薬屋のおやじのボヤキ

公的健康情報にはあまりにも嘘が多くて、それがためにストレスを抱え、ボヤキながら真の健康情報をつかみ取り、発信しています。

秋です、夏バテにご用心(三宅薬品・生涯現役新聞No.235)

2014年08月25日 | 当店毎月発刊の三宅薬品:生涯現役新聞

当店(三宅薬品)発行の生涯現役新聞No.235:2014年8月25日発行。
表題:秋です、夏バテにご用心
副題:涼しくなって現れる異常なだるさが夏バテなのです

以前に投稿したブログ記事「何でも“夏バテ”にされては困りもの。暑気当たり=“夏負け”とは区別して対処しましょう。」を元にして作成したものです。今一度ご覧いただけると幸いです。これからの時期、総合ミネラル剤をお飲みになることをお勧めします。

(表面) ↓ 画面をクリック。読みにくければもう1回クリック。裏面も同様です。

(裏面) 瓦版のボヤキ
高齢者ともなると、あちこちにガタが来ますね。ほんと嫌になります。

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“ケセラセラ”の人生、あるいは“為せば成る”の人生、どちらを選びますか。

2014年08月21日 | 心に安らぎを

“ケセラセラ”の人生、あるいは“為せば成る”の人生、どちらを選びますか。 

 ブログを見て健康相談をしてくださった72歳の女性は、メッセージの中で、“何があってもケセラセラでやってきた私…”とおっしゃっておられました。ケセラセラとは「なるようになるさ」という意味です。
 一方、小生が若かりし頃に好きだった言葉は、今は亡き親父から授かった米沢藩主の上杉鷹山の名言である「為せば成る 為さねば成らぬ 何事も 成らぬは人の 為さぬなりけり」です。不可能と思えることであっても果敢に立ち向かって努力を積み重ねれば必ず“成る”というものです。過去にNHKで放映された「プロジェクトX」みたいなものです。

 ここでちょっと脱線しますが、この言葉は武田信玄の名言「為せば成る 為さねば成らぬ 成る業を 成らぬと捨つる 人のはかなさ」の言い回しを、和歌調にして語呂がいいようにし、また、すっきりさせたものと思われます。
 ところで、これはどうでもいいことですが、国宝「上杉家文書」の中の「上杉鷹山書状」(写真)を見てみると、「為」は使っておらず「成」(ウイキペフィアの解説では「生」)と読め、その“書き下し”では「成」にされています。さらに文末の「なりけり」は、ひらがなであったり「成りけり」であったりし、随分と文字表記が混乱しています。まあ、これは当時の時代にあっては、文字で見るよりも言葉で聞くことの方が圧倒的に多かったでしょうから、のちほど文字に書きとめておく場合になって深く考えずに当て字にしたからでしょう。なお、写真から判読するに、ひらがなの「ぬ」は本来は「奴」の崩し文字ですが、「怒」と書いているとしか思えず、人によってどんな文字を使うかは好みがあったと思ってよいのではないでしょうか。最近、古文書の原本に若干興味を持ち始めた小生ですが、鷹山の名言は原本の文字にとらわれず、文意を考えて「成」と「為」を正しく表記した方がいいでしょう。
 ついでながら、ケセラセラの日本語訳は「なるようになる」が多いですが、末尾に「さ」を付けた方がイメージ的に合うような気がしますし、漢字交じりにして
「成るように成るさ」と表記した方がいいような気がします。

 さて、小生は既に高齢者となりましたので、心身ともにもう若くはなく、上杉鷹山の言葉はあまりに重たすぎて耐えられなくなりました。そこで助け舟。いい処世術があります。
 故・小林正観さんは、その著書(「究極の損得勘定」:宝来社)の中で、上杉鷹山のこの言葉を取り上げて、次のようにおっしゃっておられます。

(上杉鷹山の…成せば成る…)という言葉は、日本の軍人がずいぶんと好んだ言葉でした。ただ、自分の力だけを信じて、自分以外の人・物・現象を信じない、感謝もしない人は「ばかみ隊」(バカみたい)かもしれません。
 「努力」の「努」という文字は、奴隷の「奴」に「力」ですから、嫌がる者にむりやり力を出させるという意味をもつ象形文字です。嫌だ嫌だと思いながらやっているので、その想念が宇宙に向かって飛び交います。すると、宇宙が敵に回る。(ただし)好きでやっていることは、(他人から見ると努力しているように見えても)「努力」と言いません。
 自分がありとあらゆる友人知人の世話になりながら生きているとき、その人たちの協力の下で初めて成り立っている、「私」なんか、「ちょっとある」のではなくて「ほとんどない」のでもなくて「まったくない」。全部お陰様であるということに気がついてしまったら、いつもニコニコしながら「ありがとう、ありがとう」と言うことになります。その「ありがとう」を言われた人はみんな「私」の味方になってくれる。
 だから、自分の努力はどうでもいいから、持っているエネルギーすべて「ありがとう」に使った方が得、というのが私の結論です。
 (引用ここまで)[注:文中の「( )」は、引用者が挿入]

