Kのところに叔父アルバートがやって来た。Kが呼んだわけではない。Kの叔父アルバートの娘エルナの手紙が叔父をKのもとに向かわせた。叔父はKにとって社会機構を代表する一人である。だが娘エルナは直接的に代表するわけではなく、そこから「派遣」される<娼婦・女中・姉妹>の系列に属する。父ではなく叔父ではないかと問うことはできる。けれども叔父アルバートは「かつての後見人として叔父に特別恩義のあるK」ゆえ叔父は父に等しい。そしてその娘エルナは実の妹に等しい。また<娼婦・女中・姉妹>は常に<非定住民性>を特徴とする。そこに位置するエルナの手紙がなければ叔父は訴訟のことなど何一つ知らされず田舎でゆっくり暮らしているままだったに違いない。実際叔父はここ二十年ばかり田舎にひっこんでいた。従って叔父をKのもとに寄越したのはエルナの手紙でありそこに書かれた言葉をおいてほかにない。
「『エルナが手紙をよこしたんだ』、と叔父は言った、『あれはおまえと交渉がないし、おまえは残念ながらあれのことをあまり気にかけておらんようだが、それでもあれは知ったんだ。手紙を受取ったのは今日だが、わしはむろんそれですぐに駆けつけてきた、ほかに用があったわけじゃない、しかしこれだけでもう充分な理由だろう』」(カフカ「審判・叔父・レーニ・P.128」新潮文庫 一九九二年)
叔父アルバートはエルナの手紙を取り出し、Kに関連する箇所をKの前で読み上げて見せる。その文面によればKが訴訟を抱えているという話はもう銀行の「小使」たちの間で広がっており「主任さんのお顔の色から察するかぎりしかし、目下のところは事態はよくいっていないようだ」とされている。
「『ヨーゼフのことではしかし外にもまだお知らせしたいことがあります。いま言ったとおり銀行では、彼がちょうどほかの人と話していたので会わしてもらえませんでした。しばらくじっと待っていてからわたしは小使さんに、お話はまだ長くかかるんでしょうかと聞いてみました。すると、たぶんまだかかるでしょう、話はどうやら主任さんにたいして起された訴訟に関することらしいから、と言うのです。一体どんな訴訟なんですか、あなたの思い違いじゃありませんか、と訊ねると、思い違いじゃない、たしかに訴訟、しかもなにか重大な訴訟なんだ、それ以上のことはわたしも知らないが、との返事です。自分もできれば主任さんのお役に立ちたい、あの方は善良で正しい方だから。しかしどうしたらいいかもわからないし、自分としてはただ有力な方たちがあの人の世話を引受けてくれるよう願うしかない。必ずそういうことになって、結局はいい決着がつくだろうとは思うが、主任さんのお顔の色から察するかぎりしかし、目下のところは事態はよくいっていないようだ。そう言ってました』」(カフカ「審判・叔父・レーニ・P.128~129」新潮文庫 一九九二年)
事情を問いただした叔父はしきりにこの訴訟の深刻さを強調する。もはや絶望的だと。そのうち夜の八時頃になった。叔父は旧友フルト弁護士のところへKを連れていく。二人は自動車で出かけたのだが、自動車は「裁判所事務局のある例の郊外に近づきつつある」。叔父がいうには「守ってくれる人、貧乏人の弁護士として名声のある男」らしい。Kは裁判所事務局のある郊外の街路だと意識しておりそのことに引っかかりを覚えて仕方ないわけだが「車はとある陰気な建物の前に停(とま)った」。フルト弁護士は心臓病を患っていて顔色がすぐれない。ベッドから立ち上がることもできない。部屋にはフルト弁護士の看護を務めるレーニという娘が雇われていた。叔父はレーニを部屋から追い出した。話を聞かれたくないというだけでなく、そもそも「看護婦」という職業についてとても悪い印象しか持っていないからである。二十年前といえば第一次世界大戦よりもずっと前の感覚でしか言えない。叔父が「看護婦」に持っている印象は病人の看病とともに病人のために性的奉仕も兼ねている感覚だからだ。「看護婦」=「誘惑」という定式が頭の中にこびりついていて離れない。ゆえに部屋からレーニを追い出したのは叔父なのだが、Kから見ると、レーニを追い出すためにレーニを追いかける叔父の姿は若い女性の尻を追いかけ廻す老人にしか見えない。だからといってKは叔父が若いレーニを追いかけることを止めることもできない。
