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X線の偏光から明らかになってきたブラックホール近傍のコロナの位置と形状

2022年12月30日 | ブラックホール
今回の研究では、銀河系内にあるブラックホールと恒星の連星系“はくちょう座X-1”の観測から、ブラックホール近傍から放射されるX線がわずかに偏光していることを発見。
ブラックホール近傍にある高温のプラズマ(コロナ)の位置と形状を明らかにしています。
この研究を進めているのは、理化学研究所 開拓研究本部 玉川高エネルギー宇宙物理研究室の北口 貴雄 研究員、玉川 徹 主任研究員、広島大学大学院 先進理工系科学研究科の张 思轩 大学院生、同宇宙科学センターの水野 恒史 准教授らの共同研究グループです。
研究成果は、今後のブラックホール近傍における強重力場下の物理の検証や、ブラックホールの自転速度の測定につながると期待できます。

ブラックホール連星系のブラックホールの周辺には、恒星からの物質がブラックホールの強い重力に引かれてできる渦巻き状の高温の円盤“降着円盤”と、円盤よりも高温の“コロナ”と呼ばれるプラズマが存在しています。

今回、共同研究グループはX線偏光観測衛星“IXPE”を用いて、ブラックホール連星系“はくちょう座X-1”を観測。
すると、X線の振動方向がブラックホールから放出されるジェットと呼ばれるプラズマ噴出流の方向にわずかに偏っている(偏光している)ことが分かります。

このX線の偏りとその強さから考えられるのは、コロナはジェットの方向に存在せず、円盤の両面を覆っているか、もしくは円盤の内縁とブラックホールとの間に位置していること。

このようなブラックホール近傍の物質の位置関係は、これまでのX線望遠鏡では遠すぎて分解できないんですねー
偏光を観測することで初めて明らかになったことでした。

ブラックホール近傍にあるコロナと呼ばれる高温プラズマ

宇宙空間には、ブラックホールと恒星が互いの周りを回っている連星系“ブラックホール連星系”が存在しています。
太陽の30倍以上重い恒星が、一生の最期に爆発した後に残される高密度な天体がブラックホール。強い重力のために光さえも逃げ出すことができない。
ブラックホールの連星系では、恒星から放出される物質がブラックホールの強い重力に引き寄せられて、ブラックホールの周りには100万℃程度の高温のプラズマからなる薄い円盤が形成され、円盤は強いX線を放射しています。

さらに、高エネルギーX線の観測から、コロナと呼ばれる約10億℃に達する高温プラズマの存在も示唆されています。
プラズマは、原子が電離して陽イオンと自由電子に分かれた状態のこと。コロナは中心ブラックホール近傍に存在するX線放射源のこと。正体は高温プラズマであり、低エネルギーの紫外線・X線と相互作用することで高エネルギーのX線を放射すると考えられている。
でも、コロナがどのような形状で、ブラックホール近傍のどこに位置しているのかは、これまでのX線望遠鏡では分離して観測することができませんでした。

世界で初めてX線偏光観測に特化した衛星

X線は波長の短い電磁波であり、電磁波は電場と磁場が交互に振動して空間を伝わります。

それぞれのX線の電場はある方向を向いていますが、多数のX線の電場が特定の同じ方向を向いている場合は「直線的に偏光している」と表現します。
偏光は電磁波の持つ性質の一つ。電磁波は電場と磁場が交互に波打ち空間を伝わる波であり、その電場がある方向を向いている状態を偏光という。
電磁波の偏光は、波の電場がどのくらい偏っているのかの度合いを表す“偏光度”と、偏りの方向を表す“偏向角”の二つの情報からなる。例えば、電球などから放射される電磁波は、電場があらゆる方向を向いて偏っていないので無偏光になる。X線も目で見える光(可視光)と同じ電磁波なので偏光という性質持つ。多くの天体から放射されるX線は、波の振動する面がほとんど偏らない無偏光であるが、特殊な状況で放射されたX線は振動面が偏り偏向したX線となる。偏光度は0%(無偏光)から100%までの値をとり、偏向角は-90度から+90度までの値をとる。
このような偏向はX線が物質を通過し、ある確率で反射するときに生じることから、偏光の強さを測定すると、観測者から見たX線の放射源と反射物質の位置関係が分かります。

2021年12月8日、世界で初めてX線偏光観測に特化した望遠鏡を搭載した衛星“IXPE”が打ち上げられます。
2021年12月9日にNASAとイタリア宇宙機関によって打ち上げられたのが、世界初の高感度X線偏光観測衛星“IXPE(Imaging X-ray Polarimetry Explorer)”。日本グループは、主要観測装置の一部を提供するとともに、マグネターをはじめとする様々な天体のX線偏光観測とデータ解析に参加している。
NASAとイタリア宇宙機関の共同ミッションで、理化学研究所を含む日本グループも主要観測装置の一部を提供するとともに、X線偏光観測とデータ解析に参加しています。

研究手法と成果

研究では“IXPE”を用いて非常に強いX線を発する、つまりX線で最も明るく輝く天体の一つであるブラックホール連星系“はくちょう座X-1”を、2022年5月15日から21日まで観測しています。

はくちょう座の方向約7000光年の彼方に位置する“はくちょう座X-1”は、太陽質量の21倍のブラックホールと太陽質量の41倍の青色超巨星からなるブラックホール連星系です。(図1)
青色超巨星とは直径が太陽の数十倍あり、太陽よりも重く高温のため青色で明るく輝く恒星。
ブラックホールと青色超巨星から成るブラックホール連星系“はくちょう座X-1”では、青色超巨星からの物質がブラックホールへ落下していく。落下する物質はブラックホール近傍に約100万℃の円盤を形成し強いX線を発する。
図1.ブラックホール連星系“はくちょう座X-1”のイメージ図中央に位置するブラックホールは、左に見える青色超巨星から物質を重力で引き寄せ、ブラックホール近傍で渦巻く円盤を形成する。引き寄せられた物質の一部は、ジェットとして円盤の垂直方向に細く射出される。(Credit: John Paice)
図1.ブラックホール連星系“はくちょう座X-1”のイメージ図
中央に位置するブラックホールは、左に見える青色超巨星から物質を重力で引き寄せ、ブラックホール近傍で渦巻く円盤を形成する。引き寄せられた物質の一部は、ジェットとして円盤の垂直方向に細く射出される。(Credit: John Paice)

