今、出発の刻(たびだちのとき)

車中泊によるきままな旅
<名所旧跡を訪ねる>

宝雲山 来振寺(岐阜県揖斐郡大野町稲富398)

2023年04月09日 | 神社・仏閣
訪問日 令和4年10月3日

宝雲山 来振寺(きぶりじ)
真言宗智山派の寺院
霊亀元年(715年)行基菩薩により法相宗 真福寺として開山



神亀2年(725年)寺の裏山の白山に黄金色の雪が降り積もった(黄金色の雪は加賀の白山権現菊理媛神天下る)
これを伝え効いた聖武天皇の勅号により「来振寺」と改称
承平7年(937年)真言宗に改宗した
*黄色の雪が降るという現象が発生し、寺名を黄降(きぶり)と、その後「来振」の字を当てるようになった



大師堂



堂内の様子
本尊:弘法大師






賓頭盧尊者



弘法大師像



納経所



水子子育地蔵尊



山門(鐘楼門)



扁額には山号の「宝雲山」



山門に四天王の姿が見える
「四天王」は、須弥山中腹の四方を居所とし、山頂の帝釈天に仕える仏法の守護神

持国天(東方)






増長天(南方)






広目天(西方)






多聞天(北方)









観音堂(本堂)



中世には、多くの僧兵を二百数十名有する大寺院だったと伝えられている
鎌倉時代の初めに、美濃国守護の梶原景時が祈願に訪れた
享禄3年(1530年)根尾川の大洪水により寺領を流失
永禄3年(1560年)織田信長の兵火により七堂伽藍相貌を消失



美しすぎる扁額 山号の「宝雲山 」だと思うが……



慶長・元和年間、豊臣秀吉・徳川家康の朱印状を受け寺領を得て再興
宝永6年(1709年)当山出身の儀山僧正が智山第十二世管長就任にあたり、現本尊の十一面観音を当山に寄進、各堂宇を中興した
寺宝の五大尊像(不動明王・降三世明王・軍荼利明王・大威徳明王・烏蒭沙摩明王の五幅)は国宝
本尊:十一面観世音菩薩(秘仏)



観音立像



不動堂(左)と聖天堂



火渡り結界道場
不動堂前に組まれた護摩壇に護摩が焚かれ、願い事や名前を書いた護摩木に火をくべる
厄年の男女たちが護摩木の炭火の上を素足で歩く「火渡り」を行い、ご利益を祈願する



以前TVで視たことはあったが、火渡りの場所を見たのは初めてである



*YouTube ABCテレビニュース 2021/8/9から
京都・狸谷山不動院の火渡り祭りの様子(3分40秒頃から)
火渡り←クリック






不動堂



魅力的な扁額と字体



鬼瓦



聖天堂



蟇股の彫刻



境内の様子









西国三十三観音堂
三十三ヶ寺の砂を台座下に納めるミニ霊場



放生池(弁天堂)
竜宮の乙姫と美青年農夫との恋物語の伝説が残る



初めて訪れる寺院で駐車場から歩いた順に掲載した



撮影 訪問日 令和4年10月3日
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