただく機会があり、もっと詳しい説明を受けました。

その内容ははるかに感動的なものでした。

ですから、その報告がいかに素晴らしいものであるか、幾分強調気味に、改めて旦那さまに伝えた私です。

 

少々鈍感すぎる、困った人。

言い換えれば、感動表現ができない、冷静な性格いうべきでしょうか。

女性と違い、男性にはよくあるタイプなのかもしれません。

でも私の喜びようを見て、改めて癌の回復ぶりを再認識したかのような様子でした。

 

けれど、相変わらず気難しいところは変わりなく、穏やかとは、とても言い難い旦那さま。

抗がん剤の副作用の辛さが、日々私にもひしひしと伝わってきます。

腫瘍マーカーが正常なら、一時的に抗がん剤治療を中止し、楽にさせてあげたいとさえ思いますが・・・・・・。

とても良く効いている療法を中断したり、違う薬に乗り換えたりするのは、とてももったいないことのようでした。

「もうしばらく辛抱すれば、がんが消えてしまうかもしれないから、それを目標にして、もう一頑張りしましょう」

と私は言っています。

 

 

次女のMちゃんに医師からの嬉しい報告を伝えたところ、

「それは良かったわね~ママのお料理がよかったからよ~」

と言ってくれましたが・・・・・・。

そんなことはないでしょう。

日々の料理に、特別な気を遣ってきたわけでは、私はありませんから。

我が家の食生活については、次回にもう少し詳しくお話させていただきますね。

 

とにかく思いがけない吉報で、私の目の前に希望が差してきました。

風邪やインフルエンザで、少々戸惑った我が家族ですが、とても「幸先のよい年明け」と、言い換えることに致します。

 

        

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認知症予防のためにもブログ綴りを頑張らなくては 

2015-01-19 06:12:44 | 日記

一週間は連続投稿予定でしたのに、六日でつい頑張りが利かなくなり、お休みを取ってしまいました。

その期間も、予想外に長くなりご無沙汰致しました。

 

年末年始に体調を崩し、年が明けてからも、体調は万全ではありませんでした。

それにもかかわらず、お正月記事はタイミングよく投稿したいがために、無理してブログ綴りを開始した私です。

読み直すと、お正月に関連しない記述も多いですね~

 

いつものような下準備は全くなく、日々ぶっつけ本番の記述でした。

私の体力では、疲れるのが当然。

その後も風邪の症状がなかなか抜けず、微熱も午後になると出るありさま。

酷い、首と肩の懲りにも悩まされました。

 

生活のリズムは狂ったままで、軌道修正が思うにまかせず、ストレスはたまる一方。

風邪をひくまでの、呼吸法による元気復活は何だったのでしょう。

少々年明けらしくないスタート振りで、夢のような元気には幾分裏切られた感がしています。

しかし一方、またまた夢のような嬉しい出来事もありました。

どうか、この夢が醒めることなく、今後も順調に進展してくれますように。

この詳細については、次回の記事でお知らせいたしますね。

 

ウインターコスモス

年末から、全く写真を撮っていません。
画像は、12月の中旬頃のものです。

 

こんな私ながら、ブログを開設した頃は、時に休憩を入れてはいるものの、長い期間にわたって連続投稿していたなんて。

信じられないようなことです。

それも長文。

どこに、そんな体力と集中力があったのかしら。

 

たまに過去の記事を読むと、文章が余りに拙く、同じことを二度繰り返して書いていたり、と。

読むのが嫌になってしまうほどです。

そのころは、書きっぱなしで、丁寧な推敲などほとんどしていませんでした。

そのため、その当時の文の推敲し直しを始めた時期もありました。

けれど、そんなことに時間を割く余裕もなく、なんだかばからしくなって、すぐ止めてしまいました。

でも永久保存になるのなら、いつかまた手を加えたい、との気持ちは常にあります。

 

文章を綴るには、かなりの体力と集中力を必要としますよね。

ほどほどの好奇心も持ち合わせないと、書き続けることはできません。

 

ですから、頭脳を働かせ、多少でも感性を磨いてくれるブログ綴り作業は、頭の老化予防には最適。

それを疑う余地はないでしょう。。

だから、最近は止めたくなっても、私はもうやめられない。

止めてはいけない。

そんな心境でいます。

 

それなりに時間を割き、頑張り続けてきたこの作業を、突然止めると、きっと私の頭脳老化が一気に進みそう。。

冗談ではなく、真剣にそう思うからでず。

ですから、お休みの間も、短時間でも書く作業は継続していました。

 

