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増幅に頼らず極めてわずかな量のDNA分析に成功! 火星など極限環境での生命の発見を可能とする装置“MinION”

2024年03月31日 | 火星の探査
現在の火星に生命は存在するのでしょうか?

この疑問は、長年の探査を通して検証されていますが、現時点では火星の表面に生命の痕跡は発見されていません。
ただ、探査機に搭載される分析機器には性能上の限界があるので、痕跡を検出できていないだけという可能性もあります。

今回の研究では、わずかな量のDNAを分析する装置“MinION”を使用して、火星の土壌を模した物質でその性能を検証しています。
その結果、“MinION”の精度であれば、最小で2ピコグラム(5000億分の1グラム)のDNAも検出できることが確認されました。

この結果が意味しているのは、地球上で最も生命が少ない環境でもDNAを確実に検出できること。
将来的な火星からのサンプルリターンミッションで求められる土壌分析の精度を満たしていると考えられます。
この研究は、アバディーン大学のJyothi Basapathi Raghavendraさんたちの研究チームが進めています。
図1.今から40億年前の火星(イメージ図)。最大で水深1600メートルに達する海が数億年間存続していたと考えられ、過去の火星には生命がいたかもしれない。生命が実際に誕生し、現在でも生き残っているのかは、多くの関心を集めている。(Credit: ESO, M. Kornmesser)
図1.今から40億年前の火星(イメージ図)。最大で水深1600メートルに達する海が数億年間存続していたと考えられ、過去の火星には生命がいたかもしれない。生命が実際に誕生し、現在でも生き残っているのかは、多くの関心を集めている。(Credit: ESO, M. Kornmesser)


太古の火星では生命が誕生し現在も生き残っている?

太古の火星では、地球のように液体の水が存在していたと考えられていて、火星独自の生命が誕生していた可能性もあります。
一方、現在の火星は極度の低温かつ乾燥した不毛な環境の惑星なので、とても生命の存続に適しているとは思えません。

ところが、生物学の発達によって、現在の火星並みの劣悪な環境でも生き残る生物が続々と発見されています。
このこと考えられるのは、太古の火星で生命が誕生し、現在まで生き残っているかどうかということ… 重大な関心ごとになっているようです。

火星独自の生命または生命の痕跡の発見は、1970年代に打ち上げられたNASAの火星探査機“バイキング1号”や“バイキング2号”で最初に試みられました。

それ以来、様々な探査機が火星の土壌や大気に含まれる物質を分析・同定しています。
でも、現在のところ火星の土壌から生命やその痕跡は発見されていないんですねー

また、生命に由来すると見られる分子“バイオマーカー”はいくつか発見されているものの、その多くは生命活動以外の理由でも生成され得る低分子なので、決定的な証拠とは言えない状況でした。


DNAを用いた検出方法

生命やその痕跡の発見において、これまで試みられていない方法の一つに“DNA”の検出があります。

DNAは生命の痕跡となるには議論の余地のないバイオマーカーと言えます。
ただ、過去の探査の結果や火星に類似した地球の環境での分析結果を考慮すると、DNAを直接検出することは困難で、効率的な抽出と増幅(※1)が必須だと、これまで考えられてきました。
※1.特定の条件でDNAを分析可能な量まで増やすこと。
火星でDNAの直接検出が、これまで試みられていない主な理由は2つあります。

1つは、高度なDNA分析が行える条件を、火星探査機で整えることが難しことです。
このため、この問題を解決するには、火星の土壌サンプルを地球に持ち帰る必要があります。
2021年に火星に着陸したNASAの火星探査車“パーサヴィアランス”は、火星表面のサンプルを採取して地球へと輸送する“火星サンプルリターンミッション”の一翼を担っています。
火星表面で採取されたサンプルは、早ければ2033年に地球に帰還する予定なので、火星で高度なDNA分析が行えないという問題は、将来的に解決することになります。

もう1つの理由は、高度なDNA分析では曖昧な結果が得られやすいことです。
一般的なDNA増幅法“PCR(ポリメラーゼ連鎖斑法)”法は、わずかな汚染にも敏感に反応するので、器具や試薬などに含まれる無関係な生物組織由来のDNAも増やしてしまいます。

また、PCRで増やしたDNAにはエラーが生じやすいという欠点もあります。
仮に、火星独自の生命に由来するDNAがあるとすれば、その存在はDNAの塩基配列(※2)が地球の生命のDNAとは一致しないことで証明されるはずです。

でも、PCRで増やしたDNAにエラーが生じやすいのであれば、見慣れない塩基配列のDNAが本当に未知の生命に由来するのか、それとも地球の生命に由来するDNAにエラーが生じただけなのかを特定することは困難で、説得力のある証拠と見なされなくなる可能性もあります。
※2.DNAを構成する4つの塩基(アデニン、グアニン、シトシン、チミン)の配列順の情報。遺伝情報は塩基配列によって決定されるので、DNAがどの生命に由来するのかを調べる上で、塩基配列は重要な情報となる。
PCRよりもエラーの少ないDNA増幅の手段には“MDA(多重置換増幅)”法などもあります。
でも、これらの方法にはDNAの特定の領域だけを増やしてしまうなど、別の欠点もありました。


