宇宙のはなしと、ときどきツーリング

モバライダー mobarider

JAXAとヨーロッパ宇宙機関共同の水星探査ミッション“ベピコロンボ” 推進システムに十分な電力を供給できない不具合が発生

2024年05月19日 | 水星の探査
JAXAとヨーロッパ宇宙機関が共同で推進する水星探査ミッション“ベピコロンボ”で、不具合が発生していることが公表されました。
発生している不具合は、電気推進システムがフルパワーで動作しないというものです。
図1.水星に接近する“ベピコロンボ”のイメージ図。手前側に太陽電池アレイを備えた電気推進モジュール(イオンエンジン)が見えている。(Credit: spacecraft: ESA/ATG medialab; Mercury: NASA/JPL)
図1.水星に接近する“ベピコロンボ”のイメージ図。手前側に太陽電池アレイを備えた電気推進モジュール(イオンエンジン)が見えている。(Credit: spacecraft: ESA/ATG medialab; Mercury: NASA/JPL)


ラスターに利用できる十分な電力が供給できない問題

“ベピコロンボ”は、JAXAとヨーロッパ宇宙機関のそれぞれの周回探査機で、水星の総合的な観測を行う日欧協力の大型ミッションです。
周回探査機は、JAXAの水星磁気圏探査機“みお(MMO : Mercury Magnetospheric Orbiter)”とヨーロッパ宇宙機関の水星表面探査機“MPO(Mercury Planetary Orbiter)”の2機。
この2機の周回探査機は、飛行を担当するヨーロッパ宇宙機関の電気推進モジュール“MTM(Mercury Transfer Module)”に積み重なった状態で搭載され、水星を目指しています。

現在、“ベピコロンボ”は、“みお”と“MPO”、そして“MTM”が結合した状態で水星に向かっています。
“MTM”の太陽電池アレイと電気推進システムは、水星までの航行中に“ベピコロンボ”の推力を生み出すために使用されています。

ヨーロッパ宇宙機関によると、2024年4月26日にスラスターに十分な電力を供給できない問題が“MTM”に発生。
問題を把握した運用チームは、すぐに復旧作業を開始し、5月7日までに“ベピコロンボ”の推力は元のレベルの約90%まで回復しています。

でも、“MTM”が利用可能な電力は依然として本来よりも低く、全ての推力を回復することは、まだ実現できていないとしています。

現在運用チーム進めているの、現状の電力レベルで安定した推進力を維持することで、今後の飛行にどのような影響を与えるかを推定すること。
一方、問題の根本的な原因を特定し、スラスターに利用できる電力を最大化するための作業を、並行して続けていくそうです。
図2.“ベピコロンボ”の分解図。上からJAXAの水星磁気圏探査機“みお”、水星周回軌道に投入されるまで“みお”を保護する筒状のサンシールド、ヨーロッパ宇宙機関の水星表面探査機“MPO”、ヨーロッパ宇宙機関の電気推進モジュール“MTM”。(Credit: ESA/ATG medialab)
図2.“ベピコロンボ”の分解図。上からJAXAの水星磁気圏探査機“みお”、水星周回軌道に投入されるまで“みお”を保護する筒状のサンシールド、ヨーロッパ宇宙機関の水星表面探査機“MPO”、ヨーロッパ宇宙機関の電気推進モジュール“MTM”。(Credit: ESA/ATG medialab)


4回目の水星スイングバイへ

2018年10月にフランス領ギアナより打ち上げられた“ベピコロンボ”は、2025年12月の水星周回軌道投入に向けて、惑星間空間を減速するように航行していました。

これは、地球よりも内側の惑星に行くには、加速ではなく減速が必要なため。
水星の周回軌道に入るのに必要なエネルギーを、もし地球の外側にに向けて使ったとすると、太陽の重力圏を脱出できてしまうぐらいになってしまいます。

そう、距離としては近い地球と水星ですが、到達するためのエネルギー的には遠い存在になるんですねー
このため用いられるのが、燃料消費の無いスイングバイという飛行方式です。

