「Lucyはそう言うけれど」からのつづき
農業と畜産業で安定的な雇用を生み出せれば、若者の流出を食い止め人口増加に転じることができるのではないかと悩んでいた山崎町長に、アメリカで裸一貫から出発し次々と外食産業を成功させた時田はアドバイスする。
それは、日本食で世界に打って出る、緑原の農畜産物を使った日本食をアメリカに売り出すということ。
どこかで聞いたことのことのあるような案で、思わずlucyなら『理解できるような助言はきかないこと・・・ぜんぜん役に立たないにきまってるわ!』「スヌーピーたちの人生案内 」(チャールズ・M・シュルツ著 谷川 俊太郎 ・訳より) と言うだろうと厳しいことを書いてしまったが、単に日本食を売り込むだけでなく、それを日本で冷凍食品に加工して輸出するという手段をとるところが、アメリカで成功した時田と商社マンとしてアメリカに赴任したこともある山崎町長らしい案であり、外資系企業での勤務経験のある作者ならではの発想なのだと思われる。
農畜産物は天候や季節性の問題があり安定的な出荷という点で難点を抱えているし、最高の日本食を届けることに拘りすぎれば鮮度という問題も生じてくる。そのうえ、日米ではそもそも味覚に違いがある。(参照、「開花不進我が家」)
そのあたりの問題を一気に解決できる案として時田と山崎が考えたのが、日本食の冷凍食品だ。
冷凍食品なら季節性や鮮度の問題は解消されるし、船便を使えば輸送費も格段に安くあげられるので、十分競争力があるというコスト面からの利点以上に、山崎と時田が重視する点がある。
農畜産業者にとっては、日本の食材を安定的に供給できる先が確保でき収入の安定を見込めるだけでも朗報だろうが、それだけでは農畜産業者の数が維持できるにすぎない。だが、日本の食材を日本で冷凍して出荷できれば、冷凍加工工場という新たな職場が生まれ、雇用も増える。
これこそが人口減少に危機感を持っていた山崎の目指すところだった。
単純に利潤だけを追及するのであれば、いずれ追随者が出て競争力が落ちることは、時田も山崎町長も覚悟している。が、人口減少・地方再生といった点でのモデルケースを模索するからこそ、敢えて打って出ようとする、その心意気に大いに感ずるところがあった。
アメリカで一旗揚げた時田は、「和僑を目指せ」という。
世界中どこの国に行っても中国人がいることにつ いて「中国人が外に出ていくのは、国なんか信用していないからだ」と時田は言う。
『幾づもの王朝が現れては消え、離合集散を繰り返してきた国だもの。それも、その度に国が乱れ、大変な血が流れだ。近代だって、毛沢東の時代だけでも、文化大革命二千万人、大躍進三千万人だよ。中国の赤は血の赤だと、中国人自身が語っからね』
『実際、アメリカさいっとよぐわがんのっさ。俺も中国人の身内に集まりっつうのさ呼ばれだごがあんだげんども、兄弟親戚が世界中さちらばってんだよな。中国本土、台湾、日本、ヨーロッパ。オーストラリアー。なしてだべと思ってだら、どごの国だって、今は良くとも、いづれどうなっか分がんねえ。一族郎党が一つの国さ固まってだら、どごさも逃げ場がねえど 語んだよ。万が一の場合は、その時に一番状況のいい国さ住んでる身内を頼ればいいど・・・・・。』
『資産も分散されているわけだす、移り住んだどすても、身内がいればゼロがらやるわけでねえがらね。生活の目処も立てやすがすべ』
『ところが、日本人は滅多なことでは国を捨てようとしない。土地を離れるといっても、都市部に出るのが精々。国が沈没すれば、一族郎党運命を共にする―』
この日本人の性質を熟知したうえで、資産もリスクも分散するという手法を考える、それこそが時田と山崎が目指す「和僑」なのだ。
