カルシウム不足の米国人、充足の日本人(Ca:No.1)
米国人のカルシウム摂取量は1日1000mg超であるのに対し、日本人のそれは500mg程度と、約半分しかなく、少なくとも600mgを摂りなさいと、厚生労働省も医学者も栄養学者も皆、口やかましいです。
このブログでも、カルシウムの重要性に触れ、積極的な摂取をお勧めしています。
特に精神疾患の方には“天然の精神安定剤”として効果が高いから、ぜひサプリメントでの補給を、とも言いました。
ところが、たいていの日本人は、1日500mg程度の摂取であっても、カルシウムが充足していると思われてならないのです。もっとも、これは、精神疾患もなく、糖尿病でもない健常な方に限られましょうが。
なぜに日本人はカルシウムが充足していると思われるかという最大の根拠は、尿中の排出量にあります。
少々古いデータですが、1988年に行われた国際協力による調査研究の中に、非常に興味ある報告が存在します。その目的とするところは高血圧ですが、「24時間尿中電解質排泄量」が調べられ、ナトリウム、カリウムなどとともにカルシウムの排泄量も測定されたのです。そのサンプル数は、日本の3地区の男女各100名、米国の4地区の男女各100名となっており、統計調査として概ね有意な規模であり、条件設定の歩調を合わせていますから、比較することに意味があります。
さて、そのデータはといいますと、日本人の尿へのカルシウム排泄量(平均値)は、1日当たり男200mg強、女約160mg、米国人のそれは男140mg弱、女100mg強です。男女ともに日本人の方が約50%多いのです。
これをどう評価するかですが、「細胞外液中カルシウムイオンの恒常性維持機能から考えると、正味に体内に吸収された量は、日本人の方が米国人よりは、より多いと見ても誤りではない。」(CLINICAL CALCIUM Vol.2,No.12,1992 星猛、林久由、井熊睦博 カルシウム栄養の問題点)となります。
何と、カルシウムは、日本人の方が米国人より約50mg多く吸収されていると言うのです。2つの大学の学者3名の共著で書かれた論文ですし、この評価は正しいでしょう。
ここで、「細胞外液中カルシウムイオンの恒常性維持機能」について、触れておきましょう。動物皆そうですが、細胞内カルシウムイオン(水に溶け、2+の電荷を持った状態)の濃度は非常に薄いです。それに対して、細胞外は、その約1万倍と極端な違いがあります。そして、細胞外液中のカルシウムイオン濃度は非常に狭い範囲で一定に保たれています。これでもって、生命活動が正常に働くのです。
よって、カルシウムを多く摂取して、それが吸収され、高濃度のカルシウムが血液中に入って、それの全部がカルシウムイオンになってしまうと、血漿は、毛細血管から染み出しますので、細胞外液中のカルシウムイオンが高くなりすぎてしまって、恒常性が維持できません。
そこで、血液中のカルシウムイオン濃度を細胞外液中のそれと同じにするために、過剰なカルシウムイオンは特定のタンパク質と結合し、毛細血管から漏れ出さないようになっています。そして、細胞外液中カルシウムイオン濃度が低下したら、血液中の特定のタンパク質と結合したカルシウムは切り離されてイオン化し、恒常性が維持されます。
よって、毎日の食事にカルシウム摂取量のバラツキがあっても、問題ないのです。
また、カルシウムイオンの出所は、食事よりも骨の作り替え(新陳代謝)に伴う骨からのカルシウム溶出の方がずっと大きく、これも細胞外液中のカルシウムイオン濃度の影響を受けるでしょうから、恒常性の維持は、さほど心配ないです。
もっとも、骨からの溶出が盛んになると、骨粗鬆症という別の問題が生じますが、これについては、後日、別途記事にする予定です。
次に、大人1日当たりのカルシウムの出入りについて、標準化されたものを紹介しましょう。なお、これの出所は、カルシウム摂取量が1000mgとなっていますから、欧米の学者だと思われます。まれに、これが600mgと書き換えられているものがありますが、それは、日本人の学者によるものでしょう。
<入りの部>
カルシウム摂取量 1000mg
十二指腸での吸収量 300mg(うち200mgは胆汁とともに小腸へ排出)
小腸下部での再吸収 50mg
差し引き体内吸収量 150mg
骨吸収(骨からの溶出)500mg
供給量合計 650mg
<出の部>