止めない理由には二つある。
(1)もし止めようとしたりすれば叔父は激怒してKがすでにレーニの「誘惑」にはめられたと思われるに違いないから。
(2)もし止めようとして叔父(もう一人の父)と争うようなことがあればそれこそ「オイディプス三角形型家父長制」の桎梏(しっこく)のもとで一人の女性を巡って闘争し合う二人の男性親子を演じていることになってしまうから。
カフカが描いているシーンはもはや「オイディプス三角形型家父長制」が名実ともに<神話>でしかなかったとして失効した二十一世紀的世界であり、だからこそとりわけ(2)を主たる理由としてKはただ事態の推移を冷静に眺めるばかりなのである。
レーニが部屋の外へ出た後、弁護士は意外なことを話し始める。裁判所事務局長が来訪しているというのである。
「『このことはぜひ考えてほしいが、そういった付合いからわたしは依頼人のために大きな利益を引き出しておるんですよ。しかもいろんな観点において。まあいつもその話をするわけにもいかないね。もちろんいまは病気のためにいささか活動を妨げられているが、それでも裁判所の友人たちがあれこれ訪ねてきてくれるんでいくらかは耳に入る。ひょっとしたら丈夫で一日中裁判所にいる連中よりたくさん聞いてるかもしれないな。たとえばいまもちょうどそんなお客の一人が見えてるんだ』」(カフカ「審判・叔父・レーニ・P.145」新潮文庫 一九九二年)
Kの叔父が灯火の光を投げかけると部屋の隅に一人の老人が座っている。カフカはその様子を簡潔にこう書く。
「自分はいかなることがあっても自分のいることで他人の邪魔をしたくない、できれば自分を暗がりに置いて、自分のいることなぞ忘れてもらいたいと言っているようでもあった。しかし今となってはもうそれは許されぬことであった」(カフカ「審判・叔父・レーニ・P.146」新潮文庫 一九九二年)
先客がいたというより、灯火の光に照らされるや瞬時に先客が出現したと言ったほうが適切だろう。今のAI技術のように誰よりも速く事情を読み取り事態を先取りしてその通りに出現させる。カフカ作品ではしばしば見かけるありふれた光景だ。フルト弁護士は事務局長の臨席についてこう述べる。
「『事務局長さんはーーーそうだ、失礼、まだ紹介してなかったなーーーこちらはわたちの友人のアルバート・K、こちらは彼の甥で業務主任のヨーゼフ・K、そしてこちらが事務局長さんだーーー事務局長さんはこうしてご親切にわざわざお見舞に来てくださったというわけだ。こういった訪問の価値を評価できるのは、実際のところ。事務局長さんがどんなに多忙かを知っている事情通ばかりだろうがね。さてしかし、それにもかかわらずこうして来てくださって、わたしの病気の許すかぎりおだやかにお話していた。客のくる予定はなかったから、レーニにはとくに客を通すなと禁じてもおかなかったが、むろんわれわれだけで過すつもりでおったのだ。ところがそこへ、アルバート、きみの拳骨(げんこつ)の音がしたもんだから、事務局長さんは椅子と机を持って部屋の隅にひっこまれたというわけだ。さて、しかしいまとなっては、ことによったら、というのはそうなさるご希望があればのことですが、席をご一緒にして共通の問題を話しあえるというものではありませんか』」(カフカ「審判・叔父・レーニ・P.146~147」新潮文庫 一九九二年)
弁護士は何一つ「嘘」をついていない。事態はすでにこうなってしまったと告げているに過ぎない。言い換えれば、「事態はすでにこうなってしまったを-持っている」という取り返しのつかなさについて語っているばかりである。そしてレーニはKの叔父にとって、最初は新来の「女中」に見え、次に「若い看護婦」に見え、さらに「誘惑」として映って見えていた。弁護士にとっては若年の女性看護士であり仕事の補佐役という立場。ということであれば、それはKにとってまさしく<娼婦・女中・姉妹>の系列に属する。