『~略~日本はもうすぐ超高齢化、人口減少社会を迎えるのはさけられねえ。いつか人口が回復するにすても、苦しい時代を耐えしのばねばなんねえ。問題は、本当に日本 がそれを乗り越えられるかだ。万が一にでも どぼん するようなことがあれば、緑原の人だづはどうすんだ。皆が皆助かるわけではねえにしろ、少しでも逃げ場のある人間を作っておく。それも、いまを生きる人間が考えでおかねえどなんねえことでねえのが』
・・・と語る時田に対し、山崎は言う。
『本気で緑原を和僑の町にするつもりなんですね』
緑原を和僑の町にする、日本国内にあって海外展開できる企業を興す、この心意気と手法に私は打たれた。
それは、物語の最後、山崎が初めて故郷の言葉で誓いを立てる場面に象徴的に表れている。
『僕はやりますよ。
何が何でもこの事業を成功させて、日本の農畜産業復活、地方再生のモデルケースを作り上げて見せますよ』
『日本の底力を見せでやっぺ』
『「やってやっぺ」緑原に帰ってから も 出なかった故郷の言葉が、なぜか自然に湧いてきた。
山崎は、和僑になった』
今改めて「和僑」という言葉を調べると、「僑」の文字が「外地に仮住まいをする人」を意味することからも分かるように、「和僑」とはやはり''海外''で活動する邦人を指している。
しかし、楡周平氏が書く「和僑」は、日本国内にあって海外展開できる企業を興すところが、目新しく素晴らしい。
だからと云って、海外留学や海外勤務を敬遠する傾向にある内向き志向の若者が漫然と真似できるものでは、もちろん、ない。
この案を考えリードするのが、裸一貫アメリカに渡り大成功した時田と、商社マンとして海外勤務を経験した山崎であることを忘れてはならない。
真の「和僑」となるためには、海外文化にも言語にも精通している、もしくは、吸収する努力を怠らない姿勢が必要とされると思われる。
そのあたりについては、つづく
農業と畜産業で安定的な雇用を生み出せれば、若者の流出を食い止め人口増加に転じることができるのではないかと悩んでいた山崎町長に、アメリカで裸一貫から出発し次々と外食産業を成功させた時田はアドバイスする。
それは、日本食で世界に打って出る、緑原の農畜産物を使った日本食をアメリカに売り出すということ。
どこかで聞いたことのことのあるような案で、思わずlucyなら『理解できるような助言はきかないこと・・・ぜんぜん役に立たないにきまってるわ!』「スヌーピーたちの人生案内 」(チャールズ・M・シュルツ著 谷川 俊太郎 ・訳より) と言うだろうと厳しいことを書いてしまったが、単に日本食を売り込むだけでなく、それを日本で冷凍食品に加工して輸出するという手段をとるところが、アメリカで成功した時田と商社マンとしてアメリカに赴任したこともある山崎町長らしい案であり、外資系企業での勤務経験のある作者ならではの発想なのだと思われる。
農畜産物は天候や季節性の問題があり安定的な出荷という点で難点を抱えているし、最高の日本食を届けることに拘りすぎれば鮮度という問題も生じてくる。そのうえ、日米ではそもそも味覚に違いがある。(参照、「開花不進我が家」)
そのあたりの問題を一気に解決できる案として時田と山崎が考えたのが、日本食の冷凍食品だ。
冷凍食品なら季節性や鮮度の問題は解消されるし、船便を使えば輸送費も格段に安くあげられるので、十分競争力があるというコスト面からの利点以上に、山崎と時田が重視する点がある。
農畜産業者にとっては、日本の食材を安定的に供給できる先が確保でき収入の安定を見込めるだけでも朗報だろうが、それだけでは農畜産業者の数が維持できるにすぎない。だが、日本の食材を日本で冷凍して出荷できれば、冷凍加工工場という新たな職場が生まれ、雇用も増える。