 

65歳以上は、5人に一人が認知症だとか。

信じられない現象ですね~

認知症は、日本人に特に多いそうです。

 

そういえば、旦那さまとの会話も、かみ合わないことが最近多くなってきて、よくYさんが、いらいらしたりするんですよ。

私には、Yさんが頓珍漢なことを言っていると感じることが多いのですが。

旦那さまは、逆なことを思ているでしょう。

「これから年を取るにつれ、このようなことがますます頻繁になっていくわよ。

そのたびにイライラするのは、あまりに大人気ないわ。

笑い飛ばす度量を老夫婦はお互いに持ち合わせなくてはね」

と、私はYさんによく注意します。

だって先に私が呆けてきて、いつも叱られてばかりいるような哀れな妻にはなりたくありませんもの。

 

過去のYさんは、実に寛容な人柄で、私に文句を言った事など一度もなかった、といっても過言ではありませんでした。

ところが60代後半に入った頃からかしら。

特に最近は、些末なことで、いらいらすることが多くなってきたようにも。

難病の目の症状は悪化していますし、数年に及ぶがんとの闘病生活もあり、止むを得ない事なのでしょうけれど。

今は、抗がん剤の副作用で、日々、大変辛い思いをしているYさんですから。

 

けれど時に、旦那さまの理解に苦しむ態度に傷つき、私は心が折れそうになる事もあります。

決まって、疲労が濃い時ですね~

イライラは多分に、老化によるところがあるのかもしれません。

気にしない、気にしない、と自分に言い聞かせ、心の平衡を保つように努力しています。

どうにも辛くなった時は、妹にしゃべりまくり、ストレスを発散。

翌日は軽くなった心で元気復活。

妹は迷惑至極かもしれないけれど、よくあるパターンです。

 

とはいえ、今なお、記憶力抜群で頭脳明晰な旦那さま。

馬鹿にされないためにも(笑)、ブログ綴りは今後も出来るだけ続け、凡庸な頭が、これ以上悪くならないように気を付けます。

 

 

最後になりましたが、1昨日の17日は、阪神・淡路大震災から20年目になるのですね。

私は当時の早朝、今いる部屋でNHKニュースを観ていて、それを知りました。

最初の報道は、割と淡々としたものでしたが、これはただ事ではないのでは、と大きな不安が胸をよぎった事を今でもはっきり覚えています。

その時の部屋の空気感までも。

二十年前のこととは、とても思えません。

 

その後、見事な復興を遂げた阪神地区。

家族の犠牲を目の当たりにした多くの方々も、その悲しみの慟哭から這いあがり、徐々に元気を取り戻されたに違いありません。

亡きご家族や友人に心配をかけまいと、その方達の分まで頑張って生き抜いてこられたのではないでしょうか。

その切ない思いをお察しすると、いまでも胸が痛み、頭が下がる思いが致します。

そして自分も如何なる苦難に出遭っても、くじけないで生き抜かなければ、と励まされます。

改めて、ご遺族の皆様の御心中を心よりお察し、今後のご多幸をお祈り申し上げます。 

 

        

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我が家のお節料理

2015-01-09 06:40:06 | 家族

明日は、朝早くから夫婦揃ってのお出かけ日です。(昨日の記述)

ですから今日中に、家事の合間に記事を綴り終えておきたいもの、と。

昨年の秋頃からでしたかしら。

一週間、連続投稿したなら、しばらくお休みを取る方針に変えました。

緩急自在のメリハリあるこの書き方が、結構気に入っている私ですが、そのためには、あと二回投稿しなければなりません。

少々息切れしてきましたけれどね。

 

私は体調を崩し、1品もこしらえていません。
すべて娘たち二人の共作です。
特に次女には、その他の面でも一方ならぬお世話になりました。
Nちゃんたち、本当にありがとう!