ブラックホール連星系は、その状態が観測時期によって変化することが知られています。

測定されたX線スペクトルから判明したのは、今回観測した“はくちょう座X-1”はコロナから放射されたX線で明るく輝いている状態にあること。
そう、この時期のX線偏光を測定することで、X線放射源であるコロナと、それを反射する物質である円盤との位置関係が知ることができるんですねー

データ解析の結果から明らかになったのは、X線はわずかに偏光していて、その方向はブラックホールからのジェットと呼ばれるプラズマ噴出流の方向(円盤の垂直方向)と揃っていること。
ブラックホールへ落下する物質は角運動を持つため、降着円盤と呼ばれるへんぺいな円盤をブラックホールの周囲に作る。降着円盤内のガスの摩擦熱によって落下するガスは電離してプラズマ状態へ、この電離したガスは回転することで強力な磁場が作られ、降着円盤からは荷電粒子のジェットが噴射し降着円盤の半径に応じて、可視光線、紫外線、X線と幅広い電磁波が観測される。
このX線偏光の強さから、コロナはジェット方向には存在せず、円盤の両面を覆っているか、もしくは円盤の内縁とブラックホールとの間に位置していると考えられます。(図2)
図2.ブラックホール周辺のコロナの位置と形状の可能性黒丸はブラックホール、赤の帯が円盤、水色がコロナを表す。左はコロナが円盤の両面を覆っているモデル、右はコロナが円盤とブラックホールの間に位置するモデルを示している。(Credit: 理化学研究所)
図2.ブラックホール周辺のコロナの位置と形状の可能性
黒丸はブラックホール、赤の帯が円盤、水色がコロナを表す。左はコロナが円盤の両面を覆っているモデル、右はコロナが円盤とブラックホールの間に位置するモデルを示している。(Credit: 理化学研究所)

今回の研究では、X線の偏光を測定するという新しい天体観測手法を用いて、ブラックホール近傍のコロナの形状および場所を初めて明らかにしています。

同様の手法は、中性子星と恒星などのブラックホール以外の連星系にも応用でき、さらなる発見が期待できます。
中性子星は、太陽の10~30倍程度の恒星が、一生の最期に大爆発した後に残される宇宙で最も高密度な天体。主に中性子からなる天体で、ブラックホールと異なり半径10キロ程度の表面が存在し、そこに地球の約50万倍の質量が詰まっていている。一般に強い磁場を持つものが多い。
また、今回の“はくちょう座X-1”の観測はコロナからのX線が明るい時期に行いましたが、コロナがほとんど見られず、円盤からのX線が非常に明るくなる時期もあります。

この場合、X線を放射する円盤はブラックホールのより近傍まで引き込まれるので、その強力な重力場により生じた時空の歪みにより、X線偏光が変化すると予想されてます。

この変化を“IXPE”で観測することで、近い将来、ブラックホール近傍における強重力下の物理の検証や、ブラックホールの自転速度の測定が可能になると期待出ます。


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分子ガスを用いた新たな手法で迫る! 短時間に非常に強い電波パルスを発する“高速電波バースト”の正体とは?

2022年12月27日 | 宇宙 space
マイクロ秒~ミリ秒という短時間に強力な電波パルスを発する“高速電波バースト(FRB : Fast Radio Burst)”という天体現象があります。

2007年の発見以降、数千例以上の観測例があるのですが、その起源となる天体の正体や発生のメカニズムは未だ分かっていません。

そこで、今回の研究では星の材料である分子ガスに着目。
高速電波バーストが出現した銀河(母銀河)の分子ガスを調べることで、その起源天体の正体に迫っています。
今回の研究を進めているのは、東京大学大学院理学系研究科付属天文学教員研究センターの廿日出文洋助教を中心とするチーム。
分子ガスとは、星間空間に存在しているガスのうち、分子として存在しているもの。温度は10-100ケルビン程度。星を形成する材料になる。
アルマ望遠鏡を使って、高速電波バースト母銀河における分子ガスを観測してみると、距離およそ3.6億光年の母銀河から分子ガスを検出することに成功。
高速電波バーストの母銀河における分子ガスの検出例としては最遠方のものでした。
日本を含む22の国と地域が協力して、南米チリのアタカマ砂漠(標高5000メートル)に建設されたのが、アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計(Atacama Large Millimeter/submillimeter Array = ALMA:アルマ望遠鏡)。高精度パラボラアンテナを合計66台設置し、それら全体をひとつの電波望遠鏡としてミリ波・サブミリ波を観測することができる。
その後、研究チームでは、既存のデータと合わせて合計6つの母銀河サンプルを用いて分子ガスの性質を調査。
すると、一般的な星形成銀河や、ロングガンマ線バーストの母銀河、重力崩壊型超新星の母銀河とは異なる性質を持つことが分かったんですねー
ガンマ線バーストとは、0.01秒から数時間程度にわたってガンマ線が突発的に観測される現象。ガンマ線放射の継続時間によって2種類(ロングガンマ線バーストとショートガンマ線バースト)に分類される。ロングガンマ線バーストは、大質量星が最期を迎える際に、自らの重力によって急激に収縮して引き起こす爆発現象“大質量星”が、原因であるとする説が有力。
今回の研究では、高速電波バーストの出現環境を分子ガスの観点で理解するという、新たな手法が開拓できたそうです。
今後、分子ガスの観測が多数の母銀河において行われることによって、高速電波バーストの起源天体の理解が進むことが期待されています。