骨形成(新陳代謝で骨に戻る) 500mg
尿中への排泄 150mg
消費量合計 650mg
<差し引き出納> 0mg
さて、カルシウムの摂取量が落ち込んだときには、どうなるでしょうか。
一説には、尿中への排泄を抑え、約半分の70mgにすることができるとあります。
また、小腸下部での再吸収は、腸壁の内外のカルシウムイオンの濃度差で、受動的に(自然に)行われますから、これがどれだけかは増えることでしょう。
そして、何よりも大きいのが、生体が反応するカルシウム吸収促進です。
細胞外液中カルシウムイオン濃度が落ちると、副甲状腺ホルモン(PTH)と活性型ビタミンDの分泌が促進され、十二指腸での吸収率をアップさせます。
(2018.4.7挿入追記:ビタミンDの経口摂取あるいは日光による皮膚でのビタミンD生成が十分であるとの前提で本稿を書いていますが、部屋に閉じこもりがちな冬季はビタミンDが不足気味となる恐れがあることが判明しました。→冬はお日様に当たって健康づくり これを加味すると複雑になってきますので、本稿ではビタミンDが充足しているとして、引き続き論じています。)
これによって、カルシウムの摂取量が少なくても、カルシウムイオンの出納バランスを取っているのです。
なお、尿中へのカルシウムの排泄は、100~150mgとも言われており、先に紹介した国際協力による調査研究の「24時間尿中電解質排泄量」で、尿中のカルシウムが、米国人の男140mg弱、女100mg強となっていることと整合します。
次に、カルシウムの吸収量が多過ぎるときには、どうなるでしょうか。
細胞外液中カルシウムイオン濃度が上限に近付くでしょうから、副甲状腺ホルモン(PTH)と活性型ビタミンDの分泌が落ち、十二指腸での吸収率を低下させます。
さらに、甲状腺ホルモン(カルシトニン)を分泌し、十二指腸でのカルシウム吸収を抑制します。
そして、手っ取り早い方法として、尿中への排泄です。
こうしたことから考えてみるに、先の調査で日本人の尿へのカルシウム排泄量は、1日当たり男200mg強、女約160mgと、標準的な排出量(150mg)よりも多くなっているのは、カルシウムの吸収量が多過ぎ、十二指腸での吸収率を低下させても、まだ多過ぎて、過剰なカルシウムを尿中へ放出せざるを得ない状態にあるとなってしまいます。
はたして、こんなことが有り得るのでしょうか。大いなる疑問です。
でも、日本人が米国人よりずっと多くカルシウムを尿中へ排泄している事実は確かなことですから、ここまで説明してきましたカルシウム吸収や出納についての知見のどこかに誤りがあると考えるしかありません。
まず、カルシウムの出納で最大なものは、骨吸収(骨からの溶出)と骨形成(新陳代謝で骨に戻る)の500mgですが、人の骨にカルシウムは約1Kgあり、5年で入れ替わると考えられていますから、1日当たり約500mgとなり、基本的にはプラスマイナスがゼロにならねばならず、これはこれで良いでしょう。
また、尿中への排泄量は、米国人であれば、150mgなり100~150mgで間違いなしとしてよいでしょう。簡単に測れますから、追試験は何度も行われているでしょうからね。でも、そうでもないかもしれません。直ぐ後で述べますカルシウム吸収率のように、権威ある数値として固定されてしまうこともありますから、一抹の不安はありますが、それではことが先に進みませんので、これは正しいものとしておきましょう。
ところで、カルシウムの排泄は、尿だけではありません。汗と皮膚(垢)と毛からの損失があります。これは、尿の6分の1程度とも言われており、約20mgということになりますが、これは誤差範囲として無視することにしましょう。
よって、カルシウムの出納表は、一応正しいものとしておきます。
次に、カルシウム吸収の実態です。
カルシウムの吸収率は、牛乳53%、小魚38%、野菜18%(約60年前の兼松氏の研究報告データで、最も権威あるもの)とされているのですが、その後の追試験での数値は研究者によって様々でして、中には大差ないとも言われており、これは目安にもならない数値と言えます。
また、牛乳が一番吸収率が良いことになっていますが、乳児を除いて乳糖を分解できない大半の日本人は、乳糖がためにカルシウム吸収が著しく阻害されるとの報告もあり、牛乳が賛美されることは、“牛乳神話”であると断言できます。
基本的には、カルシウム摂取量が多ければ少なく吸収され、摂取量が少なければ多く吸収されるのです。