 この小林正観さんの結論は、極端すぎて着いていけない面がありますが、“さもありなん。少しはそうした考えを取り入れねば。”と真面目に捉えているこの頃です。

 ここで、冒頭の「ケセラセラ」について少々解説しておきましょう。この言葉はスペイン語「Que sera sera」で、1956年、世界的に一気に知れ渡りました。ヒッチコック監督のサスペンス映画「知りすぎた男」の中でドリス・デイが歌っている主題歌でして、アカデミー歌曲賞を受賞しています。メロディーがとってもいい曲ですよね。
 ところで、「成るように成るさ」とよく似た言葉が日本の歌謡曲にも出てきます。これも映画の主題歌になって大ヒットしました。1964年、映画「ホラ吹き太閤記」の中で植木等が歌っている「だまって俺について来い」(作詞:青島幸男)の歌詞です。
 ♪銭のないやつ…、彼女のないやつ…、仕事のないやつ…、(それぞれに続く最後の言葉が)「そのうちなんとかなるだろう(笑)」
 「成るように成るさ」も「なんとか成るさ」も、小林正観さんがおっしゃるように、「ばかみ隊」のような「努力」を懸命したところでなんら解決するものではなく、自然の流れに任せておれば、時が解決してくれたり、誰かが力を貸してくれたりして、余計な努力をせずとも全ての問題は解決する(成る)ということを言っています。
 “人生全てこれでいいのでは”とまでは申しませんが、大きな壁にぶち当たったとき、自分が押し潰されそうになったとき、もはや逃げ道がなくなってしまったとき、などなど、どうにもならなくなったときには、考え方を180度転換するべきでしょうね。
 ストレスの源は、「これを実現したい」「こうでなければならない」という「思い」「こだわり」「執着」だと、小林正観さんがおっしゃっておられますが、たいていは「成るように成らない」ことを追求し続けるあまり、最後にはストレスが元で心身を壊すのがおちです。

 でも、早々にあきらめたり、逃げ出したくないとおっしゃる向きには、次のような言葉もありますから、それに従ってみてください。
 テレビ・アニメで有名な「とんちの一休さん」の名せりふです。
 「あわてない あわてない 一休み 一休み」
 これは、緊急に対応策を取らねばならない事態が生じたときであっても、あせっては何も知恵は出て来ないから、ここは一つ気分をリラックスさせて平静さを取り戻し、じっくり考えてみましょう、ということでしょうね。

 さあ皆さん、あなたは、“ケセラセラ”の人生、あるいは“為せば成る”の人生、どちらを選びますか。
 一休さんじゃないですが、“一休み 一休み”して、じっくりお考えなさってください。

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アレコレ症候群と認知症、そうならないための処方箋

2014年08月20日 | ボケ・認知症

アレコレ症候群と認知症、そうならないための処方箋

 少々古い本ですが、平塚秀雄著「あなたはアレコレ症候群になっていませんか?」(2003年)(小学館)という本があります。
 この中で、「年齢相応のもの忘れ(=アレコレ症候群)」と「病的なもの忘れ(=痴呆)」
は別物ではあるものの、その中間的なものがあるとして、次のように書かれています。

 MCI(mild cognitive impairment)という概念があります。これは年齢に比較して「異常ともいえる記憶低下」があり、家族も気づいている状態です。しかし記憶以外は、日常生活を含めて正常な活動ができます。MCIと診断された人たちは、4年で約半数がアルツハイマー病にかかるといわれており、正常な老化と痴呆の過渡期と考えることができます。

 こうしたことからして、単なるもの忘れと認知症とは別物であり、無関係と言われますが、小生思うに“アレコレ症候群が高じて認知症になる”のではないでしょうか。
 認知症の代表的なものにアルツハイマー病があります。脳が萎縮し、神経細胞の脱落が目立ち、老人斑が見られ、神経原線維変化がひどくなる、といった脳内変化が生ずるものですが、ある方がお亡くなりになった後で、その方の脳を解剖した結果、こうした病変が明らかに認められるにもかかわらず、生前は認知症の症状が全く認められず、知能テストも高得点であったという例があります。これは、別の本「白澤卓二著:100歳までボケない101の方法」で紹介されている、101歳で天寿を全うされた米国の修道女シスター・マリーさんです。この方は、好奇心旺盛で、新聞は毎日隅から隅まで読み、何事にも積極的に取り組まれ、「私が引退しているのは夜眠っているときだけよ」が口癖だったことからも分かるように、常に頭を使っておられ、アレコレ症候群にも無縁だったようです。
 これは、アレコレ症候群にならなければ、脳が病変していっても、決してアルツハイマー病が発症しないという良い事例でしょう。

 さて、“歳を食っても頭は使えば使うほど良くなる”と言われます。半分信じられないことですが、これは医学的にも一部立証されています。平塚秀雄著「あなたはアレコレ症候群になっていませんか?」から、以下、引用します。