 

今日は遅ればせながら、我が家のお節料理について、詳しく書きたいと思います。

毎年、同様のことを綴っているようにも。

昨年の記事を読んでから、とも思いましたが、面倒なのでよし、このまま書くことに。

 

私がお節を作り始めたのは、10月に結婚し、二か月足らずで早々に迎えた、新婚時代のお正月前からです。

ほやほやの新妻ながら、実家の慣習が染みついていたのでしょう。

旦那さまのためにお節を作るのが当前と思っていたようです。

しかし、娘時代、年末に母のお節作りを積極的に手伝った覚えはほとんどない私でした。

裏ごしぐらいはやっていましたけれどね。

働き者だった母が、一手に家事、料理を引き受けてくれていました。

一の重

 

ゆえに、結婚した当時は、おままごと同然で、私は未熟主婦そのものでした。

郷里の母に、何度も電話をかけ、分からないところを尋ね尋ね、NHKの「今日の料理」の12月号を見ながら作りました。

それ以来、多少の変化はあるものの、基本はずっとこの本の味付けです。

むろん、変わったものもありますけれど。

 

お節は「お正月さま」という年神様をお迎えする供物で、昔は煮しめが中心だったようです

 

お煮しめは、十数年前から、松本忠子さんのレシピがすっかり気に入り、この調味で味付けしています。

宝来揚げ、酢ゴボウ等も、同様です。

きんとん、昆布巻き、菊花かぶ、里芋の白煮、七色なます等、ほかにも、数十年前のテキスト通りにこしらえているものが、たくさんあります。

同じお節を作り続けてきて、45年以上になる私。

 

二の重

昨年の二の重です

 

我が家のお節もその味も、実家のお正月の想い出を、実によく語ってくれているのかもしれません。。

なぜなら、12月号の「今日の料理」は母が手渡してくれ、妹も同じテキストを持っているからす。

ですから、妹宅のお節も我が家にとてもよく似ているのですよ。

妹宅だけでなく、伝統的な行事食であるおせち料理は、いずこのお宅も、昔は似たり寄ったりだったのでしょう。

けれど、最近は市販のものを求める方が多くなり、洋風あり、中華風ありでバラエティーに富んできましたね~

 

母の代からずっと断つことなく、続いてきた我が家のお節でしたが・・・・・・・。

寂しいですけれど、私の代でついに終わりを告げると、覚悟を決めていました。

時代の流れゆえ、それも止むを得ないこと、と思っていたのですが。

 

三の重 

下のお重は去年のものです。この時は、エビの養老煮が不評だったので塩焼きにし別皿に盛りました。

 

次女が思いがけないことを言い、私を大層喜ばせてくれました。

その時の会話を、ご紹介致しますね。

お正月、二日目の昼下がりではなかったでしょうか。

次女のNちゃんが、雑誌ミセスのお節の特集を見ている時のこと。

私は言いました。

「ママはね、我が家の家宝といってもいい、お屠蘇器に似合う(実家の遺品です)、もっと上等なお重箱がほしいなぁ~、と思い続けてきたの。

だけど輪島のお重箱は余りに高価で、買う決心をためらってしまったのよ。

清水の舞台から飛び降りるつもりででも、思い切って購入すべきだった、と今、とても後悔しているわ]

 

 

すると次女のNちゃんが応えた言葉は、次のようなものでした。

長女も傍で聞いていたのですが。

「ママ二人で半々にお金を出し合って、上等なお重箱を買わない?

買うのなら四段重ねがいいわ。

その代り、私が将来譲り受けるわね」と。

重箱は四季を表す四段重ねが正式とされているようですね~

 

我が家のお重箱です。

 

「もしかして、Nちゃんが、家のお節を受け継いでくれるの?本当?嬉しい~」

と言い、感激してしまった私です。

見よう見まねから始めている内に、次第に、この手作りの良さや喜びを感じるようになってくれたのでしょうか。

 

娘たちも40代になったゆえに、湧いてくる意欲なのでしょう。

この年代に成長するまで、頑張って我が国の伝統を、ささやかながら守り続けてきた甲斐があった、としみじみ思えた一瞬でした。

私が後に確実に残せるものがある嬉しさは、格別です。

 

元気な姿で、私が娘たちと力を合わせ、お節をいつまで作り続けられるか、誠に心もとない限りですが・・・・・・。

Nちゃんの言葉を聞き、またお節づくりの意欲が少しばかり湧いてきた私です。

 

         

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夢に向かって大きく羽ばたいてね♪

2015-01-08 07:55:30 | 日記

松の内も明けてしまいましたが、私はもうしばらくお正月の記事を綴るつもりでいます。

長文を止め、小さなテーマを一つずつ取り上げる方針に変えたのですが、相変わらず、記述を終えるのに、結構時間がかかる私です。

すらすらと、短時間で綴れる人が、本当に羨ましい~

少ない語彙の引き出しから、言葉を選んで、筋の通った文章にまとめるのは一苦労。

まだブログ綴りを、心から楽しめる域にまでは至っていないような気がします。

 