増幅に頼らないDNAの分析技術

これらのことから、火星で採取されたサンプルから火星生命由来のDNAを確実に見つけようとするなら、増幅に頼らないDNAの分析技術が必要となります。

極度の乾燥という点で火星と類似した環境にあるアタカマ砂漠などの研究により、火星に類似した環境で期待される生物細胞数は土壌1グラム当たり1000~10万個と推定されています。
これは、土壌1グラム当たり500フェムトグラム~2ナノグラム(2兆分の1グラム~5億分の1グラム)のDNAを直接分析できる技術があれば、DNA増幅によって起こる潜在的なエラーを除外できることを意味していました。

火星からのサンプルリターンミッションにより持ち帰られるサンプルは容器1つあたり約15グラム。
計画では、生命の存在の有無を決定するのに使われる量は数百ミリグラム~数グラムなので、DNAの直接検出に必要な感度は1兆分の数グラムになります。


極めてわずかな量のDNA分析を可能とする装置

今回の研究では、極めてわずかな量のDNAを分析することが可能なOxford Nanopore Technologies社のナポアシーケンサー“MinION”を使用。
火星の土壌を模した物質で“MinION”の性能、特に分析の下限値を検証しています。

ナノポアとは、ナノスケールの小さな穴にタンパク質が配置されたポリマーシートのこと。
穴をDNAが通過するとき、穴に配置されたタンパク質とDNA分子の間で発生するわずかな電流をとらえることで、DNAの塩基配列を決定することができます。

Oxford Nanopore Technologies社が開発したこのDNA分析法は、“ナノポア配列決定法”と呼ばれています。

実験では、火星の土壌を模した“MMS-2”という人工土壌の中にDNA検出目標となる大腸菌と出芽酵母を様々な濃度で混ぜ、“MinION”でDNAが分析可能かどうかの調査を実施。
汚染を避けるため、実験はISO 5クラス(※3)のクリーンルーム内で行われました。
※3.国際規格“ISO 14644-1”に基づくクリーンルームの清浄度。半導体製造工場で求められる最低限度の清浄度に相当する。
その結果、最小で2ピコグラムのDNAを検出することに成功。
塩基配列を元に、大腸菌または出芽酵母だと決定するだけの品質が得られることが判明しました。

感度の高い“ナノポア配列決定法”でも、これほどの感度を達成した前例はなく、“MinION”は増幅なしにDNA配列を決定した最も高感度な装置ということになります。

興味深いことに、今回の実験では大腸菌と出芽酵母以外の生物である、人やいくつかの細菌のDNAも発見されました。
実験試料の条件を変えて実験を繰り返した結果、これは実験を行った研究員自身、クリーンルーム内の空気、DNA抽出に使われた試薬や水のどれかから実験試料に混入した汚染物質だと推定されます。

実験が極めて正常な環境で行われたことを考慮すると、これほど感度の高いDNA分析方法では、今まで気づかれなかった汚染も検出できることを意味しています。
これは、将来的に実際の火星の土壌で分析を行う際に考慮されるべき事項だと考えられます。
図2.汚染を避けるため、実験は清浄度のクラスが高いクリーンルームの中で実施されたが、それでも検出可能な汚染があることが示された。(Credit: Raghavendra, et al.)
図2.汚染を避けるため、実験は清浄度のクラスが高いクリーンルームの中で実施されたが、それでも検出可能な汚染があることが示された。(Credit: Raghavendra, et al.)


極限環境での生命の発見へ

今回の研究では、サンプルに含まれる極めてわずかな量のDNAでも、分析が可能なことが示されました。

ただ、研究チームの一人であるJavier Martin-Torresさんは、火星の表面に独自の生命が生き残っている可能性は低く、火星のサンプルからDNAが検出される可能性は低いと考えています。

でも、今回示されたDNAを検出する感度の高さは、他の天体の地球外生命体をサンプル内から検出するためのベンチマークとなる可能性があります。

また、“ナノポア配列決定法”は分析装置が小型という特徴があります。
砂漠や極地といった極限環境に生息する地球の生命の研究では、物資輸送が困難という問題もあるので、今回の研究結果は極限環境での生命の発見という場面でも生かされるはずです。

一方、本研究では、極めて清浄な環境でも、目的外の生物DNAによる汚染の存在が示されています。
この結果は、医学や薬学、化学など、生物汚染が望ましくない環境での汚染検出に生かされる知見にもなるはずです。


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過去の地球の公転軌道を予測することは想像以上に困難! 恒星の接近を考慮したモデルの検証で分かったこと

2024年03月30日 | 太陽系・小惑星
地球の公転軌道は、長い時間の中で少しずつ変化することが知られています。
過去に起きた極端な気候変動は、この公転軌道の変化が原因となっているのかもしれません。

でも、公転軌道の変化を数学的に解析することは困難なんですねー
これまの研究でも、過去の公転軌道を正確に予測できるのは、5000万~1億年前までが限界だと考えられてきました。

今回の研究では、正確な軌道予測を行うため、太陽系の近くを恒星が通過したことで、巨大惑星の軌道が乱される影響を考慮しています。
その結果、5000万年より短い期間であっても、正確な軌道予測が困難なことを突き止めています。

恒星が通過することは、これまでの計算ではあまり考慮されていなかったことでした。
この研究により、地球の公転軌道を正確に予測できる期間は、さらに約10%ほど短くなるようです。
この研究は、オクラホマ大学のNathan A. Kaibさんとボルドー大学のSean N. Raymondさんの研究チームが進めています。
図1.恒星“HD 7977”の接近を考慮した地球の公転軌道の変化の計算結果。1点1点が、特定の時点での公転軌道の性質(軌道離心率と近日点引数)の数に基づいてプロットされている。それだけ推定に幅があることを示している。(Credit: N. Kaib / PSI)
図1.恒星“HD 7977”の接近を考慮した地球の公転軌道の変化の計算結果。1点1点が、特定の時点での公転軌道の性質(軌道離心率と近日点引数)の数に基づいてプロットされている。それだけ推定に幅があることを示している。(Credit: N. Kaib / PSI)