短時間に非常に強い電波パルスを発する天体現象

高速電波バーストは、マイクロ秒~ミリ秒という短時間に非常に強い電波パルスを発する天体現象です。

最初の観測が報告されたのは2007年のこと。
それ以降、数千個以上観測されているのですが、その起源天体や発生メカニズムは謎のままなんですねー

起源天体の候補として上がっているのは、中性子星やマグネター(強い磁場を持つ中性子星)、巨大ブラックホールなど…
数多くのモデルが提唱されている状況で、天文学における未解決問題になっています。
ただ、ほとんどの高速電波バーストが、銀河系外で発生していることは分かっています。

2020年には、銀河系内のマグネターから同様の電波パルスを検出。
これにより、マグネター起源説が注目を集めていますが、他の高速電波バーストもマグネター起源であるかは分かっていませんでした。

高速電波バーストが出現した環境

天体の形成には、その周辺の環境が大きく影響しています。
なので、高速電波バーストの起源を知るには、それが出現した環境を研究することが必要になります。

中でも分子ガスは天体を形成する材料になるので、起源天体がどのような環境で生まれたのかを探る重要な手掛かりになります。

例えば、星の質量に対する分子ガスの質量の割合や、分子ガスが星の形成に利用される時間スケールといった、天体形成の理解に直結する物理量を調べることができます。

でも、高速電波バーストが出現した銀河(母銀河)における分子ガスの観測は、ほとんど行われてきませんでした。

これまでに高速電波バースト母銀河で分子ガスの観測が行われたのは3例に限られ、このうち銀河系外で分子ガスが検出されたのは、近傍銀の“M81”のみ。
遠くの天体からの信号は微弱なので、高い感度を持った望遠鏡での観測が必要になっていたんですねー

分子ガスを用いた新たな手法

そこで、今回の研究では、ミリ波やサブミリ波帯で世界最高の性能を誇るアルマ望遠鏡を用いて、新たに3つの母銀河の観測を実施。
観測には、分子ガスの指標として用いられる一酸化炭素分子輝線を使用しています。

その結果、赤方偏移0.3214(距離およそ3.6億光年)の母銀河から、分子ガス輝線を検出することに成功(図1と2)。
高速電波バーストの母銀河における分子ガスの検出としては、最遠方のものになりました。
図1:高速電波バースト“FRB 20180924B”の母銀河から検出された一酸化炭素分子輝線のスペクトル。速度分解能は50km/s。(Credit: 東京大学大学院理学系研究科・理学部)
図1:高速電波バースト“FRB 20180924B”の母銀河から検出された一酸化炭素分子輝線のスペクトル。速度分解能は50km/s。(Credit: 東京大学大学院理学系研究科・理学部)

図2:高速電波バースト“FRB 20180924B”の母銀河の一酸化炭素分子輝線の積分強度図。明るい部分ほど信号が強いことを能わす。緑丸は高速電波バーストが起きた場所を示す。左下の楕円は、アルマ望遠鏡の空間分解能。右下のスケール(5 kpc)は約1万6千光年の距離。(Credit: 東京大学大学院理学系研究科・理学部)
図2:高速電波バースト“FRB 20180924B”の母銀河の一酸化炭素分子輝線の積分強度図。明るい部分ほど信号が強いことを能わす。緑丸は高速電波バーストが起きた場所を示す。左下の楕円は、アルマ望遠鏡の空間分解能。右下のスケール(5 kpc)は約1万6千光年の距離。(Credit: 東京大学大学院理学系研究科・理学部)

次に研究チームでは、過去に観測が行われた3つの母銀河と合わせて、合計6つの母銀河サンプルを用いて分子ガスの性質を探っていきます。

図3では、母銀河の分子ガス質量と星形成率(星がどれだけ多く作られているかという指標)を比較。
一般的な星形成銀河では、分子ガス質量と星形成率の間には相関関係があります。
一方、高速電波バーストの母銀河では一般的な星形成銀河とは異なり、広い範囲にわたって分布していることが分かります。

分子ガスの割合や消費時間について調査を行ってみると、一般的な星形成銀河とは異なる分布を示すことも分かってきました。

さらに、大質量の星の終末に起因すると考えられるガンマ線バーストや重力崩壊型超新星の母銀河とも異なる傾向を示していて、高速電波バーストの起源天体は、これらの起源天体とは異なることが示唆されました。
図3:様々な銀河における分子ガス質量と星形成率との比較(縦軸横軸とも対数スケール)。今回の研究で得られた高速電波バースト母銀河の結果を橙色で示す(矢印は上限値)。他の銀河種族(近傍銀河、重力崩壊型超新星母銀河、ロングガンマ線バースト母銀河)を比較のため示してある。一般的な星形成銀河は、分子ガス質量と星形成率との間に相関(斜めの点線)があることが知られている。高速電波バースト母銀河は、この図の広い範囲にわたって分布しいて、一般的な星形成銀河やロングガンマ線バースト母銀河、重力崩壊型超新星母銀河とは異なる銀河環境を持つことを示している。(Credit: 東京大学大学院理学系研究科・理学部)
図3:様々な銀河における分子ガス質量と星形成率との比較(縦軸横軸とも対数スケール)。今回の研究で得られた高速電波バースト母銀河の結果を橙色で示す(矢印は上限値)。他の銀河種族(近傍銀河、重力崩壊型超新星母銀河、ロングガンマ線バースト母銀河)を比較のため示してある。一般的な星形成銀河は、分子ガス質量と星形成率との間に相関(斜めの点線)があることが知られている。高速電波バースト母銀河は、この図の広い範囲にわたって分布しいて、一般的な星形成銀河やロングガンマ線バースト母銀河、重力崩壊型超新星母銀河とは異なる銀河環境を持つことを示している。(Credit: 東京大学大学院理学系研究科・理学部)

