電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

ツツガムシ病を研究した人たち〜谷地での長与又郎らの活動

2023年01月09日 06時00分31秒 | 健康
昨日の記事では触れませんでしたが、ツツガムシ病の研究の舞台として、山形県の最上川中流域、とくに西村山郡谷地町(現在の河北町)が登場します。私がこの経緯を知ったのは、昭和48年に刊行された平重道監修・NHK仙台制作グループ著『近代東北庶民の記録(下)』でした。この本の中で「つつが虫攻防記」として取り上げられているのが、大正4年7月、東京帝国大学伝染病研究所の長与又郎博士らが、ツツガムシ病の現地調査のため、谷地町に乗り込む話です。割烹旅館「対葉館」を借りて現地調査研究を開始、博士ら一行は白衣の表面に殺虫剤を塗った防虫白衣を着込み、最上川中流域の河原の草むらを引き回した猿にツツガムシ病を発症させることに成功し、リンパ腺を摘出して顕微鏡で覗いてみると、検体中に今まで見たことのない異様な病原体を発見します。これがまさにツツガムシ病の病原体だったわけですが、当時はまだリケッチアという概念がないために、原虫類だ、いや細菌類だと諸説が沸騰します。結局はアメリカで発疹チフスの原因としてリケッチアという病原体が発見され、ツツガムシ病の病原体もリケッチアであるとされ、さらにウサギの角膜内で培養に成功した病原体でツツガムシ病を再現して確定します。日本初の計画的な野外調査研究となったこのあたりの事情は、山形新聞の連載記事「やまがた再発見」でフリーライターの日下部克喜さんが興味深く書いている(*1)ところです。



東大伝染病研究所のツツガムシ病研究調査団は、団長の長与又郎が当時37歳、宮川米次が30歳、三田村篤志郎が28歳、今村荒男が27歳というメンバーでした。その後、長与又郎は国立伝染病研究所長を経て東京帝国大学総長となり、日本ガン学会を創立します。宮川米次は性病クラミジアの病原体を発見、三田村篤志郎は日本脳炎の蚊による伝播を証明して学士院賞を受賞、今村荒男は日本で初めてBCGワクチンの人体接種を行うなど、それぞれ日本の近代医学を牽引することとなります。計画的で徹底した現地調査の重要性を知った人たちは、おそらく机上の空論の無意味さを痛感していたことでしょう。



当地では、草刈りをして数日後に高熱や発疹が出たらツツガムシ病を疑い、医者に行って「実は数日前に草刈りをしていまして」と伝えることで、その後の診断と治療が順調に進むことが一般に知られています。町内会の河川敷草刈りボランティアなども行われる土地柄でもあり、ある程度、大人には常識となっていることですが、初参加の若い人やよそから越してきた人などはそういう常識を知らない可能性もあります。風邪だ、いやコロナだと見当違いの判断で抗生剤の投与が行われなければ、致死率は数%〜60%に及ぶとされていますので、過去の病気だと軽視することなく、草刈り等の作業の前にきちんと伝えていくことが必要だと思います。

(*1): 4人の俊英、病原体を特定〜「やまがた再発見637 病理学者・長与又郎(下)」〜山形新聞2022年11月20日付

コメント