訪問日 令和2年9月15日
高田山 専修寺(別称:本山専修寺)
前回訪れた十数日後に「如来堂と御影堂」が国宝に、また、多くの堂宇が重要文化財に指定された
唐門(重要文化財)
駐車場から歩いて行くと最初に唐門が目に入ってくる
唐門の先に見える建物が国宝の如来堂

山門(重要文化財)
2階建で、間口20m、奥行9m、高さ15.5mの大きな門

明治天皇行幸の際のご休息の場所となった

扁額には山号の「高田山」
2階内部には釈迦三尊像を安置している

正面には国宝の「御影堂」

「手水舎」
遠くに歩いていた専修寺が運営する幼稚園児たちに大きな声で挨拶され気持ちよく迎えられた感じがした

「境内案内図」

この案内図はとてもわかりやすい
この日は気温が高く休憩所で水分を補給

唐門(重要文化財)
四脚門 良質の欅を用い、豪華な装飾で空間を埋め尽くしている

天保15年(1844)に上棟

如来堂(国宝)
間口25.66m 奥行26.62m 一重 裳階付 入母屋造 向拝三間付 本瓦葺

教義上この堂が伽藍の本堂となる

御影堂の西に配置され、御影堂とならんで南面するお堂

外観とは異なり浄土真宗は堂内は金ピカで豪華

「証拠の如来」と呼ばれる阿弥陀如来立像を本尊



通天橋(重要文化財)
御影堂と如来堂を結ぶ廊下で、両御堂の縁側にかかっている

国宝の御影堂につながる

御影堂(重要文化財)

間口 42.72m 奥行33.50m 一重(単層)入母屋造 向拝三間付 本瓦葺
畳七百八十枚が敷かれており、全国の国宝木造建築の中でも五番目の巨大な堂

御影堂側から見た「通天橋」

全長32m 幅7m 唐破風造 本瓦葺
両堂の縁側にかかっているため高床とし、板張りで、柱間はすべて吹抜け


宗祖親鸞聖人の木像を中央須弥壇上に安置

「見真」の額
智慧 によって真理を見きわめること

正保2年(1645年)の大火による伽藍焼失
寛文6年(1666年)に上棟、延宝7年(1679年)に落慶供養法要が行われた

細部にいたるまで豪華に装飾がなされている

次回に続く
撮影 令和2年9月15日
高田山 専修寺(別称:本山専修寺)
前回訪れた十数日後に「如来堂と御影堂」が国宝に、また、多くの堂宇が重要文化財に指定された
唐門(重要文化財)
駐車場から歩いて行くと最初に唐門が目に入ってくる
唐門の先に見える建物が国宝の如来堂

山門(重要文化財)
2階建で、間口20m、奥行9m、高さ15.5mの大きな門

明治天皇行幸の際のご休息の場所となった

扁額には山号の「高田山」
2階内部には釈迦三尊像を安置している

正面には国宝の「御影堂」

「手水舎」
遠くに歩いていた専修寺が運営する幼稚園児たちに大きな声で挨拶され気持ちよく迎えられた感じがした

「境内案内図」

この案内図はとてもわかりやすい
この日は気温が高く休憩所で水分を補給

唐門(重要文化財)
四脚門 良質の欅を用い、豪華な装飾で空間を埋め尽くしている

天保15年(1844)に上棟

如来堂(国宝)
間口25.66m 奥行26.62m 一重 裳階付 入母屋造 向拝三間付 本瓦葺

教義上この堂が伽藍の本堂となる

御影堂の西に配置され、御影堂とならんで南面するお堂

外観とは異なり浄土真宗は堂内は金ピカで豪華

「証拠の如来」と呼ばれる阿弥陀如来立像を本尊



通天橋(重要文化財)
御影堂と如来堂を結ぶ廊下で、両御堂の縁側にかかっている

国宝の御影堂につながる

御影堂(重要文化財)

間口 42.72m 奥行33.50m 一重(単層)入母屋造 向拝三間付 本瓦葺
畳七百八十枚が敷かれており、全国の国宝木造建築の中でも五番目の巨大な堂

御影堂側から見た「通天橋」

全長32m 幅7m 唐破風造 本瓦葺
両堂の縁側にかかっているため高床とし、板張りで、柱間はすべて吹抜け


宗祖親鸞聖人の木像を中央須弥壇上に安置

「見真」の額
智慧 によって真理を見きわめること

正保2年(1645年)の大火による伽藍焼失
寛文6年(1666年)に上棟、延宝7年(1679年)に落慶供養法要が行われた

細部にいたるまで豪華に装飾がなされている

次回に続く
撮影 令和2年9月15日
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