探査機が、惑星の近傍を通過するとき、その惑星の重力や公転運動量などを利用して、速度や方向を変える飛行方式があります。
これにより探査機は、燃料を消費せずに軌道変更と加速や減速が行えます。
積極的に軌道や速度を変更する場合をスイングバイ、観測に重点が置かれる場合をフライバイと言い、使い分けています。

水星までの航行に予定されている、“ベピコロンボ”の軌道を変える惑星スイングバイは全9回。
“ベピコロンボ”は1回の地球スイングバイ、2回の金星スイングバイ、そして6回の水星スイングバイを実施することで、これらの惑星の重力を使って徐々に減速するんですねー

2021年10月1日に“ベピコロンボ”は1回目の水星スイングバイを実施し、その最中に搭載装置による科学観測を実施しました。
“ベピコロンボ”は、2022年6月と2023年6月にすでに2回目と3回目の水星スイングバイを実施し、今年(2024年)9月には水星で4回目のスイングバイを行う予定です。

“ベピコロンボ”は、現在の電力レベルが維持できれば、スイングバイに間に合うよう水星に到着することが可能なようです。
打ち上げから約7年かけて水星に到達するのは2025年12月、世界初となる2機の探査機を周回軌道へ投入し、2026年春から科学運用を開始するする予定です。


こちらの記事もどうぞ


磁気圏における電子の振る舞いを理解するために! 探査ミッション“ベピコロンボ”が1回目の水星スイングバイで降り込む電子を直接観測!

2023年09月23日 | 水星の探査
2021年10月1日のこと、JAXAがヨーロッパ宇宙機関と共同で推進する水星探査ミッション“ベピコロンボ”が、第一回水星スイングバイ観測を実施しました。

観測データは国際研究チームによって詳細に解析され、磁気圏中で加速された電子が惑星へ降り込む瞬間を初めてとらえていたことが分かっています。

太陽風の変化によって、様相が変化する磁気圏内では、様々な物理過程が生じていて、プラズマの加速や輸送が観測されます。

これらのプラズマの加速や輸送によって引き起こされる現象の代表例がオーロラです。

これまでの研究から、水星磁気圏は地球磁気圏と比べて、はるかに速く磁気圏が太陽風の変化に応答・変化することが分かっています。
でも、その中でプラズマ、特に電子の振る舞いは過去にほとんど観測例がなく、あまり理解が進んでいませんでした。

今回のスイングバイでは、これら電子を惑星近傍で直接観測することに成功。
さらに、磁気圏内で加速された電子が水星の表面に降り込み、地表面がX線で発光する現象“X線オーロラ”を引き起こすことが示唆されました。

この結果は、太陽系内における各惑星の磁気圏構造や環境の違いがあるにもかかわらず、オーロラを励起するプラズマの降り込みが普遍的に存在することを示しているようです。
この研究は、JAXA宇宙科学研究所をはじめ、フランス宇宙物理惑星科学研究所、プラズマ物理学研究所(フランス)、マックスプランク太陽系研究所(ドイツ)、スウェーデン宇宙物理学研究所、京都大学、大阪大学、金沢大学、東海大学からなる国際研究チームが進めています。
(Credit: 相澤紗絵)
(Credit: 相澤紗絵)

岩石惑星で弱いながらも固有磁場を持つ惑星

太陽系内の惑星は、太陽から吹き付ける太陽風と呼ばれる高速のプラズマ流にさらされています。

惑星が地球のように全球的な固有磁場を持つか否か、また厚い大気を有するか否かは、太陽風と惑星環境間の相互作用を決定づける大事な指標になります。

水星は地球のように岩石惑星で、弱いながらも固有磁場を持つ惑星として知られています。
また、太陽風と相互作用することで形成される水星磁気圏は地球磁気圏と似た振る舞いをしていることが、過去の研究から示唆されてきました。

一方、水星の固有磁場は地球と比べて100分の1程度と弱いので、磁気圏のサイズが小さく、水星近傍での物理現象は地球のものと比べて速く、また小さいスケールで起こると考えられています。