今回の研究では、高速電波バーストの起源天体を研究する新たな手法を提示しています。

現状では、母銀河のサンプルが6天体と限られているので、統計的な議論を行うにはサンプルの拡張が必要な状態です。

現在、進行中なのは分子ガス雲の速度構造を含め、アルマ望遠鏡を用いた新たな観測の解析。
さらに、今後も母銀河の観測を進めることで、高速電波バーストの起源天体に迫っていくそうです。


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40年間の観測から見つけた! 木星の気温は規則正しい変動をしていた

2022年12月23日 | 木星の探査
今回の研究では、NASAの宇宙探査機と地上望遠鏡の観測データを用い、木星の対流圏上層部の温度を、今までで一番長い期間追跡調査を行っています。

その結果、分かってきたのは、木星の気温が四季とは関係なしに一定の間隔で変動することでした。

木星の対流圏は、木星のトレードマークともいえる色とりどりな縞模様の雲が形成されるなど、様々な気象現象が起こっている大気の低層部です。

なので、この結果は太陽系最大の惑星である木星の天気を左右する要因をより深く理解し、究極的には天気を予報できるようになるための大きな一歩といえます。

今回の研究では、すばる望遠鏡の中間赤外観測装置“COMICS”が14年に渡る観測データを提供しています。
図1.木星の赤外線画像。左側の2枚は、それぞれ2016年2月と3月に超大型望遠鏡“VLT”で撮られた波長8.6ミクロンと10.7ミクロンの画像を合成したもの。色は雲の状態と温度を反映している。暗くなっている領域は寒く曇っていて、明るい領域は暖かく雲がない。右側の1枚は、すばる望遠鏡の中間赤外観測装置“COMICS”で2019年に撮影した波長18ミクロンの画像。(Credit: ESO / L.N. Fletcher, NAOJ)
図1.木星の赤外線画像。左側の2枚は、それぞれ2016年2月と3月に超大型望遠鏡“VLT”で撮られた波長8.6ミクロンと10.7ミクロンの画像を合成したもの。色は雲の状態と温度を反映している。暗くなっている領域は寒く曇っていて、明るい領域は暖かく雲がない。右側の1枚は、すばる望遠鏡の中間赤外観測装置“COMICS”で2019年に撮影した波長18ミクロンの画像。(Credit: ESO / L.N. Fletcher, NAOJ)

木星の対流圏と温度分布

木星と地球の対流圏には多くの共通点があります。
その一つは雲が形成され、嵐が発生する大気層であることです。

この気象活動を理解するには、風、気圧、温度、湿度など、様々な特性を調べる必要があります。

1970年代のNASAの木星探査機“パイオニア10号”と“パイオニア11号”のミッション以降、木星の明るくて白い帯“ゾーン”は、一般に温度が低い場所であることが分かっています。

一方、茶色や赤色の帯“ベルト”は比較的暖かな場所になります。

ただ、それらの帯の温度が長期的にどう変化するかを理解するには、今まで十分なデータが揃っていなかったんですねー

一定間隔で温かくなったり寒くなったりする木星の気温

そこで、今回の研究では、大気の温かい領域(対流圏上層部)からの赤外線の輝きをとらえた画像を分析。
木星の色とりどりな雲の上の温度を直接測定することで、この状況を打開しています。
研究を進めているのは、国立天文台ハワイ観測所やNASAのジェット推進研究所“JPL”、イギリスのレスター大学などの惑星科学者らによる国際チームです。
分析に用いた画像は、木星が太陽を12年で周回するのを3周分、一定間隔で撮影したもの。
その結果、分かってきたのは、木星の気温は季節やその他の周期とは関係なく、一定間隔で温かくなったり寒くなったりしていることでした。

地球の自転軸が太陽に対し23.5度も傾いているの対し、木星の自転軸の傾きは3度ほど。
自転軸の傾きが少なく四季は変化に乏しいのに、気温がこれほど規則正しく変動するとは予想外なことでした。

また、この研究は何千キロメートルも離れた地点の気温の変化の間に、不思議な関係性があることも明らかにしました。

それは、北半球側の複数の地点で気温が上昇すると、南半球側の同じ緯度の地点で気温が低下するというもの。
そして、この現象は規則的なパターンで反転し、繰り返されていました。

このような現象は地球でも見られるものに似ています。
ある地域の天気や気候のパターンが、他の場所の天気に大きな影響を与えることがあり、変動パターンが大気中の遥かな距離を超えてテレコネクトしている(遠隔相関がある)ように見える現象です。

今回明らかになったのは、木星大気中にこのようなサイクルが存在するという事実。
次の課題は、この周期的で一見同期したような変化の原因を探ることになります。

何がこれらのパターンを生みだしているのでしょうか?
また、なぜ特定の時間スケールで発生するのでしょうか?