惑星の公転軌道の変化

2024年は閏(うるう)年なので、前後の年と比べると1年の長さが1日だけ違います。
ただ、これは地球の公転軌道が変化したわけではなく、地球の1年には約365.242日と端数があるので、その調整のために設けられた日数です。

実際、地球やその他の惑星の公転軌道は安定しています。
このため、公転の周期や軌道の形、およびそれらの変化率など、といった公転に関する数値は、短期的にはほぼ固定の値と見なしても問題はありません。

でも、数千万年以上という長い時間スケールになると、そういう訳にもいきません。

太陽とすべての惑星は、お互いに重力で引っ張り合っているので、公転軌道の性質はごくわずかながら変化していきます。
短期的には無視できるほどの小さな変化も、数千万年以上という長い時間スケールとなれば、大きな変動として顕在化することになります。

このような惑星の公転軌道の変化のように、初期条件のごくわずかな違いが、最終的に予測できないほど大きな結果の違いをもたらす数学の分野を“カオス力学”と呼びます。


地球の気候の変化

カオス力学が適用される非常に身近な例に天気予報があります。
明日の天気はほぼ正確に予測できても、1週間後の天気予報は大きく外れてしまう。
これは、気象現象がカオス力学の典型的なケースだからです。

惑星の公転軌道も本質的にカオス力学になるので、はるかに遠い昔や未来の公転軌道を予測することは本質的に不可能です。

効率の良い計算方法の開発やコンピューターの計算能力の向上によって、予測できる範囲はどんどん広くはなっています。
それでも、過去の地球の公転軌道を正確に計算できるのは、これまで約5000万~1億年前までが限界だとされてきました。

このような公転軌道の変化で特に関心がもたれるのは、どの程度のきつい楕円形になるかです(軌道離心率の変化)。
これは、公転軌道がより楕円形になれば、太陽に対して最も近づく時と最も遠ざかるときの差が大きくなるので、地球の気候を直接変化させる可能性もあるからです。

特に関連性が指摘されているのは、今から約5600万年前に起きた“暁新世~始新世温暖化極大”です。
この頃の地球の平均気温は、現在より5~8度も高く、多くの生物に絶滅または生息域の拡大という影響を与えたと言われています。

暁新世~始新世温暖化極大が起こった理由は、具体的な証拠が見つかっていないので不明です。
ただ、地球の公転軌道の変化は証拠が残りにくいので、逆説的に有力な候補になっています。


太陽の近くを通過する別の恒星の存在

今回の研究では、惑星の公転軌道の変化に関する計算に、重要な前提が欠けていることを指摘しています。

公転軌道の変化に関する多くの計算では、太陽系内の天体の動きのみを考慮していて、周りには何もないことを前提としています。
これは、前提条件を簡単にすることで、コンピューターの計算時間を短くするための工夫でした。

ただ、実際の太陽系は孤立しておらず、天の川銀河の中を周回しているんですねー
ただ、このことを考慮すると計算があまりにも複雑になってしまうので、これまであまりタッチできない領域となっていました。

天の川銀河に属する個々の恒星は、銀河の中をほぼ同じような向きと速度で運動していますが、実際にはわずかな違いがあります。

このため、太陽の近くを別の恒星が通過することがあります。
その距離は、100万年ごとに約0.8光年(5万au/7兆5000億キロ)以内、2000万年ごとに約0.2光年(1万au/1兆5000億キロ)以内と言われています。

恒星がここまで接近すると、太陽系の外側を公転する4つの巨大惑星(木星・土星・天王星・海王星)の軌道を、ごくわずかながら変化させると考えられています。
例えば、海王星の公転軌道の現在の形は、その約3分の1が、過去数十億年の間に接近したいくつもの恒星の影響だと考えられています。

巨大惑星はそれだけ重力が強いので、巨大惑星の公転軌道が乱されれば、内側を公転する地球などの公転軌道を乱すことに繋がることになります。


惑星軌道の予測モデルに恒星の存在は必須

本研究では、惑星の公転軌道の予測モデルに恒星の通過を加えたシミュレーションを行っています。
使用したモデルでは、100万年当たり18個の恒星が1パーセクト(約3.3光年)以内を通過すると仮定していました。

その結果、恒星の通過による巨大惑星の公転軌道の変化、それによって起こる地球の公転軌道の変化は、かなり大きいことが分かりました。

特に注目されたのは“HD 7977”という恒星の接近でした。
太陽とほぼ同じ質量を持つ“HD 7977”は、約280万年前に太陽に接近したと考えられています。

ただ、接近距離の推定には幅があり、最も近い場合では約0.06光年(4000au/6000億キロ)、最も遠い場合では約0.5光年(3万1000au/4兆5000億キロ)と推定されています。
図2.恒星“HD 7977”の接近を考慮したモデル(左側)と考慮しないモデル(右側)での計算結果の比較。恒星の通過を考慮したモデルでは、考慮しないモデルと比べて、予測される地球軌道に大きな幅があることを示している。(Credit: N. Kaib / PSI)
図2.恒星“HD 7977”の接近を考慮したモデル(左側)と考慮しないモデル(右側)での計算結果の比較。恒星の通過を考慮したモデルでは、考慮しないモデルと比べて、予測される地球軌道に大きな幅があることを示している。(Credit: N. Kaib / PSI)
研究チームでは、“HD 7977”の接近距離について、様々な過程を考慮してシミュレーションを実施。
すると、接近距離が比較的近い場合、地球の公転軌道の変化が早い段階で予測が困難になることが分かりました。