そのような中で、どのようにプラズマが加速され輸送されるかの詳細は、これまで分かっていませんでした。

水星磁気圏は、太陽系で唯一地球磁気圏と直接比較できる絶好の環境を持っています。
なので、私たちが良く知る地球近傍でのプラズマの加速および輸送が、水星でどのように変化するのか? 一方で共通点は何か?
これらを理解するために、水星は非常に重要な惑星といえるんですねー

水星磁気圏における電子の振る舞い

太陽風と磁気圏の相互作用、そして太陽風の変動に伴う磁気圏環境の変化は、地球において長い間様々な手法を用いて研究されてきました。

特に、地球の夜側磁気圏尾部における磁力線の繋ぎ替わり現象“磁気リコネクション”や、それらによって加速・輸送されるプラズマの振る舞いは大きな研究テーマになっています。

地球では、これらのプラズマが降り込んだ際には、大気と衝突してオーロラを励起することが良く知られています。

一方で水星磁気圏は、過去に水星を訪れた“マリナー10号”や周回観測を行った“メッセンジャー”のミッションによって、磁場の中心が惑星中心から北にズレているものの、その構造は地球磁気圏と非常に似通っていること、また磁気圏尾部では地球と同様に磁気リコネクションやタイポラリゼーション(磁気圏磁力線形状の急激な変化)などが起き、プラズマが加速されていることが明らかになっています。

水星磁気圏は地球と比べて小さく、太陽風の変化に敏感に応答することが分かっています。
でも、このような環境下で、どのようにどれだけ加速が起き、どれほどプラズマが磁気圏内で輸送されるのかは分かっていませんでした。

特に、加速されて惑星に向かって降り込むプラズマは、地球においては大気と衝突してオーロラを引き起こします。

一方、水星はごく薄い大気しか持たないので、プラズマが惑星に降り込む場合、大気と衝突することなく地表まで到達し、水星表面の物質と衝突して蛍光X線を出すことが予測されています。

この水星における発光現象は、しばしばX線オーロラと呼ばれています。

過去の観測からX線オーロラを励起する電子の降り込みの存在が、間接的には議論されてきました。
でも、“マリナー10号”および“メッセンジャー”では直接的な観測ができていないので、どのように加速された電子がどのように輸送されその場に降り込むのか、そしてどれくらいのエネルギーで降り込むのかは分かっていませんでした。

2つの周回探査機を同時に送り込む画期的なミッション

国際水星探査計画“ベピコロンボ”は、JAXAとヨーロッパ宇宙機関のそれぞれの周回探査機で、水星の総合的な観測を行う日欧協力の大型ミッションです。

2018年10月にフランス領ギアナより打ち上げられ、2025年12月の水星周回軌道投入に向けて、現在惑星間空間を減速するように航行しています。

これは、地球よりも内側の惑星に行くには、加速ではなく減速が必要なため。
水星の周回軌道に入るのに必要なエネルギーを、もし地球の外側にに向けて使ったとすると、太陽の重力圏を脱出できてしまうぐらいになってしまいます。

そう、距離としては近い地球と水星ですが、到達するためのエネルギー的には遠い存在になります。

このため用いられるのが、燃料消費の無いスイングバイという飛行方式です。
探査機が、惑星の近傍を通過するとき、その惑星の重力や公転運動量などを利用して、速度や方向を変える飛行方式。燃料を消費せずに軌道変更と加速や減速が行える。積極的に軌道や速度を変更する場合をスイングバイ、観測に重点が置かれる場合をフライバイと言い、使い分けている。
水星までの航行には、探査機の軌道を変える惑星スイングバイが全9回予定されていて(地球1回、金星2回、水星6回)、2021年10月1日に“ベピコロンボ”は1回目の水星スイングバイを実施し、その最中に搭載装置による科学観測を実施しました。