私の文章は、結構堅苦しいですよね~

もっとざっくばらんに書けないものかしら。

性格的なことからきているのでしょうから、変えるのは容易ではないでしょう。

また前置きが長くなり、今日の本題に入れなくなりそう。

軌道修正しますね。

 

今日は、R君以外の孫たちの様子を語りたいと思います。

今回は下準備なく毎日投稿しています。

そのためか、文章を書くことに少々疲れてきましたが、可愛い孫たちの話題ゆえ、頑張りましょう。

一層のこと、画像中心にしてしまいましょうかしら。

 

お相手をしているとかれんちゃんが泣き出してしまいました。
私何か悪いことしたかな~?
戸惑うさっちゃん。

 

さて、今五年生のさっちゃんは、いよいよ来年の四月から、受験生になります。

ママからの年賀状の文面は、「受験はどうなることやら」と嘆き節口調の言葉が。(笑)

本人は、意に全く介していない様子で、天真らんまんそのもの。

いつか、「私がお勉強頑張ってる?」と尋ねると、

「算数がちょっとましになってきたかな~」なんて、笑顔で応えるさっちゃんです。

 

長女家の子供たちは、優秀だった親の頭脳は受け継いでいないようですね~

トップ大学の良し悪しを見過ぎるほど見てしまったからでしょうか。

欲はないらしく、いい大学に無理して入る必要なないよ、とパパの弁。

ママは仕事の傍ら、5年生の秋から、それなりに協力的なようですが。

家事と仕事を両立しながら、受験生の子供の面倒まで見るのは、さぞ大変なことでしょう。

 

 

ワンピースは大嫌いな男勝りのさっちゃん。    
ですから希少価値ありの画像です。
ママがフランス出張の際、パリで購入したお洋服。
小顔でロングヘヤーのさっちゃんに、とても似合っていました

 

少年野球に励み、お勉強もそれなりに優秀らしい次女家の長男のK君。

ところが、パパもママも受験させるかどうか思案中とか。

少年野球を始め、地域に密着した今、その仲間たちがほとんど地元の中学に進学予定だそうです。

そのため、R君もすっかりその気になっているとか。

本人の意向を一番尊重してやりたい、と次女夫婦は話しています。

K君は、まだ三年生ですから、気持ちが変わるかもしれませんね~

4年生は野球も頑張り、文武両道のK君かしら。

ママも、来季のチームの役員を務めることに。

仕事、育児、家事、週末は野球チームの世話、と超多忙な1年間になることでしょう。

 

受験の話題は、結構盛り上がり、いつもでしたら、この記述をこのまま続けるところですが、今日はいったん打ち切りますね。

また日を改めて書きたいと思います。

 

K君は、とても穏やかな性格で、同居しているころから、全く手がかからない子でした。

妹のかれんちゃんにも、それはそれは優しいお兄ちゃんです。

優しすぎるために、繊細なところも幾分あるのか、ママやパパのさりげない注意に涙ぐんでしまったり、と。

 

バイオリンも弾いてくれたK君
お稽古が暮らしの愉しみになっているようで嬉しいです。

さっちゃんもピアノの演奏
曲目は、「子犬のワルツ」でした。

 

かれんちゃんのお誕生日の時のことが思い出されます。

私は、人形の家の家具を、かれんちゃんにプレゼントしました。

するとK君が、隣の部屋に置いてある大きな人形の家を、やっとの思いで抱えて、かれんちゃんの傍に持ち運ぼうとしたのです。

ママは慌てました。

繊細に組み立てられた人形の家は、移動は壊れる元だったからです。

それで、一言、「それは動かしてはダメよ!」と、K君に注意しました。

すると、途端にK君の目には涙があふれ、ママに抱き付いて泣きじゃくり初めてしまったのです。

気持ちの整理ができなくて、その姿勢で当分泣いていたK君。

ママは一言、注意したに過ぎなかったのですけれどね。

妹思いのK君のやさしさがあだになってしまい、そばで見ていた私は、K君の悲しい複雑な思いが胸にひしひしと伝わってきました。

K君の涙は、我儘からではなく、純真な気持ちからあふれるきれいな涙が多いですね~

何て書くと、ママが、

「そんなことないわよ。我儘涙もいっぱいあるわ」

と言うかもしれません。(笑)

 

とてもとても優しいお兄ちゃんです。

 

なんだか今日は、すでにかなりの長文に。

ゆえに、かれんちゃんは簡単な記述で終えましょう。

赤ちゃんらしさが抜けてきたものの、まだ愛くるしさそのもののかれんちゃん。

我が家族のマスコット的存在です。

これから成長するにつれ、目まぐるしい変貌をし、私は目を見張ることになるでしょう。

しばらく、お相手をして遊んでいるとき、私は、かれんちゃんに頭の良さの片鱗を見たような思いがしました。

もしかして、孫の中で一番優秀?