接近距離の推定に幅があることも考慮して総合的に考えると、地球の公転軌道について精度の高い推定が可能な期間は最大で約10%短くなると研究チームは考えています。

約5600万年前の暁新世~始新世温暖化極大は、5000万年前までは地球の公転軌道が正確に予測できるという前提の下、公転軌道の変化が原因だという説が提唱されました。

でも、今回の研究で示されたように、正確に予測可能な範囲が1割も短くなってしまうと、前提の一部が成立しないことになります。
これまでの説を否定するほどの重大な問題ではないものの、これは留意すべき結果と言えます。

今回の研究が示しているのは、これまでのモデルで省かれてきた恒星の影響を盛り込むことの重要性でした。

計算の困難さや、時間がかかり過ぎる問題は、技術革新によって徐々に改善されています。
恒星の接近距離の不確実さも、より正確な観測によって縮まるはずです。
今後の惑星軌道の予測モデルでは、恒星の存在は必須となるかもしれません。


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銀河全体の5%に満たないリング銀河を大量検出! 銀河の渦巻き構造とリング構造を検出するAIプログラムによる成果

2024年03月29日 | 銀河・銀河団
今回の研究では、市民天文学“GALAXY CRUISE”の分類データを活用し、深層学習アルゴリズムを用いて銀河形態の大規模分類を行っています。

その結果、すばる望遠鏡が7年かけて構築した画像データベースから、40万天体に及ぶ渦巻銀河と3万天体ものリング銀河を検出することに成功しました。

本研究の成果は、昨年報告されたGALAXY CRUISEの分類結果を活用した第一例。
今後もこのような市民天文学と、すばる望遠鏡による競争的研究成果が続々と出てくることが期待されます。
この研究は、早稲田大学、国立天文台、東京大学の研究者からなる研究チームが進めています。
本研究の成果は、日本天文学会欧文研究報告書“Publications of the Astronomical Society of Japan; PASJ”に2024年1月29日付で掲載されました。
GALAXY CRUISEで市民天文学者が選んだおよそ900天体のリング銀河を活用し、AIによってその数を3万天体超に増やすことに成功。(Credit: 国立天文台)


銀河の大規模分類と多様性の起源

人間社会と同様に、宇宙における銀河社会でも、銀河一つ一つの姿かたちや性質はそれぞれ異なっていて、その違いも大小様々です。

私たちのいる天の川銀河の他にも多くの銀河があることが、エドウィン・ハッブルによって発見されて以降、こうした銀河の多様性の成り立ち、銀河合体やブラックホール活動との因果関係を明らかにするために、観測と理論による数多くの研究が長年地道に行われてきました。

近年はAIの発展に伴い、かつてない大規模な銀河分類の効率化が実現できる時代に突入し、銀河の大規模分類と多様性の起源の追及は、データ天文学の黎明期を象徴する一大テーマとして躍進が期待されています。

ここ最近は生成AIが脚光を浴びていますが、天文学では人の目による分類も依然として強力です。
その代表例として、すばる望遠鏡の超広視野主焦点カメラ“HSC(Hyper Suprime-cam)”(※1)による、大規模画像データを利用した、市民天文学プログラム“GALAXY CRUISE(ギャラクシークルーズ)”が挙げられます。

“GALAXY CRUISE”では、すばる望遠鏡の世界屈指の視力と“HSC”の超広視野を用いて得られた高品質画像と、1万人を超える市民天文学者の目による分類が合わさることで、高精度な銀河の形態分類が実現。
なかでも、銀河衝突・合体など特殊な条件下で形成されるリング構造のような形態もあるので、こうした珍しい兆候の正確な分類には、市民天文学者の慧眼が不可欠でした。
※1.“HSC(Hyper Suprime-Cam:ハイパー・シュプリーム・カム)”は、すばる望遠鏡に搭載されている超広視野主焦点カメラ。満月9個分の広さの天域を一度に撮影でき、独自に開発した116個のCCD素子により計8億7000万画素を持つ。まさに巨大な超広視野デジタルカメラといえる。


銀河の渦巻き構造とリング構造を検出するAIプログラム

今回の研究では、この“GALAXY CRUISE”から集められた約2万天体分の貴重な分類データをAIに学習させることで、銀河の渦巻き構造とリング構造を検出するAIプログラムを構築しています。

これを、“HSC”による大規模サーベイ“すばるHSC戦略枠観測プログラム(HSC-SSP)”の約7年分のデータ(第3期データリリース)に適用することで、およそ70万天体に及ぶ銀河の大規模分類を実現。
その中から、約40万天体の渦巻き銀河と3万天体超のリング銀河を検出することに成功しました。

特に、銀河全体の5%に満たないリング銀河の大量検出ができたことは、情報の少ないリング構造の成り立ちや性質を統計的に明らかにする上で重要なことでした。

これにより、研究チームが発見したのは、リング銀河が天の川銀河のような成熟した星形成銀河(主に渦巻銀河)と、星形成活動を終えて衰退する銀河(渦巻の無い銀河)との中間的な性質を持つ傾向にあることでした。
このことは、スーパーコンピュータを用いた最新の理論予測とも合致するもので、銀河のリング構造の理解に向けて一歩前進したと言えます。