探査は、日本の水星磁気圏探査機“みお(MMO : Mercury Magnetospheric Orbiter)”とヨーロッパ宇宙機関の水星表面探査機“MPO(Mercury Planetary Orbiter)”の2機で行われる予定。
史上初めて地球以外の惑星に2つの周回探査機を同時に送り込むという画期的なミッションになります。

水星では史上初めて行われた電子とイオンの同時観測

この2機の探査機は、水星周回軌道投入までの飛行を担当するヨーロッパ宇宙機関の電気推進モジュール“MTM(Mercury Transfer Module)”に積み重なった状態になっています。

ただ、“みお”は太陽光シールドによって覆われてしまうので、視野が限られるなど科学観測には大きな制約を受けてしまうことに…

でも、惑星スイングバイ中には搭載装置の多くを立ち上げて観測を試みるんですねー
第1回水星スイングバイでは、最接近高度200キロの距離まで探査機が水星に近づき、磁気圏のプラズマ観測に成功しています。

これまでの“マリナー10号”や“メッセンジャー”では、その軌道制約から水星磁気圏の南半球を低高度から観測できませんでした。
なので、今回の“ベピコロンボ”による観測が史上初めての試みになっています。

観測で用いられたのは、“みお”に搭載された電子観測器“MEA”、イオン観測器“MIA”、中性大気観測器“ENA”。
これらの装置により、水星では史上初めて電子とイオンの同時観測が行われました。

データ解析の補助として磁気圏モデル(KT17)が用いられ、加速された電子が南半球磁気圏の朝側で惑星表面へと降り込む様子が直接観測されました。

過去に観測されていたものとは異なる現象

水星スイングバイ中、“ベピコロンボ”は水星の夜側北半球から接近し、南半球朝方付近で水星に最接近したのちに南半球昼側磁気圏を観測して、太陽風へと抜けていく軌道をとっています(図1は、軌道と“みお”によるプラズマ観測結果になる)。
図1.“ベピコロンボ”の軌道(北から見下ろした図)及び“MPPE”センサーによる観測結果。マグネトポーズ(MP:ピンクのマークおよび線)およびバウショック(BS:青のマークおよび線)通過が同定されている。(Credit: Aizawa et al., 2023)
図1.“ベピコロンボ”の軌道(北から見下ろした図)及び“MPPE”センサーによる観測結果。マグネトポーズ(MP:ピンクのマークおよび線)およびバウショック(BS:青のマークおよび線)通過が同定されている。(Credit: Aizawa et al., 2023)
このスイングバイでは、様々な運用上の制約によりデータに時間的な空白が生じているものの、“みお”は磁気圏の構造を示す境界(磁気圏界面およびバウショック)をとらえることに成功。
スイングバイ当時の水星磁気圏は、平均よりも圧縮されてコンパクトな状態であったことが確認されました。

この圧縮された磁気圏内において観測されたのが、様々な物理過程です。
特に、最接近後に朝側の磁気圏で、高エネルギー電子(1~10keV;キロ電子ボルト)のフラックスの増強が準周期的(30~40秒程度の周期)に観測されています。(図2)

これらは“マリナー10号”および“メッセンジャー”によって測定された、高エネルギー(10~100keV)の電子バーストと呼ばれる現象に類似していました。

でも、詳細な解析によって1~10keVの電子フラックス増強の周期が過去報告されたものと一致しないこと、また電子フラックスの増強が高エネルギーから始まり低エネルギーに移行する挙動(図2(B)、(D)中の黒い線)を示していることが分かりました。