この仕組みを理解するには、雲の層の上下両方を探索する必要があるそうです。

数十年にわたる観測

この研究が始められたのは1978年のこと。

研究の期間中は継続的に年数回、3つの地上大型望遠鏡(すばる望遠鏡、IRTF、VLT)で観測時間を獲得するための提案書が書き続けられました。

最初の20年間は、研究者が交代しながらハワイなどの現地で、全体像を描くのに必要な温度情報を得るための観測を行っています。
2000年代初頭には、一部の観測を遠隔で行うことができるようになっている。
その後に待っていたのが、複数の望遠鏡や観測装置からの何年にもわたるデータを組み合わせ、パターンを探すという大変な作業でした。

すばる望遠鏡では、2020年に引退した中間赤外観測装置“COMICS”が用いられ、2005年5月~2019年5月までの間に20回以上の観測が行われています。

木星大気の研究者らは、今回の結果が木星の天気の詳細な理解に貢献し、さらにはその予測にまで発展することを期待しています。

さらに、この研究は、木星だけでなく、太陽系と太陽系外のすべての巨大惑星の気候モデルへの重要な制限となり得ます。

温度変化とその周期を長期にわたって測定し、木星大気内でそれらの原因と結果を結びつけることが出来れば、完全な木星天気予報を実現するための一歩となります。

そして、いつか今回のような研究を他の巨大惑星にも拡張し、同様のパターンが見られるかどうかの検証へと続いていくはずです。


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超強磁場を持つ大気のない中性子星“マグネター”からのX線偏光を世界で初めて観測

2022年12月20日 | 宇宙 space
今回、国際共同研究グループが世界で初めて観測したのは、宇宙で最も強い磁場を持つ中性子星“マグネター(磁石星)”からのX線偏光でした。
中性子星は、太陽の10~30倍程度の恒星が、一生の最期に大爆発した後に残される宇宙で最も高密度な天体。主に中性子からなる天体で、ブラックホールと異なり半径10キロ程度の表面が存在し、そこに地球の約50万倍の質量が詰まっていている。
マグネター(磁石星)は中性子星の一種で、10秒程度の自転周期を持つ、主にX線で輝く天体。
100億テスラ以上の超強磁場を持つと推定されていて、磁気エネルギーを開放することで輝くと考えられている。
これまで、様々な方法で、“マグネター”に超強磁場が存在している可能性が示されてきましたが、観測的に実証されていませんでした。

研究では、地球磁気の26兆倍(130億テスラ)もの強い磁場を持つとされる、カシオペア座の方向約13000光年彼方に位置するマグネター“4U 0142+61”を、X線偏光観測衛星“IXPE”により観測。
2021年12月9日にNASAとイタリア宇宙機関によって打ち上げられたのが、世界初の高感度X線偏光観測衛星“IXPE(Imaging X-ray Polarimetry Explorer)”。日本グループは、主要観測装置の一部を提供するとともに、マグネターをはじめとする様々な天体のX線偏光観測とデータ解析に参加している。
X線偏光の偏り方向“偏光角”とその偏り度合い“偏光度”を測定しています。
偏光は電磁波の持つ性質の一つ。電磁波は電場と磁場が交互に波打ち空間を伝わる。電磁波の偏光は、波の電場がどのくらい偏っているのかの度合いを表す“偏光度”と、偏りの方向を表す“偏向角”の二つの情報からなる。例えば、電球などから放射される電磁波は、電場があらゆる方向を向いて偏っていないので無偏光になる。X線も目で見える光(可視光)と同じ電磁波なので偏光という性質持つ。多くの天体から放射されるX線は、波の振動する面がほとんど偏らない無偏光であるが、特殊な状況で放射されたX線は振動面が偏り変更したX線となる。偏光度は0%(無偏光)から100%までの値をとり、偏向角は-90度から+90度までの値をとる。
得られた偏光角と偏光度は、マグネターが超強磁場を持つと仮定した理論モデルから予測される値と一致し、マグネターが実際に超強磁場を持つことが裏付けられました。

また、中性子星の表面には大気が無く、固体の地殻が宇宙空間にむき出しになっていると考えると、観測結果を上手く説明できることも分かりました。

地上では決して到達することができない超強磁場下における物質の性質や、超強磁場によりゆがめられた特異な真空状態を理解する上で、今回の研究がカギとなるものと期待できます。
マグネター(磁石星)のイメージ図。(Credit: ESO/L. Calçada)
マグネター(磁石星)のイメージ図。(Credit: ESO/L. Calçada)

通常の中性子星よりも大きな磁場を持つ“マグネター”

太陽の10倍もの質量を持つ恒星が、一生の最期に大爆発を起こし、その後に残される天体が中性子星です。

太陽と同程度の質量を持つ中性子星ですが、半径はわずか10キロ程度しかなく、その内部には宇宙において最も高密度な物質で満たされています。

多くの中性子星は、地球上では決して達成できない太陽の数十億倍もの強力な磁場を持つことから、極限状態における物資の性質を探ることができる宇宙の実験室と考えられています。

中性子星のなかには、1秒の間に太陽が1年間で放出する何百万倍ものエネルギーを放出する強力なフレア(爆発現象)を発生させるものがあります。

それらは通常の中性子星よりも、さらに1000倍ほど大きな100億テスラにも及ぶ超強磁場を持ち、その磁気エネルギーを開放することで輝いているとされ、磁石星“マグネター”と呼ばれています。

ただ、中性子星表面の磁場を直接観測することは非常に難しいので、マグネターが本当に100億テスラもの超強磁場を持っているのかは明らかになっていませんでした。

そこで、NASAとイタリア宇宙機関が2021年12月9日に打ち上げたのが、マグネターの超強磁場の検証などを目的とした、世界初の高感度X線偏光観測衛星“IXPE(Imaging X-ray Polarimetry Explorer)”でした。
理研を含む日本グループも、主要観測装置の一部を提供するとともに、X線偏光観測とデータ解析に参加しています。