かれんちゃんにパパは、少々期待をかけているようですが。

将来は、女性の科学者かしら?(笑)

 

 

 

4人の孫たちの成長を見届けるのが、今の私の一番大きな喜びです。

心身ともに健やかに成長してくれることを、ひたすら願って止みません。

 

朝寝坊をし、時間リミットまであと時間が僅か。

最後は大慌て、といったところです。

まだ推敲不十分ですが、とりあえず投稿し、家事に専念します。

 

         

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特別な思いがある初孫のR君

2015-01-07 07:54:15 | 

私は孫四人のうえ、幸運にもその数も、孫息子2人、孫娘二人とバランスがよく取れています。

実に上手に産み分けてくれた娘たちでした。(笑)

男の子の成長を、歳月を追いながら愛情を込めて見続けるのは、私の人生初めての経験です。

それゆえに、戸惑うことや心配になることも少々あり、老婆心から、つい一言意見したくなったりもします。

けれど、黙認し親に任せるのが、祖母の態度としては、一番賢明なのでしょうね~

男児の子育ては、未経験の私ですし。

 

次女家のK君は、まだまだあどけなさが抜けない可愛い少年に過ぎませんが。

一方思春期に入り、今からますます対し方が難しくなっていく長女家の長男、R君。

我が家に来た時も、外で家族揃ってのお食事会でも、R君はだんまりを通し、不愛想な表情をしていることが多くて・・・・・・。

そして、日中もよく眠ります。

 

私には、尋常とは思えないほど、体が急激に成長しているR君。

これでは、体の細胞が息切れし、眠るのは当然の成り行きのようにさえも感じられてしまうのですが。

初孫で一番私が手をかけた子だけに、今一つ元気がない姿が、私には何だか気になって仕方がありません。

 

この頃のR君、それはそれは可愛かったです。

 

身長の伸びは中学に入って凄まじく、私はまさに驚き桃の木山椒の木の心境で、心配してしまうほどです。

なにが心配って、脳をはじめ、体の組織が丁寧に成長できなくて、混乱してしまうのでは、と。(笑)

馬鹿なことを気にする祖母の私ですね~(笑)

 

小学生時、運動会の整列では、いつも先頭。

組み立て体操でも、ピラミッドの一番上に立った子です。

そのK君が、二年間で、みるみる背が伸び、170センチにもう少しで届くところまでに。

二十センチ近く伸びたようです。

この調子ですと、178センチのパパの身長も夢ではないかもしれません。

 

今のR君を見ていると・・・・・・。

大きな夢を抱いて、毎日をもっともっと大切に生きてほしいな~と願って止まない祖母ですが。

有名な進学校入学を何とか果たしたものの、お勉強についていくのが、大変な厳しさのようです。

でも学校は楽しいらしく、友人にはとても恵まれている様子。

それを聞くと、私の心配は取り越し苦労に思え、安心もします。

お勉強より、友人とよき交流が持てる能力の方が、人生にとっては遥かに大切なことですものね~

 

今年のお正月の写真がなくて、昨年のものです。
声変わりし、顔つきからも、子供っぽさがすっかり抜けたR君。

 

そのR君。

折角のお正月ですのに、インフルエンザにかかり、悲惨な三賀日になってしまいました。

大晦日に我が家に来た時から、気分が悪そうでしたが・・・・・・。

新年の午後には、39℃まで熱が上がり、私同様、「これは大変!インフルエンザでは」とわが町の救急医院へ、ママが連れていきました。

40人近い患者さんで、その医院は大混雑。

想像以上の混みようで、娘の話では、受付の窓口が混乱している様子だった、と話していました。

何と受診と薬の処方待ちで4時間もかかりました。

 

我が家に戻ってからも、R君には大変申し訳なかったのだけれど、私は旦那さまに移さないことに細心の注意を払わらざるを得ませんでした。

かなり緊張しました。

感染症を患ってもいる旦那さま。

今の私は、がん以上に怖いのは、この耐性菌が、何かのきっかけで全身を巡り、旦那さまが敗血症になることです。

 

奥の和室に高熱の体を横たえ、眠ったままのR君は、翌日の朝、早々に家路に就きました。

こんな訳から、2日の午後のパパ方のご祖夫母様とのお正月のお祝い会には出席できなかったR君。

でもその後、旦那さまは以前と変わりなく、R君も順調に回復したようです。

私も、元の元気な体に戻り、まずは一安心!