これらの結果から示されたのは、この観測がとらえたのが過去に観測されていたものとは異なる現象であること。
また、磁気圏モデルを用いて電子がどこから輸送されてきたかを調べることにより、今回の電子の挙動は特に、朝方の磁気圏尾部で起こるプラズマ過程(磁気リコネクションやタイポラリゼーションなど)に起因する電子の加速・輸送によって引き起こされたものである可能性が高いことを発見しています。
図2.水星磁気圏朝側で観測された電子のフラックス増強(#1-#6)と、それに伴って観測された高エネルギーから低エネルギーへ移行する電子の振る舞いの様子。(A)、(C)はそれぞれMEA1、MEA2の観測結果であり、(B)、(D)はその期間全体の平均で各観測を規格化したもの。平均との比較によってフラックスが高エネルギーから低エネルギーへと移行していることが分かる(黒線によって表示)。(E)及び(F)は、それぞれMEA1,MEA2のカウントであり、フラックスが増強しているところでカウントが増えていることが明らかに示されている。(Credit: Aizawa et al., 2023)
図2.水星磁気圏朝側で観測された電子のフラックス増強(#1-#6)と、それに伴って観測された高エネルギーから低エネルギーへ移行する電子の振る舞いの様子。(A)、(C)はそれぞれMEA1、MEA2の観測結果であり、(B)、(D)はその期間全体の平均で各観測を規格化したもの。平均との比較によってフラックスが高エネルギーから低エネルギーへと移行していることが分かる(黒線によって表示)。(E)及び(F)は、それぞれMEA1,MEA2のカウントであり、フラックスが増強しているところでカウントが増えていることが明らかに示されている。(Credit: Aizawa et al., 2023)

オーロラ生成過程として普遍的なメカニズム

今回のスイングバイでは、水星における磁気圏尾部のプラズマ過程に起因しうる、高エネルギー電子(1~10keV)フラックスの増強が確認されました。
この場所は、“メッセンジャー”によって観測された水星表面からのX線オーロラの発生位置と一致しています。

準周期的に変化するフラックスの増強とエネルギー依存を持った電子の特徴は、電子観測機“MEA”が磁気圏尾部で起こる磁気リコネクションやタイポラリゼーションによる加速・輸送を経て、最終的には惑星表面に降下する電子を観測したことを示唆しています。

地球では、磁気圏尾部におけるプラズマの加速・輸送は、地球大気への降り込みを起こしオーロラを生成します。

“ベピコロンボ”の観測結果は、地球と比べて小さい水星磁気圏においても、地球と非常に良く似た機構で電子が加速・輸送され、惑星に降り込むこと、そして地表からX線オーロラを生成しうることを示していました。

この研究によって分かったのは、水星の小さな磁気圏において電子は惑星に近い位置の磁気圏朝方側尾部で加速され、それらが惑星近傍まで輸送されること。
さらに、太陽系内の磁化惑星(海王星を除く)は各固有地場の強度や大気の有無、放射線帯の有無などに違いはあれど、どの惑星においても加速された電子は惑星近傍まで輸送され、降り込むことが可能であり、これらがオーロラ生成過程として普遍的なメカニズムであることを証明しました。

水星磁気圏における電子の振る舞いの解明は、該当する観測機器を初めて搭載する“みお”が担う重要な科学課題の一つになります。

長らく水星環境において議論されてきた物理過程について、大きな制約があるスイングバイ中の観測にもかかわらず一つの結果を出せたことは、水星周回軌道投入後の本格観測への期待を大きくするものになりました。

今後のスインバイから水星周回軌道への投入へ

今回の研究で取り上げた水星スイングバイを終えた“ベピコロンボ”は、2022年6月と2023年6月にすでに2回目と3回目の水星スイングバイを実施しています。

各スイングバイ時には、様々な科学観測が実施され、チームによって鋭意解析が進められています。
これまでになかった科学観測機器パッケージとスイングバイ軌道を併せて、これまでの“マリナー10号”や“メッセンジャー”では得られなかった新しい成果が生まれつつあるんですねー

2025年12月に予定される水星周回軌道投入後には、2機の探査機でそれぞ観測を行いますが、例えば“みお”が太陽風を観測する間“MPO”が水星環境を観測するといった、2機協働観測計画も綿密に検討されています。

加えて、ヨーロッパ宇宙機関の太陽探査機“ソーラーオービター”やNASAの太陽探査機“パーカー・ソーラー・プローブ”といった内部太陽圏を探査する探査機との協働観測も多く議論されていて、広く太陽圏と惑星圏・惑星磁気圏観測をつなぐ太陽圏システム探査の推進が期待されています。


