(ニューヨーク/株価ボード)

① ""コラム:株式市場が織り込み始めた次の景気後退=嶋津洋樹氏""
2018年11月26日 / 18:42 / 4時間前更新
嶋津洋樹 MCPチーフストラテジスト
[東京 26日] - 今年も残すところ1カ月あまり、さえない株式相場が象徴する通り、ほぼ楽観一色だった年初の景色は今や見る影もなくなった。
11月26日、MCPチーフストラテジストの嶋津洋樹氏は、次の景気後退が再びリーマンショック並みの落ち込みをもたらすリスクはそれほど高くないだろうと分析。写真は2011年にニューヨークで撮影(2018年 ロイター/Shannon Stapleton)
先進7カ国にユーロ圏、豪州、スウェーデン、スイスを加えた先週末時点の主要な株価指数をみると、年初来でプラス圏にあるのは米国のナスダック総合指数(プラス0.5%)ぐらいで、イタリアのFTSE MIB指数(マイナス14.4%)、ドイツのDAX(マイナス13.4%)、日本のTOPIX(マイナス10.4%)はいずれも2桁下落している。
欧州は英国の欧州連合(EU)離脱(ブレグジット)やイタリアの財政問題など、政治的な不透明感が嫌気されている。景気の回復ペースが鈍化するなかで、欧州中央銀行(ECB)が金融政策の正常化路線に固執していることも、相場を圧迫している可能性が高い。
対照的に米国は、一時ほどの強さではないにしろ、トランプ減税という追い風が吹いているうえ、連邦準備理事会(FRB)の継続的な利上げが米国への資金流入を促している。金利上昇は株式相場に必ずしも良い話とは言えないが、米国に集まった資金のすべてが現預金や米国債などの安全資産に向かうとは考えにくい。米景気が相対的な底堅さを維持しているとすれば、なおさらそうだろう。
<ブラックスワン指数は低下>
興味深いのは、足元の新興国市場の動きである。FRBによる過去の継続的な利上げと米金利の上昇は、新興国からの資金流出を招き、最悪の場合には金融危機を引き起こすことさえあった。今回もアルゼンチンが大規模な資金流出に悩まされた揚げ句、国際通貨基金(IMF)に支援を要請。市場では、次はトルコや南アフリカに危機が伝播する懸念が浮上した。
しかし、上述した主要先進国とは異なり、主要新興国の代表的な株価指数の中には、年初来でプラス圏を維持しているものもある。
ブラジルのボベスパ指数(プラス12.9%)やロシアのMOEX(プラス11.1%)は、2桁のプラス。コロンビアのIGBC(プラス3.7%)とアルゼンチンのメルバル指数(プラス2.2%)も、小幅ながらプラスを維持している。
11月だけをみても、主要先進国の指数が軒並み下落しているのとは対照的に、新興国ではハンガリーをはじめ、香港やトルコ、インドネシア、フィリピン、ポーランドなどの代表的な株価指数は上昇。危機の伝播どころか、むしろ主要先進国の苦戦を浮き彫りにさえする。
もう1つ興味深いことがある。起こり得ない衝撃的な事象の発生を織り込むSKEW指数、別名ブラックスワン指数の低下だ。依然として100を上回り、テールリスクの存在を示しているとはいえ、直近で最も高かった8月の160近辺から大幅に低下し、足元は120を下回る。
この間、相場のボラティリティーを示す恐怖指数(VIX)は10ポイント台から20ポイント近辺まで上昇。足元のボラティリティー上昇にもかかわらず、それがブラックスワン的なイベントにつながるとの懸念はむしろ低下しているのである。
主要先進国の代表的な株価指数が大幅に調整したことで、世界的な景気の減速懸念は足元にかけて急速に広がった。米中貿易摩擦の激化やブレグジット、イタリアの財政政策を巡るニュースを受けて先行き不透明感が強まる中、「世界的な景気回復は続く」という筋書きの前提となる米中2カ国の経済のうち、米国では住宅市場が失速、中国では債務圧縮(デレバレッジ)の行き過ぎが明らかになった。それを反映するかのように原油価格も下落した。
<景気減速シナリオの現実味>
筆者も、世界的な景気減速というシナリオには全く異論がない。しかし、重要なのはそれがいつから顕在化し、どれぐらいの深さに達するかということだろう。具体的に言えば、次の景気減速が2008年のリーマンショック並みの金融危機とともに顕在化し、当時のような深刻な景気後退を世界中にもたらすのか、それとも1990年代後半のアジア通貨危機や2000年初めのITバブル崩壊のように、影響が特定のセクターや国に限られるのかということである。
リーマンショックとその後の景気の落ち込みは、今も多くの人の記憶に強く刻まれている。しかし、それは「100年に1度」の危機であって、「10年に1度」ではないことになっている。
その評価自体が誤っている可能性は否定しないが、次の景気後退が再びリーマンショック並みの落ち込みをもたらすリスクは、それほど高くないだろう。筆者のこうした考え方は、主要先進国の代表的な株価指数が軒並み下落する中、一部の新興国の株価指数が底堅いことと整合的にみえる。
また、中央銀行の利上げ局面における株式相場は、1)金融緩和の終了を嫌気した調整、2)利上げ中盤にかけての良好なファンダメンタルズを好感した上昇、3)利上げ終盤の過度な引き締めを懸念した反落、4)利上げの打ち止めを好感した反発、5)ファンダメンタルズの悪化を織り込んだ大幅な下落──という経過をたどることが多い。
足元の主要先進国は、3番目の段階へ移行した可能性が高い。本格的な調整を意識していないことは、VIX指数が高止まりする中で、SKEW指数が低下していることからもうかがえる。
やや長めの観点からみると、主要先進国の代表的な株価指数は次の景気後退を織り込む初期段階にあると考えられる。現在のトランプ減税の効果が、2019年半ばに一巡することを踏まえると、株式市場はそれを織り込み始めたと評価することもできるだろう。
<リスク資産の反発局面>
しかし、株価や景気が足元から一直線に落ち込むというのは極端なシナリオである。まして、それが世界同時に起きるというのは、リスクまたはテールリスクとして念頭に置く必要こそあれ、メインシナリオにはなりにくい。
逆説的ではあるが、各国当局の政策担当者も含め、多くの人の頭にリーマンショックの記憶が鮮明に残っているとすれば、無謀な決断は回避されやすく、なおさら危機は起きにくくなるはずだ。
主要先進国の株式市場を含め、来春ごろまでにリスク資産が反発する局面があると筆者は考えている。最もあり得そうなきっかけは、FRBが利上げをやめるか、追加利上げに慎重な姿勢を示すことだろう。中国政府がデレバレッジ路線を明確に転換することや、米中対立が大幅に緩和することも材料視されるだろうが、可能性はそれほど高くないと考える。
なお、一部の投資ファンドが閉鎖や顧客資金の返還を決めたと報じられており、短期的にはそれに伴う換金売りが膨らみやすい。年内は好材料が出ても、株式相場が十分に反応できない可能性があり、注意が必要だ。
(本コラムは、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています)
(編集:久保信博)
*嶋津洋樹氏は、1998年に三和銀行へ入行後、シンクタンク、証券会社へ出向。その後、みずほ証券、BNPパリバアセットマネジメントなどを経て2016年より現職。エコノミスト、ストラテジスト、ポートフォリオマネジャーとしての経験を活かし、経済、金融市場、政治の分析に携わる。共著に「アベノミクスは進化する」(中央経済社)