また、本研究の成果は、科学コミュニティにおける市民参加の意義を再認識するもの。
市民天文学者と、すばる望遠鏡が協力して切り拓く、未来の天文学研究に向けた新たな一歩となるはずです。

AIを使った分類は、70万天体もあっても1時間にも満たない処理で済みます。
ただ、“GALAXY CRUISE”が2年以上かけて集めた分類データがなければ、本研究は実現していませんでした。
プロジェクトに参加された市民天文学者のおかげと言えます。
これからも市民天文学者との協働研究が国内でさらに盛り上がってくれば、様々な研究や発見に非常に面白い結果として表れてくるはずです。


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宇宙の膨張速度“ハッブル定数”を正確に算出できる! 銀河団“G165”での“Ia型超新星の観測”と“重力レンズ効果の地図活用”

2024年03月27日 | 宇宙 space
私たちの宇宙が膨張していることは観測から分かっています。
でも、その膨張速度を表す“ハッブル定数”は、観測方法によってその値が異なるという大きな問題を抱えているんですねー

この問題は、“ハッブル緊張(Hubble tension)”と呼ばれ、現代宇宙論における大きな謎の一つとなっています。

今回の研究では、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡で撮影された画像の中に、観測史上2番目に遠い“Ia型超新星”が写っていることを発見。
その性質を元に、ハッブル定数を精密に測定できるのではないかとする研究結果を発表しています。

研究チームでは、ハッブル定数の謎解きに繋がるという“希望”を込めて、このようなIa型超新星を“H0pe型超新星”と名付けています。
この研究は、アリゾナ大学が設置したスチュワード天文台に所属するBrenda L. Fryeさんたちの研究チームが進めています。
図1.紫色の四角内にある明るい点が、今回発見されたIa型超新星“SN H0pe”。重力レンズ効果によって3つの像になっている。明るい銀河本体からわずかにずれた位置にあるので、ごく近くにある矮小銀河が発生源だと推定される。(Credit: Brenda L. Frye, et al.)
図1.紫色の四角内にある明るい点が、今回発見されたIa型超新星“SN H0pe”。重力レンズ効果によって3つの像になっている。明るい銀河本体からわずかにずれた位置にあるので、ごく近くにある矮小銀河が発生源だと推定される。(Credit: Brenda L. Frye, et al.)


宇宙の膨張速度“ハッブル定数”

今回の主題である“H0pe型超新星”を解説する上で欠かせないのが、“ハッブル定数”、“Ia型超新星”、“重力レンズ効果”という3つの用語です。

最初は“ハッブル定数”ついての簡単な説明。

私たちの宇宙は誕生以来ずっと膨張し続けていることが確認されています。
宇宙の膨張速度は、1929年に宇宙の膨張を発見した天文学者エドウィン・ハッブルに因んで“ハッブル定数”と呼ばれています。

現代の宇宙に関する理論に基づくと、ハッブル定数は宇宙のどこで観測しても一定になるはずです。
でも、実際には、近くの宇宙を観測して求めたハッブル定数(セファイド変光星による)と、遠くの宇宙を観測して求めたハッブル定数(宇宙マイクロ波背景放射による)には、大きな食い違いがあることが分かっています。

どちらの測定方法にも致命的な誤りは見つかっていないので、食い違いが生じる理由は分かっていません。
この食い違いによる問題は“ハッブル緊張”と呼ばれています。


重要な標準光源の一つ“Ia型超新星”

宇宙の膨張速度を求めるには、地球からの距離を正確に求めることができる天体を使う必要があります。
その一つが、白色矮星で発生する“Ia型超新星”という現象です。

白色矮星は、超新星爆発を起こさない比較的軽い恒星(質量は太陽の8倍以下)が、赤色巨星の段階を経て進化した姿だとされている天体。
赤色巨星に進化した恒星は、周囲の宇宙空間に外層からガスを放出して質量を失っていき、その後に残るコア(中心核)が白色矮星になると考えられています。

一般的な白色矮星は直径こそ地球と同程度ですが、質量は太陽の4分の3程度もあるとされる高密度な天体です。

誕生当初の白色矮星の表面温度は10万℃を上回ることもありますが、内部で核融合反応は起こらず余熱で輝くのみなので、太陽のように単独の恒星から進化した白色矮星は長い時間をかけて冷えていくことになります。

なので、単独で存在する白色矮星が爆発することはありません。

ただ、連星の場合は違うんですねー
白色矮星と連星をなすもう一方の星(伴星)の外層部から流れ出した物質が、主星である白色矮星へと降り積もる“降着”という現象があります。

この降着により、白色矮星の質量が増えて太陽質量の約1.4倍(チャンドラセカール限界)を超えてしまうと、自己重力を支えられなくなって収縮し、暴走的な核融合反応が起こって爆発してしまうことに…
この爆発を起こして星全体が吹き飛ぶ現象を“Ia型超新星”と呼びます。

“Ia型超新星”は爆発直前の質量がどれも一定となるので、爆発後のピーク光度もほぼ同じと考えられています。
このことから、観測された見かけの明るさと比較することで、地球からの距離を測ることが可能になる訳です。
このような天体や現象は標準光源と呼ばれ、“クエーサー”や“ガンマ線バースト”なども標準光源として利用されています。

超新星は明るい現象で、発生した銀河が遠くても距離を測ることができるので、Ia型超新星は重要な標準光源の一つになっていて、宇宙の加速膨張が発見されるきっかけにもなったりしています。


遠くに位置する天体の見た目の明るさを増大させる“重力レンズ効果”

