雑感日記

思ったこと、感じたことを、想い出を交えて書きたいと思います。

レース界の話 いろいろ

2019-12-21 07:38:21 | M/Cレース

★昨日の午後、『忠幸松本』さんから突然、Facebook のメッセージが届いた。


今から三木にお伺いしたいのだが、ご都合は?』 と仰るのである。

FBでは毎日繋がってはいるが、お会いしたことはなくて、レース界の特に『神戸木の実クラブ』の金谷秀夫のことなどに詳しく、沢山の写真を持っておられる方、という認識だったのである。

お会いしていろいろお聞きしたら、『金谷秀夫の店』に勤めておられて、神戸木の実クラブとも関係が深かく、楽しい『レース界独特の』の昔話が続いたのである。

今は旭川にお住まいのはずだが、『なぜ神戸に?』とお聞きすると
来年2月1日に、神戸である『片山義美を偲ぶ会』の打ち合わせに来られたようなのである。

この会には私もご案内を頂いていて出席の予定なのだが、この会の発起人の方々の殆どは、私も親しく関係のあった方々なので、お会いできるのが楽しみなのである。
そんなことで、『初対面』とは思えないような、いろんなレース話に花が咲いた楽しい数時間を過ごせたのである。

   
 
 

★この時代のレース界は、メーカーの枠を越えての繋がりがあった時代だったので、『片山義美』さんともカワサキは直接の契約関係などはなかったのだが、非常に親しくさせて頂いたのである。

以下はかって私がアップした
名門神戸木ノ実レ―シング50周年を祝う会』というブログからの抜粋だが、


●『神戸木ノ実レ―シング50周年を祝う会』がグリーンピア三木で行われたので出席した。
●50年前の日本のレース界、特にモトクロス関係は、MCFAJという全国のレーシングクラブからなるクラブ連盟の方がMFJよりもむしろ主力であった。
●カワサキがレースを始めたころは、片山義美さんが主宰する、神戸木ノ実レーシングの歳森康師、山本隆と個人的なライダー契約を結んでスタートしたのである。
●ヤマハは、野口種晴のスポーツライダースというクラブで、スズキは、東京の城北ライダース、関西は京都の小島松久のマウンテンライダースなどがファクトリーライダーたちを擁していた。
●カワサキは、歳森康師、山本隆に続いて、ロードレースで金谷秀夫、さらに村上力などとも契約を結んだし、片山の義弟の従野孝司とも契約を結んだ。
●関東のカワサキコンバットがが解散してからは、星野一義や清原明彦さらには和田将宏などカワサキの契約ライダーたちがその籍を置いてカワサキ色が強くなった時期はあるが神戸木の実クラブ』はマツダとも、ヤマハ、スズキやホンダとの契約のあるライダーを有する非常に特色のあるレーシング倶楽部だったのである。


昨日の『忠幸松本』さんとのお話も、こんな昔ばなしに終始したのである。



 ブログにはこんな写真も貼付してあって、

メインテーブルに座ったメンバー、前列左から
山本隆、片山義美、清原明彦、後列左から私、金谷秀夫、和田将宏、村上力。

他にも毛利良一、杉尾良文、近藤博志、など全日本チャンピオンたちも出席していたのに、まあ年寄りの特権ということか。
このパ―テ―の最後に挨拶に立った片山義美さんが、
『神戸木ノ実レ―シングは本日の会合でその歴史を閉じたい。今後は神戸木ノ実クラブとして親睦会として継続したい。』と述べて50年の歴史の幕を閉じたのである。

と結んでいるのだが、そんな片山義美さんや、金谷秀夫を偲ばねばならぬことは、ホントに残念なのである。


★片山義美さんは三木のご出身で、これは三木で開催されたイベントに出席された片山さんと、今の三木商工会議所会頭の稲田三郎さん、現市会議員の大西ひできさんとのスリーショットで、シャッターを押したのが私なのである。
 
この時が片山義美さんとの最後になってしまった。
 

    


そんないろいろのレース関連の想い出話がいっぱいだったのだが、
初対面の『忠幸松本』さんだったが、なかなかイイお話が出来た昨日の午後だったのである。

 


★ 次回は来年の2月1日の『片山義美を偲ぶ会』でお会いすることになるのだと思うのだが、昨日お会いできたのは本当によかったと思う。


 
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