エリクソンの小部屋

エリクソンの著作の私訳を載せたいと思います。また、心理学やカウンセリングをベースに、社会や世相なども話題にします。

夢中とその価値へ

2015-09-06 08:07:37 | エリクソンの発達臨床心理

 

 

 

 ≪本当の自分≫を生かして、圧倒的な悦びを味わいながら、毎日生きたいもんですね。

 The life cycle completed 『人生の巡り合わせ、完成版』、p73の9行目途中から。

 

 

 

 

 

≪いまここ≫を生きる≪私を確かにさせること≫は、ですから、(老年期のところで申しましたように)「最後の段階」では、人間関係を心理的に見ることから、次第に≪超越≫するものになるはずです。ですから、10代半ばの思春期の人たちは、≪いまここ≫を生きることに対して、たとえ移ろいやすくとも、ビビッドな感じを抱いています。さらには、思春期の人たちは、ときには、あらゆる種類の価値、たとえば、宗教的、政治的、知的な価値に、情熱的なほどの関心を抱く場合もあります。その価値には、何が世間に合わせることで、何が世間で成功することになるのか、という世間のパターンに合わせる、という価値も含まれます。その場合、他の時代の思春期を特色付ける、大きな変化は、不思議なことに、鳴りを潜めます。それでまた、老年期になって初めて「十分に発展する」ことができる種類の、≪いまここ≫を生きることに夢中、ということになる場合もあります。

 

 

 

 ≪いまここ≫に夢中になれれば、それはそれは、素敵でしょうね。それには、それなりの≪価値≫が必要だとエリクソンは言います。でも、それが時代(や組織)の合わせるだけの「価値」になれば、その価値に情熱的になることもなければ、夢中になることもありません。したがって、その手の人は、老年期になっても≪超越≫になることもないでしょうね。せいぜい、退屈かマンネリです。例え、手が届かずとも、≪超越≫を高みに見ながらの、発達がないからです

 ≪いまここ≫を夢中に生き、≪いまここ≫に手応えを得るためには、意識的に、意識的な≪私≫が、≪価値≫を選択したいものですね。

 

 

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