エネルギーの高低により電磁波の偏光角は大きく変わっている

今回の研究で対象となったのは、カシオペア座の方向約13000光年彼方に位置するマグネター“4U 0142+61”でした。

国際共同研究グループは、X線偏光観測衛星“IXPE”に搭載したX線偏光計を用いて、地球磁場の26兆倍(130億テスラ)もの強い磁場を持つとされる“4U 0142+61”を観測。
放射されるX線偏光の偏り方向“偏光角”と偏り度合い“偏光度”の測定に成功しています。
X線偏光計は、X線の偏光をとらえることができる検出器。目で見える光(可視光)は波としての性質が強いため、市販されている偏光板でも容易に偏光が観測できるが、天体からのX線は波の性質が弱く、その量子性が強く見える(光子)ので単純な偏光板は使えない。アインシュタインが光量子化説により説明した“光電効果”を利用する特殊な計測装置を用いる。
“IXPE”は2~8キロ電子ボルトのエネルギーを持つX線のエネルギーと偏光を同時に観測できます。
電子ボルトは光の持つエネルギーの単位。可視光の光子1粒が持つエネルギーは1電子ボルト程度であり、X線の光子1粒が持つエネルギーは、可視光の1000倍以上の1キロ電子ボルト程度である。
図1に示す観測結果から、X線の偏光度は低エネルギー側では約15%であり、5キロ電子ボルト付近でいったん0%程度まで低下した後、高エネルギー側では約30%まで上昇する様子が確認できました。

さらに分かってきたのは、X線の偏光角が低エネルギー側と高エネルギー側でちょうど90度方向が異なり、偏光度が0%になる5キロ電子ボルト付近で偏光角が90度回転していること。
観測前まで多くの研究者は、X線のエネルギーの高低により偏光角が大きく変わるとは予想していませんでした。
(図1)マグネター“4U 0142+61”において観測されたX線の偏光度と偏向角の分布×と★は、それぞれ別の方法で解析した偏光度と偏向角を示す。偏光度は、低エネルギー側(2~3キロ電子ボルト)では約15%であり、5キロ電子ボルト付近でいったん0%近くまで低下した後、高エネルギー側(5.5~8キロ電子ボルト)では約30%まで上昇した。偏向角は、低エネルギー側(2~4.8キロ電子ボルト)と高エネルギー側(4.8~8キロ電子ボルト)でちょうど90度方向が異なり、偏光度が0%になる5キロ電子ボルト付近で90度回転した。(Credit: 東京理科大学)
(図1)マグネター“4U 0142+61”において観測されたX線の偏光度と偏向角の分布
×と★は、それぞれ別の方法で解析した偏光度と偏向角を示す。偏光度は、低エネルギー側(2~3キロ電子ボルト)では約15%であり、5キロ電子ボルト付近でいったん0%近くまで低下した後、高エネルギー側(5.5~8キロ電子ボルト)では約30%まで上昇した。偏向角は、低エネルギー側(2~4.8キロ電子ボルト)と高エネルギー側(4.8~8キロ電子ボルト)でちょうど90度方向が異なり、偏光度が0%になる5キロ電子ボルト付近で90度回転した。(Credit: 東京理科大学)

電磁波の偏光が90度回転するというのは特徴的なことで、5キロ電子ボルトより低エネルギー側と高エネルギー側で全く異なる成分のX線放射が起きていることを示しています。

中性子星表面の温度を考慮すると、低エネルギー側のX線放射は中性子星表面からのもの。
その一部が中性子星の磁気圏で加速された荷電粒子と散乱し、エネルギーを受け取ることで、高エネルギー側のX線放射を生み出していると考えられます。(図2)
これはマグネターが超強磁場を持つとした理論モデルの一つで、うまく説明することができます。
(図2)マグネターから放射されたX線が偏光するメカニズム中性子星の表面からは、磁力線に平行に偏光する低エネルギーX線が放射される。この低エネルギーX線の一部は放射される途中で、中性子星の磁気圏で加速された荷電粒子と散乱することでエネルギーを受け取り、磁力線に垂直に偏光する高エネルギーX線となる。黒矢印は磁力線を表している。(Credit: 東京理科大学)
(図2)マグネターから放射されたX線が偏光するメカニズム
中性子星の表面からは、磁力線に平行に偏光する低エネルギーX線が放射される。この低エネルギーX線の一部は放射される途中で、中性子星の磁気圏で加速された荷電粒子と散乱することでエネルギーを受け取り、磁力線に垂直に偏光する高エネルギーX線となる。黒矢印は磁力線を表している。(Credit: 東京理科大学)

低エネルギー側の偏光度がこれほど低いことも、多くの研究者が予想していませんでした。
それは、マグネターの表面には大気が存在すると考えられていて、超強磁場中の大気が効率よくX線を生み出すために偏光度は80~100%になると予想されていたからです。

今回の低エネルギーX線が約15%の偏光度を持つという観測結果は、中性子星表面の物質が超強磁場により凝縮状態になっているとした理論モデルの結果と一致しています。
凝縮状態とは、中性子星の超強磁場により、中性子星表面にある物質が磁力線に沿って閉じ込められ、一列に並んだ分子鎖を作る状態のこと。表面にある物質は、最も安定な元素である鉄が有力だと考えられているが、今後のさらなる研究が期待されている。
つまり、マグネター表面には大気は存在せず、超強磁場により凝集された固体地殻が宇宙空間にむき出しになっている可能性が高いことが観測から明らかになったわけです。

X線偏向は新しい宇宙の観測手段

今回の研究では、X線偏光観測衛星“IXPE”によるマグネターのX線偏光観測を初めて成功させています。

さらに、観測から得た偏光度と偏光角の結果が、超強磁場を仮定した理論モデルの結果と合致していることから、マグネターに超強磁場が存在する証拠を得ました。

また、マグネターの表面は超強磁場によって凝縮状態にあることを示していました。

これまでとは違う切り口の観測ができたのは、新しい宇宙の観測手段であるX線偏光がとらえられるようになったからにほかなりません。

130億テスラもの強い磁場は、地球上では決して実現することができません。

なので、強い磁場を持つマグネターは、私たちの知っている電磁気学の枠組みが、身の回りの世界だけでなく、超強磁場中でも本当に成り立っているのかの検証にも使えると期待できます。