私の人生で、お正月が、トラブルに巻き込まれたのは、私が退院直後に迎えたお正月以来。今回が二度目。

いつもは穏やかな心配事のないお正月だったのですけれどね~

今年の厄払いを私とR君で、早々にしたと思い、出直しのスタートをすることに致しましょう。

 

時計会社の広告に、下記のような文章が載っていました。

私はとても気に入り、心に銘記。

今朝も起床前に読みました。

この言葉を、R君に贈ろうかしら。

一部抜粋です。

「2015年」の言葉を「今日」に置き換えられますね。

 

31536000秒

1年を秒に表すと、これほどの数字になる。

その1秒1秒を、価値あるものとするか。

それとも、いたずらに費やすのみか。

すべては、あなたの意志と行動が決める。

2015年という時を、どう生きるか。

まだ何も決まっていない。

まだ何も始まっていない。

 

         

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孫たちそれぞれへの私の関わり方

2015-01-06 07:40:06 | 

家族全員揃って、賑やかな明るいお正月をお迎えになられたシニアーご夫婦のご家庭では、記事の話題は、当然のように、お孫さんの様子が中心のようですね。

可愛いお孫さんたちのお写真に、私も顔をほころばせて見入ってしまいます。

若夫婦家族が立ち去り、元の生活に戻られたお宅で、おばあちゃまはどっと疲労が出るあたりも、いずこも同様。

年齢には勝てませんね~

「孫は来てよし、帰ってよしは」は、偽りのない言葉だと、しみじみ思います。

 

私も60代になるまでは、妹も呆れるほど、孫の世話を献身的にしたものでした。

お正月のお節もすべて私がこしらえ、食後の洗い物も一手に引き受け、娘たちに負担をかけないように心がけました。

だって、総合職に就き、男性と変わらない働き方をしている娘たちでしたから。

実家に戻ったときくらい、のんびり過ごさせてやりたい、との厚い親ごころがありました。

 

 母娘

長女のお婿さんにピントがあっていない、と言われてしまいました。
でも今回撮った写真の中で、私の一番のお気に入りです。

 

しかし60歳の年末に過労で入院して以来でしょうか。

娘たちの態度が急に変わり、親子の力関係が逆転。

お正月の準備、滞在している期間中の家事にも、非常に協力的になりました。

その後、二番目の孫、さくらちゃん、K君、かれんちゃんが誕生し、わたしは、孫が四人のおばあちゃんに。

しかし、初孫のR君のように献身的に孫の世話をする、時間的余裕も心のゆとりも、次第に持てなくなっていきました。

 

旦那さまが退職し、その前との時間的余裕の落差は、相当なものでしたもの。

体力、気力は何とかなっても、三度の食事の準備の拘束は大きかったです。

 

ですから、初孫のR君に比べると、ほかの孫にかけた時間があまりに少なくて、申し訳ない気持ちに。

そういえば、次女家のK君は、そうではありませんでした。

私の記憶違い。

お婿さんが単身赴任の二年間だけ同居した時期があります。

 

妹にとても優しいお兄ちゃんのK君です。

 

その間は、保育園のお迎え、両親が帰宅するまでの世話は一手に、わたしが引き受けていましたから。

孫達は、私がそんなに時間をかけて面倒を見たことを覚えてくれているかしら。

少々残念ですけど、全く記憶にない感じに見えますね。

 

その点は、孫娘の方が懐かしがってくれそう。

娘たちは、よく覚えていますもの。

でも或る個人的事情から、幼い頃のさくらちゃんへの祖母の愛情が、一番手薄になってしまったようにも。

その後悔は、実は、今もくすぶり続けています。

 

 お年玉を手にして、にっこりのかれんちゃん♪

 

孫と密接なつながりを持ち、良き思い出を作る最後のチャンスを、次女家のかれんちゃんに感じます。

でも、今の私は、夫の面倒を見るのが精いっぱいで、それができません。

でも何とか時間を工面して、孫たちとの交流をもっともっと増やしたいものです。

お互いの心に残る良き思い出作りのために・・・・・・

 