  脳の神経細胞は歳をとっても増える! という大発見
 脳を構成する基本単位である神経細胞は、…140億個と推定されました。しかも、この数は生まれた時点で決まっていて、その後の成長の過程で増えていくことはないといわれてきました。
 神経細胞は別名、分裂終了細胞ともいいます。そしてその名前の通り、細胞分裂して増えることなく、減る一方で、20歳を過ぎると1日10万個の割合で死んでいくといわれます。しかも、神経細胞は一度死ぬと再生されませんから、加齢とともに自然に減っていくことになります。
 ところが最近の研究では、脳を構成する神経細胞は…1000億個とも推定され、脳の特別な部位の神経細胞は、成人を過ぎても増えることが段々わかってきました。これはまさに大発見!なのです。なかでも特に注目されているのが、…海馬という部位の神経細胞です。海馬は記憶に重要なところですので、これは従来の常識を破る大発見といえます。そしてカリフォルニア大学のバークレー校の実験により、刺激のある、豊かな環境におかれたネズミの海馬は大きくなる、海馬が大きいほど賢いという事実がわかってきました。
 また、海馬以外の脳でも、神経細胞のやりとりが多いとき、つまり脳を活発に活動させているときは、生き残った健康な神経細胞が、失われた回路を再構成するということもわかってきました。さらにネズミの脳は、歳をとってからでも、豊かな環境に移すとより大きくなりより利口になるということも実験によって示されたのです。…
 (別の節から引き続き引用)
 タクシー・ドライバーの脳については、イギリスの医学データでたいへん興味深い報告があります。タクシー・ドライバーの海馬をMRI(磁気共鳴画像)で調べたら、普通の人より大きいのです。いろいろな道を通り、いろいろな人に会うという新しい刺激がたくさんあるから、海馬のニューロンが増えるというわけです。
 しかも、海馬の大きさはタクシー・ドライバーの勤続年数に比例して、増大しているのです。脳は使えば使うほど、ニューロンが増えるという事実を示しています。(引用ここまで)

 ここで、海馬と記憶に関して簡単に説明しておきます。
 脳の中で記憶に最も関係が深い部位が海馬で、入ってきた情報を30秒から長くて数分程度、保持してくれます。海馬が大きくて活性化していれば、その保持時間もきっと長いことでしょう。その時間内に、その情報を長期間保持し続けるための操作、例えば、何度も頭の中で繰り返したり、語呂合わせしたり、意味付けしたりということをすれば、これをワーキング・メモリー(作業記憶)といいますが、これに成功すれば、ついに長期記憶として、脳のあちこちの所定の場所に留められることになるのです。
 なお、新たな長期記憶は雑然と保存されるのではなく、整理分類したうえで保存されるのですし、そのとき、既に保存されている関連した長期記憶が呼び戻されて再整理もされますから、様々な記憶がしっかりと定着し続けるのです。
 つまり、“絶えず新しいことを覚えよう”という意欲があり、新たな情報をそれぞれ工夫して長期記憶として定着させる努力を毎日のように続ければ、長期記憶の量は増すばかりで、もって脳全体の活性化につながり、「アレコレ症候群」とは無縁の脳に生まれ変わってしまい、賢くもなっていくのです。
 なお、長期記憶の保存容量の限界は無限大と言ってよいほど大きいです。

 最後に、“歳を食っても頭は使えば使うほど良くなる”方法とまでは言えませんが、「アレコレ症候群」克服のための7通の処方箋を紹介しましょう。引き続き、平塚秀雄著「あなたはアレコレ症候群になっていませんか?」からの要約・引用です。
1 繰り返し
 何よりも記憶したい情報を復習することで、メモ、日記、手帳などを使って何度も繰り返したり見たり書いたりすることが特に効果的です。
2 ダジャレ
 ダジャレは言葉遊びですから脳の活性化になります。また、ストレスは脳の海馬の神経細胞も破壊しますから、ストレスがかかったときほど笑い飛ばす必要があり、ダジャレやユーモアが欠かせまん。
3 カラオケ
 音楽を演奏したり聴いたり歌を唄ったりすると、脳はリラックスしたり逆に刺激されたりして、記憶力や知的能力が向上するのです。特にカラオケはストレスの発散にもなり、おすすめします。
4 外国語学習
 私たちの脳は、英語と日本語では文法が大きく異なり、全く違う思考回路を使っています。加えて、外国語を「聴く」と「話す」は別々の言語中枢が働き、両者で思考のキャッチボールが行われますから、努力しながら外国語の習得作業を続けていると、長期的な情報処理能力の効率が高くなり、脳が活性化します。
5 画像記憶
 脳には言葉の記憶とは別に画像情報を記憶するところがあります。情景を繰り返し思い浮かべる、いわゆるイメージ・トレーニングを積み、情報を画像として覚えてしまうというものです。脳を鍛えるには、これがたいへん役に立ちます。
6 脳活性食
(これについては小生の見解と異なる所が多く、一致する項目だけ紹介します。)
・血液をサラサラにし、記憶の破壊を防ぐ
 何といっても日本食が一番です。
・もの忘れの頻度はカロリー摂取量に比例する
 食べ過ぎるほどもの忘れが多くなる。少食にしましょう。
・噛むことで脳は活性化する
 脳を刺激し、活性化し、集中力を高める作用があります。
7 グーパー運動(7項目中3項目を紹介)
 海馬の神経細胞を増やすこと、脳を活性化させること、これには運動がたいへん役に立ちます。歩くだけでも効果があります。特に効果的なのは指先を動かす運動です。
 速さよりも正確さを優先し、動かしている部位を極力意識して行ってください。
・グーパー 両手を前に伸ばし、肩の高さの位置で拳を握ったり開いたりする。
・指折り   両肘を軽く脇腹に当て、掌を上向きにして開き、親指から順に小指へと折り、小指から親指へと開く。
・指つまみ 上の運動の変形で、握らないで指先を合わせて輪を作る形で行う。