こちらの記事もどうぞ


JAXAとヨーロッパ宇宙機関の水星探査ミッション“ベピコロンボ” 探査機の水星周回軌道投入に向けて3回目の水星スイングバイを実施

2023年08月02日 | 水星の探査
日本時間の2023年6月20日のこと、JAXAとヨーロッパ宇宙機関(ESA)の水星探査機“ベピコロンボ”が3回目の水星でのスイングバイを実施。
探査機は水星の上空236キロの距離を通過したそうです。
スイングバイのため水星に接近したベピコロンボ探査機のイメージ図。(Credit: ESA/ATG medialab)
スイングバイのため水星に接近したベピコロンボ探査機のイメージ図。(Credit: ESA/ATG medialab)

減速するように水星を目指す探査機

国際水星探査計画“ベピコロンボ”は、JAXAとヨーロッパ宇宙機関のそれぞれの周回探査機で、水星の総合的な観測を行う日欧協力の大型ミッションです。

探査は、日本の水星磁気圏探査機“みお(MMO : Mercury Magnetospheric Orbiter)”とヨーロッパ宇宙機関の水星表面探査機“MPO(Mercury Planetary Orbiter)”の2機で行われる予定。

この2機の探査機は、水星周回軌道投入までの飛行を担当するヨーロッパ宇宙機関の電気推進モジュール“MTM(Mercury Transfer Module)”に積み重なった状態になっています。
そして、MTMに搭載されているイオンエンジンを使い、減速するように水星を目指しています。

これは、地球よりも内側の惑星に行くには、加速ではなく減速が必要なため。
水星の周回軌道に入るのに必要なエネルギーを、もし地球の外側にに向けて使ったとすると、太陽の重力圏を脱出できてしまうぐらいになってしまいます。

そう、距離としては近い地球と水星ですが、到達するためのエネルギー的には遠い存在になります。

このため用いられるのが、燃料消費の無いスイングバイという飛行方式です。
探査機が、惑星の近傍を通過するとき、その惑星の重力や公転運動量などを利用して、速度や方向を変える飛行方式。燃料を消費せずに軌道変更と加速や減速が行える。積極的に軌道や速度を変更する場合をスインバイ、観測に重点が置かれる場合をフライバイと言い、使い分けている。
“ベピコロンボ”は1回の地球スイングバイ、2回の金星スイングバイ、そして6回の水星スイングバイを実施することで、これらの惑星の重力を使って徐々に減速するんですねー

そして、打ち上げから約7年かけて水星に到達し、世界初となる2機の探査機を周回軌道へ投入することになります。
打ち上げから9回のスイングバイを経て、水星の周回軌道に入るまでの軌道の変化を示した動画。(Credit: ESA - European Space Agency)

スインバイ中に撮影された水星の地形

ベピコロンボのミッションにとって、今回の水星スイングバイは3回目になります。

ベピコロンボ探査機が、水星に最接近した時刻は日本時間の2023年6月20日4時34分で、水星表面から約236キロ離れたところを通過。

最接近時のベピコロンボ探査機は太陽光が届かない水星の夜側にいましたが、遠ざかるにつれて昼側の地形が探査機のモニタリングカメラ“MCAM”でとらえられるようになりました。

翌日の日本時間6月21日には、スイングバイ中に撮影された3点の画像がヨーロッパ宇宙機関から公開されています。
ベピコロンボの電気推進モジュール“MTM”のカメラで日本時間2023年6月20日4時49分に撮影された水星。(Credit: ESA/BepiColombo/MTM)
ベピコロンボの電気推進モジュール“MTM”のカメラで日本時間2023年6月20日4時49分に撮影された水星。(Credit: ESA/BepiColombo/MTM)
1点目の画像は、MTMに搭載されているMCAMで最接近の15分後に撮影されたもの。
撮影時点での水星表面からの距離は約2536キロでした。