ただ、現在の技術で観測できる“Ia型超新星”は、比較的近い宇宙で起きたものに限られてしまいます。
現在“ハッブル定数”が測定されている“遠くの宇宙”と“近くの宇宙”のちょうど中間で測定が可能になるので、より遠くで起きた“Ia型超新星”を多数観測することが期待されていました。

そこで、注目されているのが“重力レンズ効果”を受けた“Ia型超新星”です。

“重力レンズ”とは、恒星や銀河などが発する光が、途中にある天体などの重力によって曲げられたり、その結果として複数の経路を通過する光が集まるために明るく見えたりする現象。
光源と重力源との位置関係によっては、複数の像が見えたり、弓状に変形した像が見えたりする効果を“重力レンズ効果”と呼んでいます。

ちょうど凸レンズが焦点に光を集めるように、遠くの天体の見た目の明るさが増大されるので、遠くに位置する“Ia型超新星”に用いることが期待されています。


重力レンズ効果を受けた2番目に遠いIa型超新星を発見

今回の研究では、非常に珍しい条件を備えたIa型超新星の像を、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡により撮影された画像の中に発見。
その性質に関する研究結果をまとめています。

この画像に主役として写っている天体は、おおぐま座の方向約46億光年彼方(赤方偏移z=0.35)(※1)に位置する銀河団“G165(PLCK G165.7+67.0)”です。
※1.膨張する宇宙の中では、遠方の天体ほど高速で遠ざかっていくので、天体からの光が引き伸ばされてスペクトル全体が低周波側(色で言えば赤い方)にズレてしまう。この現象を赤方偏移といい、この量が大きいほど遠方の天体ということになる。110億光年より遠方にあるとされる銀河は、赤方偏移(記号z)の度合いを用いて算出されている。
“G165”は太陽の260兆倍、天の川銀河の数百倍もの質量を持つ巨大な銀河団。
このため“G165”の周りには、重力レンズ効果で激しくゆがめられた銀河の像が見えていました。
図2.ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡によって撮影された銀河団“G165”。重力レンズ効果によって遠くの銀河の像を複雑に歪めている。今回の研究では、無数の像が21個の別々の天体に由来することが判明した。(Credit: Brenda L. Frye, et al.)
図2.ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡によって撮影された銀河団“G165”。重力レンズ効果によって遠くの銀河の像を複雑に歪めている。今回の研究では、無数の像が21個の別々の天体に由来することが判明した。(Credit: Brenda L. Frye, et al.)
銀河の見た目の形は弧状になっているので、これらの像は“Arc(弧)”と名付けられ機械的に番号が振られています。

研究では、“Arc 2”と名付けられた銀河の中に明るい点を発見。
観測データの分析から明らかになったのは、この明るい点がIa型超新星だということでした。

このIa型超新星は銀河“Arc 2”の中にあるので、論文中では仮の名前として“SN 2”と名付けられています。
ただ、研究チームが名付けたのは、ハッブル定数の謎解きに繋がるという“希望”を込めて“SN H0pe”という名前でした。

研究チームは、Ia型超新星“SN H0pe”は銀河“Arc 2”から、わずか5000~7000光年しか離れていないと推定しています。
このことから、おそらく“SN H0pe”は“Arc 2”の伴銀河(衛星銀河)である矮小銀河で発生したと考えられます。

地球から“SN H0pe”までの距離は約162億光年(赤方偏移z=1.78)。
“SN H0pe”は、2013年に見つかった“SN UDS10Wil”の約169億光年(赤方偏移z=1.914)に次いで、2番目に遠いIa型超新星になります。

ユニークなことに、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の画像に現れた“SN H0pe”の像は1つではありませんでした。
重力レンズ効果で像が分裂し、まるで3か所に別々の超新星があるように見えていたんですねー
像を区別するために付けられたのは、“SN 2a”、“SN 2b”、“SN 2c”という枝番。
3つの像に分裂したIa型超新星の観測記録は、2022年に初めて撮影された“AT 2022riv”に次いで2番目のことでした。
図3.Ia型超新星“SN H0pe”の3つの像の明るさを波長別にプロットした光度曲線。誤差は大きいものの、それぞれの像として観測されている光は重力レンズ効果によって異なる経路通ってきたので、明るさが変化するタイミングにズレが生じていると推定される。(Credit: Brenda L. Frye, et al.)
図3.Ia型超新星“SN H0pe”の3つの像の明るさを波長別にプロットした光度曲線。誤差は大きいものの、それぞれの像として観測されている光は重力レンズ効果によって異なる経路通ってきたので、明るさが変化するタイミングにズレが生じていると推定される。(Credit: Brenda L. Frye, et al.)


重力レンズ効果の“地図”を用いたIa型超新星までの正確な距離測定

研究チームが注目したのは、今回発見された“SN H0pe”が持つこれまでにない特徴でした。

まず、“SN H0pe”は3つの像が撮影された2番目のIa型超新星です。
ただ、1番目の“AT 2022riv”と異なり、数週間の間隔をあけて合計3回撮影されていたので、短期間での明るさの変化を計測できました。

3つの像は全て同じ天体なので、本来であれば明るさの変化も同じタイミングで起こるはずです。
でも、3つの像の元となる光は重力レンズ効果によって、それぞれの光が異なる経路を通って地球に到達しているんですねー
そう、経路が違うということは距離も異なり、実際には3つの像の明るさが変化するタイミングにはズレが生じることになります。