 どういうわけか、アレコレ症候群の克服法というものは、「肉を避けて少食にし、よく噛む。極力運動する。ストレスは笑いで吹き飛ばす。」という生活習慣病予防全般に通ずる基本の基本と一致し、かつ、これが全てと言ってもいいくらいなのですが、それとどれだけも違わない処方箋となってしまっていますね。特異的なのは外国語学習ですが、高齢者ともなると、これに挑戦するのはちょっとしんどいですね。
 
 

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「脈圧」「平均血圧」って何かの役に立つの?

2014年08月10日 | 高血圧

「脈圧」「平均血圧」って何かの役に立つの?

 血圧というと、普通は「収縮期血圧」(俗に「上の血圧」)を指し、たいていこれで評価されます。「拡張期血圧」(俗に「下の血圧」)はさほど問題にされません。
 これに加えて、10年ほど前から、「脈圧」と「平均血圧」が話題に上るようになり、4つの血圧指標でもって診断することが望ましいという学者もいらっしゃいます。さらには、心拍数を加えた5指標で評価すべきだと、より複雑さを見せています。
 本稿では心拍数については触れませんが、新たに登場した「脈圧」と「平均血圧」について、小生の思いを述べることにします。

 「脈圧」とは、「上の血圧」と「下の血圧」の差で、単に引き算した数値のことです。
 それに対して、
「平均血圧」は多少難しく、大動脈や動脈(動脈の太さは約4mmで、血圧測定はこれを測っています)にかかる圧力の平均的な値を言います。その「平均血圧」は、近似的に次の算式で求められ、通常これが使われています。
  「平均血圧」=「下の血圧」+「脈圧」÷3

 「脈圧」は、大動脈や動脈の動脈硬化の指標として使われることがあるようですし、「平均血圧」は、細動脈や毛細血管の動脈硬化の指標として使われることがあるようです。
 なお、細動脈は太さが0.2~0.5mm程度のもので、そこにかかる血圧は定常で約35mmHg、毛細血管は太さが0.01~0.1mm程度のもので、そこにかかる血圧は定常で約15mmHgと言われています。よって、「平均血圧」の圧力が細動脈や毛細血管にかかっているのではありません。

 さて、「脈圧」の数値は、どの程度が望ましく、いくら以上が危険なのか。これは、学者によってまちまちのようです。幾つか拾ってみましたが次のようです。
 ・50前後が目安で、大きくなればなるほど危険
 ・基準値は40~60の範囲内
 ・下限は30、上限は60
 ・至適40、正常40~、正常高値45∼、軽度50∼、中度60∼、重度70∼
 ・正常の範囲は30∼40。高齢者の上限はこれより若干高くなる
 ・明確な基準はないが、65以上は危険性が高まるという報告がある

 どれが正しいのか。はたまた、皆、間違っているのか。
 「脈圧」について、
日本高血圧学会、動脈硬化学会、循環器学会のHPをサイト内検索してみましたが、何もヒットしませんでした。
 見つけた報告は次の2つのコホート研究で、それを紹介しましょう。
(用語解説:疫学調査<病気の原因と思われる因子を設定し、その因子が病気を引き起こす可能性を調べる統計的調査>の1種に「コホート研究」があり、「特定の地域や集団の人々を対象に長期間にわたって健康状態を調査する研究」を言います。)

 ・JALS 日本人における脳卒中と心筋梗塞のリスクと4つの血圧指標
  http://jals.gr.jp/result/2009_119_1892.html
 この論文は、40歳から89歳を対象とした16集団、48,909人を対象としたコホート研究によるもので、統計的に有意と思われます。そのリスクについては紹介を省略しますが、その執筆者、三浦克之氏(滋賀医大)によるコメントには、「脈圧を重視した健康管理はすべきでないでしょう」とあります。

 ・国立がんセンター 血圧指標の一つの脈圧と脳卒中発症との関連について
  http://epi.ncc.go.jp/jphc/outcome/2875.html
 この論文は、40歳から69歳を対象とした33,372人を11年ないし14年間追跡調査したコホート研究で、1,081人が脳卒中を発症しています。
 その結果は、「血圧要素別にみた脳卒中発症との関連」と題して次の図が示されています。

 この図からすれば、「脈圧」が50未満に対して、①50以上はその数値に関わらず5割増程度の危険度があった、②脈圧がいくら大きくなっていっても危険度に差はない、という読み取りができます。
(棒グラフに細い縦線「エラーバー」が付いていますが、これは標準誤差を示し、棒グラフは平均値、その信頼区間がエラーバーの範囲ということになるようです。脳卒中発症者が全体で1,081人とさほど大きくないため、エラーバーが割と長くなってしまった、ということでしょう。なお、「+1SD増加」のグラフは、標準偏差解析のようでして、少々ややこしく、小生も分かりかねます。) 
 そして、この論文の解説に、次のように書かれています。
 「脈圧と脳卒中発症との間に有意な関連を認めましたが、その危険度は収縮期血圧及び拡張期血圧よりも弱いものでした。…高血圧域に入ると脈圧を重視するよりも収縮期血圧及び拡張期血圧を目安にすることが大切というとらえ方がよいように思われます。…脈圧だけを見ることは適切ではないということもはっきり示しています。」