細長い楕円形をしているスヴェインスドッティル・クレーター(直径約213キロ)は、水星表面に対して天体が斜めに衝突したことで形成されたと考えられています。

その他に見られるのは、2008年にNASAの探査機“メッセンジャー”が発見したビーグル断崖。
ビーグル断崖の全長は約600キロで、スヴェインスドッティル・クレーターを引き裂くように走っています。

ヨーロッパ宇宙機関によれば、こうした断崖は水星のあちらこちらで見つかっていて、水星の地殻変動史を研究するのにうってつけの場所だそうです。

これらの断崖に見られる複雑な相互作用は、水星が冷えて収縮するときに地殻が滑って崩れたことを示しています。
ベピコロンボの電気推進モジュール“MTM”のカメラで日本時間2023年6月20日4時56分に撮影された水星。(Credit: ESA/BepiColombo/MTM)
ベピコロンボの電気推進モジュール“MTM”のカメラで日本時間2023年6月20日4時56分に撮影された水星。(Credit: ESA/BepiColombo/MTM)
2点目もMCAMの画像で、最接近の22分後に撮影されたものになります。
撮影時点での水星表面からの距離は約4000キロでした。

ビーグル断崖の右下には、ジャマイカの芸術家エドナ・マンリーにちなんだマンリー・クレーター(直径約218キロ)があります。

マンリー・クレーターは国際天文学連合“IAU”の惑星系命名ワーキンググループによって、2023年6月13日付で命名されたばかりでした。
水星のクレーター名は音楽家や画家、作家などから採用される。
MCAMチームの一員であるオープン大学のDavid Rothery教授によると、マンリークレーターは興味深い探査対象になるようです。

その理由は、水星の初期に存在した炭素に富む地殻の名残りかもしない暗い色(反射率が低い)の物質が、そこで掘り起こされているから。
さらに、クレーター内の窪みは滑らかな溶岩で満たされていて、水星の火山活動が長期にわたっていたことを示しています。

同様の物質が存在する他の場所とともに、マンリー・クレーターはベピコロンボミッションで詳しく調査される予定です。
ベピコロンボの電気推進モジュール“MTM”のカメラで日本時間2023年6月20日5時29分に撮影された水星。(Credit: ESA/BepiColombo/MTM)
ベピコロンボの電気推進モジュール“MTM”のカメラで日本時間2023年6月20日5時29分に撮影された水星。(Credit: ESA/BepiColombo/MTM)
3点目の画像は、最接近の55分後にMCAMで撮影されたもの。
撮影時点での水星表面からの距離は約1万キロでした。

ヨーロッパ宇宙機関では、ベピコロンボ探査機の本体とアンテナの間に水星が見える様子を「水星を抱きしめているようだ」と表現しています。

ベピコロンボ探査機が、2025年12月に水星周回軌道に入るのに必要な水星スイングバイはあと3回。
次の第4回水星スイングバイは2024年9月5に実施される予定ですが、それまでにもベピコロンボ運用チームがやるべきことは多くありそうです。

今後、ベピコロンボは電気スラスターの推進力で、太陽の強力な重力に対してブレーキをかける重要な期間に入ります。

スラスターは8月初めから約6週間稼働し、その後も断続的に、数日から最大2か月の出力が実施される予定です。


こちらの記事もどうぞ


水星の棒磁石はなぜ北にズレているのか? 自発的に生成・維持していることがシミュレーション研究で解明

2019年03月02日 | 水星の探査
○○○

水星内部のダイナモ作用のシミュレーション研究から、水星磁場の“棒磁石”が中心から北にズレている理由が解明されました。
中心核内部の磁場が自己調整機構によって対流をコントロールすることで、自発的に生成。維持されているそうです。