弁護士・叔父・Kの三人だけになった部屋。しかし肝心の訴訟に関して論じるどころか逆にぎくしゃくした間の悪い奇妙な空気が漂ってしまう。いきなり行き詰まる。すると突然「控えの間のほうで陶器の壊れるような大きな音がした」。行き詰まった空間を別の線と接続させ変化させるのはいつも<娼婦・女中・姉妹>の系列なのだが、ともかくKは様子を見てくると言って部屋を出た。その瞬間、レーニの<非定住民性>が立ちどころに、しかしKにのみ、明るみに出る。
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「『エルナが手紙をよこしたんだ』、と叔父は言った、『あれはおまえと交渉がないし、おまえは残念ながらあれのことをあまり気にかけておらんようだが、それでもあれは知ったんだ。手紙を受取ったのは今日だが、わしはむろんそれですぐに駆けつけてきた、ほかに用があったわけじゃない、しかしこれだけでもう充分な理由だろう』」(カフカ「審判・叔父・レーニ・P.128」新潮文庫 一九九二年)
叔父アルバートはエルナの手紙を取り出し、Kに関連する箇所をKの前で読み上げて見せる。その文面によればKが訴訟を抱えているという話はもう銀行の「小使」たちの間で広がっており「主任さんのお顔の色から察するかぎりしかし、目下のところは事態はよくいっていないようだ」とされている。
「『ヨーゼフのことではしかし外にもまだお知らせしたいことがあります。いま言ったとおり銀行では、彼がちょうどほかの人と話していたので会わしてもらえませんでした。しばらくじっと待っていてからわたしは小使さんに、お話はまだ長くかかるんでしょうかと聞いてみました。すると、たぶんまだかかるでしょう、話はどうやら主任さんにたいして起された訴訟に関することらしいから、と言うのです。一体どんな訴訟なんですか、あなたの思い違いじゃありませんか、と訊ねると、思い違いじゃない、たしかに訴訟、しかもなにか重大な訴訟なんだ、それ以上のことはわたしも知らないが、との返事です。自分もできれば主任さんのお役に立ちたい、あの方は善良で正しい方だから。しかしどうしたらいいかもわからないし、自分としてはただ有力な方たちがあの人の世話を引受けてくれるよう願うしかない。必ずそういうことになって、結局はいい決着がつくだろうとは思うが、主任さんのお顔の色から察するかぎりしかし、目下のところは事態はよくいっていないようだ。そう言ってました』」(カフカ「審判・叔父・レーニ・P.128~129」新潮文庫 一九九二年)
事情を問いただした叔父はしきりにこの訴訟の深刻さを強調する。もはや絶望的だと。そのうち夜の八時頃になった。叔父は旧友フルト弁護士のところへKを連れていく。二人は自動車で出かけたのだが、自動車は「裁判所事務局のある例の郊外に近づきつつある」。叔父がいうには「守ってくれる人、貧乏人の弁護士として名声のある男」らしい。Kは裁判所事務局のある郊外の街路だと意識しておりそのことに引っかかりを覚えて仕方ないわけだが「車はとある陰気な建物の前に停(とま)った」。フルト弁護士は心臓病を患っていて顔色がすぐれない。ベッドから立ち上がることもできない。部屋にはフルト弁護士の看護を務めるレーニという娘が雇われていた。叔父はレーニを部屋から追い出した。話を聞かれたくないというだけでなく、そもそも「看護婦」という職業についてとても悪い印象しか持っていないからである。二十年前といえば第一次世界大戦よりもずっと前の感覚でしか言えない。叔父が「看護婦」に持っている印象は病人の看病とともに病人のために性的奉仕も兼ねている感覚だからだ。「看護婦」=「誘惑」という定式が頭の中にこびりついていて離れない。ゆえに部屋からレーニを追い出したのは叔父なのだが、Kから見ると、レーニを追い出すためにレーニを追いかける叔父の姿は若い女性の尻を追いかけ廻す老人にしか見えない。だからといってKは叔父が若いレーニを追いかけることを止めることもできない。
止めない理由には二つある。
(1)もし止めようとしたりすれば叔父は激怒してKがすでにレーニの「誘惑」にはめられたと思われるに違いないから。
(2)もし止めようとして叔父(もう一人の父)と争うようなことがあればそれこそ「オイディプス三角形型家父長制」の桎梏(しっこく)のもとで一人の女性を巡って闘争し合う二人の男性親子を演じていることになってしまうから。