 JALS及び国立がんセンターの報告からすると、「脈圧は無視して差し支えない」ということになるのではないでしょうか。小生にはそのように思われます。

 次に、「平均血圧」の数値は、どの程度が望ましく、いくら以上が危険なのか。
 これも、学者によってまちまちのようです。幾つか拾ってみましたが次のようです。
 ・目安90、110以上は要警戒
 ・正常90未満、90以上は要注意
 ・90を超えると動脈硬化の疑いあり
 ・95未満が望ましい、100を超えないように
 ・正常90以下、軽度90~、中度100~、重度110~

 どれが正しいのか。はたまた、皆、間違っているのか。これを検索しても、先の3つの学会では何らヒットしませんでしたが、見つけた信頼がおけそうな報告は、先に「脈圧」で紹介しました「JALS 日本人における脳卒中と心筋梗塞のリスクと4つの血圧指標」です。
 その中で、結論として「収縮期血圧と平均血圧が…発症リスクを最も強く予測すると考えられました。日常の健康管理の場では主に収縮期血圧を用いてリスク評価をすべきでしょう。」と書かれています。
 これは、当然のことでしょう。「上の血圧」が高ければ、これにつられて「下の血圧」
も高くなる傾向にあるでしょうから、必然的に「平均血圧」も高くなることでしょうね。

 以上、こうしたことから、“「脈圧」や「平均血圧」って何も役に立たない”と考えていいのではないでしょうか。
 そもそも、「上の血圧」にあっても、その適正値は個人差が大きいですし、加齢とともに動脈硬化は避けられないことですから、その値が高まってくるのはごく普通のことです。
 先に示した図からも、「上の血圧」が高くなるほど脳卒中の危険性が高まりますが、これも加齢によるものであればやむを得ないこととして受け止めるしかありません。
 こうした図や数値を見ると、我々は錯覚に陥りやすいものです。“「上の血圧」と「脳卒中の危険度」は綺麗な相関関係にあるじゃないか。やはり、高血圧には気をつけねばいかん。”と思ってしまいます。じゃあ、「5歳ピッチの年齢層」と「脳卒中の危険度」をグラフにしたら、どうなるでしょう。これと同じ、いや、それ以上に綺麗な相関関係が生まれます。“歳を食えば、血圧の高低と関係なく、脳卒中の危険度が大きく高まる。これは止むを得ん。”と捉えるべきでしょうね。

 脳卒中の危険性を回避せんとして、降圧剤を飲んで無理やり血圧を下げようとするのは、悪あがき以外の何物でもなく、残念ながら降圧剤を飲み続けたからといって脳卒中の危険性がどれだけも減るものではなく、かえって血流を阻害してしまうという副作用でもって健康を害するのがおちです。
 動脈硬化を食い止めるには、少食にして正しい食生活をし、適度な運動をする以外にありません。これはあらゆる生活習慣病の予防・改善に共通する処方箋です。
 あまり色々な検査値に振り回されないようにしたいものです。

(2016.2.18追記、3.5再追記、3.15再々追記)
 ここ半年ほどこの記事へのアクセスがけっこう多いものですから、再度ネット検索をかけたり、手持ちの文献に目を通してみました。
 それによって
新たに得られた知見を紹介することにします。
 得られた知見は「脈圧」に関するものですが、正反対の結論が出ており、どちらが正しく、どちらが間違っているのか、定かでありません。

老年者の心血管事故の危険度は収縮期血圧と相関するが、拡張期血圧とは負の相関関係にある(脈圧の重要性)[Framingham研究](ライフサイエンス出版)
 このコホート研究(米国)では、冠動脈疾患について報告されているようであり、上で紹介した国立がんセンターの脳卒中発症とは部位が異なりますから、比較はできませんが、脈圧が小さい人に比べ脈圧が大きい人は、約1.5倍ないし約2倍の罹患危険度がある、と出ています。

 なお、引用したライフサイエンス出版の記事の中に、パリ(フランス)のコホート研究の結果が次のように紹介されており、若干の違いがあります。
 「男性、女性とも心血管疾患死の頻度は収縮期血圧と相関し,収縮期血圧が正常であれば、拡張期血圧は心血管疾患死に影響しなかった。収縮期高血圧男性例では心血管疾患死と拡張期血圧は「U型曲線」関係を示し、拡張期血圧90~99 mmHgで最も低頻度であった。同女性では心血管疾患死と拡張期血圧は直線関係を示した。

 この内容は、直接的に脈圧に関して言及していませんが、「U型曲線」関係を示すとの記述からすると、脈圧が小さくても大きくても危険度が増し、程よい脈圧がありそうだとも思われます。

高血圧患者で収縮期・拡張期血圧差がもつ意味(札幌医科大学内科教授 飯村攻)
[CLINICIAN,93No.42332]
 これは、照会回答形式で解説されたものですが、次のように書かれています。
 「拡張期血圧が高く、脈圧が小さくて、収縮期血圧がさして高くないか、あるいは低目の場合は、…心不全の徴候とすべきでしょう。
…心臓病の教科書にも、心不全(低拍出量型)では脈圧が狭くなる、と書かれております。」
 これからすると、脈圧が小さすぎると心不全の恐れあり、となります。