このタイミングのズレは、光が通ってきた距離の違いを反映しています。
なので、3つの像それぞれの明るさが変化する様子を元に、重力レンズ効果の強さを精密に計算することができる訳です。

今回の研究では、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による“G165”の詳細な観測データを元に、重力レンズ効果を受けて分裂した無数の像が、それぞれどのような天体に由来するのかも詳細に調べられています。

その結果、地球からの距離が約162億光年の“Arc 2”を中心としたグループに加え、地球からの距離が約184億光年(赤方偏移z=2.24)の別の銀河“Arc 1”を中心としたグループ。
そして、地球からの距離が約155億光年(赤方偏移z=1.65)の銀河のグループという、合計3つのグループが存在することが分かりました。

これらの銀河の距離が判明したことにより、“G165”周辺の無数の像は全部で21個の天体に由来することが明らかになりました。

こうした詳細な銀河の配置と距離に関するデータから、研究チームは“G165”による重力レンズ効果の強さに関する詳細な“地図”を作成することにも成功しています。
図4.今回の研究によって明らかにされた銀河団“G165”の質量分布の等高線。このような精密な“地図”は、将来的に超新星を観測したときに役立つ可能性がある。(Credit: Brenda L. Frye, et al.)
図4.今回の研究によって明らかにされた銀河団“G165”の質量分布の等高線。このような精密な“地図”は、将来的に超新星を観測したときに役立つ可能性がある。(Credit: Brenda L. Frye, et al.)
また、“Arc 1”はチリの多い銀河であることが今回判明し、推定される星形成(新たな恒星が作られる過程)の激しさから、超新星の発生確率は1年に1回程度と推定。
その多くは、太陽の8倍以上の質量を持つ恒星が一生の最期に起こす大爆発“II型超新星”(※2)だと推定されます
ただ、研究チームでは、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の運用期間中にIa型超新星が観測される可能性もあると考えています。

これらのことから、Ia型超新星“SN H0pe”が発見された銀河団“G165”では、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の観測期間中に、新たなIa型超新星を観測できる可能性があります。
さらに、詳細な重力レンズ効果の“地図”を用いれば、Ia型超新星までの距離が正確に測定でき、ハッブル定数を非常に正確に算出できる可能性もあります。

“SN H0pe”という名前は、ハッブル定数を意味する記号の“H0”と、これまでの観測では実現しなかった距離と精度でハッブル定数を測定できるという“希望(Hope)”をかけたものです。

研究チームが期待しているのは、“G165”を定期的に観測することで、ハッブル定数を絞り込めるということ。
現在の観測結果についても、詳細な研究を追加で発表するそうです。


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恒星と思っていた天体は、約238億光年彼方にある観測史上最も明るいクエーサーだった! 明るすぎて遠くの天体と認識できず…

2024年03月26日 | 宇宙 space
クエーサーは、銀河中心にある超大質量ブラックホールに物質が落ち込む過程で生み出される莫大なエネルギーによって輝く天体です。
銀河の初期形態とも考えられていて、100憶光年以上という遠方にあるにもかかわらず明るく輝いて見えます。

これまでに約100万個も発見されているクエーサーですが、極めて明るいものはごく少数にとどまっています。

今回の研究では、“J0529-4351”という天体がクエーサーであること。
その明るさは太陽の約500兆倍、典型的なクエーサーの約200倍もあり、観測史上最も明るいクエーサーであることを突き止めています。

“J0529-4351”は天体カタログの上では、99.98%の確率で天の川銀河にある恒星という誤ったラベル付けをされていました。
このことから、すでに観測されているのに極端に明るいクエーサーだとは気づかれていない天体が、他にも多数存在するのかもしれません。
この研究は、オーストラリア国立大学のChristian Wolfさんたちの研究チームが進めています。
図1.非常に明るいクエーサー“J0529-4351”のイメージ図。(Credit: ESO & M. Kornmesser)
図1.非常に明るいクエーサー“J0529-4351”のイメージ図。(Credit: ESO & M. Kornmesser)


機械学習が観測データ上の天体を分類している

宇宙にある様々な天体の中でもクエーサーは驚異的な存在です。

クエーサーは、銀河中心にある超大質量ブラックホールに物質が落ち込む過程で生み出される莫大なエネルギーによって輝く天体です。
銀河の初期形態とも考えられていて、遠方にあるにもかかわらず明るく見え、その明るさは太陽の数兆倍、典型的な銀河の数千倍にもなります。

しばしば遠方の宇宙で見つかるクエーサーですが、天文学では遠くの宇宙を観測することは昔の宇宙の姿を観測することになるので、クエーサーは若い頃の宇宙に存在する天体だということになります。
このことが、クエーサーが銀河の初期形態を表しているのではないかと考えられている理由です。

1963年に初めてクエーサーという天体が認識されて以来、天文学者はクエーサーを約100万個も発見しています。
ただ、その大半は一つ一つに望遠鏡を向けて発見したものではありません。

現在の天文学は、夜空の広い領域を観察して得られた膨大な観測データの中から、探している天体を見つけ出す手法が一般的です。
観測データに含まれる天体は文字通り“星の数ほど”あるので、天体の分類は機械学習で自動的にラベル付けされていきます。

この手法は、膨大な天体カタログを整理する上では便利ですが、問題もあるんですねー

ラベル付けの根拠となる機械学習は、分類元となる天体の一般的な性質を元にトレーニングが行われます。
このため、あまりにも極端な性質を示す天体の場合、正しい種類を認識できずに誤ったラベル付けを行ってしまうことがあります。

