ひまわりさんより(9月10日)
今日は、用があって少し遠くのR病院へ行くことになりました。主任が近道を教えるということで聞いて行ったのですが、途中で迷子になってしまい、行ったり来たりしてずいぶん時間をつかってしまいました。道がわからないというのは、本当に不安になることで、もっとしっかり聞いておけばよかったと後悔しました。それで思ったのですが、私たちは、『道であり、真理であり、命である』イエス様に、人生の道案内をしていただけるのですから、本当にありがたいことだと思いました。その道は、感謝、謙遜、いい気にならない、整理整頓、癖や悪い習慣をただす、笑顔、などです。これらをイエス様にあって実行していけば、私たちの人生は安全なものになっていくのだと思いました。
妻に詫びる(デビット・カン講演19)
私は妻に向かって、「変えていただいたんだよ」と言いました。家内は、「あなた何を言っているの」と言いました。家内は私のことを理解できなかったのです。しかし、私のことを注意深く見るようになりました。そしたら、彼女の夫の生活が変わってきたことに気づいてきたのです。そして彼女は、夫が朝早く起きて勉強し、時には泣いて祈っているのを目撃したのです。かつてなったほど熱心に聖書の学びをしているのを、彼女は見たのです。
ある日、妻の所へ行って、お詫びをしました。そんなこと、今までしたことがありませんでした。韓国の強い夫だったわけですね。いつでも自己主張が強かったのです。「こうしなくてはいけないぞ。ただ私に従って来い。私が家の主だから」。そういうタイプの夫だったのです。その日私は、家内の前でお辞儀をして、彼女に赦しを請いました。「今まで悪かった。赦してくれるか」と・・・。「何のこと?」。「本気で言ってるんだから、赦してくれ。今まで私が色んな説教をしてきて、おそらく君が一番祝福を受けなかっただろう。私の、教会と家での態度や、言っていることがあまりにも違うから、それを知っているが故に、祝福を受けなかったろう。聖人と悪魔のギャップを見ていたのだから・・・。今まで本当に悪かった。赦してほしい」