正常なる血圧は「収縮期血圧×7/11=拡張期血圧」
 これは、昭和9年頃に西勝造氏が提唱されたもので、氏の著:原本・西式健康読本(昭和24年発刊)の中で言っておられるものです。
それを要約して紹介しましょう。
 最小血圧(拡張期血圧)は、最大血圧(収縮期血圧)の11分の7であるべきである。
 この比を保っておれば、最大血圧が50歳であれば260、60歳であれば270、70歳であれば280まで上がっても差し支えない。
 比は11分の7が理想であるが、11分の6から11分の8までの間を安全範囲とする。
 11分の8を越える(=脈圧が小さい)ときは早晩、脳溢血の危険がある。
 11分の6を下回る(=脈圧が大きい)場合は、肺炎、肺結核、癌、胃腸腫瘍、腎臓疾患などを警戒すべきである。
 アメリカ人の健康体の比は、11分の7.4付近であり、日本人のそれは11分の6.4を示している。これは、前者が高血圧による心臓病の死亡率の高いことを示し、後者が肺や消化器関係による死亡率の高いことを物語っている。
 現代医学においては、最大血圧のみを問題にし、その最小血圧との比を無視するから、正常の最大血圧の持ち主が脳溢血を起こすのである。すなわち11分の7を大きいほうに遠ざかることは、最大と最小が接近(脈圧が小さくなる)することであって、これは危険である。ゆえに薬剤を用いて最大血圧を低下することは、その両者の接近であるから、危険は更に増大すると考えねばならぬ。
 以上、要約しましたが、西勝造氏の論は幾多の文献からまとめ上げられたもので、統計的に有意であることは間違いないですし、欧米化した今日の日本人の食事からして、十分に現代日本人に適用できましょう。
 そして、西氏がおっしゃっておられるように、脈圧ではなく、拡張期血圧と収縮期血圧の比率でもってコホート研究をしていただきたいと小生は願っています。
(2016.3.4再追記)
 西氏が「11分の7」を理想とされる根拠はなんでしょうか。氏の著:原本・西式健康読本には書かれていませんが、次のように考えられます。
 毎日たっぷり運動せざるを得ないのが狩猟採集民です。彼らの血圧は概ね「上:110」・「下:70」です。また、軽いジョギングを毎日3か月間行った場合に血圧がどの値に向かうかのデータを小山内博氏が採られたところ、「上:110」・「下:70」にきれいに向かっています。
 →ゆっくり走って治す高血圧。低血圧もゆっくり走って改善。上は110、下は70に近づきます。(このページの中ほどの図を参照ください。)
 こうしたことを踏まえると、人の理想的な血圧は、「上:110」・「下:70」と言えるのではないでしょう。なお、小生も10年ほど前(50歳台後半)の夏は毎年野菜中心の食事で体を良く動かしていまして、血圧は「上:110台」・「下:70台」でした。
 よって、これがベースとなって、「11分の7」という基準が登場したのではないでしょうか。(再追記ここまで)

 かくして、脈圧が大きいと危険という調査研究があったり、脈圧が小さいと危険だと言われたり、程よい脈圧が安全そうに思われる節があったりし、小生も困惑しておりますが、もう2点、調査研究を補足して紹介しておきます。(⑤を再々追記)
高血圧治療のガイドラインのデータに基づく検証[医療情報学 28(3)125-137]
 この中で、「降圧治療の住民対照研究」(東海大学大櫛陽一ほか)の郡山市におけるコホート研究の調査結果として次のように出ています。
 収縮期血圧180以上の方で、降圧剤治療を受けた人は受けなかった人に比べ、総死亡率の危険度が約5倍(データ使用標本数からして統計的に有意<95%信頼区間の下限は危険度約1.8倍>)と出ています。

 これは、③で西氏がおっしゃる“降圧剤で脈圧を小さくするから危険度は増大する”と符合するのではないでしょうか。

 ⑤最大血圧値と自立者の割合(2016.3.15再々追記)
 (1980年国民栄養調査対象者の14年間追跡コホート研究データからの解析)
 高齢者の最大血圧値を20mmHgごとにグループ分けし、降圧剤を服用しているか否かで自立者の割合に差があるかどうかを解析したもの。

 
この図から降圧剤でもって自立度が落ちることは明白ですし、最大血圧を120未満に下げると自立度が極端に落ち、これは大きな問題でしょう。
 ところで、降圧剤の有無に関わらず血圧が高いほど自立度が落ちていますが、これは高齢になればなるほど血圧が高くなりますから、年齢と自立度との因果関係が、血圧と自立度との相関関係として現れたにすぎないと考えるべきものです。
 なお、この解析と脈圧との関連はないですが、降圧剤には問題があることを本稿で書き添えることにしました。(再々追記ここまで)

 これにて追記を終ることにしますが、これを踏まえたとしても、当初の記事で最後に書きましたとおりのこと以外にないでしょうね。それを再掲します。
 
動脈硬化を食い止めるには、少食にして正しい食生活をし、適度な運動をする以外にありません。これはあらゆる生活習慣病の予防・改善に共通する処方箋です。
 あまり色々な検査値に振り回されないようにしたいものです。

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スイカの種を飲み込んで便通促進?梅干の種なら胃潰瘍や酒の飲みすぎにも?

