ひまわりさんより(9月5日)
「今日の晩御飯のおかずは何にしよう」と職場の主任と話していたら、彼女が、「豆乳鍋がいい」というので、
作り方を教えてもらいました。帰りにスーパーで材料を買っていたら、ホームセンターへ行っていた夫がやってきて、
「今、二男と彼女にあったので、食事に誘った」と言いました。
急なことですが、鍋なら、人数が増えても大丈夫だし、新米もあるので、急いで帰って準備しました。
豆乳鍋は、私も初めてでしたが、レシピは、昆布とカツオでだしをとっただし汁に、豆乳を入れ、
それが煮立ってきたら、塩を入れて味付けし、そこにさつま揚げ、豆腐、アゲ、を入れ、
具に火が通るぐらい煮て、レタス、ネギを入れ、それがしんなりしてきたら出来上がりです。
すごく早く、簡単にできて、しかもとても好評でした。皆様もぜひお試しください。
休みのない安息日(デビット・カン講演14)
ある安息日の朝、私の応援しているチームが準決勝まで進み、その決勝戦が安息日にかかってしまったのです。
安息日、私は説教することになっていたのですが、その試合のことが、頭の中から離れないのです。
SDAの牧師なのに、安息日の朝、会衆の前で説教しているにもかかわらず、私の頭の中は、
その試合のことで一杯だったのです。「どっちが勝つだろうか。私の応援しているチームは勝つだろうか。
もし自分が牧師じゃなかったら、スタジアムに言って応援するのに・・・」
多くのセブンスデーアドベンチストが、安息日ではなく土曜日を守っているのです。
私たちは安息日遵守者です。土曜日遵守者ではありません。
日曜教会の人は、自分たちを日曜日遵守者と呼んでいますが、私たちは、相手を日曜日遵守者と呼ぶなら、
自分たちを土曜日遵守者と呼ぶべきです。本当は、安息日遵守者でなければなりません。
神様からの安息を私たちは経験しなければならないのです。神様の御力によって安んじる経験ですね。
どんな力ですか?創造の力です。私たちが罪から離れて休みを得る時、この世から離れて休みを得る時、
自分の自我を置いて休むことができる時、イエス・キリストの力によって、それらのものに休みを得る時、
私たちは、安息日を守ることができるようになるのです。
当時私は、そんなことは知りませんでした。ただの土曜日遵守者だったのです。
ですから私は、安息日の朝、説教していても、フットボールの試合のことしか考えていなかったのです。