そのような誤りは全体から見ればごく少数のものです。
でも、極端な性質の天体を見つける上では障害になることがありました。


約122億年前の宇宙に存在するクエーサーの発見

今回の研究で着目しているのは“J0529-43512”と呼ばれる天体です。

この天体が掲載されていたのは、ヨーロッパ宇宙機関の位置天文衛星“ガイア”(※1)の観測データによって作成された天体カタログ“Gaia DR3”でした。
ただ、そのカタログ上には、“天の川銀河にある恒星である可能性が99.8%”とラベル付けされていました。
※1.“ガイア”は、ヨーロッパ宇宙機関が2013年12月に打ち上げ運用する位置天文衛星。可視光線の波長帯で観測を行い、10憶個以上の天の川銀河の恒星の位置と速度を三角測量の原理に基づいて測定する位置天文学に特化した宇宙望遠鏡。測定精度は10マイクロ秒角(1度の1/60の1/60の1/10マンの角度)であり、これは地球から月面の1円玉を数えられる精度。
でも、“J0529-4351”のスペクトルデータを見た研究チームは、その天体が恒星ではなく強い赤方偏移(※2)を示すクエーサーだと考えました。
論文中で“ガイアのスペクトルに見慣れた天文学者なら、一目でクエーサーであると分かる”と表現されるほど、特徴的であったようです。
※2.膨張する宇宙の中では、遠方の天体ほど高速で遠ざかっていくので、天体からの光が引き伸ばされてスペクトル全体が低周波側(色で言えば赤い方)にズレてしまう。この現象を赤方偏移といい、この量が大きいほど遠方の天体ということになる。110億光年より遠方にあるとされる銀河は、赤方偏移(記号z)の度合いを用いて算出されている。
それを確認するため、研究チームではサイディング・スプリング天文台(オーストラリア・クーナバラブラン)に設置された2.3メートル望遠鏡で観測を実施。
その結果、“J0529-4351”が地球から約238億光年彼方の位置にあり、今から約122億年前(赤方偏移z=3.962)の宇宙に存在するクエーサーということが分かりました。

また、南米チリのパラナル天文台(標高2635メートル)に建設された超大型望遠鏡“VLT”で行われた追加の観測により、クエーサーとしての“J0529-4351”の正確な性質も明らかになります。
図2.クエーサー“J0529-4351”の画像(拡大部分で線が付けられた青白い天体)。当初この天体は天の川銀河にある恒星に分類されていた。(Credit: ESO, Digitized Sky Survey 2 & Dark Energy Survey)
図2.クエーサー“J0529-4351”の画像(拡大部分で線が付けられた青白い天体)。当初この天体は天の川銀河にある恒星に分類されていた。(Credit: ESO, Digitized Sky Survey 2 & Dark Energy Survey)


観測史上最も明るいクエーサー

“J0529-4351”の明るさは2×10の41乗ワット(20正ワット)で、太陽の約500兆倍、天の川銀河の約4万倍、典型的なクエーサーの約200倍も明るいことになります。

そう、これまで知られていた中で最も明るいクエーサーになるんですねー

あまりにも明るすぎるため非常に遠くにある天体と認識できず、天体カタログ“Gaia DR3”への自動ラベル付けが間違ってしまうのも仕方のないことでした。

同じような見逃しは数十年前から続いていて、最も古い記録としては1980年に作成された別の掃天観測記録“SSS”にも映っていたものの、今まで見逃されていました。

この明るさは、“J0529-4351”が持つ超大質量ブラックホールの活動によって、その周りに作られた物質の円盤“降着円盤”(※3)が熱せられることで生じていると考えられています。

“J0529-4351”の降着円盤は直径約7光年もあると考えられていて、知られているものとしては最大の降着円盤になります。

中心部にある超大質量ブラックホールの質量は太陽の約170億倍。
これはブラックホールの質量ランキングで上位に位置するものです。

この明るさを説明するには、1日あたり太陽ほぼ1個分の質量の物質を吸い込んでそのエネルギー源としていることが考えられます。
この物質の吸い込み量(降着率)も、知られているクエーサーの中では最大のものでした。
※3.ブラックホールへ落下する物質は角運動を持つため、降着円盤と呼ばれるへんぺいな円盤をブラックホールの周囲に作る。降着円盤内のガスの摩擦熱によって落下するガスは電離してプラズマ状態へ、この電離したガスは回転することで強力な磁場が作られ、降着円盤からは荷電粒子のジェットが噴射し降着円盤の半径に応じて、可視光線、紫外線、X線と幅広い電磁波が観測される。


明るいクエーサーはもっとたくさん見つかる?

今回の研究で、“J0529-4351”は観測史上最も明るいクエーサーということが分かりましたが、それも短期間だけかもしれません。

それは、今回の発見を踏まえると、“J0529-4351”の他に異様に明るいため誤ったラベル付けをされたクエーサーが多数眠っている可能性があるからです。

膨大な天体を記録した掃天観測カタログは複数あります。
こうしたカタログに対して、“J0529-4351”のような外れ値を持つ天体を見つける手法で探索すれば、明るいクエーサーがもっとたくさん見つかるかもしれません。

“J0529-4351”は、すでに天体カタログデータにラベル付きで掲載されていて、かつ人の目で見ても異常な性質を持つことから、クエーサーと確定するための研究がスタートしました。

将来、今回の研究が参照される際には、単に特別明るいクエーサーを1個発見しただけではなく、さらに多くの明るいクエーサーを見つけるきっかけとなった、という評価がされるかもしれませんね。


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