2014年08月01日 | 健康情報一般

スイカの種を飲み込んで便通促進?梅干の種なら胃潰瘍や酒の飲みすぎにも?

 昨年スイカの頂き物が時々あり、例年になくスイカを多く食べました。初めのうちは、日本の食文化(世界どこでもそうかも)に従い、スイカの種をあらかた吐き出していたのですが、あるとき少々便秘ぎみになったものですから、その日は種を全部飲み込むことにしました。それが効いたのかどうか分かりませんが、翌朝は快便そのものでした。それ以来、スイカあるいはメロンを食べるときは種を全部飲み込み、毎回お通じは良かったです。
 だからと言って、スイカの種で便通が促進される、と言い切ることはできません。たった一人の、それも1、2週間という短い期間での臨床データですからね。めったに便秘しない小生ですから、何もしなくても翌日は快便であった可能性の方が大きいです。

 小生が子供の頃は、“スイカの種を食べると盲腸になる”、つまり、スイカの種が盲腸に入って虫垂炎を引き起こす恐れがあるから、全部吐き出せと言われたものです。
 医学的見地からいうと、盲腸の入り口は狭く、スイカの種はとても入れないとのことですが、その昔、盲腸の解剖で、形・色ともスイカの種に酷似したものが見つかったそうで、どうやら、それが元で迷信が生まれたやに思われるというネット記事がありました。

 ところで、昨年、小生がスイカの種を全部飲み込むことにした理由は、20年近く前に、ある健康雑誌で、たしか梅干の種を(そのままあるいは砕いて)飲み込むと、いろいろな病気を改善するという記事を見た記憶があったからです。
 なお、これについて、今日ネット検索していたら、次のものを発見しました。
 紀州梅干専門店:マルイチフーズ 梅干の種は体にいい?
 http://maruichi-foods.com/ume/a02.html

 このサイトでも、梅干の種を丸飲み込みすると、胃潰瘍、酒の飲みすぎ、便秘などに効果があった例が詳しく書かれています。
 
なお、スイカやカボチャの種を飲み込むとそのまま排泄されるのに対して、梅干の種は消化されてしまうという。ほんと?と疑いたくなりますが、小生も何年か前に、半月ぐらい毎日梅干の種を飲み込んでみたことがあるのですが、便の検査はしておりませんので、真偽のほどは定かではありません。
 して、その効果はどうであったかというと、どこも悪くない健康体でしたから何も感じませんでしたが、その間、便秘は全くしなかったと記憶しています。

 さて、ヒトはチンパンジーに近い種です。チンパンジーの主食は果物で、果物が豊富であれば果物しか食べないほどの偏食家です。熱帯雨林には様々な果物があり、ある調査によれば、チンパンジーは123種類もの果物を食べていることが分かっています。
 調査方法は便を調べるというもので、彼らは果物の種は吐き出さずに丸呑みすることが分かっています。また、噛み砕くこともしません。
 野生の果物は、大雑把に2分されます。イチジクやイチゴのような細かい種がたくさんあるものと、大きな種(スモモのような大きな種が1個だけ、あるいはビワのように大きな種が数個)があるものです。イチジクやイチゴの種であれば、全く気になりませんから、ヒトも飲み込んでしまいます。でも、スモモやビワのような大きな種はヒトは必ず吐き出します。でも、チンパンジーは飲み込んでしまう。
 
 チンパンジーがなぜ大きな種でも飲み込んでしまうかというと、野生の果物は果肉が薄くて柔らかい部分はどれだけもなく、加えて、ビワのように種がきれいに剥がれるものはなくて、スモモのように種に果肉がこびり付いて離れない上に噛み砕こうと思っても容易ではないものばかりだからです。
 もっとも何事にも限度があって、あまりにも種が大き過ぎて喉を通らず飲み込めない、そうした果物は彼らがよく知っていますから見向きもしません。そして、それを食べるのはゴリラです。チンパンジーに比べて圧倒的に体が大きいゴリラですから、喉も太いようでして、3センチ以上もある種を平気で飲み込んでしまいます。
 いずれにしても、果樹は、動物に果物を食べてもらい、彼らに栄養を与える代わりに、種を飲み込んでもらって、ある程度離れた場所に運んでもらうというギブアンドテイクをしているのですから、種が動物にとって害があるわけがないです。そればかりでなく、種が動物の消化器官を通過するに当たって、何らかの御利益が動物の消化器官に与えられると言ってよいでしょう。
 考えられる御利益は、胃壁・腸壁への刺激により、消化液を出やすくする、蠕動運動が盛んになる、胃壁・腸壁の新陳代謝を促進する、といったことになりましょう。