そう、宇宙が天然の実験場を提供してくれるんですねー

これまでにデータ解析を終えたマグネターは“4U 0142+61”のみです。

IXPE衛星プロジェクトが今後予定しているのは、“4U 0142+61”以外のいくつかのマグネターの観測。
マグネターの観測数が増えることにより、中性子星の超強磁場や中性子星の表面状態についての理解がより深まるはずです。

一方で“IXPE”によるX線偏光観測は、マグネターのみならずブラックホールや他の種族の天体においても実施されています。

“IXPE”は今後1~2年で、これまで他の方法で見ることができなかった新しい宇宙の姿を、私たちに見せてくれると期待できますね。


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ブラックホールの電波ジェットへのプラズマの供給機構を発見! ブラックホールが稼働する短時間のフレア現象

2022年12月17日 | ブラックホール
ほぼすべての銀河の中心には、太陽の数100万倍から数10億倍の質量を持つ超大質量ブラックホールが存在しています。
そのブラックホールからは、電波ジェットと呼ばれるほぼ光速で運動するプラズマ噴出流からの電波信号が観測されています。

でも、ブラックホール近傍では物質はブラックホールへと落ち込んでしまうので、電波放射に必要なプラズマを電波ジェットへと供給する機構は大きな謎になっていたんですねー

そこで、東北大学学際科学フロンティア研究所のチームが考えたのは、ブラックホール近傍で磁気エネルギーが効率的に高エネルギーの光子へと変換されるフレア現象が発生するということ。

これにより作成された理論モデルを用いて、フレアの際に放射される高エネルギーの光子同士が相互作用して効率的に電波ジェットへとプラズマが供給され、電波ジェットの観測から要求されるプラズマの供給量を説明することに初めて成功しています。

過去に提案されてきた理論モデルと比べ、今回のメカニズムでは10万倍以上もの量のプラズマを電波ジェットへと供給できることになります。

今回の理論モデルでは、私たちの住む天の川銀河の中心にある超大質量ブラックホール“いて座A*”からの電波ジェットは暗くて現在の装置では観測できないこと、初めてブラックホールの画像が撮られた巨大楕円銀河“M87”からは強力な電波ジェットが観測されることも自然に説明できました。

さらに、“いて座A*”や“M87”の中心ブラックホールが駆動するフレアからの高エネルギー光子は、次世代のX線観測衛星によって検出可能なので、将来のX線天文学によって電波ジェットの謎の解明が期待されています。
ハッブル宇宙望遠鏡が撮影した“M87”銀河のジェット(Credit: NASA and The Hubble Heritage Team (STScI/AURA))
ハッブル宇宙望遠鏡が撮影した“M87”銀河のジェット(Credit: NASA and The Hubble Heritage Team (STScI/AURA))

電波で輝く噴出流“電波ジェット”

私たちが住む天の川銀河を含め、宇宙にあるほぼ全ての銀河の中心部には、太陽の100万倍から100億倍の質量を持つ超大質量ブラックホールが存在しています。
超大質量ブラックホールは、銀河の中心にある太陽の100万倍から100億倍ほどの質量を持ったブラックホール。銀河中心部の星やガスの運動の観測、“M87”銀河の超大質量ブラックホールの影の電波画像によって、その存在が確かめられている。このブラックホールへと物質が落ち込むと膨大な重力エネルギーを開放し、様々な電磁波を放出する天体“クエーサー(活動銀河核)”として観測される。
さらに、一部の超大質量ブラックホールには電波で明るく輝く、ほぼ光速で噴出している細く絞られたプラズマ流が付随していることが知られています。

でも、その電波で輝く噴出流“電波ジェット”の生成機構、特にエネルギー源とプラズマの供給機構は、電波ジェットの発見から約50年が経過した今でも未解明の問題となっていました。
ブラックホールに落下する物質は角運動量を持つため、降着円盤と呼ばれるへんぺいな円盤をブラックホールの周囲に作る。降着円盤内のガスの摩擦熱によって落下するガスは電離してプラズマ状態へ、この電離したガスは回転することで強力な磁場が作られ、降着円盤からは荷電粒子のジェットが噴射しX線などが観測される。この降着円盤からのジェットを“電波ジェット”と呼ぶ。

“電波ジェット”のエネルギー源

電波ジェットのエネルギー源は、ブラックホールによる回転エネルギーであるという理論が有力です。

近年のイベント・ホライズン・テレスコープ・コラボレーションによるブラックホールの電波画像は、ブラックホールの回転エネルギーが電波ジェットのエネルギー源であることを支持しています。
イベント・ホライズン・テレスコープ(Event Horizon Telescope: EHT)は、地球上にある電波望遠鏡を超長基線電波干渉法“VLBI”を用いて結合させ、銀河の中心にある大質量ブラックホールの姿をとらえるプロジェクト。直訳で事象の地平線望遠鏡とも表記される。観測対象は、天の川銀河の中心にある“いて座A*”と巨大楕円銀河“M87”の中心にある超大質量ブラックホールであり、これを撮影可能な解像度を有している。
ただ、電波ジェットへのプラズマの供給機構はまだ有力な理論が無く、ブラックホール天文学における「残された課題」になっているんですねー

“電波ジェット”へのプラズマの供給機構

ブラックホールの周囲には、ブラックホールへと落ち込むプラズマ“降着プラズマ”が存在しています。

でも、ブラックホール周囲には非常に強い磁場があると考えられているので、その磁場が壁になっていて降着プラズマを電波ジェットへと直接運ぶことはできません。

これまで提唱されたシナリオに、降着プラズマから放射されるガンマ線を用いて、“電波ジェット”へとプラズマを供給するというものもありました。

ただ、これまでの理論モデルで予言されるプラズマの供給量は、電波ジェットの再現に必要な供給量よりも約100倍から1万倍も少ないもの…
プラズマの供給量を達成できる理論モデルの登場が待たれることになります。