カフカが描いているシーンはもはや「オイディプス三角形型家父長制」が名実ともに<神話>でしかなかったとして失効した二十一世紀的世界であり、だからこそとりわけ(2)を主たる理由としてKはただ事態の推移を冷静に眺めるばかりなのである。
レーニが部屋の外へ出た後、弁護士は意外なことを話し始める。裁判所事務局長が来訪しているというのである。
「『このことはぜひ考えてほしいが、そういった付合いからわたしは依頼人のために大きな利益を引き出しておるんですよ。しかもいろんな観点において。まあいつもその話をするわけにもいかないね。もちろんいまは病気のためにいささか活動を妨げられているが、それでも裁判所の友人たちがあれこれ訪ねてきてくれるんでいくらかは耳に入る。ひょっとしたら丈夫で一日中裁判所にいる連中よりたくさん聞いてるかもしれないな。たとえばいまもちょうどそんなお客の一人が見えてるんだ』」(カフカ「審判・叔父・レーニ・P.145」新潮文庫 一九九二年)
Kの叔父が灯火の光を投げかけると部屋の隅に一人の老人が座っている。カフカはその様子を簡潔にこう書く。
「自分はいかなることがあっても自分のいることで他人の邪魔をしたくない、できれば自分を暗がりに置いて、自分のいることなぞ忘れてもらいたいと言っているようでもあった。しかし今となってはもうそれは許されぬことであった」(カフカ「審判・叔父・レーニ・P.146」新潮文庫 一九九二年)
先客がいたというより、灯火の光に照らされるや瞬時に先客が出現したと言ったほうが適切だろう。今のAI技術のように誰よりも速く事情を読み取り事態を先取りしてその通りに出現させる。カフカ作品ではしばしば見かけるありふれた光景だ。フルト弁護士は事務局長の臨席についてこう述べる。
「『事務局長さんはーーーそうだ、失礼、まだ紹介してなかったなーーーこちらはわたちの友人のアルバート・K、こちらは彼の甥で業務主任のヨーゼフ・K、そしてこちらが事務局長さんだーーー事務局長さんはこうしてご親切にわざわざお見舞に来てくださったというわけだ。こういった訪問の価値を評価できるのは、実際のところ。事務局長さんがどんなに多忙かを知っている事情通ばかりだろうがね。さてしかし、それにもかかわらずこうして来てくださって、わたしの病気の許すかぎりおだやかにお話していた。客のくる予定はなかったから、レーニにはとくに客を通すなと禁じてもおかなかったが、むろんわれわれだけで過すつもりでおったのだ。ところがそこへ、アルバート、きみの拳骨(げんこつ)の音がしたもんだから、事務局長さんは椅子と机を持って部屋の隅にひっこまれたというわけだ。さて、しかしいまとなっては、ことによったら、というのはそうなさるご希望があればのことですが、席をご一緒にして共通の問題を話しあえるというものではありませんか』」(カフカ「審判・叔父・レーニ・P.146~147」新潮文庫 一九九二年)
弁護士は何一つ「嘘」をついていない。事態はすでにこうなってしまったと告げているに過ぎない。言い換えれば、「事態はすでにこうなってしまったを-持っている」という取り返しのつかなさについて語っているばかりである。そしてレーニはKの叔父にとって、最初は新来の「女中」に見え、次に「若い看護婦」に見え、さらに「誘惑」として映って見えていた。弁護士にとっては若年の女性看護士であり仕事の補佐役という立場。ということであれば、それはKにとってまさしく<娼婦・女中・姉妹>の系列に属する。
弁護士・叔父・Kの三人だけになった部屋。しかし肝心の訴訟に関して論じるどころか逆にぎくしゃくした間の悪い奇妙な空気が漂ってしまう。いきなり行き詰まる。すると突然「控えの間のほうで陶器の壊れるような大きな音がした」。行き詰まった空間を別の線と接続させ変化させるのはいつも<娼婦・女中・姉妹>の系列なのだが、ともかくKは様子を見てくると言って部屋を出た。その瞬間、レーニの<非定住民性>が立ちどころに、しかしKにのみ、明るみに出る。
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