 こうしたことを小生は、類人猿の生態に関する幾冊かの本を読んで知っていましたので、梅干の種であろうとスイカやメロンの種であろうと抵抗なく飲み込めるのです。
 ヒトとチンパンジーの消化器官は、ほぼ同じ形質・形状ですから、チンパンジーにいいものであれば、ヒトにもいいのです。
 そして、先ほど紹介したサイトで梅干の種は「酒の飲みすぎ=肝臓の働きの強化」にも効果があることを知りましたので、先日から梅干の種は吐き出さずに丸飲み込みすることにしました。ただし、1日1食の小生でして、朝は梅干だけ口にしますが、そのときに種を飲み込むと胃の蠕動運動を引き起こしかねず、これでは胃を休ませてあげられそうにないですから、夕食時に梅干を食べるとなれば、そのときは飲み込むことにし
ます。
 そして、当然のことながら、夕食後に食べるスイカの種は吐き出しません。メロンも同様です。なお、メロンは、種が集まっているワタの部分が一番甘いですから、ここを捨ててしまうのはいかにももったいないです。ただし、メロンの種はざらつきがあって、これが口の中に残ると、飲み込みにくいですから、ツルツルッといきたいものです。
 しかし、これらのことは、誰にもおすすめできるものではありません。口に入るものが激変しては、胃腸がビックリし、とんでもないトラブルを招きかねませんからね。
 
何事も少しずつ慣らしていかねばならないでしょう。先ずはスイカの種を少しばかり飲み込むことから始め、量を増やし、それに慣れてから、メロンの種や梅干の種といったものに挑戦することでしょうね。
 小生とて、スモモの種は、大き過ぎて喉を通るかどうか心配で、今まで飲み込んだことはありませんでしたが、先日購入したものは小振りであり、並の大きさの梅干の種と同じぐらいでしたから、飲み込むことができました。スモモはもう終わりかけており、スイカやメロンの種を飲み込みたいのですが、スイカのもらいものは今年はまだなく、自家栽培のメロンの収穫は当分先ですから、臨床実験がうまくできません。
 梅干を朝だけでなく夕食時にも毎日食べればいいのですが、今は「夏の土用」の季節で、漢方栄養学上では「酸味は避けるべし」となりますから、梅干は立秋まで朝だけにしており、臨床実験はしばし中断といったところです。
 よって、立秋以降に臨床実験を再開することとし、梅干の種の効果のほどを実証したいと考えています。8月中にはご報告できたら、と思っています。

(8月22日追記)
 今年はスイカのもらいものは全くなく、畑で栽培したメロンは夏の長雨で全部枯れてしまって無収穫に終わり、果物の種を飲み込むチャンスが全く訪れません。また、梅干は毎朝1粒なめているせいか、夕食時に食べたいという気持ちが湧いてきません。
 よって、梅干の種を飲み込むということは、いまだやっていません。
 便通の方は毎日あるものの、数日に1回程度は完全には出切らないことがあります。
 何とかして臨床実験を再開せねばなりません。そこで、胃腸に負担がかかるかもしれませんが、明日から、朝、梅干をなめた後で飲み込むことにしましょう。

(10月30日追記)
 朝、梅干の種を飲み込むようになって2か月以上が経過しましたが、便通が以前より良くなったかどうか、これは全く不明です。なお、酒の飲みすぎに効果ありとのことですが、晩酌の量を少しでも増やすと酔いがなかなか抜けず、この効果も全く感ずることができません。
 さて、梅干の種1個では効き目が出ないのかもと考え、10月半ばから毎日食べだした
柿の種を飲み込むことにしました。そうはたくさん飲み込めませんから、柿を食べながら2個に1個程度を飲み込むこととし、1日で4個程度を夕食後に飲み込んで来ました。それによる便通の効果はと言うと、2週間になるのですが、これまた効果を感ずることあたわず、です。
 たったの2週間では断定的なことは言えず、今季は毎日柿の種を飲み込むことにしましょう。だいぶ慣れてきましたから。なんだか、だんだんチンパンジーに近づいていく小生です。自分でも少々あきれるほど。
(12月4日追記)
 梅干の種の飲み込みは毎日、柿の種4個程度の飲み込みは11月半ばまで毎日、チンパンジー生活を続けたのですが、便通に関して別段の効果は感じられませんでした。また、昨日の忘年会で飲みすぎましたが、これに効果があったとも思えません。
 今は梅干の種の飲み込みだけです。これは害になるものではないですから、続けようと思っています。
(2015年1月29日追記)
 梅干の種の飲み込みも年末には止めてしまいました。何ら効果が感じられなかったからです。なお、便通の方は毎日あるものの、数日に1回程度は完全には出切らない状況に変化はありません。
 最近
新たに始めたのはみかんの種の飲み込み。畑に2本あるみかんの木のうち1本は種ありで、1袋に2個ぐらい入っています。これが食べ頃になったので、夕食後に食べるのですが、種の半分ぐらいは飲み込むことにしています。効果はないでしょうが、吐き出すより飲み込んだほうが胃腸にいいはずだから、そうすることに。
(2017年7月28日追記)
 今年はスイカのもらいものがあり、それを食べ終わったら、メロンが今年初めて豊作となり、ここ2週間ほど毎日たっぷり食べています。当然に種も飲み込んでいます。
 やはり、お通じは抜群です。日によっては朝と昼前の2回。これで、宿便は溜まりようがないことでしょう。
 やっかいなのは、メロンの種は小さいですから、ときどき歯に挟まること。

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