1例を挙げれば、牛乳以外のカルシウムを800mg摂取した場合と200mgを摂取した場合に、牛乳のカルシウムがどれだけ吸収されるかというと、前者は37%、後者は71%というデータがあります。
次に、カルシウム吸収を抑制する物質が幾つも知られています。
その最たるものは脂肪で、パンにバターを塗ってカルシウム(最も吸収されやすい解離型Ca)を摂ると14%しか吸収されず、デンプン食の場合は38%の吸収率になるというデータがあります。これは、脂肪が消化されてできる脂肪酸がカルシウムイオンと結合し、吸収されにくくなるからと言われています。
逆に、カルシウム吸収を促進する物質も幾つか知られています。
その一つはクエン酸です。カルシウムが吸収される十二指腸内は中性環境にありますから、カルシウムはイオンの状態を保てません。よって、一部のカルシウムは、クエン酸などの有機化合物が配位子となって両側からカルシウムイオンを挟み込んでキレート(錯体)を作り、これでもって腸壁でカルシウムイオンを放ち、吸収させるのです。
なお、腸壁は薄い酸性の層があり、キレートは、ここでカルシウムイオンを遊離させます。また、骨(ハイドロキシアパタイト=リン酸カルシウムに水酸基がくっ付いたもの)や牛乳(主にリン酸水素カルシウム)はこの層で解離し、カルシウムイオンが生じて吸収されるのです。
このとき、肉食をして多量のアミノ酸が出来るとアルカリ性に傾き、糖は酸性に傾きますから、腸壁の酸性層に影響を与え、カルシウムイオンの吸収率に影響します。
加えて肉にはリンが多く含まれ、不溶性のリン酸カルシウムが出来やすく、カルシウムイオンを消してしまいます。
ですから、パンにバターを塗って、ハムエッグを食べ、牛乳を飲むという洋食よりも、ご飯に小魚のふりかけと梅干を乗せて食べるという和食の方が、カルシウムの吸収効率が格段に良くなると言えるのです。
なお、ここまで、カルシウム吸収率について、幾つかのデータを紹介しましたが、測定手法の違いや条件設定に差異がありますので、牛乳が71%と異常に高い値になったり、解離型Caが高々38%にしかならなかったりし、相互比較には意味がないです。
ここまでの説明は、いわば古典的なカルシウム吸収理論に基づくものでして、近年、別の吸収形態があることが分かってきました。これは、日本人の発見です。
約20年前のことですが、明治製菓(主力は製薬部門)が「フラクトオリゴ糖」の薬理作用の研究を行い、その中の一つに「大腸が有機酸によって酸性環境になり、ミネラルの吸収が高まる」というものがあります。
「フラクトオリゴ糖」に関するこのことについては、過去記事<栄養素「オリゴ糖」の不思議(その3)>の中で紹介しましたが、「フラクトオリゴ糖」は、数個から10個程度のブドウ糖が鎖状につながったもので、ヒトの消化酵素によって消化することはできず、腸内細菌の働きにより、酪酸、乳酸、酢酸などの有機酸に作り変えられます。
そして、最近、「フラクトオリゴ糖」は、「ミネラルの吸収を助ける食品」として、「特定保健用食品」にも認定されています。
こうして、大腸では吸収されないとされていたカルシウムは、大腸でも吸収されていることが分かり、厚生労働省のお墨付きも得たのです。
これは、何も「フラクトオリゴ糖」だけではなく、一般の食物繊維でも同様で、違いはと言えば、有機酸の出来るスピードが「フラクトオリゴ糖」が一番速いだけのことです。
なお、食物繊維は、カルシウムを吸着し、吸収されにくくするという研究報告もありますが、食物繊維が腸内細菌によって全く分解されない場合は、そう言えますが、現実には、腸内細菌は食物繊維を食べて生きているのですから、どれだけかは分解されるのであり、そのときに、カルシウムは必然的にイオンとなって解き放たれますから、こうした研究報告は無視してよいでしょう。
参考までに、大腸で有機酸を作ることを「後腸発酵」といい、ウマが代表的な動物です。そして、ゴリラも草をたくさん食べ、かなり「後腸発酵」させており、腸内細菌が作った有機酸をエネルギー源として利用しています。ヒトも野菜を十分食べれば、ゴリラに近い種ですし、大腸も随分と大きいですから、どれだけかは「後腸発酵」が可能なのです。
現に、野菜をたくさん食べて、腸内環境がうんと改善されれば、ウンチは酸っぱい臭いがし、「後腸発酵」させていることが簡単に確認できます。