ブラックホールが駆動する“フレア現象”

今回、研究チームが気付いたのは、ブラックホールが駆動する“フレア現象”が、“電波ジェット”へのプラズマの供給機構して機能することでした。

これにより、観測から要求される供給量を達成できる理論モデルの構築に初めて成功したんですねー
フレア現象は、天体の明るさが突然明るくなる現象。一つの例として、太陽表面で発生する爆発現象である太陽フレアがある。他にも、銀河系内の恒星が起こす恒星フレアや、磁場の強い中性子星が起こすマグネターフレア、超大質量ブラックホールが駆動する活動銀河核フレアなどが観測されている。
近年の数値シミュレーション研究により、ブラックホールへと落ち込む降着プラズマと共に磁場がブラックホールへと持ち込まれ、ブラックホールは強く磁化していると考えられるようになりました。

これらのシミュレーション研究では、強く磁化したブラックホールの周囲で、磁気リコネクションにより突発的にエネルギーを開放する現象が見られています。
磁気リコネクションとは、逆向きの磁力線が繋ぎ変わり、磁気エネルギーを開放してプラズマ粒子のエネルギーへと変換する現象。太陽フレアのエネルギー解放機構として知られる。近年の研究から、ブラックホール周囲でも磁気リコネクションが発生すると考えられている。
磁気リコネクションは太陽フレアでよく観測されている現象で、磁場のエネルギーを周囲のプラズマのエネルギーへと変換します。

太陽フレアでは、磁気リコネクションにより加熱されたプラズマは、幅広いエネルギー帯域の光子(可視光線、紫外線、X線)を放射します。

一方、ブラックホールの周囲で発生する磁気リコネクションでは、プラズマ粒子一粒当たりのエネルギーが太陽フレアと比べて約10億倍も大きく、ブラックホールが駆動するフレアではより高エネルギーの光子(X線、ガンマ線)が放射されます。

この理論モデルでは、多量の高エネルギーの光子がブラックホール近傍の非常に小さい領域から放射されます。
その結果、光子同士は頻繁に衝突し、多量の電子・陽電子対が生成され、電波ジェットへとプラズマを供給することになります。

この理論モデルで可能なのは、これまでに提案されていた理論モデルの約10万倍のプラズマを“電波ジェット”へと供給すること。
ブラックホール表面近くの小さな領域で、効率的に磁気エネルギーを高エネルギーの光子へと変換することで、高いプラズマ供給量を達成できたわけです。
(左)銀河中心のブラックホールの周りには、落ち込む物質がプラズマの円盤(降着円盤)となって取り巻いていて、ブラックホールの両極方向には電波ジェットが噴き出している。(右)今回提唱された、ブラックホールからジェットへとプラズマが供給される仕組み。ブラックホールの表面付近では、磁気リコネクションによって大きなエネルギーが解放され、このエネルギーを得て加速された電子がガンマ線を放射する。放射されたガンマ線光子同士が衝突すると電子と陽電子のペアが生み出され、これが電波ジェットへと運ばれる。(Credit: 當真賢二)
(左)銀河中心のブラックホールの周りには、落ち込む物質がプラズマの円盤(降着円盤)となって取り巻いていて、ブラックホールの両極方向には電波ジェットが噴き出している。(右)今回提唱された、ブラックホールからジェットへとプラズマが供給される仕組み。ブラックホールの表面付近では、磁気リコネクションによって大きなエネルギーが解放され、このエネルギーを得て加速された電子がガンマ線を放射する。放射されたガンマ線光子同士が衝突すると電子と陽電子のペアが生み出され、これが電波ジェットへと運ばれる。(Credit: 當真賢二)

“電波ジェット”の起源の解明へ

この理論モデルでは、電波ジェットへと供給されるプラズマの量は、ブラックホールの質量やブラックホールへと落ち込む降着プラズマの物質量などに依存するので、天体ごとに“”電波ジェット”の明るさが大きく異なると予言されています。

例えば、初めてブラックホールの画像が撮影された“M87”銀河の超大質量ブラックホールでは、多量のプラズマが“電波ジェット”へと供給され、明るい“電波ジェット”が形成されています。

一方、私たちの住む天の川銀河の中心にある超大質量ブラックホール“いて座A*”では、ブラックホールの質量が軽く降着プラズマの物質量も小さいので、“電波ジェット”へと供給されるプラズマの量が少なく、現在の観測技術では“電波ジェット”を見ることができません。

これらの予言は、現状の電波観測結果と一致していて、“電波ジェット”の有無を自然に説明できるモデルになっています。

ブラックホールが駆動するフレアからは、強いX線が放射されます。

これまでにも超大質量ブラックホールからX線の増光現象は観測されていますが、今回の研究で提案する理論モデルでは、より短い時間の“X線フレア”を予言しています。

今までのX線観測衛星では見逃されていた短い時間のフレア。
次世代のX線観測衛星は、“いて座A*”や“M87”銀河の中心ブラックホールが駆動する短い時間の“X線フレア”が観測可能になります。

なので、将来のX線天文学により、“残された課題”である“電波ジェット”の起源の解明ができるかもしれませんね。
天体からの高エネルギーの光子であるX線を観測する人工衛星。本研究と関連する次世代のX線観測衛星として、FORCE計画とHiZ-GUNDAM計画がある。FORCE計画は高いエネルギーのX線に特化した観測装置で、これまでのX線観測装置よりも暗い天体を発見することが可能になる。HiZ-GUNDAM計画はエネルギーの低いX線帯域で最も広い視野を持つ装置で、珍しい突発現象の発見を可能にする。“いて座A*”からのフレアはFORCE計画、“M87”からのフレアはHiZ-GUNDAM計画による検出が期待できる。


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