さてこれからが本題。

孫たちのお正月の様子を綴りたいところですが、ここまでで文がまとまった感がしないでもありません。

ですから、この続きは明日に回します。

記事を短くまとめるを実行するためにも。

今日のタイトルは、「孫たちへの私の関わり方」ではどうでしょうか?(笑)

今、思い付きました。

しばらくこんな調子で書いていきますこと、なにとぞ、ご看過くださいませ。

 

        

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体調不良に悩んだ年末年始 そろそろ元気復活を

2015-01-05 08:01:35 | 家族

折角のお正月ですのに、私はいまだに寝たり起きたりの生活。

なんとも情けないです。

一昨日、真夜中に目が覚めたとき、体が冷水を浴びせられたような冷たさで驚きました。

寝汗をかき、それが冷えた結果によるものだったのでしょう。

むろん、すぐに下着を取り替えました。

汗かきでない私は、こんな経験をした覚えはほとんどありません。

体温計で測ると、35度5分。

余りの低温に、少々驚きました。

昨夜も同様のことが起き、気持ちが悪くて、また下着を取り替える羽目に。

この結果、体の中の澱が抜けてすっきりしてくれると嬉しいのですが。

 

暖炉の火の自然な温もりが、風邪気味の私の体に、とても優しく感じられました。
火のお守りをずっとしてくれた長女のお婿さん。
暖炉の魅力に取りつかれてしまったよう。
今冬中に、マイホームに薪ストーブを設置することに決めたと言っていました。

 

私が体調を崩してから、一週間以上になります。

夫が退院した28日夜から具合が悪くなり、翌日体温が38度5分を越し、「これは大変!インフルエンザ!」と慌てた私です。

旦那さまに移しては一大事ですから、

いくらお医者嫌いの私でも、さすがに医院に即、足を運びました

ところが幸いにもインフルエンザ反応は出ず、ただの風邪に過ぎませんでした、

心から安堵し、胸を撫で下ろした私です

 

けれど、その後も、抗生物質等、薬を四錠も服用し、それを5日間飲み切ったにも関わらず、相変わらず午後になると発熱します。

発熱する前は特にですが、体のだるさが一向に抜けません。

私は、お医者嫌い、薬嫌いが徹底した人生を送ってきました。

止むを得ない事情で、入院は数回ありましたけれど。

ですから、薬を服用すると、効果てき面のところが今まではあったのですけれどね~

けれど、今回は飲み切ったにも関わらず、未だに体調の改善がみられません。

 

私の勝手な想像ですが、11月から昨年末にかけて、夫の症状に思いがけない異変が生じ、極度の緊張に度々強いられました。

12月も抗がん剤治療のため二度ほど入院し、その送迎、見舞いなどで、幾度も病院通いを。

そこに年末の気忙しさが重なりました。

60歳の年末にも、この度と似た状況から過労で倒れ、入院までした経験が私にはあります。

やはり度重なる夫の突発的な症状に、救急病院に幾度も駆けつけたものでした。

頑張り精神と気力で、ぎりぎりまでは何とか持ちこたえる私ですが・・・・・・

 

一段落ついた後がよくありません。

昨年最後の抗がん剤治療の入退院が終了しホッとした所で、一気に体調が崩れ発熱。

ホッとする理由が、実は他にもう一つありました。

次女のNちゃんが、夫がまだ入院中、思いがけないことを、私に言いました。

「お節は、私とお姉ちゃんで手分けしてほとんど作るから、ママはお煮しめのみこしらえてね」

夢のような話に嬉しくて、感激!

信じられないような次女の話でしたが、その言葉に甘えて任せ切ることにした途端、気が緩んでしまったのかもしれません。

 

我が家のお正月の光景
まず一番小さいかれんちゃんにお屠蘇をどうぞ♪
さてさて、口を付けた一瞬のかれんちゃんの表情に、みんなが注目。

 

濃い疲労から、体の免疫力が低下し、風邪がなかなか治ってくれないのかもしれませんね~

これは私の勝手な推測に過ぎませんが。

納得するほど、私の心身に良い効果を及ぼす事はないので、そのように勝手に思っていましょう。

 

実は時を遡り、夫が救急車で病院に搬送された時のことが、思い出されます。

この後から明らかに、私の体調は下降線を描くようになったからです。

その一つの原因が、頚椎をまた痛めてしまったこと。

救急車のシートは、どうしてあんなに座り心地が悪いのでしょう。

天井も低いですね~

様々な医療器具が取り付けられた天井ですから、止むを得ない事なのでしょうが。

低い天井で座り心地の悪いシートに、極度に緊張して腰かけている間、この姿勢だと、

「頚椎症が再発してもおかしくないな~」

と思い続けていました。

案の定、その翌々日からひどい肩こりと首のだるさに悩まされ続けた私です。、

 