ここで、大腸でのカルシウム吸収の仕組みを簡単に説明しておきましょう。
摂取した食品の中のカルシウムは様々な化合物として存在します。その中のどれだけかは、強酸性の胃酸によって溶かされ、これはけっこうな量になると思われるのですが、カルシウムイオンができます。しかし、十二指腸に入るとアルカリ性の膵液が出て中性環境となり、カルシウムイオンは不溶性の塩となり、コロイド状態になってしまいます。
そのカルシウム塩の一部は、先ほど述べましたような仕組みで十二指腸内で吸収されます。吸収されなかったカルシウム塩は、大腸に入り、そこが酸性環境であれば、大腸内に存在する水に容易に溶けてカルシウムイオンが遊離します。
そして、「水」しか吸収しないとされる大腸が、酸性状態になっている「水」を吸収するとき、イオン化されているカルシウムも、ナトリウムイオンや塩素イオン(つまり食塩)と同様に、ごく自然に「水」として吸収されてしまうのは、必然のことになるのです。
よって、近年の知見から、カルシウムの出納表を書き直すと、日本人の場合、次のようになります。(下線部は、書き直した箇所)
<入りの部>
カルシウム摂取量 500mg
十二指腸での吸収量 300mg(うち200mgは胆汁とともに小腸内へ排出)
小腸下部での再吸収 50mg
大腸での吸収 50mg(新たに書き足した項目)
差し引き体内吸収量 200mg
骨吸収(骨からの溶出)500mg
供給量合計 700mg
<出の部>
骨形成(新陳代謝で骨に戻る) 500mg
尿中への排泄 200mg
消費量合計 700mg
<差し引き出納> 0mg
こうして、平均的日本人は、過剰なカルシウムを尿中に排出するほどに、カルシウム摂取量は足りていると言えることになります。
なお、十二指腸での吸収率が67%と大きなものになってしまいますから、十二指腸での吸収量は200mgとした方が良いかもしれません。その場合、胆汁とともに小腸内へ排出される量は100mgとなることでしょう。
一方、平均的米国人の場合は、最初の出納表のとおりであって、乳製品で大量にカルシウムを摂取するものの、油脂と肉の多食によりカルシウムの吸収率が低いこと、そして、同じ原因で腸内環境が悪くて有機酸がどれだけも生産されず、よって大腸を酸性環境に保つことが不可能で、大腸でのカルシウム吸収はゼロと考えて良いでしょう。
この日米比較からしても、腸内環境を改善することが、いかに大切であるかがお分かりでしょう。1週間前に、ビタミンを腸内細菌が作ったくれるという記事「 ビタミンは腸で作られる!」を書きましたが、腸内環境を改善してあげれば、これ以外にも、凄いことを腸内細菌がやってくれるのです。この方面の研究は、腸内環境が悪化している欧米人には無理な話で、優れた腸内環境を持つ日本人研究者の活躍が期待されます。でも、その進み具合は歯がゆいばかりです。学問の世界には欧米崇拝が未だに根強く残っているようで、栄養学者の多くは欧米の栄養学が正しいと信じて、腸内環境が悪くなっても、それに勝る優位性があるとし、腸内細菌を馬鹿にしているとしか思われません。
ついでに申し上げるならば、栄養学者は、ヒトの腸ばかり覗いていないで、ヒトよりうんと腸内環境が優れている、ヒトと親戚関係にあるゴリラの腸をじっくり覗いていただき、その比較から得られた知見でもって、ヒトのあるべき姿を啓蒙され、現代人の健康づくりに大いに役立ててほしいものです。
たいへんな長文となってしまい、また、少々難解な部分が多く、加えて小生のボヤキまで入ってしまって、たいそう分かりにくかったかと思いますが、「米国人と日本人の尿へのカルシウムの排泄量の違い」から、以上のような見解に基づき、表題のとおり、「カルシウム不足の米国人、充足の日本人」と結論付けることができると、小生は考えるのですが、いかがなものでしょうか。
ただし、日本人の食生活が、特に若い人にあっては、米国人に近付いている昨今ですから、カルシウム不足の日本人も少なからず登場して来ているのも確かでしょうね。
ところで、「カルシウムが充足している日本人」と言えども、「カルシウム不足」となることが往々にしてありますし、骨粗鬆症も増えてきています。これらについては、近日、別途記事にすることにします。
続報 → カルシウム不足はなぜ起きるのか(Ca:No.2)
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