これこそが人口減少に危機感を持っていた山崎の目指すところだった。
単純に利潤だけを追及するのであれば、いずれ追随者が出て競争力が落ちることは、時田も山崎町長も覚悟している。が、人口減少・地方再生といった点でのモデルケースを模索するからこそ、敢えて打って出ようとする、その心意気に大いに感ずるところがあった。
アメリカで一旗揚げた時田は、「和僑を目指せ」という。
世界中どこの国に行っても中国人がいることにつ いて「中国人が外に出ていくのは、国なんか信用していないからだ」と時田は言う。
『幾づもの王朝が現れては消え、離合集散を繰り返してきた国だもの。それも、その度に国が乱れ、大変な血が流れだ。近代だって、毛沢東の時代だけでも、文化大革命二千万人、大躍進三千万人だよ。中国の赤は血の赤だと、中国人自身が語っからね』
『実際、アメリカさいっとよぐわがんのっさ。俺も中国人の身内に集まりっつうのさ呼ばれだごがあんだげんども、兄弟親戚が世界中さちらばってんだよな。中国本土、台湾、日本、ヨーロッパ。オーストラリアー。なしてだべと思ってだら、どごの国だって、今は良くとも、いづれどうなっか分がんねえ。一族郎党が一つの国さ固まってだら、どごさも逃げ場がねえど 語んだよ。万が一の場合は、その時に一番状況のいい国さ住んでる身内を頼ればいいど・・・・・。』
『資産も分散されているわけだす、移り住んだどすても、身内がいればゼロがらやるわけでねえがらね。生活の目処も立てやすがすべ』
『ところが、日本人は滅多なことでは国を捨てようとしない。土地を離れるといっても、都市部に出るのが精々。国が沈没すれば、一族郎党運命を共にする―』
この日本人の性質を熟知したうえで、資産もリスクも分散するという手法を考える、それこそが時田と山崎が目指す「和僑」なのだ。
『~略~日本はもうすぐ超高齢化、人口減少社会を迎えるのはさけられねえ。いつか人口が回復するにすても、苦しい時代を耐えしのばねばなんねえ。問題は、本当に日本 がそれを乗り越えられるかだ。万が一にでも どぼん するようなことがあれば、緑原の人だづはどうすんだ。皆が皆助かるわけではねえにしろ、少しでも逃げ場のある人間を作っておく。それも、いまを生きる人間が考えでおかねえどなんねえことでねえのが』
・・・と語る時田に対し、山崎は言う。
『本気で緑原を和僑の町にするつもりなんですね』
緑原を和僑の町にする、日本国内にあって海外展開できる企業を興す、この心意気と手法に私は打たれた。
それは、物語の最後、山崎が初めて故郷の言葉で誓いを立てる場面に象徴的に表れている。
『僕はやりますよ。
何が何でもこの事業を成功させて、日本の農畜産業復活、地方再生のモデルケースを作り上げて見せますよ』
『日本の底力を見せでやっぺ』
『「やってやっぺ」緑原に帰ってから も 出なかった故郷の言葉が、なぜか自然に湧いてきた。
山崎は、和僑になった』
今改めて「和僑」という言葉を調べると、「僑」の文字が「外地に仮住まいをする人」を意味することからも分かるように、「和僑」とはやはり''海外''で活動する邦人を指している。
しかし、楡周平氏が書く「和僑」は、日本国内にあって海外展開できる企業を興すところが、目新しく素晴らしい。
だからと云って、海外留学や海外勤務を敬遠する傾向にある内向き志向の若者が漫然と真似できるものでは、もちろん、ない。
この案を考えリードするのが、裸一貫アメリカに渡り大成功した時田と、商社マンとして海外勤務を経験した山崎であることを忘れてはならない。
真の「和僑」となるためには、海外文化にも言語にも精通している、もしくは、吸収する努力を怠らない姿勢が必要とされると思われる。
そのあたりについては、つづく