救急車に乗る前までは、体調は絶好調でした。

感動的でさえあった、あのころの別人のような良好な体調にもう一度戻りたい、と強く今は願っています。

昨日は、37度まではありましたが、それ以上上がることもなく、一日が経過しました。

異常なだるさが時々襲いましたが、いよいよ回復期かしら。

そうあってほしいものです。

今日また発熱するようでしたら、またお医者にかかろうと思っていますが、今朝は、とても気分良好。

今日は、元気復活となりますように。

 

最後になりましたが、孫息子のR君はインフルエンザでした。

この話は、孫の話題を取り上げたときに、致します。

年明け早々、こんな話題で失礼しました。

 

次回は愛して止まない可愛い孫たちのお話を致します。

 

        

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明けましておめでとうございます

2015-01-04 08:16:20 | 家族

皆様、お正月をいかがお過ごしでしょうか。

清々しい年明けにあたり、新たな思いや抱負を胸に秘め、希望に燃えたスタートをされたことでしょう。

それが叶う、佳き年でありますように。

私も願いや目標はいろいろありますが、なんと申しましても、夫の病気回復が第一です。

抗がん剤がよく効き、副作用も軽度で、日々ストレスの少ない暮らしを送ってほしいもの、と願うばかりです。

 

 

今年も不安は尽きないでしょう。

けれど、先々のことは心配し過ぎないように、注意したいもの、と。

真っ白なキャンパスに、絵筆を置く心境で、日々心新たに過ごしたく思います。

「今日は一番素敵」の思いで。

 

行動範囲も、相変わらず今年も狭いままで終わりそうな感じがします。

昨年末には、夫の症状に突発的な異変が再々ありました。

もし私の留守時に起きたなら、と思うと、度々ゾッとしたものです。

目を患っている旦那さまは、途方に暮れたに違いありません。

 

厳しい境遇に、わが身はなったもの、と改めて思いはしますが、愚痴を言っても始まりません。

その中にあって、いかに一年を充実させるか、いろいろ工夫をしたいものです。

 

平凡な暮らしの中のささやかな幸せを、何よりも有難く感じる私。

家の中で暮らしているだけで、十分心満たされてしまう私の性格です。

こんなに安上がりで扱いやすい性格はありませんが、それに甘え過ぎると、ただのひきこもり。(笑)

往復4時間の病院通いは別にして、私の嗜好を満足させてくれるようなお出かけをもう少し多くしたいですね~

今の状況では、遠方は無理ですけれどね。

そのささやかな喜びや幸せを、ブログで皆様に伝えることができれば、尚更嬉しいことです。

 

元旦の朝の食卓です。

 

さて前置きが長くなりましたが、これからが本文。

我が家のお正月光景のご紹介、とまいりたいところですが・・・・・・

今年の私のブログの目標は、「文章を短くまとめる事」なんです。

心もとないですが、結構、固い決意のつもりでいます。

ですから、今日はこのあたりで留めさせていただきますね。

そして次回から、三話くらいに分け、我が家のお正月の四方山話と、光景写真を載せて行くつもりです。

 

次女のお婿さんが我が町で評判のお魚屋さんで買ってきてくれました。
これまでのお正月の中で、一番大きくて立派な姿焼きになりました。
紅白の和紙を敷くべきでしたね。

 

至福の楽しいひと時であったことには、いつもと全く変わりありませんでしたが・・・・・・。

実は私と長女家の長男R君にとっては、散々な年末年始でもありました。

私は、いまだにその体調から抜け出せないで、少々情けない思いを味わい、戸惑ってもいます。

早くいつも通りに、元気に家事に励みたい、と。

 

そのために、多大な迷惑を、私は娘たちにかけてしまいました。

一方、私に代わり、甲斐甲斐し働く娘達の姿に心打たれ、溢れる感謝の気持ちは、とても言葉では言い尽くせないほどでした。

Mちゃんたち、本当にありがとう。

 

個別のお節のアップは、日を改めて致します。
我が家恒例のお節より、品数は数品少なくなりましたが、上出来です。

 

写真のお節は、すべて40代前半の娘たちが作りました。

和食の伝統文化が、いつの間にか娘達に継承されている嬉しさは、一入の私でした。

 

       

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