水星の固有磁場

2008年のこと、NASAの水星探査機“メッセンジャー”の観測により、水星が地球のような固有磁場を持つことが明らかになりました。

大規模な固有磁場は、水星内部の中心核のダイナモ作用によって磁場が作られている証拠になるので、この発見は水星の起源や進化を明らかにするうえで重要な成果でした。

さらに、その後の観測から分かったのが、水星磁場の双極子(棒磁石)が北に大きくズレていること。

地球の磁場では、双極子はほぼ地球の中心にあります。
この双極子のズレは、“メッセンジャー”の観測成果の中でも最も重要な発見の1つなんですが、その原因は一切明らかになっていません。
○○○
地球と水星内部の仮想的な棒磁石の位置。
地球の磁場は地球中心に置いた棒磁石でよく表現できるが、
水星では棒磁石を水星半径の5分の1にあたる約500キロ北にズラさないと、
観測結果を説明できない。


棒磁石のズレは自発的に生成・維持されている

今回の研究では、水星中心核の熱化学的状態を模した最新の実験や理論計算をもとに、新たな水星内部構造モデルを作成しています。

このモデルを“ダイナモモデル”に組み入れ、水星中心核の対流とそれに伴うダイナモ作用を数値的にシミュレーション。
すると、特定のモデルで、北にズレる双極子をはじめとする水星磁場の特徴をすべて再現するシミュレーション結果が得られたんですねー
  ダイナモ作用は、天体が大規模な磁場を生成・維持するためのメカニズム。

さらに、詳細な解析によって明らかになったのは、中心核の対流で作られた磁場が、電磁場中で運動する荷電粒子、電流に作用する力になる“ローレンツ力”を通じて対流構造を調整することによって、北にズレた双極子を自発的に生成・維持していること。
  研究グループでは、これを「自己調整(self-regulation)」と命名している。
○○○
自己調整が働く場合(上)と磁場によって自己調整が働かない場合(下)の、
水星表面での磁場動径成分の分布図。
赤色が内向き、青色が外向きの磁場、磁場により自己調整機構がオフになると形態が維持されず、
全く異なる磁場構造になることが分かる。
地球磁場と水星磁場の相違を明らかにすることは、水星だけでなく地球を理解することにもつながる重要な研究テーマになります。

昨年10月には、日欧共同の水星探査計画“ベビコロンボ”によって、日本の水星磁気圏探査機“みお”が打ち上げられ、いま水星に向かっているところです。
  水星磁気圏探査機“みお(MMO:Mercury Magnetospheric Orbiter)”

今回の研究成果や、将来の“みお”の観測による詳細な磁場データによって、水星ダイナモのメカニズムが明らかになり、水星の起源や進化に関する理解が飛躍的に深まることが期待されますね。


こちらの記事もどうぞ
  水星の動きから太陽を調べてみると…
    

水星の火山活動は35億年前に停止していた?

2016年08月14日 | 水星の探査
太陽に最も近い水星は岩石からできている惑星で、
太陽を向いている面はかなり熱くなるのですが、
これまで大きな火山活動は観測されていませんでした。

最新の研究によると、水星では35億年前に最後となる大きな火山活動があり、
その後には静かな惑星になったそうです。
水星のカラーマップ
上部にある黄褐色に着色された領域は、
古代の水星が激しい火山活動を経験した領域を示している。


火山活動

火山活動には爆発的なものと、溢れ出すものと2つがあり、
水星の形成に影響を与えたのは後者の方になります。

内部から溢れ出したマグマが水星の地殻を作り出したのですが、
その性質を調査することで、火山活動が起きた時期を知ることができます。

今回の研究では、クレーターの衝撃から水星の歴史を推定。

NASAの水星探査機“メッセンジャー”が撮影した画像を利用し、
クレーターのサイズと分布を調査しています。

さらに数学モデルと組み合わせることにより、水星表面の年齢も測定。

すると、水星では35億年前から、
大規模な地殻形成が起きていないことが分かるんですねー

そして、このことは水星の冷却とともに、
マグマの通り道が塞がったという理論を裏付けることになります。

これまで水星に探査機が着陸したことはありません。

もし今後、水星に着陸機や探査車が派遣されることになれば、
もっと正確なデータが取れるかもしれませんね。


こちらの記事もどうぞ ⇒ 水星全体の様子が分かる全球立体モデルができた!